働けきゅうけつきさん①-良くない知識源
あらすじ:綾が自宅に、きゅうけつきさん(仮称)を受け入れたぞ。
表情に抑揚が無く、つまり殆ど無表情。そこから感情は伺えない。だが…その顔つきは少女らしく、かわいらしい。
黒く長い髪に日本人らしい真っ黒な眼。
その美しい髪は風になびかれ踊っている。
しかしその立ち姿は、精悍そのもの。
そんな少女は、今日はベッドの上で漫画を読んでいる。
何度も何度も見返したその漫画をただ何をするでもなく、ただ読んでいる。正直なところ彼女はそれに飽きていたのだが、ページを捲り、たまにふと、小さな発見をする。
其れは小さな発見だ。文中の誤字であれば、彼女がいつのまにか読み逃していたコマを発見した時だってある。
気づけた時、自分が何かを知った時。
その度に少女は、ほんの少しだけ笑う。
金曜の夜のことだった。
***
日本、首都東京都。土曜日朝。
その街の歓楽街、『雀猫』という雀荘が存在した。
「……よし!」
白の肌の少女のその正体は――始祖なる吸血鬼。
その金の髪を揺らし――驚くほどに端麗なその姿を包む、黒の装い。
それは――
「なんでメイド服なんて着ている……んですか?」
メイド服であった。
それも、大分本格派な。
***
「そりゃあ、これからここで働くのだ。それに見合う服装は必要じゃろ?」
なんでもないことのように、きゅうけつきさんは語る。
彼女が着ているのはメイド服。
「……………………えぇ……」
白いレースの髪飾り、黒のワンピースにはっきりと対となる白色をした汚れのないエプロン。金ぶちの眼鏡をかけており、彼女の紅い目がきらりと光る。
きゅうけつきさんはスカートの真ん中を持ち上げ――
「どうだ?」
と言う。
「……可愛いですけど」
「ふふん、用意したかいがあった。」
「……なぜ、メイド服なんです?」
「え?ああ。この河川敷で拾ったこの漫画にな、奉仕するならばメイド服が定番だと書いておったのだ。それにメイド服は、わしの時代には無かった文化なのだ。ふりふりが可愛らしい、素晴らしい装いだと思ってな」
「漫画が参考なんですか……」
「読むか?」
きゅうけつきさんは、漫画の単行本らしきものを差し出してくれた。
河川敷に落ちていたくらいなので、表紙はシミだらけである。全部音読することすら面倒になりそうな長いタイトルで、いわゆる萌えキャラといった女の子が飾られた表紙の漫画である。
「ある日突然猫耳が生えてしまい、常人の1150倍のパワーを持つ様になってしまった女子高生が主人公でな。なんでも勢いで破壊してしまうのだが、周りの助けを借りながら生活し、主人公は幼馴染のタケシ(女)に恋をするのだ。そして突如としてこの世の王として君臨した魔王、グランドマイケルを倒すという物語でな。」
「待って下さい突如現れた魔王マイケルってなんなんですか、突如が突如すぎませんか」
「突如起こることは、突如起こるんだから仕方ないじゃろ」
「……す……すごい漫画だ…色々………」
全く物語の方向性が掴めない荒らすじである。
そんな漫画があるのか……世界は広い…………
「あ、このピンク色の漫画も読むか?わしには内容が良く分からなかったやつじゃ。透明で不気味な体液を身体中から嫌ってくらい垂らして、女ふたりが恍惚な表情をして動物のように遮二無二絡み合っているんじゃが……って、うわっ!」
私はその本を彼女から奪ってから、一呼吸置いた。
「ダメ!!!です!!!!!」
「何がっ!?」
きゅうけつきさんは困惑している。
「……あ……いや……ごめんなさい」
「い……いいが。……そんなにヤバめ濃いめの図書だったのか?」
「まあ……そんなとこ……です」
……とりあえず、鞄にしまっておいた。
「……それでその服、いくらしたんです?随分と本格的ですけれど」
「…………あ、ああ!こんなこともあろうかと、昨日の夜に魔力で縫っておいたのじゃ。だから、ぷらいすれす、と言うやつだな」
「……私の魔力…………(限りなく小さな声で)」
やっぱり、どこかきゅうけつきさんはズレている。
「何か言ったか?」
「いや……何でもないです」
「……ならいい。じゃ、とりあえず仕事場へれっつらごーじゃ!」
きゅうけつきさんは元気よく、4階の生活スペースから雀荘である二階に降りて行ったのだった。




