鷹は羽を愛でる
「国王陛下。勝負はすでに決しているではありませんか。」
あの高貴な中年の騎士が声を発す。
最初にシャリアが的を射ぬいた時に声を上げたのも彼であった。
「ルドロア大公、なぜそうお思いか?」
“ルドロア大公”。
彼は先王の息子で陛下の兄君である。
(あの方がルドロア大公。どうりでウィルヘム殿下と似た雰囲気をお持ちで。)
剣才に恵まれた兄と知性に溢れた弟。
兄は騎士団長に弟は国王となり各々の才を生かしているのが現在のキャベリア国である。
「戦いでは人のなりというものが見えます。」
大公はそう言いつつ携えている剣の柄に手を添えて言葉を続ける。
「弓の腕前は勿論のこと、シャリア様こそ“完璧な淑女”であります。淑女という型にはめてしまうのをもったいないと思う程に。そんなシャリア嬢が我が国の恥、、、になりうるのでしょうか。」
兄の言葉に陛下は大きく頷いた。
「エネット公爵。貴殿はこれまで見てきてどうお思いか?」
夫人達の失言についても陛下の会話に口を挟む非礼さについても、国王はみなまで言わない。
「は、、はい。私もルドロア大公殿と同意見でございます。エネット家は陛下のお考えを全面的に支持させていただきます。」
エネット公爵は妻達の失言に気付いておきながら発言しなかったことを後悔していた。
なにせ彼は商才を買われただけの肩身の狭い婿養子なのだ。
今は保身のため必死に国王を担ぐのはある意味彼の商才といえるのかもしれない。
「商才に優れたエネット公爵にそう言ってもらえて嬉しいよ。」
「、、、ありがとうございます。」
「ではこの勝負シャリア嬢に軍配があがったということでよいな。」
満足気な顔で言いきった国王に誰も異議は唱えなかった。
(陛下は私が勝つと確信した上で、エネット夫人を焚き付けたのだろうか。)
エネット夫人達の非礼さを追及せずに恩を売ることで、鉄資源を握るエネット公爵家を敵に回さず黙らせるという抜け目のなさ。
(今後私をウィルヘム殿下の婚約者にする上で障壁となるエネット公爵家の発言力を奪うとは恐ろしいお方。)
うなだれていた夫人はやっと過ちに気付いたのか小さく陛下に謝意を示したが、オルヴィはうなだれたままだ。
シャリアも誰も気付きはしなかったがオルヴィは形の整った唇を噛み締めていた。
・・・
「それでは素晴らしい弓の腕前を見せてくれたシャリア嬢から、狩猟で最も功績を残したウィルヘム・ハイドレに労いの言葉が贈られる。」
陛下の御前で私にすっと跪いたウィルヘム殿下。
見計らって騎士が私へ3本の矢を渡してきた。
矢羽には鷹が使われているようで流石王家主宰といえる。
(これがキャベリアの狩猟での褒美。)
イリージアでの狩猟会を思い出し複雑な気持ちも芽生える。
私の胸中を知るはずのないウィルヘム殿下は私を真っ直ぐに見上げている。
もう狼狽えては駄目と言い聞かせて3本の矢を殿下へと差し出す。
「此度の狩猟にて功績を残されたウィルヘム・ハイドレ殿下にこの矢をお贈り致します。」
「ありがとうございます。」
私から矢を受け取ると右手で握り腰へ携えた。
一悶着あって労いの言葉を任されたのです。
フィオネ王女の手前、恥じないものを贈るべきですよね。
頭を下げて膝を折り敬意を示す。
「キャベリア国王太子ウィルヘム殿下。その腕前は鷹のようです。王家の誇る鷹はまさしく3本の矢。鷹の羽としてより一層の忠義をここに。」
“殿下の腕前は狩の天才、鷹のようです。王太子であられる殿下は強固な力をお持ちです。王家に仕えるフォンゼル公爵家としてより一層の忠義を捧げます。”
「忠義をここに」で胸に手を当てて一拍置き、顔を上げる。
「これからも幸あることを。」
終わったはずだが拍手も起こらない。
周りを目で見渡しても何かを待つように沈黙が貫かれている。
「シャリア嬢。」
静けさの中で凛とした殿下の声が私の名を呼んだ。
殿下は跪いたまま腰に携えたはずの矢を1本差し出した。
「鷹の羽にこれを。」
皆が固唾を飲んで私を見る。
王家主宰の狩猟会で功績を残した者にしかもらえない鷹の矢。
これを貰えば一躍社交界でも名を馳せる。
王子といえどもそれは一緒であり、貴重な1本を贈るのは確実に特別な意味を持つ。
“家紋に鷹の羽を持つフォンゼル公爵家の忠義に。”
はたまた羽は鷹とともにあることから
“私の婚約者となる貴女に。”
と言ったのか。
(後者でないことを願いたい。)
彼の瞳に宿る意思に私は微笑みかける。
「数ある中の羽に過ぎません。(王家に仕える一公爵家に過ぎないのでとても受け取れません。)」
遠回しに拒絶を示すと名家はお互い探り合う。
(もしやフォンゼル公爵は王家に嫁つがせるつもりはないのではないか。)
(私共に追い風かもしれんぞ。)
「真に空を統べる鷹の羽は目を見張るものだ。それを見間違うことはない。」
“独立した我が国へのフォンゼル公爵家の忠義は多大なものだ。その忠義は抜きん出ている。”
“王妃は才色兼備である。その王妃となる人物を見間違うことはない。”
まさしく殿下は鷹の瞳を向けている。
はっきり拒絶してしまいたいけれど、そうもいきません。
王家を敵に回さず、家名を汚さず、私が公爵令嬢として他家と婚約できる逃げ道は、、、。
殿下の手から鷹の矢を手に取り、矢を目の高さに上げてその姿を上から下まで流し見る。
(見事な羽根。白色とは珍しい。)
矢を左手で持ち、矢羽をそっと右手で撫でる。
「抜け落ちた羽根が風に飛ばされる中、こうして手元に残るのはほんの一握りです。鷹の羽はいついかなる時も鷹と共にあり続けます。それが喜びなのです。」
眺めていた矢を殿下へと差し出す。
「ですからこれを持つべきは殿下にございます。」
見上げていた鷹の瞳が和らいだ。
「、、、そうか。ならばこの羽は私が大事に持っておこう。」
殿下は矢を大事そうに受け取ると他の2本とは反対の手で携えた。
“時に裏切りも起きる中、忠義を捧げ続ける者は限られてきます。フォンゼルは変わらず忠義を捧げ続けます。それが我が家の喜びです。”
“数ある名家の令嬢から殿下の婚約者は選ばれます。そんな婚約者は王妃となって生涯殿下に添え続けます。それが名家の令嬢としての喜びですから。”
フォンゼル家としてまたは婚約者について、どちらでもとれる発言で場をしのいだ。
殿下があえて矢ではなく羽と言ったことが、私の思惑を見透かされたように思える。
立ち上がった殿下は拍手に応えるように軽くお辞儀をした。
金色が光を宿し見つめる白き羽が青空の下でよく映えている。
そんな白き羽に記憶の中の眼で映したはね雲を思い出した。
見上げた空はただただ青く、頭上に広がっている。
虚空の途方の無さに手を握りしめて地面を見つめれば、雨の匂いが香り立つ。
「素晴らしいものを見せてくれた。また近いうちに。」
そう陛下に言われたことはうっすらと覚えているが、フィオネ王女らとどう別れてきたのか、雨足にかき消されたようにはっきりと覚えていない。
揺れる馬車の音に雨音が混じる。
馬車の小窓に伝う雨粒をセシリアの瞳が映し出した。
汚れた手足、苦しい胸の痛み、芯から冷えきった身体。
それと―――。
雨粒の垂れる黒髪に重なる面影。
セシリアは雨に打たれる。
――――――――――――――
キャベリア国での狩猟会から遡ること数日前。
かのイリージア王国では国王が臨時の会議を開催していた。
「このように集まってもらったのは火急の要件があってだ。」
国政の重鎮が集まる中で国王は重い口を開く。
「実は、、、、我が妹セシリアのことで伝えておくべきことがある。」
国王の口にした予想だにしない名前。
しかし、その後の言葉に皆は驚きの声さえ上げることは出来ない。
―――――――。
張りつめた空気が場にいる者達の衝撃さを物語る。
国王は側に控える騎士に視線のみを送った。
背筋を伸ばし黒に身を包んだ騎士。
分けられた黒き前髪が少しばかりかかった瞳は揺らぐことなくどこかを見ている。
すると澄んだ菫色が僅かに揺れ動き、瞳孔が開く。
瞳には青空に広がる優美なはね雲を映していた。
――――カチャ。
静けさに包まれた部屋に金属音が響いた。
重大な会議にて帯刀を許されているこの騎士はかつてのセシリア王女付きの騎士。
そして現近衛騎士団長にして国王付きのマグルド・カルティエ伯爵である。
鞘に手を掛けている彼の腕章は白から赤へと染まっていた。
お読みいただきありがとうございます。
羽根と羽ではどうやら意味合いが違うようで、羽根は抜け落ちた一本を、羽は体についた状態をさすみたいです。
シャリア達の意味合いが伝わると良いのですが、、、。




