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幻想なる君へ



「姫様、またこちらに。」



城壁の上で夜風に髪を委ね、一人佇む女性に声をかける騎士。

少し息の上がった様子から走ってここに来たのだろう。


見上げていた顔を騎士へ向けると彼女は微笑んだように見える。

月が明るいとはいえ表情までも鮮明に照らされてはいない。

しかし、騎士は彼女の微笑みを確かに感じた。



「一人で行動なさらないでください。せめて侍女の一人でも連れてくだされば。」



騎士の心配は余所に彼女は再び空を仰ぐ。


さらりと揺らめき月光を反射する髪はどこか幻想的で、触れてしまいたいという衝動と汚してはならないという相反する感情を湧きあがらせる。



「貴方様が来てくださるではありませんか。」



気づけは髪を軽く押さえた彼女の瞳に騎士は映っていた。

騎士の一瞬の怯みが何を意味するのか彼女は考えることはしない。



「もう夜風が冷える時期になります。こちらを。」



着ていたコートを彼女へ触れないように注意し優しく掛けると、白く華奢な手がその襟元を掴んだ。



「本当に冷える時期になりました。少しの間こうしていても。」



まだ彼女の肩の上にある己の手を見つめた騎士はコートに触れるかどうかの距離を保つ。

そのことに気づいたであろう彼女は襟元を掴んでいる手に口を寄せて背中を少し丸めた。



彼女より一回り以上大きなコートの中でうずくまる姿は、まるで騎士に抱きしめられているようである。


そして彼女が自身の手に寄せた唇は溢れる感情を抑えている仕草に思える。



背中で揺れる髪を見つめていた騎士に彼女の様子を分かりはしない。




言葉を交わさずただ夜に身体を預けた二人を、雲で消えた月は照らすことはなかった。







秋も深い夜だった。



騎士は倒れた彼女を恐る恐る抱き上げる。



騎士の腕の中でだらんと垂れた四肢は冷えきっていた。

固く閉じられら深い青き瞳も、もう彼を映しはしない。



「………。」




騎士の口にした言葉は二度と彼女に届きはしなかった。


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