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Exist  作者: 絃城 恭介
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8~終幕

8 


 静かに消えゆく旧支配者を背に少女の元に戻り、預けた荷物などを回収してから少女を担ぐ。

 帰りの道中、門の近くの地面を確認する。 

 どうやら残っていた捜索対象たちも無事に夜原が引き連れて帰っていったようだ。

 残る問題は一つ、情報屋のマスター佐倉が伝えてきた液体生物のみだ。しかしながらこの洞窟に潜んでいるにしては出て襲ってはこないし、既にどこかに移動して消えてしまったものだと考えることとする。

 

「さて、この状況は帰りの足が無くなってしまったようだな」

「おじさんの足はちゃんとついてるよ?」 

「この場合の足とは移動手段、要するに車や電車などの交通手段の事だ」


 少女はふーんと興味なさそうに聞いてはいるようだ。 


「それでだ、お前の家はどこにあるんだ?」

「お家? お家はね、○○施設っていうんだよ、近くに行けば道はわかるけどここがどこだかわからないね」


 えへへと少し困ったように少女は笑う。

 しかし、一般家庭の子供だと思っていた者が実際には施設の子供だとは思わなかった。

 この少女から受け取るはずの微々たる収入はさらに少額になることだろう。


「わかった。○○施設だな? 近くまで歩いていくからわかる場所まで行ったら教えろ」

「うん、わかった」


 しかし、これから送り届けるにしても名前すら知らない少女をこの年齢の人間が連れて行くには少しばかりの抵抗を覚えなくはない。


「そういえばだ、依頼主であるお前の名前はなんなんだ?」


 故に、この質問は業務上必要な事なのである。


五月女さおとめ綺芽あやめだよ、五月の女でさおとめでね、綺麗の綺に新芽の芽であやめっていうの!」

「そうか、では五月女。お前はどうして施設なんかで暮らしているんだ? 両親はどうした」


 この年齢の少女が施設で過ごしている時点で理由などある程度なら思い浮かぶが、それでも少し気になってしまった。


「お母さんとお父さんはね、死んじゃったの。その後にね、お母さんの妹っていう人に施設に連れてってもらったんだ」

「そうか、それは残念だったな。事故か、それとも病気か、理由が気になるから教えろ」

「こういう事って人にあんまり言わないほうがいいんじゃないの? みんな可哀想ってしか言ってくれないもん」


 そうだな、一般的にはあんまり人に言うような事ではないのだろう。しかし、何かが引っ掛かっている、のどに魚の小骨が刺さったような違和感が。

 

「わかった、じゃあ別に言わなくていい。それと、この男に見覚えはあるか?」


 そう言って本来の依頼主の写真を五月女に見せながら聞く。


「あっ、知ってるよ! この人ね、施設に来て何人か別の施設に連れて行ってくれる人だよ」

「別の施設に行ってしまったこの中に五月女の友達とかはいるか?」

「うん、一人だけいるよ。でもね、別の所に行っちゃう前にお手紙交換しようって約束してたのに全然お返事くれないんだよ」 


 理解した、少なくともこの少女が、五月女綺芽と言う人間が帰るべき場所は元居た施設ではないのだと。

 そしてこの最初の依頼主こそが全ての黒幕であるのだと。

 しかしながら受け取るべきものを受け取っていない以上、先に報酬だけでも受け取っておくべきだろう。その方が何の後腐れもなく新しい仕事に取り掛かることができると言うモノだ。


「そうか、それは残念だったな。それと少しばかり先に行かねばならない場所ができてしまった。施設に行く前に少しばかり寄り道をさせてもらうが構わんな?」 

「寄り道って、どこにいくの?」

「人を騙して暴利を貪る悪い奴の所にだ」


 行き先は決まった。この事件に関わることになってしまった原因、元凶である人物のいる場所。

 それは成功報酬を貰うと同時に達成することができる。

 幸いなことに施設に向かって歩くよりも近い場所にそれがあることだろう。

 数分歩くと、そこに辿り着く。


「さて、依頼の達成報酬。もとい成功報酬を受け取りに来た。依頼主はどこにいる?」


 大分失礼な物言いではあるが受付嬢は大して表情も変えずに部屋の前まで誘導すると、受付へと戻っていく。 


「さて、五月女。お前はそれっぽく適当に俺に返事をしておけ。それくらいならできるよなぁ?」

「んー? うん、多分できる!」

「よーし、いい子だ」


 五月女の手を握り、片手でドアを開けて中に入る。


「これはこれは金雀枝さん、どうぞおかけください。そこの女の子もご一緒に」


 促されるままにソファに腰掛ける。隣には周りをきょろきょろと眺める五月女も一緒ではあるが。


「さて、捜索もとい調査の結果報告ですが―――、先に受け取るべきをモノを渡してもらわねばいけませんね」


 とりあえずと言う様に形だけの催促をすると、成功報酬と思われる茶封筒を渡される。


「少ない金額ではありますが、ご調査ありがとうございます。それで、どうだったのでしょうか?」 

「捜索は無事に終えましたよ。今は攫われた少年少女達を私とは別に依頼をされたであろう夜原が保護しています。まあ、もっとも、依頼主であろう貴方からしたら非常に都合の悪いことでしょうが」


 さて、これから解決編だと、某探偵が言いそうな感じに作った笑顔で続ける。 


「ああ、別に貴方が何かを言い訳したところで関係ありませんがね。それと、此方としてもいい加減面倒なのですよ、こうして皮を被って会話をするのがね」

「な、なにを―――」


 如何にも何かしらの悪だくみを企てていた奴が言いそうな台詞だ。

 そもそもの話、化かし合いならこちらの専売特許と言っても過言ではない。


「探偵を使って調査をしたと言う形を残したかったと言うのなら、もっと適当な所に依頼をしてさえいれば、お前のくだらない目論見も発覚すらしなかったはずだ」


 そうだ、コイツは依頼をする相手を致命的に、どうしようもないほど間違ってしまったのだ。 


「施設の身寄りのない子供たちを犠牲に、お前は一体なにを手に入れようとしたのかは知らんが―――」

「ククク、ひひひ、バレてしまったところで君とそこのガキを始末してしまえば何一つ問題などないのですよ!」

 

 元依頼主の議員は歪んだ笑みを浮かべながら立ち上がる。

 胸元に隠していたであろう拳銃を此方の額に向け、三文芝居のような口調で続ける。


「彼らに協力することで私は邪魔者を排除してもらえる、私に逆らう者も、私を認めない者も、全て!」


 ありふれた理由だなと、ただその程度にしか思わない。

 

「撃てるのならば撃てばいいさ。その覚悟が本当にあるのなら……だが」


 血走った目で、震えるその手で、自身の欲望の為にその殺意を弾丸に乗せて放ったのならば、それは届くかもしれない。


「子供の居る所では感心しないがな―――」


 




終幕


 とある保護施設の一室。

 そこで金雀枝雲雀は面談、というよりも他愛もない雑談を興じる。


「しかし、金雀枝。急に子供たちを受け入れろなんて言われたときは少しばかり驚いたぞ」

「いつもの事だろうに、驚くもクソもあるものかよ。だが久我峰、感謝はしているよ。お前以外にまともに子供の成長を任せられる奴なんていないからな」


 不味いコーヒーを飲みながら、この施設の責任者である久我峰くがみね桐生きりゅうに不愛想であると分かってはいるが感謝の言葉を述べる。

 

「まあ金雀枝、君の事だ。なんだかんだ言いつつも助けずにはいられなかったんだろう?」

「そんなはずあるかよ。俺は小さな依頼主様の要望に応えたまでだ。助けろと言われたから助けた、それだけだ」


 遠くから聞こえる子供たちの声が五月蠅いモノだと思う。 


「そうかい? 君がそう言うのであればそういうことにしておくとするさ。ああ、それとだ」


 何かを思い出したかのように久我峰は続ける。


「今回の急な受け入れで定員オーバーしちゃってね、一人分部屋が用意できなくてさ」

「別に小さいガキなんぞ多少無理してでも詰め込めるだろ?」 

「いやいや、子供っていうのは僕たち大人以上にストレスを知らず知らずのうちに貯めてしまってね。それと僕一人であの人数の面倒を見るのは厳しいものがあるんだよ」

「つまり、何が言いたい? 金か? 金が欲しいのか? 値段次第ではあるが可能なら払ってや―――」

 

 そんな俺の言葉を遮るように、久我峰は変わらず笑みを浮かべながら提案きょうはくしてくる。


「五月女綺芽ちゃん、あの子のこと5年程君が面倒見てくれないかな?」


 何となくではあるが、予想はできた。だが、やはりどうしてだとは聞き返さずにはいられない。

 しかし、そんな此方の内心も織り込み済みだと言う様に久我峰は続ける。

 

「一応だけどね、君が来るまでの間に軽い知能テストを実施したんだけどね、あの子は天才だと言えるほどの成績だったんだよ。きっと君と一緒に過ごしても迷惑はかけないと思うし、広い世界をあの子に見せてあげられるよ。終わると知りながらも、君が守る価値もないと言いながらも、必死に守ってきたこの世界をさ。なにより、あの子がそう望んでいる」


 そんなのはこの世に悪意などなく、善意しかないと信じて疑わない子供に見せるべき光景ではない。 

 何より、頭が良いと言うのが一番の問題である。


「つまりだ、お前は何が言いたい久我峰?」


 返ってくる答えなど分かりきってはいる。


「そうだね、じゃあこう言おうか。依頼だよ、対価は残りの子供たちを僕が責任を持って成長を見守ろう。独り立ちできるくらいまではね」

「依頼、か。しかも踏み倒しようもない条件では断りたくても断れないな」

 

 誰かに望まれる、それは悪い物ではない。 


「じゃあ、本人からも直接お願いしてもらうとしようか」


 久我峰はそういうとソファから立ち上がり、出入り口となっている扉に手をかけ、横にスライドさせて扉を開ける。

 そこには、悪意などどこにもなく、ただ朗らかに笑う少女の笑顔があった。

 




「ああ、こういうのもたまには悪くは無いのかもしれないな」





 いずれ終わると知っている世界で、未来など予測もできない世界で、失うだけの過去を受け入れ、全てを諦めたつもりになっていた男は不器用に笑うのだった。

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