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お爺さんと不思議な犬

作者: 夢幻望

ーーーー 妻が死んだ。


 最愛と言っては恥ずかしいが、何十年と連れ添って苦楽を共に過ごしてきた。孫も見た。曾孫なんて産まれたばかりでまだまだ手のかかる盛りだ。


 お互い、いい歳だ。いつかお迎えが来るだろうとは思っていたが、こんな急に来るとは思って無かった。老衰だったが、安らかな顔で今にも笑いかけて来そうな感じだった。



「……… ねぇ、あなた。この広い家で私達だけなんて寂しいから、犬か猫なんて飼わない?」


「おい。世話をするのが、大変だろう。それに、私達が居なくなったら誰が世話をするんだ」



 四十九日法要も終わり、縁側でぼうっとしていると、ふいに少し前の会話を思い出した。あの時は渋って反対したが、実は子供達にはお前に内緒で相談したんだぞ?子供達の中にはサプライズとやらで誕生日会をやろうとしてたくらいだ。


 アイツは子供達の中で一番、行事とか祝い事が好きだったからなぁ。


 なのに………。



「全部、無駄になってしまったなぁ……」


ーーークゥン?


 俺の呟いた言葉に反応した、新しい小さな家族が庭先から近付いてきた。


 誕生日が近付いたある日、孫が妻が居ない時を見計らって俺には知らせようと、コイツを連れて来た。豆柴という犬種らしく成犬になってもあまり大きくならないらしい。



「なんだ?慰めてくれるつもりか?」



 犬は俺の座っている縁側に来ると、足元で丸まってしまった。おいおい、俺の足は枕じゃないぞ。この犬は何故か、無駄に吠えたりもせず、実に大人しい犬だ。


 ただ、時折、俺が妻との事を思い出して呟いたりしていると、何故か毎回傍に寄ってくる。時には背中で、時には私の隣で……。


 その事を連れてきた孫に言ったら、不思議そうに言われた。



「おかしいなぁ。私が預かってる時はすっごいヤンチャで元気だったから大変だったのに……」



 聞けば、おやつを強請るのは当たり前、ゴミ箱をひっくり返して散らかすのもやられたし、サイレンがなる度、キャンキャン鳴いていたらしい。でも、甘えん坊なのは今と同じでつい許してしまっていたとの事。


 その話を聞きながら、本当だろうか?と答えも出来ない犬に思わず問いかけてしまったくらいだ。



「お前の事を妻に見せたかったのになぁ。あいつが笑ってるのは私も嬉しかったんだ。しわしわの婆さんだけど、昔は綺麗で優しくて、周りの友達からは羨ましがられたんだぞ?」



 聞いているのかいないのか分からないが、つい話しかけてしてしまう。本人には、あまり言わなかったが、何故かこの犬には言ってしまう。……… 不思議な物だ。



「家が余計広くなってしまったじゃないか。お前を連れて来た孫が今度から一緒に住むらしいが、どうなる事やら」



 この犬が居なかったら本当に一人だった。アイツが居れば、一緒に庭の手入れや畑の世話などしていたが、こうも一人だと物足りないやら寂しいやら色々考えてしまう。


 でも、今は私がやれ庭先の手入れを始めれば、周りをチョロチョロ犬が走り、畑に行けば着いてきてまたチョロチョロ動き回る。危なっかしいので、家に入れると寂しそうに鳴いてくる。



「まったく、お前は随分甘えん坊だな。それとも、俺がそんなに心配か?なぁに、大丈夫だ」



 犬に向かってそう話しかけながら、足元に居るので頭を撫でると、尻尾を振って嬉しそうにしてきた。


「お前を俺以上に可愛がってくれるアイツは居ないが、ちゃんと面倒はみてやるから安心しろ」



 もっと構ってといわんばかりによじ登ろうとする子犬を慌てて抱き上げると、これまた嬉しそうに鳴いてきた。



「こら、ズボンをよじ登ろうとするな。危ないじゃないか」



ーーーそんな会話をしていたある日、事件が起こった。こんな田舎には珍しい空き巣だ。


 日課になりつつある犬を連れての散歩。若い時はサッサと歩けていたのに、よる年波には逆らえない。


 その日も、いつも通り散歩を催促してくる犬に紐を付けて、散歩をしようと歩き出したら珍しく犬が玄関に向かって吠えて戻ろうとした。


 戸締りはちゃんとしたはずだと思い、1、2時間程度だし、もし鍵を閉め忘れしていても大丈夫だろうと、戻ろうとする犬を引っ張り散歩に出た。



「まったく、お前が吠えるなんて珍しい。なあに、こんな田舎で何か起きるわけないだろう。大丈夫だ」



 そう言い聞かせて散歩に出たが、それでも犬はしばらく吠えたり、立ち止まったりした。


 何とかいつも通り散歩を終えて戻ってくると、今度は玄関前で犬が唸り声をあげ始めた。



「一体、どうしたんだ?…… あれ、本当に鍵を閉め忘れてる。お前、これを俺に教えてたのか?…… はぁ、あいつが居たら叱られてたなぁ。すまなかった。お前はちゃんと教えてくれていたのに、戻らなかった俺が悪い。だから、そんなに唸るな。ほら!お前の好物のちゅーるをやるから。なっ?」



……… 犬相手に何をやっているだ。そう俺も思ったが、何故か機嫌を取ろうとしてしまう。まるで、妻が怒っているようなんだ。仕方がない。


 そう言いながら家に入り犬の足を拭って居間に上がると、散らかっていた。いくら一人暮らしとはいえ、ここまで散らかしたりしない。茶箪笥は開けられ、戸棚も開けられ中身が辺りに散らばっていたのだ。


 再び、犬が唸り声を上げながら奥の妻の寝室へと向かっていった。流石の俺も危機感を感じ、玄関に置いてある熊手を踵を返して手に取り、今にも吠えそうな犬を後ろに下がらした。


 なんせ、空き巣が居たらこんな子犬じゃひとたまりも無い。なら、いくら歳がいっていても俺が前に出た方がいいだろうと思い、慎重に熊手で上手く引っ掛け襖を開けた。



「おい!誰か居るのか!」



 ーーー 開け放った寝室は静かだった。ただし、居間以上にその部屋は散らかっていた。



「なんと………。なんて、有り様だ。直ぐに警察に連絡しないと」



 あまりにも無惨な部屋の様子に愕然として、熊手を落としてしまった。先程まで、唸り声を上げていた犬は部屋に入り、一通り匂いを嗅ぐと、俺の側に戻ってきて心配そうに鳴いてきた。


 あまりにも悔しくて悲しくて、自分が鍵を閉め忘れてしまったばかりにこんな事になってしまって死んだ妻に申し訳ない。


 警察と比較的近くに住む子供に連絡を入れれば、結構な騒ぎになった。


 近所に住む連中も何の騒ぎだと集まってきて、大変な事になった。



「父さん、無事で良かったけど、気をつけてくれよ?もし、犯人が居たらどうするつもりだったんだ。やり合おうとしないで、避難してくれよ。……  っと、盗まれたのは、母さんのアクセサリーか」



 言われてみれば、軽率だったと思う。警察の話も家の中を調べるのも終わって、帰って行ったあと、息子家族が合流して片付けをしていると、息子に注意された。



「しかしだな………」


「しかしじゃない。歳を考えるんだ」


ーーーヴゥー! アンアンっ!


 息子に叱られていると、俺の前に犬が来て息子に向かって吠えた。まるで、息子から俺を守るように立ち塞がり、小さい身体を精一杯大きく見せようとしながら、果敢に息子に吠えていた。



「お、おいおいっ、別に悪気があって、父さんに言っているんじゃないんだからっ、そんなに吠えるなって!」


「あなた!お義父さんに何を言ったの!」


「パパ、わんちゃんイジメちゃ、だめー!」


「ぇえっ?!俺が悪いのっ?!酷くねぇ?!」


「くっ、くくっ、かはははっ!」



 次々と責められる息子。困ったような助けを求めるような、なんとも情けない姿にとうとう俺は笑ってしまった。



「父さーんっ!」


「ぶっ、ほれっ、もっとやれ」



 ついつい、面白くなってしまった俺は犬と孫をけしかけた。それを見た息子はなんと、嫁の後ろに避難して行った。それを追いかける孫と犬。


 空き巣被害に合ったにも関わらず、なんとも賑やかな笑い声が我が家には響いた。



「……… 父さん、酷いじゃないか」


「なに、お前がこんな年寄りをイジメるのがいけないんだぞ?」


「ちょっと、そんな言い方しなくてもいいだろ?」



 孫と犬は一通り騒いで疲れたのか夕食を食べると風呂も入らず一緒に寝てしまった。静かになった居間では、俺と息子夫婦がゆっくり酒を飲み交わしていた。話題はあの犬の事だ。



「それにしても、それは本当か?」


「俺にも信じられんが、玄関の閉め忘れを吠えて教えたり、何処に行くのも着いてくる。婆さんを思い出している時なんかは、いつの間にか側に居るんだ。あの犬は、普段はほとんど吠えないから今日のことは驚いたぐらいだ」


「まるで、お義母さんがわんちゃんにお願いしてお義父さんの側に居るよう言ったみたいね」


「バカな!そんな事あるわけないだろう?」


「あら、動物は人の悲しみや痛みが分かるらしいわよ?」



 あいつが自分の代わりに?そんな訳ないと息子同様否定しようとするが、何故か出来なかった。


 むしろ、何処か嬉しさが胸に広がった。



「……… 婆さんが俺を心配してか」


「えぇ!きっとそうよ!お義母さん、お義父さんの事、すっごい大切にしてたし、私には勿体ない旦那だよって自慢してたもの!」


「婆さんが?」


「ふふっ、だって、普段はぶっきらぼうで、誕生日とか結婚記念日とか気にしてないようなフリしてても、忘れず必ず何かしら贈り物してくれたり、連れて行ってくれたりしてたのよ?手を上げたり声を荒らげたりされた事も無いわって教えてくれたんだから!」



 なんか、恥ずかしいぞ。そりゃ、そういうのは忘れたらアレだと思っていたし、あいつが笑ってくれるならなんでもしていたが……。



「そういえば、父さんはそういうのマメだったよな。俺達のは、しょっちゅう忘れてたくせに、母さんのだけは覚えていたよな」


「うるせ!婆さんのだけで俺はいっぱいいっぱいだ」



 息子や息子の嫁からそう言われれば、照れ臭くなり、それを誤魔化すようにわざと、声を荒らげ顔を逸らした。



ーーーそんな事があった日からしばらくして、空き巣は捕まった。これにも、うちの犬が役にたったらしい。


 らしいというのは聞いた話だからだ。あの空き巣事件からしばらくして、日課の散歩に出かけた時、夕立にあってバス停にある屋根の下で雨宿りしていると、雷がなった。



「お!今のは近くに落ちたなぁって、ぁあ!こら!どこ行く!」



 落雷に驚いた犬が紐を付けたまま走り出してしまった。


 伸びるものだったので、ぐんぐん紐は伸び慌てて追いかけるが、とうとう、紐を手から落としてしまった。紐を引きづったまま犬はそのまま見えなくなってしまった。


 突然の事に辺りを探し回るが、如何せん、相手は犬。こっちは年寄り。分が悪すぎた。


 肩を落として、とりあえず家に帰り子供達に相談して明日、また探そうと思ってその日は一人で夕食を済ませ床についた。寂しい夜だった。


 次の日、相談した所、警察に迷い犬として届けてみてはどうだ?という話になり交番へと赴いた。


すると、どうだろうか。あの犬が俺が来るのを待っていたかのように、出入口に座っていた。誰か保護してくれたのだろうか?不思議に思いながら中に入り、お巡りさんに事情を説明した。



「あの犬、ご主人のでしたか。いや、お久しぶりです。以前は空き巣で話を聞いた者です」


「あぁ、あの時の……。あの時はお世話になりました」


「いえいえ、わんちゃん良かったですね」


「はい。昨日の夕立の時、誤って紐を離してしまいまして、どうしたものかと相談に来たんです。でも、どうやら、その必要もないみたいです」


「実は、そのわんちゃん、表彰状並の事をしたんですよ!」


「えぇ? うちの犬が?」



 詳しく話を聞く為に近くの椅子に座ると、お巡りさんは色々と話をしてくれた。



「昨日の夜、留守宅に空き巣がはいりましてね?その家ではペットを飼ってないはずなのに、犬の吠える鳴き声が聞こえてきたので、不審に思ったその家の隣家の住民が様子を見に行ったら、犬に吠えられながら追いかけられる不審な男が居たんです。その人が慌てて通報してきて、我々が緊急出動して、現場に向かう道すがら犬に追いかけられる男を発見。直ぐに我々も応援を呼んで逮捕となりました」



 なんと、とんでもない事をしていたらしい。昨晩のサイレンはその逃走劇の物かと合点がいった。



「いやぁ、最後なんて犯人の方が助けを求めて来ましたよ。侵入していた現場に残っていた指紋とご主人の所に残っていた指紋も一致したので、同一犯でしょう。通報してきた人の証言もありますしね。わんちゃん、犯人がパトカーに乗るまでずっと唸りながら吠えてて、まるで、ご主人の宝物を返せー!って言ってるみたいでしたよ?」



 笑いながら言ってくるが、内容が恐い。あと、犯人が不憫過ぎる。


 そして、足をよじ登ろうとするな。今、手元にはちゅーるしか無いんだ。誰のせいでこんな話を聞かされていると思っているんだ。



「……… ん? 犬が怪我してますけど、手当されてますね」


「あぁ、それですか? 恐らくですが、わんちゃん、リードを付けたまま犯人を追いかけ回していたので首元と足が擦れて血が滲んでたんです。一応、私が手当させてもらいましたが、念の為、後で動物病院に連れて行ってあげて下さい」


「わ、分かりました。お手数お掛けして申し訳ありません」


「いえいえ、犯人が捕まった一番の功労者はそのわんちゃんですよ。いっぱい褒めてご馳走でもあげて下さい」



 そう言われて犬を見下ろした。もしかして、コイツは俺の為に仇討ち紛いの事をしたんじゃないか?と。


 盗まれたのは妻の形見ばかり。亡くなって四十九日法要も終わったから本当なら部屋や遺品を片付けないといけないが、それをしてしまうと本当にあいつが居なくなったと思えてしまうので、偲びなくて手を付けず、生前のままにしていた。


 それを空き巣によって荒らされ悔しくて悲しくてどうしようもなかったのを、この犬が傍で見ていてそれで今回の騒動を?



「本当にお前は変わった犬だなぁ。俺は婆さんとの思い出を壊されて確かに辛かった。でもな?お前が居なくなった方が俺は辛いよ。だってっ……本当に一人ぼっちになっちまうじゃないかっ……だから、こんな危ない事はっ……もうっ……するなっ」



 人目をはばからず泣いたのは、二度目だ。一度目は妻が亡くなった時。そして、今回の事。犬を抱き上げ抱き締めながら俺は泣いた。


ーーー我が家には少し変わった犬が居る。いや、少し所かかなり変わった犬だ。


 妻に先立たれた俺には世話のかかる不思議な犬だ。


 でも、なんとなく悪くないな。


 なぁ、お前の元に行くのはどうやらまだまだ先のようだ。



読んで下さった方々、ありがとうございます!


稚拙な文章で読みにくかったり、誤字脱字があったりすると思いますが、温かーく、優しーく見守ってくださいませ(笑)


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[良い点] サイとさんのところから来ました。 いろいろ言いましたが、やっぱりいいお話でした。 これからも頑張ってくださいまし~♪
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