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絶対にモテない男 ~交尾編~

作者: 安藤ナツ

 人には知られたくない秘密、と言うのは誰もが持っているものだろう。

 そして、それと同じくらい知りたくなかった人の秘密と言うものもある。

 なんとなく覗いてしまった自由ヶ丘利人のパソコンのディスプレイに映っていた『AV』と言う名のフォルダも、知りたくなかった秘密に当たるだろう。いや。利人だって年頃の男の子なのだからそう言う物に興味があったとしてもおかしくはない。だけど、やっぱりちょっと意外だ。きっと、子供の部屋でエロ本を見つけたお母さんの気分はこんな感じに違いない。

 いや。知らんけど。

 知らんけど、なんかショックだ。

 …………。

 切り替えて行こう。これは利人をからかう絶好のチャンスだと思えば良い。


「あれれーおかしいぞー」

「なんだよ? うざいノリ止めろよ」

「どうして利人のパソコンに『AV』なんて項目があるのー」


 言って、私はマウスを奪うと『AV』をタッチする。さてさて? 利人はどんなえげつないのを見ているのかな? ニヤニヤと笑いながらどうやってからかおうかと考える私の視線の先に映ったのは――


「あ。見ない方が良いぞ」

「そんなにエグイの隠しているの――って!? うひぃ!?」

「言わんこっちゃあない」


 ――画面一杯にアップされた二匹の虫の画像だった。生き物は嫌いじゃあないけど、虫だけは駄目だ。生理的に受け付けない。クソ! あれか? 自分のパソコンを盗み見た愚か者に対するトラップか?


「いや。普通に『動物動画』――『Animal Video』の『AV』だが? それは画像データだけど」

「なんでそんなややこしい名前にしてるの!? しかも、昆虫じゃん!」

「昆虫は分類上れっきとした『動物』だからセーフってことで」


 あ。そうなんだ。哺乳類とか爬虫類見たいのが動物で、昆虫は昆虫で別のカテゴリだと思っていた。明らかに身体の構造が違うしね。いや、でも虫はインセクトだろ。利人の奴は無駄に記憶力良いからな。厳密にフォルダを分けなくても探すのに苦労しないから、カテゴライズが適当なのかも。

 何にせよ、動物動画ならウサギとかアルパカとか入れて!


「この虫は動物界節足動物門昆虫網咀顎(そがく)目コチャタテ亜目のトリカヘチャタテ属のトリカヘチャタテだ。比較的最近ブラジルで発見された昆虫で、日本人を含む研究者がイグノーベル賞を取ったことでちょっと話題になったな。名前の由来はきょうだいで男女が入れ替わる古典文学『とりかへばや物語』に由来する。こうやって、外国の種にもきちんと和名を与える日本の研究者は偉いよな」

「知らないよ」


 ちなみに、イグノーベル賞は知っている。笑える研究に対して贈られる賞で、要するにノーベル賞のパロディだ。やたら日本人が受賞することで知られていて、カラオケとかたまごっちも受賞したことがある。ただ、馬鹿にした物ではなく、後になって重大な研究の助けになることもあるらしい。

 最早、もう私にはよくわからない賞である。


「知っとけ。この虫は男女の貞操観念が逆転していることで有名なんだ」

「えっと? タツノオトシゴみたいに雌が雄に卵を産卵するってこと?」


 そんなマイナージャンルなエロ漫画みたいな虫がいるのか――とは言えないので、的確な例を出してお茶を濁しておく。しかし、貞操逆転と来たか。流石は四十六憶年の歴史を持つ母なる大地。人類がようやく到達した領域は既に通過済みだったということか。


「タツノオトシゴとも微妙に違うんだな。あいつらは雌が卵を雄の身体に渡して受精するが、こいつは雌に雄みたいな陰茎がついていて、雄から精子を奪い取るんだ」


 それこそエロ漫画のサキュバスかよ。所詮、人間の想像力は偉大なる地球を超えることはないんだなって。


「ある種の昆虫の雄は精子と一緒に栄養の詰まった袋を雌にプレゼントするんだけど、このトリカヘチャタテの雄もそれだ。確実に自分の子孫を残すために、精子と一緒に雌に栄養を与えるわけだな。産卵は大量のエネルギーを必要とするから」

「交尾中に喰われるカマキリも見習えば良かったのに」

「確かに。ちなみに、あいつはゴキブリ目の昆虫だぞ」


 うわ。いっそうカマキリが嫌いになった。


「で、話を戻すと、トリカヘチャタテのメスは進化の過程で雌が雄に陰茎を挿入するようになった地球上でも珍しい昆虫なんだよ」

「まあ、そりゃ珍しいだろうね。でもさ、どうしてそんな奇天烈な進化をしたわけ? デザイナーがいるとしたら、正気を疑うけど」

「インテリジェント・デザイン論か? まあ、嫌いじゃあない。神様が思慮の浅い馬鹿野郎だってことだからな。ここは真っ当にダーウィン先生風に考えよう。進化論から行けば、そう言う奴が生き残ったからだな。トリカヘチャタテが生息している地域は栄養素が少ない。だから、産卵するために沢山の栄養を持っている雄と性交する雌の方が子孫を残しやすい」

「そこまではわかるよ? 要するに、虫もお金持ちと結婚したいってことでしょ?」

「そうそう。虫も人間も結婚に求めるのは甲斐性だ。トリカヘチャタテの場合、それは雄が結婚の為に貯蔵している栄養を意味する。多分、最初の頃は普通に交尾する時に渡していたんだろう」

「人間で言えば、男の人が相手の家にお金を持ってくる感じ?」

「近いかもな。でも何時頃からか、雌がそれをかなり強引に要求するようになった」

「人間で言えば、結婚してやるから金を寄こせって感じ?」


 結婚したらATM。男女平等によって家庭内ヒエラルキーは最下位。

 がんばれ、世の中のお父さん。


「で、更に長い時間が流れ、雄の栄養を無理矢理奪い取る為に、雄に自分の性器を差し込む雌が産まれたわけだ。陰嚢に似た器官を発達させた唯一の雌、トリカへチャタテがな」


 中間はしょり過ぎじゃない?


「その理屈で言えばトリカへチャタテ以外の生き物だってそう進化しても良いわけじゃん? だって、効率的な手段なんでしょ? どうしてトリカヘチャタテの雌だけがそうなったの? そう言う動物が他にいても良いじゃん?」

「それはだな――」

「それは?」

「――そう言うこともあるとしか言いようがない」


 ずこっ! わからないのかよ! 偉そうに説明しておいて!

 今までの説明は何だったんだよ!


「進化って言うのは、基本的には予測可能だ。収斂性があるからな」

「収斂?」

「環境が似ていれば、進化の方向性も似通うんだ。それを収斂進化と呼ぶ。例えば、サメとシャチの祖先は大昔に袂を別って、魚類と哺乳類に別々に進化した。が、大海原と言う環境に合わせて似たような姿形になっただろ? そう言った例は沢山あって、環境が似れば進化も似て来る。それを収斂進化と呼ぶんだ」


 なるほど。


「ただ、例外もある。果物の名前の由来となったキウイは、他の鳥類には見られない進化を果たした鳥で『名誉哺乳類』なんて呼ばれているし、中国人が作った模型だと生物学者が存在を信じなかったカモノハシ、そして俺達人類も他の生物と比べると独自の進化をしている。あ、別にだから優劣があるなんて話しじゃあないぜ? ただ、収斂するばかりが進化じゃない。進化は未だに予測できないことや、説明が難しい要素があるってだけの話だ」


 まあ、そりゃそうか。実際に目の前で進化する様子を見てきたわけでもないし、完全な説明っていのは難しいに決まっている。恐竜が鳥類に進化したのは化石からみても間違いないかもしれないけど、一から十までを記録していな限り、想像の余地があるわけだし。

 進化論は何処まで行っても机上の空論で、一部の人が受け入れないのもわからなくはない。


「さっきのイグノーベル賞を受賞された研究者達は、そんな奇妙な進化や生態について調べているみたいだな」

「へー。それは真っ当な研究じゃないの? なんでそれがイグノーベル賞になるの?」

「詳しい選考理由は知らないけど、多分、雌に陰茎があるって言うのが非日常的で冗談みたいだからじゃないか?」


 うーん。わからん。

 いや。そんなこと言ったらイグノーベル賞自体がわけわかんないけど。


「まあ、昆虫はその種類が膨大だから研究の進んでいない種が多いけど、トリカヘチャタテはその性質が面白いから沢山の人が興味を持っているんじゃあないか? その内にもう少し詳しくわかるかもしれないぞ」

「ふーん。昆虫ってそんなに種類がいるの? 何種類くらい?」

「日本だけで三万種。世界全体で一〇〇万種って言われているな。昆虫以外の生物全てをひっくるめた数を圧倒するくらい、昆虫の種類は多岐多様に渡る。まあ、実際に発見されていない種も同じ数存在すると言っている人もいるけどな。実際、このトリカヘチャタテは二十一世紀になってから発見された新種だから、昆虫の種類らこの瞬間も増え続けているはずだ」

「多っ!? 誰が数えているの?」


 でも、個人的なことを言わせて貰えば、『装備の数は一〇〇万種以上!』って書いてあるゲームは地雷だ。実際に使える武器は一握りで、水増し感が凄い。


「昆虫は地球上で最も繁栄している動物だって言う研究者もいて、ある一地域の蟻の総重量は、地球上の哺乳類の総重量よりも多いと言われている。『虫けら』みたいに馬鹿にされることも多い昆虫だけど、虫は決して矮小で惨めで取るに足らない生き物じゃあない。人類の誕生以前から存在するカテゴリで、文明なんて歯牙にもかけない程の歴史を昆虫は持っているんだ」

「へー」


 そう言われると、このディスプレイに映る気持ち悪い二匹の昆虫も凄い立派な生き物に見えてこなくもない。生命が神秘なら、交尾も神秘なんだなって思いました、まる。

 って、あれ? 

 今思ったんだけど、これが交尾の写真ならやっぱり『AVアダルトビデオ』じゃん!


「ああ。正確には『動物の交尾画像を集めたフォルダ』で、略して『AV』だから」

「くっだらねー」


 得意気な顔をする利人の頭を軽く叩き、マウスを奪い取って他のファイルを開く。表示されたのはハエ? アブ? みたいな昆虫の画像だ。同じ種類に見える二匹の昆虫がくっついていて、一匹は違う種類の虫を食っている。

 また虫かよ。


「それはオドリバエの一種だな。雄が雌に餌をプレゼントする種がいることで知られている」

「昆虫の雄も大変だな」

「オドリバエの中には、糸で得物を包装ラッピングする種がいるんだけど、面白いのは更にその中には丸めただけの糸をプレゼントする種もいることだ。産卵の際に必要な栄養の為に得物を渡すって言う段階が形骸化しているんだ」

「へー。それは確かに面白いね」


 …………。

 適当に相槌を打ちながら思う。

 女の子に昆虫の交尾画像を見せて嬉々として解説するこの男――絶対にモテないだろ。






 ちなみに、個人的に一番エロいと思った交尾はナメクジのそれだ。無数のナメクジが集まってぬめぬめてかてかぐちょぐちょと蠢く様は、なんか、こう、言葉に出来ない官能エロスがある。

うーん。軟体動物も侮れない。

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