血を吸ってもいいですか-プロローグ③
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そこにいたのはひとりの少女。
雲で隠れていたはずの月が、その少女を照らしている。
金のシルクのような長い髪に、長いスカート。
その姿は、私がついぞ見たことのない、美しい立ち姿だった。
一瞬我を忘れて見惚れていたくらい、儚くーー美しい。
成る程と、私はあの少年の吸血鬼の行動に腑が落ちた。
「やれやれです、あの吸血鬼、ロリコンでしたか」
そう言うことなのだろう。
全くひどい吸血鬼だ。
こんなに愛らしい少女をーー傷だらけにするなんて。
「……ロリータ?……わしのこと……かあ?」
「………………?貴女以外に誰かいます?私は――」
少女は、その傷だらけの身体が嘘のように素早く立ち上がり――
「だぁーれがロリータじゃっ!儂あとっくの昔にはたちなど超えとるわい!」
そう言った。
「じゃあ、その姿で酒買えます?」
「……昨日コンビニで買おうとしたけど、不良家出少女に思われた」
「試したんだ」
少女――?
いや……違う。
ーー少女の姿をした者は、明らかにむすりとした顔でこちらを見る。
「そも、儂あ吸血鬼じゃぞ?分からんかオマエさん……」
吸血鬼?
私が首を傾げると、あちらはこちらの疑問に気づいたらしい。
「ふふん。聞いて驚け見てお届け。儂あ全ての吸血鬼の始祖、名を――」
「……慄けの間違いでは?」
そう私が言えば、自称吸血鬼始祖は固まった。
台詞を噛んで絶妙に間が抜けている。
うん。
この娘ぽんこつだなと、私は察した。
「うるせーっぽんこつ言うなーっ!日本語難しいんじゃー!!なんじゃ漢字だのひらがなだのカタカナだの、大文字か小文字でいいじゃろー!!!」
「日本の言語文化全否定してる……」
そもそも。噛んだことに日本語の習得の難しさを説くのは色々違うのでは?
私はそう思ったが、言うと絶対に面倒くさそうなので、その思考を奥にしまったのだった。
彼女の金の髪が、ひらひら揺れていた。