「俺は瑞希さんと付き合ってます」
「ここが天堂くんのおうちー?」「片付いてるねー」「あれ、竹刀? 天堂くんて部活やってたっけ?」
十人もの高校生が入ってくると、さすがにウチも狭い。
キャッキャ騒ぐクラスの女子とファンクラブの面々にはダイニングとリビングにそれぞれ座ってもらっていた。
「それではこれから、お夕飯を作っていこうと思います」
「おゆうはん?」
和音ちゃんの言葉に疑問符を投げかけるクラスの女子。
「わーちゃんのおウチとカズオミおにーちゃんのおウチは、一緒にご飯を食べますので」
「ちょっ!」
慌てたのは俺だった。
のっけからそれ言っちゃうの、和音ちゃん!?
「一緒に!?」「え、それ高嶺さんもでしょ!?」「きゃああああ!」
「いいい、一緒だと!?」「ななな、なんと急展開!」「ずるい!」「うらやましい!」
十人が一気に反応すると、すごいうるさい。
俺は圧倒されながらも和音ちゃんに背中を押されてキッチンに立つ。
「おまえが作るのか、天堂和臣!」
「そりゃそうだよ朽木会長。まさか和音ちゃんに包丁持たせられないだろ? 危ない」
「おおお、おまえ! もしかしていつも、高嶺さんに手料理を振る舞っているわけじゃあないだろうな!?」
「そんなわけない。今日は高嶺さんが風邪をひいてるからね」
「そうです普段はおねーちゃんが作っています」
わ、和音さん!? いきなり横からなにを!
ヤバい朽木会長の目がヤバい。見開かれて俺を見てる。
「ててて、手料理ーっ! 高嶺さんの手料理ーっ!」
「すごーい! 料理を作り合う仲なんだねー」「これはもう、間に入っていけないなぁ」
「じゅ、純×和が……」
なんか和音ちゃんが満足げだ。俺の方を見て、ニコッと笑う。
どうも皆のこういう反応を見たかったようだ。
えっへんと胸を張り、
「わかりましたか、そーゆー仲なんですよ!」
俺の方へと向けて、手の平をパタパタする。俺を持ち上げている感じなのだろう。
「ふぐっ、ふぐうぅぅうーっ!」
「会長、どうなされました!」「お気を確かに!」「な、泣いておられる!」
朽木会長は涙を流しながら、俺のことをキッと睨みつけた。
「ゆ、許せん天堂和臣……。この上は、おまえの手料理が高嶺さんの口に見合うか、我々が審査してくれる!」
「ん? 味見させろってことか?」
「審査だ、審査!」
丁度よかった。俺も彼らになにか出さないとな、と思っていたところだったのだ。自分たちの食事を作るのに、お客さんたちには何も出さないとなったら時子さんに叱られてしまう。
「いいよ。皆にもなにか振る舞わなきゃって思ってたんだ。まあ、俺はまだ料理習いたてで、そんなに上手じゃないからご愛敬くらいで思ってもらえると助かる」
さっき和音ちゃんに瑞希さんの様子を見に行ってもらったら、まだ寝ているみたいだった。先に皆の食べるものを作ってしまっても、問題ないだろう。
となれば定番として、若者大好き鶏の唐揚げだ。
下ごしらえをしていると、クラスの女子たちが覗きにくる。
「へー、思ったより手際いい。ホントに習いたて?」
「最近良くしてもらってるおじさんに言われてね。男子たるもの食事の一つも作れなくちゃダメだ、って。そこのおばさんにちょこちょこ教えて頂いてるんだよ」
「あ、小麦粉じゃなくて片栗粉使わない? サックサクの唐揚げになるよ?」
「そうなんだ? じゃあ試してみようか」
棚から片栗粉を出しておく。
こんなもの、以前のウチの台所には置いてなかった。
全部瑞希さんが揃えたものだ。ここ八ヶ月くらいで、ウチの中は様変わりしている。どれもこれも、瑞希さんと和音ちゃんの色に染まっていた。
ああそうだなぁ、と改めて思う。
この半年とちょっとで、色々なことがあったんだ。
今さら外野にワイワイ言われたところで、俺たちの気持ちは揺るがない。もっと大変なことに立ち向かっていってたじゃないか。
「んー、わかってるねー。ちゃんと鳥肉をフォークで刺してる。味が染み込みやすくなるよね」
「実はまだ唐揚げだけしか習ってないんだよね。しかも習いかけ」
ふふ、と笑いが漏れてしまった。
そうだ俺はなにを慌てていたのだろう。この半年を一緒に乗り越えてきたんだ、恐れることなんかなにもない。
「……天堂くん、なんか前と変わった?」
「ん? いや別に。特になにも変わった気はしないけど」
「そうかな。前の天堂くんて、もっと暗くて、ずっと何かを後悔しているような感じだった気がするんだけど」
「さーやん、てんどーのことよく見ちょる」「見ちょるのー」
「違うから! あたしが気になってたのは純×和だから!」
そっか。言われてみれば、変わってたかもしれない。
剣道を辞めたことをずっと引き摺っていた俺。それが瑞希さんと和音ちゃんに出会って、またその道に戻ることができた。
純也と武藤さんのお陰もあるけど、全てのきっかけは瑞希さんと和音ちゃんとの出会いだったんだ。
俺は再び一歩を踏み出せた。ほんと感謝だ、瑞希さんたちに。
感謝をしているから、そう、もう中途半端な態度は取れない。
それは瑞希さんに失礼だと思うから。
「朽木会長」
「なんだね? 天堂和臣」
「俺は瑞希さんと付き合ってます」
「なななっ!?」
キャッ、とクラスの女子たちが声を上げた。
「もう正式に告白もしました。といって、告白まで至ったのはほんの少し前なのだけど」
「わーちゃんも、告白しました! おねーちゃんとカズオミおにーちゃんが、大好きです!」
和音ちゃんが俺の後ろから背を支えてくれた。力強い味方だと思った。
俺はこれで、正直に生きていける。
「だから、なんというか。ごめんなさい。俺たちは付き合ってます」
険しい顔で朽木会長が睨んでくる。
会員たちがその後ろで手を上げて声を出した。
「ゆるさない!」「抜け駆けだ!」「うらやましい!」「酷薄な事実」
その声を、
「黙れ!」
と朽木会長が制す。
「黙れ……」
うなだれながら、制す。
そのとき、ウチの玄関が開いた。
「わーちゃーん、こっちにいますってメモが置いてあったけどー?」
瑞希さんの声だ。
「……って、なにこのたくさんの靴!?」
「わー、高嶺ちゃーん!?」「主役とうじょー!」「聞いちゃった聞いちゃったー」「このしあわせものー!」
クラスの女子高生ズが雪崩れのように玄関へと向かっていった。
「ほら、こっちこっち!」
「え、でも……、なに? あ、私まだ寝間着だから……!」
「気にしない気にしない、男子も居るけどへーきへーき!」
「髪の毛梳かしてあげるしー」
キッチンまで引っ張られてくる瑞希さん。
瑞希さんを俺の前に据えて、女子高生ズは少し後ろに立つ。
「なに? どうしたの天堂くん?」
「いやまあ、ちょっと。それより体調はどうなの、風邪は?」
「うん。もう平気! 今日ずっと寝てたら治っちゃいました」
「そっか、よかった」
俺はホッと胸を撫でおろした。
横で和音ちゃんもホッとした顔をしていた。
「ねねねねね、高嶺ちゃん?」
「はい?」
女子高生ズの一人が、瑞希さんの後ろから声を掛ける。振り返る瑞希さん。
「高嶺ちゃん、てんどーくんを好きなの?」
瑞希さんは一瞬、目をパチクリ。
しかし逡巡したのは一瞬だった。
「うん、好きですよ」
キャー、と女子高生ズの黄色い声。
声は続く。
「じゃじゃじゃ、じゃあ! もう告白はされたの!?」
「された、というか、しました告白。私」
「あれ? てんどーくんは自分が告白したって言ってたけど!」
キャッキャ言いながらこっちを見る。
「おいてんどー、もしかして嘘かー? 自分から告白してないのかー?」
「いや、ちがっ!」
俺が言葉に詰まっていると、横の和音ちゃんが胸を張った。
「お二人は同時に告白しましたのです! 俺は、私は、瑞希さんのことが、天堂くんのことが、好きです! って」
「ふわわわわー!」
これは恥ずかしい、やめてくれ和音ちゃん! 思わず声が出てしまう俺だった。が。
「そうなんです。一緒に告白したの、同時に、声を合わせて」
「「きゃああああああーっ!」」
瑞希さんの言葉に女子高生ズは今度こそ大騒ぎ。瑞希さんをぺちぺち叩いている。
「いたっ! いたいです! もー」
笑いながらの瑞希さんだった。満更でもなさそう。
瑞希さんはこちらを向いた。
「で、天堂くんはなにをしてるんですか?」
「ああ、皆に振る舞おうと思って、唐揚げを作ろうかなって」
「唐揚げだけじゃあ寂しくありません?」
「うん、でも俺、他にまだ作れるものってあまりないから……」
「じゃ、私が作りますから。天堂くんはお友達とあっちでお話をしててください」
キッチンが、瑞希さんを中心とした女子連中に占拠されてしまった。
俺はファンクラブ会長たちと一緒に、リビングの方へと追いやられる。
「…………」
「…………」
朽木会長と、対面に座っている俺。気まずい。
無言の中、進む時間。キッチンから聞こえてくる、女子たちの楽しげな声だけが俺たちの耳に届く。
なにか言うべきなのだろうか。
俺はなにか喋っていいものなのだろうか。
悩みもしたが、結局のところは喋らないとなにも進まない気がして、俺は声を上げることにした。
「あのさ……」
「天堂和臣……」
俺の声と朽木会長の声が被った。ここまで二人とも無言だったのに、なんとタイミングの悪い。
「いや、お先どうぞ」
「うむ。ならば」
朽木会長に優先権を渡す。
しかし、そのまましばし無言。
彼は、キッチンの方をずっと眺めているようだった。
「高嶺さん、料理超上手だね」「え、てんどーの奴、毎日これ食べてるの? うきーゆるせねー!」「高嶺さんは純×和に興味ない?」
さざ波のように寄せては引いていく、黄色い声。
それは幸せそうな光景だった。俺も、思わず見とれてしまう。
「彼女を、変えたのだな。天堂よ」
「え?」
「僕たち、高嶺瑞希ファンクラブは、彼女を見守る会だった。僕たちはずっと見ていたからこそ、彼女が学校で無理をしていることに気がついていた」
朽木会長の後ろに座っている会員たちも、静かに話を聞いている。
「僕たちは、そんな彼女を支えたかっただけなんだよ。変わってもらう、なんて大それたことまでは考えていなかった。そんなことはできるわけないと、思い込んでいた」
「朽木会長……」
「だが違っていたのだな。彼女は変わった、キミの力で。キミとの出会いで。悔しいが、それが真実のようだ」
朽木会長が俺に右手を差し出してきた。
「認めよう、天堂和臣。キミこそが彼女のダーリンだ!」
「うらやましいぞこのヤロウ」「ずるい! でも仕方ない」「幸せかこんちくしょう」
「ダージリン野郎め」
俺は次々に差し出されてくる右手を、順に握っていった。
そうだ。瑞希さんも変わった。
以前の彼女なら、あのように友達に問われて「好き」などと答えられたはずがない。俺だけじゃなく、彼女もまた変わっていたのだ。
もしこれを成長と呼べるなら、俺はいつまでも彼女と一緒に成長していきたい。
互いを支え合って、そしてもちろん和音ちゃんと手を取り合って。三人で。
「はい皆さん、これでも食べててー!」
第一弾の唐揚げができたようだ。
俺たちの分が瑞希さんの手でリビングに運ばれてくる。
「はい! 恐縮です高嶺さん!」「高嶺さん!」「さん!」「!」
ドン、と俺は朽木会長に蹴飛ばされた。
唐揚げに群がる会長と会員たち。
え、なんで俺蹴飛ばされた!? さっき良い雰囲気じゃなかったっけ?
「ふーはははー! おまえはいつも高嶺さんの手料理食べておるのだろうて! 今日はおまえの分まで我々が全部食べつくしてやるわー!」
「そうだぞー!」「食べられると思うなよ!」「トリアゲル、揚げ鳥だけに」
なんとそうきたか! 俺は哀しい顔をしてしまっていたかもしれない。瑞希さんの方を見ると、彼女は、ふふ、と笑った。
「仲良しですね、皆さん」
「そう見える?」
「見えますよ。ね、わーちゃん?」
「見えます!」
クスクス笑う二人だ。なんとも微笑ましいものを愛でる顔で、俺たちを見つめる。
「楽しそうだね、瑞希さん」
「うん、楽しいです。ほんとに楽しい」
皆の前でこんな笑顔を見せるようになったんだな。
本当に彼女は変わった。
「ん、どうしました? 私の顔になにかついてますか?」
「あ、いや」
おっと、見つめすぎた。頭を掻いて誤魔化す。
「俺も楽しいや」
「ふふ、よかった」
俺たちは二人で笑いあったのだった。
――――。
女子高生ズがキャッキャしてる。
「あーもー、二人で空気作っちゃってぇ」
「もう一人も忘れないでね?」
「え、誰? 和音ちゃん?」
「純也くんだよ。純×和は不滅なんだから」
「「なるほどー」」
だから純×和ってなんだよ。
俺は首を捻った。




