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「でも結局虚構の存在は虚構でしかなく現実に人は救ってはくれない」
誰かがそう言った。それはある特定個人の言葉ではなく、S氏が相手にするマス、つまり大衆の誰もが深層心理で思っていることだった。
虚構が現実を塗り替える、そんなことは絵空事でおとぎ話にすぎない。子供が信じる夢だと。大人はそんなこと信じないし、現実という唯一絶対のリアリズムの中を生きているのだから、
フィクションなど必要ないのだと。それはある一面では真実である。虚構などなくとも、現実という世界は回っていくし、それがリアリズムというものであろう。
だが、それでも虚構を求めるものがいる。それもある種の真実である。現実という唯一のモノからの逃避先として、あるいは理想をそこに見出すために、その為にフィクションは、
嘘は、願いは、あるのだ。その想いは尊いもので、絵空事でも、美しいはずだ。だから例え現実主義者だろうと、それを否定することは出来ない。そのはずだ。ヒーローを求める想い、
現実を超越した存在を求める想い、それは尊いものだと。