少女の話
不意に風が吹いて、顔を上げる。紺青の空に長い金髪がたなびいた。
────────隣に佇むのは、薄く茶色がかかった金髪を持つ少女。
緩やかに編まれたそれは街灯に煌めいて、ふと綺麗だと感じた。
本当に綺麗だ。髪はもちろん、顔立ちもまるで天使のよう。肌は陶器のように滑らかで白い。蒼の瞳には穏やかな光が宿っている。
夜の闇の中でもこんなにも美しいのだ。太陽の下で何も知らない人が見ればどれほどだろ。美しくも無邪気で可愛らしく見えるに違いない。
そんな麗しい少女のうちが狂気に満ちているなんて誰が思うだろう。虫も殺せぬような顔をして何人を殺してきたか。その被害者たちはどんな無惨な姿へと成り果てたか。
美しい蒼の瞳に写っているのは花でも月でもない。二個の遺体。うち一個は常人ならば見れないほどに損傷が激しい。
ふわりとこちらへ向き直った。
ああ、もしかして天使というのもあながち間違いではないのかもしれない。悪魔は確か天使が堕ちたものだったはず。
一瞬、彼女の揺れた三つ編みははらわたのように見えた。
なぜはらわたなんだろうか。あ、今さっき見たからか。
少女の後ろにある。遺体たちの方に目をやる。すると後ろで倒れていたはずの男が少女に一撃を与えようとしていた。
瞬きすると男の首にはナイフが一つ。
「やっぱりちゃんと殺さないとね」
鈴を転がしたような声が響く。台詞とは真逆に柔らかい。「やっぱりお菓子は美味しいね」とでも言ったほうがしっくりくる。
「殺さなきゃならねぇのは賛成だがな……。そこまでしなくてもいいだろう。」
少女はまた遺体に何度もナイフを振り下ろす。臓器を出し、部位を切り落とす。
「ん〜。なんで?」
心底わからないのだろう。キョトンとした顔で手を止めた。年相応な顔のはずだがその所業のせいだろうか。彼女のうちの狂気が染み出しているように感じた。
「片付けるのが俺だからだ。」
「そっか。でも片付けなくて良いじゃない。どうせ誰かに見つけさせるんでしょ?」
「なんのために殺しをやっていると思っているんだ。」
「え〜と……。なんでだっけ?」
この少女は純粋に楽しんでいたんだな。殺しを。
全身に寒気が走った。俺もこんな仕事をしているんだ。殺しにも遺体にも慣れた。しかしそれらを楽しむことは永遠にできない。
少女とコンビを組んではや半年。俺まだきちんとこの存在を飲み込めていなかったようだ。
声が震えそうになるのを抑えようとする。幸い少女は素直に感情を出す。俺は嫌われていないどころか懐かれている。大丈夫だ。
改めて説明しようと口を開く。
その時。
コツコツと石畳を歩く音が響いた。息を潜める。
段々と近づき、止まった。
「誰かいるのかい?」
俺たちいる路地裏を覗き込んだのは初老の紳士。
善良な市民なら殺したくないが……。少女は喜んでしまった。新しいおもちゃをもらった子の顔をしている。止めれば少女は拗ねる。拗ねればいうことを数ヶ月は聞かなくなるだろう。その数ヶ月で善良な市民が何人殺されるか。
……すまない。
こちらを見ている少女にゆっくりと頷いてみせる。
また新しい紅が広がった。
場所、2人の正体、そしてこれから。想像で補ってくださると嬉しいです。