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10 ゴブリンの集落

「ここがゴブリンの集落か」


 ゴブリンたちに説明を受けつつ案内されたのは、思っていたより立派な村だった。

 いくつかの藁葺き屋根の家があり、井戸や櫓といった村の共用施設も存在する。

 ゴブリンにそれらを作る技術があるとは思えないので、おそらくは昔の大戦時にここにあった人間の村を奪い取ったものなのだろう。

 その証拠に、建物が補修された様子はなく、どれも老朽化が酷くて今にも崩れ落ちそうだった。


「ちょうろう、こっち」


 ゴブリン子供――名前はバズとガッガと言うらしい――の二人は、俺たちを手招きして奥の家へと案内する。

 俺はマフを村の入り口で待たせつつ、ユアルと二人村の中へと足を踏み入れた。


「……ゴブリンくさいな」


 決してゴブリンに対して差別的に言ったつもりはない。

 純粋に獣のような匂いが蔓延しており、その村は臭かった。


 遠巻きに何人かのゴブリンたちがこちらを見つめている。

 襲いかかるような気はないらしいが、どうにも警戒されているようだ。


 村の様子を観察すると、いたるところにゴブリンの生活痕があり、彼らの暮らしの様子が見て取れた。


「……ここ」


 バズが集落の奥まった地にある、草を編んだ小さな小屋の前で立ち止まった。

 どうやら犬小屋のような小屋だけがゴブリンたちが一から自分で作ったものらしい。

 俺は体を屈ませて、失礼のないように気をつけながら中へと顔を出す。


「ちょうろう、にんげん」


 バズの声に、敷かれた草の上に寝ていたゴブリンが体を起こす。


「よくきた」


 バズよりも少し流暢な共通語を話しつつ、顔に深いシワが刻まれた老人のゴブリンはこちらを向いてそう言った。

 俺はそれに向かって頷く。


「俺は旅人のエディン。こっちはユアル」


「ボバブぞくのおさ、ドド」


 彼は俺の言葉に応えて、ゆっくりとそう名乗った。

 俺はそれに頷き、本題を切り出す。


「で、村に流行り病が蔓延してるんだって?」


 俺の言葉にゴブリンの長老は頷いた。


 バズとガッガから道すがらに聞いた話では、少し前から集落に病が流行り始めたとのこと。

 祈祷をしても効果がなく、次々に大人たちが倒れていき死者も出ている。

 このままでは村が全滅すると思って、人間たちを探していたらしい。


 長老は口を開く。


「くすり、ほしい。なんでも、する」


 バズとガッガの話によれば、ゴブリンの中でも「人間の手を借りるなんて恥知らずだ」と意見が割れているらしい。

 だが長老はこの村を守る責任がある、として若く人間に特別な恨みもないバズとガッガに頼み、なんとか人間を連れてくるよう命令した。

 とはいえバズとガッガもその命令には完全には納得しておらず、襲えるようなら襲って薬を奪い取る……ということも考えていたようだが。


 ちなみにここまで聞き出すのに、だいぶ苦労した。

 ゴブリンはお世辞にも共通語が上手いとは言い切れないからだ。


 俺は長老のお願いに、首を横に振った。


「残念だが薬は持ってないし、持ってくることはできない。こっちにも事情がある」


 今の俺たちは追われる身だ。

 おいそれとできない約束をすることはできない。


 一瞬長老が何かを言いかけたが、それを制するように俺は言葉を続けた。


「だが、たぶん解決はできる」


 俺の言葉に、長老は言葉を失って目を見開いた。

 俺はそれに笑って返し、バズとガッガを指差す。


「人手が必要だ。ちょっとこいつらを貸してくれ」





「これ、なに?」


 俺はバズとガッガを連れて来たのは、集落の端の木々の開けた柔らかい地面の場所だった。

 そこにバズとガッガに命じて穴を掘らせる。

 掘った穴に木の板で囲いをしたあと、上から蓋を被せる。

 そうしてできたのは、木の板で囲った穴だった。


「これはな……便所だ」


「べんじょ」


 バズは俺の言葉を復唱する。

 俺は腕を組んで頷いた。


「ここにうんこする」


「うんこ」


「うんこ! ひゃひゃ」


 ガッガがうんこという言葉に反応して笑い出す。

 子供はうんこが大好きだからなぁ。


「そうだ! うんこだ!」


「うんこ! うんこ!」


 バズとガッガが二人してはしゃぎだした。

 俺もつい二人と一緒に「うんこ!」と叫びながら踊ってしまうが、すぐに我に返り踊りをやめる。

 俺は大人なので、うんこではしゃいだりはしない。

 10分も踊っていないはずだ。偉い。


「……こほん。見れば、この村はどうもうんこへの意識が低い」


 意識高いうんこがどういうものなのかはわからないが、排泄物がそこらに捨てられているように見えた。

 だからこの村に入ったときすぐの印象は「ゴブリン臭い」だったのである。


「おそらく、うんこが井戸の近くに捨てられてるせいで井戸が汚染されたんだ」


 俺は昔、雑用として疫病の対応に当たったことがある。

 騎士団の連中や貴族たちは流行り病が怖くて誰も対応しようとしなかったので、俺が代わりに指揮を執ることがあった。

 そのとき話を聞いた腕利きの医者に聞いたのが、「瘴気」という概念だ。

 あまり広がっていない話ではあるが、じめじめとした場所やうんこといった汚いものには瘴気が溜まりやすいらしい。

 それは病人も同じで、病人のうんこが少しでも井戸に混じったりすると、その水を飲んだ者たちに病気が感染してしまう。

 直接井戸にうんこを捨てなかったとしても、近くに捨てたことで地面を通じて徐々にしみ出すことがあるのだ。


 全てその医者の受け売りなのだが、そんな話を二人のゴブリンに聞かせた。


「だから少なくともしばらくは井戸の水は飲むな。面倒でも川へ行って汲んでこい。ああ、あと物を食う前に手洗いも忘れるな。目に見えなくてもうんこがついてるかもしれない」


 俺の言葉に、ゴブリンの子供たちは「うんこ! うんこ!」とひとしきり笑ったあと、「わかった」と答える。


「エディン、ものしり!」


「すごい! うんこ!」


「俺はうんこじゃない!」


 そうしてゴブリンの子供たちに懐かれながら、俺はゴブリンの集落にトイレを作ったのだった。

 ちょっとした大工ぐらい、この雑用騎士様に任せておけ――って言ってて悲しくなってきたな。

 騎士とは、いったい……?

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