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高嶺瑞希ファンクラブ

オマケ的な話です

 デイズニーから帰ったあとすぐに、瑞希さんは風邪を引いた。

 連休だったので次の日は俺と和音ちゃんが二人で看病したのだが、一日では熱が引かなかった。

 週明けとなる火曜日、学校を休むことになった瑞希さんは、それはそれは残念そうにしたものだ。


「今日は天堂くんと並んで登校しようと思ってたのに」


 額に濡れタオルを置いたまま悪戯っぽく言った割には、ベッドの中に顔半分をうずめて照れる瑞希さん。俺は慌ててしまった。


「そんなことしたら学校でバレちゃうよ。バレたら皆になんて言われるか」

「ごめんね、冗談」


 うふふ、と笑う瑞希さんだ。でも瑞希さんは続けた。


「学校の人間関係って難しいんだね。皆とちゃんと話すようになって、すごくそれを感じるな」

「そうだね。学校の中って狭いのに人がたくさんいるから、むしろ社会に出てからよりも難しいとかなんとか。時子さんが言ってた気がするよ」


 もちろんまだ学生の身な俺に、それが本当なのかはわからないのだけど。


「私たちがお付き合いしてることがバレると、天堂くんが困ることになるんでしょう?」

「そうだね。きっと俺は糾弾されてしまう」


 苦笑しながら答える。

 間違いない。瑞希さんにはファンクラブまであるんだもんな、なにを言われてしまうか本当にわからない。

 だから俺は瑞希さんに、学校の皆には内緒にしておこうと提案していた。まあ、純也にはバレているっぽいが。


「カズオミおにーちゃん、用意できました!」


 和音ちゃんが保育園に行く用意を終えて寝室に入ってきた。俺はベッドの傍らから立ち上がり、瑞希さんに言った。


「それじゃ、今日は俺が和音ちゃんを送り迎えするからさ。一人にして悪いけど、ゆっくり寝ててね」

「はい、いってらっしゃい二人とも。大丈夫だよ、もう治りかけだから」


 ◇◆◇◆


 和音ちゃんを保育園に送ってから自分の学校へと向かう。

 いつもの登校時間よりも遅くなった。これだと朝のホームルームが始まるギリギリ、要は遅刻寸前になってしまいそうだ。

 今さらながら、瑞希さんは毎日大変なことをやってたんだな、と思う。尊敬ものだよ。


 校門を抜けて校舎の下駄箱へ。

 急いで上履きに履き替えて教室へと向かう。本当にギリギリだった。

 一段抜かしで階段を上がり、廊下を早歩きする。

 そろそろ教室だぞ、というところで突然声を掛けられた。

 純也だった。


「おい、和臣……」

「おはよ純也。なんだこんなところで」

「おまえを待ってたんだ。悪いことは言わない、今日はこのまま引き返して学校を休め。できれば高嶺さんと一緒に」


 なにを言ってるんだ、純也の奴?

 冗談口にしては真面目な顔なので、俺は戸惑った。それに。


「どうして瑞……、いや高嶺さんがここで出てくるんだよ。俺とは関係ないだろ」


 純也は俺と瑞希さんの関係を知ってるが、口に出さないという暗黙の了解があったはず。なにを言い出してくれてるんだ。

 ちょっと不満げな声を出してしまったかもしれない。どうしたんだ純也め。

 しかし純也は、そんな俺にお構いなしで続けた。


「いいか聞け。バレたぞ、おまえたちのことが、全校中にバレた」

「え?」

「一部めんどくさい奴らがいる。だから、今日だけでも帰っておけ」


 バレた? なにが? いやそれは聞くまでもない。

 なんでだ? 学校ではこれまで以上に最近距離を取っていたつもりだったのに。


「天堂和臣!」


 そのとき背後から声を掛けられた。

 なにかが煮えたぎっているような声。それでいて溢れそうな感情を押さえつけているような声だった。

 俺は振り向く。その寸前、視界の端で純也が「遅かった」という顔をした。


「はい……?」


 見覚えのない男だ。ネクタイの色から見るに、俺と同学年。眼鏡を掛けて痩せている。


「どちらさまでしょう」

「僕は朽木順平! 『ファンクラブ』の会長をさせて貰っている者と言えばわかるかな?」


 ファンクラブ。誰の、とは聞くまでもあるまい、瑞希さんのファンクラブだろう。


「わかるけど、その『高嶺さんファンクラブ』が俺になんの用です?」

「なんの用!? なんの用と来たよみんな!」


 ぞろぞろと、俺の周りに人が集まってきた。

 え、なに? なんだ? 突然男子生徒の群れに囲まれた。


「おまえさ、高嶺さんに合ってないから!」「図々しい!」「成績だって特別良くない、部活をやっているわけでもないよねキミ!?」「ポッと出の癖にぃ!」


 決して手を出してきたりはしないんだけど、圧がすごい。

 十人近くに囲まれて輪を狭められている。

 バレた、と純也は言っていたが、いったいどこからバレたのか。

 俺は苦し紛れに声を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、なんの根拠があっておまえら……!」

「根拠だって? こんな明確な証拠を見せつけておいて、なにを今さら!」


 正面に立っていたファンクラブ会長――朽木会長が、スマホを弄り出した。

 そして俺の目の前にスマホを突き出して、動画を再生する。


 それは大手動画投稿サイトにアップされた動画だった。

「街で見掛けたキュートなカップルたち」と英語でタイトルが書かれている。


「You two look good together. Lovers?」(お似合いだね、恋人同士?)


 動画投稿者の質問に、ピースをしながら笑っている俺。後ろには瑞希さんが居る。

 そうだ思い出した、渋谷まで和音ちゃんへのプレゼントを買いにいったとき、確か動画を撮られていた気がする。あのときのか。


「メンバーの一人が偶然見つけたこの動画、おまえなんと言い訳するつもりだだだ!」


 テンション高いな朽木会長。そしてそのまま続ける。


「この動画の投稿日は夏休みに入るもっと前、少なくともその頃からおまえは高嶺さんにちょっかいを出していたということになる!」

「ちょっかい、ってそんな……」

「黙れ破廉恥な!」


 うお、被せるように叫ばれた。面食らってしまい黙ってしまう俺。


「僕たちは、おまえの抜け駆けを許さない。これまで僕たちの会は高嶺さんのことを見守っていく方針だったが、おまえみたいなのが出てきたならそうもいくまい、全力で対抗させてもらう!」


 対抗って言われても……。

 なにをどうするつもりなんだろう。


「ところでおまえ」

「ん?」

「まさか、手なんて繋いでないだろうな?」

「え……」


 俺は反射的に目を逸らしてしまった。


「なんだその反応! おまえ、おまえ! あああーっ!」


 ぱたり。なんだ突然膝をついたかと思ったら、そのまま倒れたぞ?


「か、会長ーっ!」


 周りのファンクラブ会員たちが声を上げた。


「貴様、よくも会長を!」「繊細な方なのに!」「うらやましい!」「タンスの角に小指をぶつけろ!」


 囲まれたまま再び糾弾される俺。囲みの外で見ている純也に助けを求めてみる。


「どうにかしてくれよー」

「だから帰れと言っただろ。面倒なんだ、そいつら」


 本当に面倒くさい。囲みがどんどん小さくなってくるのに、決して俺自身には手を振れないのだ。最低限の距離を器用に保ちながら、言葉だけで攻撃してくる。

 と、そのとき予鈴が鳴った。


「覚えてろー天堂和臣!」


 倒れてしまった朽木会長に手を貸しながら、会員たちが散っていく。

 まるで蜘蛛の子を散らすように、ぴゅーん、と一瞬で。


「覚えてろってさ、和臣」

「あああ、忘れたい。なかったことにならないかな純也」


 純也は同情めいた顔を見せながら肩を竦めた。

 こうして、ひょんなことから俺と瑞希さんの関係はバレてしまったのだった。


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