学校帰り買い食いしちゃう病⑩-あだ名
「――――?どうしたんですか、きゅうけつきさん?」
手洗いから戻ると、そこでは……まるで通夜のような雰囲気が漂っていた。なぜか、小音は空のティーカップを覗いていて、きゅうけつきさんは俯いている。
……先程まで、小音と楽しそうに話していたのにも関わらず、彼女は静かに下を向いている。
しかしそんな彼女は、急に口を開いた。
「………………わしの名前」
「…………?」
彼女は、いつもとは違い、静かに語り出した。
「わしの名前は……エリザベス・ルチア・クラーク…………本当はもうちと長いがの。……ベス。と呼ばれておった。………わしのあだ名だ」
「……………………………」
彼女はそう名乗った。
名前を、忘れていたと、彼女は言っていた。
「……………………ベス。ですか……」
「…………………………………………」
きゅうけつきさん…………ではない。
ベス。彼女は、ベス。
「……………………………………」
「……………………………………」
「………………………………犬の、名前みたいですね」
そう言うと、小音が吹き出した。ぶふっ。と。
「……おい――――――――――っ!!!!!なんじゃその言い草は――――――――っ!!!!」
キレた。きゅうけつきさんはキレた。
「うちの国じゃごく普通の愛称なの!……今がどうかは知らないが、お前がずっとわしのあだ名考えてたから気を使ったのにさあ――――それを犬の名前――って――――!!!」
「…いや。犬の名前みたいで、響きが可愛らしいな、と。思ったんです……」
……と言うと………………ベス。
は、黙って俯いた。
「綾ちゃん、いっつも伝え方が悪いんやで。あと言葉選び。とくに今のは」
小音が笑いながら言う。
「もーお、本当……不器用やねえ。綾ちゃんコミュニケーション。」
「……………………反省して、みます…………」
「………………………………」
「………………………………」
その訪れた一瞬の静寂が、やけに長く、感じる。時計の針の音が妙にはっきり聞こえるのが、私にこたえた。
「…………全く…………お前は。わしの方が日本語が上手いというのは……どうなんじゃ」
「……………………はい……」
きゅうけつきさん……いや、違う。
ベス。
彼女は先程と違い、柔かに言う。
「よろしくな、秋葉原綾。改めて、よろしく願う」
ベス。彼女は手を出してきた。
――私は、コミュニケーションが下手。
自分でもそれは痛いくらいに分かる。
言葉選びも下手だし、気遣いも不器用で伝わらないと、よく小音に言われる。表情が変わらないから、喜びが伝わらないのは、森さんとの日常茶飯事のこと。
気質とか性格とか、そういうものもあるだろう。きっと。
けれど、それは私が、他人に。
興味を持たなかったから――なのかもしれない。
私は人を知らない。
知ろうとしなかった。
「……こちらこそです。ベス」
私は握手を返す。
いつぶりだろう。
もう少し。この人を、知ろうと思った。
そう、思ったのは。




