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Exist  作者: 絃城 恭介
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 門を活性化させ、始めに足を踏み入れた洞窟の通路に戻る。

 だが最初に歩いた時には感じなかった独特な鉄臭さを感じ、足を止めて注意深く風の流れを調べる。

 やはりと言うべきか、それとも当然だと言うべきか、もう一人が調査もとい進んでいった方向からのものだと分かる。


「この様子だと心配はないだろうな。合流を待つか、それとも足早にこの場を離れるか……」

「なんのこと?」


 肩に担がれた少女はそんな呟きに、頭の上にはてなマークを浮かべたように聞いてくる。


「ああ要するにだ、非常に面倒事が増える気がしてならないっていう事だ」

「ふーん」


 適度に追い詰め、敵意を折ることで初めて争いと言う物は何事もなく平和的に解決することができる。

 しかしながら大抵の場合、虐殺という行為は恨みを買う。

 故に追い詰められすぎたものは、行動が読めない。何をしでかすかわからない。

 それは自分より上位の存在に頼ったり、自爆覚悟の特攻と言った自分の命を厭わない行動だ。


「まだ星辰が正しい位置にはつかないことは確かだが、父なるダゴンと母なるハイドラは召喚可能と言う訳か……」


 しかしアレが生き延びることができず、なおかつ門が使用できない状況になってしまうと不都合が生じる。

 この少女以外に放置してきた少女たちが救われないことになる。 


「まあ、もっとも、この場合は既に面倒ごとに巻き込まれてしまっているわけなのだが―――。走るぞ、しっかり掴まっておけ」

「うん!」 

 

 息切れをしない程度の一定の速さで走り、臭いが強くなっていく方向に向かって進んでいく。

 目印とも言いたげに放置された魚人の死体を辿り、その途中で肩に担いだ少女の目を器用に片手で塞ぎ、奇妙な格好で走り続ける。


「ねぇ、前が見えないよ?」

「馬鹿を言うな、見えないようにしてるんだ。嫌なモノなんて見たくないだろう?」

「じゃあ自分で塞ぐよ?」

「ああ、それは助かるな。走り難くて面倒になってきてたくらいだからなァ」


 塞いでいた手を放してやると、少女は自分の両手で目を塞ぐ。

 しかしその塞いでいる手には隙間があり、どうにかバレない様に自分の置かれている様子を知りたがっているように見える。


「しっかり塞いでおかないなら目隠しでもつけてやるぞ?」


 その言葉が効いたのか、少女は目を閉じしっかり手で目を塞ぐ。

 

「よーし、それでいい。俺が良いと言うまで何があっても、絶対に、目を開けるなァ。約束ができるなら最後まできっちり面倒をみて助けてやる。できないなら捨てていくぞ」


 こくこくとうなずく姿を見て、若干不安を覚えるがどうなろうと自己責任だ。

 約束を守らないやつが悪い、それでいいだろう。

 問題があるとすれば二束三文の微々たる報酬が無くなるだけだ、正直な所は問題ですら無いわけだが、そういうことにして置いた方が都合がいいだろう。 

 そうでなければこの少女を助ける理由が無くなってしまうからだ。

 そんなことを内心で言い訳のように考えていたところで、終着点に辿り着く。


「さてはて、鉄臭さと血生臭さが最悪なハーモニーを奏でているわけだが……、夜原ァ、無事か?」

「御覧の通り殲滅戦だったよ。もう残ってないんじゃねぇのかな」

「そうかぁ、だったら門に戻ってそっち側の人間の救出を頼む。俺じゃこのガキ一人が精一杯だったからなァ」

  

 ざっと周りを見渡し、動いている生き物がいないことを確認し、成果を見せるように少女に目をやる。

 

「他はどうしたんだ?」

「言っただろう? 俺にはこのガキ一人で精一杯だったってな。残りは知らん、俺が手を出すまでもなくお前が助けるだろうからなァ」


 その言葉に夜原はいつも以上に酷い目でこちらを睨み、口を開く。


「俺が助けるよりもアンタが助けるほうが確実だろ。それともなんだ、アンタからしたら助ける価値もなかったから見捨てて来ただけか?」

「なんだよ、随分お怒りのようだなァ? 例えそうだとして一体何の問題があるんだ? 俺が依頼主から受けた内容はあくまで居所の特定だ、誰にも助けろなんて言われても無ければ助けてやる義理もないっていう訳だ。要するにだ、お前の価値観を俺に押し付けるなよ。はっきり言っていい迷惑だ、だからこそ生存者の情報をわざわざお前の所まで持ってきてやったんだ、感謝こそされど睨みつけられるような覚えはないなァ?」

 

 協力者ではあるが仲間ではなく、友人ではなく知人、そんな関係の人間を相手に怒りを覚えたところでどうしようもないモノだ。

 利害関係が一致している間以外のことなど協力してやる義理などない。


「まあ、確かにその通りだ。悪かったな……金雀枝」

「気にするまででもない、俺は俺がやりたいように、お前はお前自身のやりたいことをやる。それは当たり前のことだ。さっさと行け、こっちは俺が処理しておく」


 死体がゴロゴロ転がっていたのでは面倒くさいことになりかねない。

 万が一に備えて掃除しておくべきだろう。


「さてと、簡単に処理をしてやるなんて言ってやったが……コイツは少しばかり不味いことになるなァ」


 夜原が見えなくなった辺りで呟くように、溜息を吐く様に言う。


「おいガキ、俺が目を開けていいと言うまで絶対に目を開けるなよォ」

「まーだー?」

「まだまだダメだなァ。正気のまま、生きて帰りたかったら目を開けるなよォ」


 相手を殺すのは別に構わないのだが、少しくらいは考えて殺してほしかったモノだ。

 この場所はおそらく深きものどもの信仰を捧げる場所だったのだろう。

 深きものどもの死体は贄となり、ほんの少しの偶然で旧支配者が召喚されてしまう状態になってしまっている。


「しかしまあ、仕方あるまい。一度召喚してお帰りしていただいた方が楽だなコレは」


 もう一度周囲を見渡し、この状況で必要になるであろう場所を探す。

 人が一人程度入るような手ごろなサイズの空洞さえあればそれでいい。 

 その結果、やや距離は離れたところではあるがどうにか見つけることができた。 


「さて、と。ダゴンやハイドラのような旧支配者ならば旧神エルダーサインでは意味がないな……。仕方あるまい、中身で入口を塞ぐか」


 少女を下ろし、空洞に押し込む。身体が自由に動かせる程度には広いためそこまで辛くはないだろう。


「お前は俺が戻ってくるまでここで待ってろ。なに、安心しろ。少しばかりお前がいると邪魔になるから大人しくしていて欲しいだけだ」

「おじさんは約束を破らないんでしょ? じゃあ待ってるね」


 純粋で、今まで酷い仕打ちを受けてきた子供とは思えない綺麗な目だった。

 ああ、そうだ。そうだとも。

 

「よく覚えてるな。そうだ、俺は約束は破らない男だ」


 万が一の可能性の備え、トランクケースを少女と共に残していく。

 これさえあれば最悪一人で逃げることも可能だろう。


「おい、ガキ。コイツはお前を守ってくれるかもしれないまじないの品だ。そっちのトランクケースはお前も見たから知ってるだろう?」


 その辺にあった大き目な石に旧神の印を刻み、魔力を付与させてから少女に手渡す。

 ついでに身に着けていた腕時計も渡す。


「二時間だ、二時間経っても俺が戻ってこなかったらここの通路を反対側に走って逃げろ。運が良ければさっきの男がお前を助けてくれるだろうよ」

「戻ってきてね?」


 その言葉に返事を返さず、死体が転がる広間に戻る。

 

「さてと、これが星の危機だと判定されれば何の問題もなく終わることができるのだがな―――」

 

 招来の呪文などは基本的に祖たるモノの呪文をある程度理解できていれば簡単に使用することができる。

 この場合はクトゥルフの招来を元にした改変呪文で十分に対応可能だろう。

 



 ―――そして、その化け物は召喚される―――



 小山ほど巨大で、姿は鱗や水かきのついた手足、魚類然とした面貌を持つ、人間に似た姿―――要するにケンタウロスの魚人バージョンである。

 クトゥルフの封じられなかった部分が化身になった存在だとも、深きものどもが長い年月をかけて成長した最も巨大な個体だとも推測されているが俺自身は後者を推している。

 この悍ましい化け物、その名前をダゴンと呼ぶ。


「さて、お前は対話が可能なら俺としては助かるのだが……。ああ、先に言っておこうか、ここにある死体は俺がやった物ではない。だからなるべく穏便に帰ってもらいたいのだがどうだろうか」


 正直な話をすると、この程度の化け物などある程度見慣れているため正気など削れようがない。

 戦ったら戦ったで出費だけがかさみ、決して黒字になどならない。

 要するに非常に面倒くさい相手なのだ。


「必要ならば俺が必要な手順で儀式を行い、この深きものどもをアナタの元へと送ろう。必要ないと言うのならば俺はこのままこの場を去るとしよう。同胞はらからを、自らの子孫を惨殺した者への復讐がしたいと言うのならば、残念なことだが諦めてくれ。俺は面倒ごとが大っ嫌いでなァ」


 それに意外なことではあるが旧支配者たちは例外はあれど基本的に知性や理性と言ったものを持ち合わせている。

 特にダゴン、ハイドラと言った深きものどもの信仰している彼らは人間との間に争いを起こさない様に配慮している節まであるのだ。

 故に暴力的な交渉を避け、できる限りの誠意をもって対応する方が穏便に進む可能性が残っているのだ。


『言葉に嘘は無いようだが、一つだけ要求を付け加えさせてもらおう』

 

 ふむ、暴力にモノを言わせようとしないあたりこの方法は間違いではなかったようだ。


「聞かせていただきましょう。それが私にできる事であれば―――ですがね」 

『この惨状を、我らが子を屍へ陥れた者をここまで連れて来い。同じ人間なれどお前の誠意は受け取った。故に貴様の言葉を信じよう』

「良いでしょう、確かに承りました。しかし、アナタはその者をどうしようと言うのですか? 失礼ながら言わせていただきますが、この惨状を作り上げた者はアナタを殺しうる存在ですが―――、本当によろしいのですかな?」


 縛りのある自分でさえも状況次第ではこの旧支配者を屠るだけのことができるのだ。

 あの人類の生み出してしまった化け物ならば片手間にこの旧支配者を屠ってしまうだろう。

 この質問は侮辱でもなんでもなく、変わることの無い事実でしかないのだ。


「この私はある契約によって嘘を吐くことができ無いもので、正直に言わせて貰うとしようかァ。変なプライドなど捨てて今すぐ逃げ出すことをお勧めしよう」


 もっとも、嘘を完全に吐けないわけではないのだがな。

 

『ならば片手間にお前など殺して見せようではないか』

「まあ、そうなるでしょうな。しかし旧支配者ごときではこの俺さえ殺すなどできないだろうなァ」

『脆弱な人間ごときが―――』


 なるべく穏便に済ませてしまおうと思っていたが、気が変わってしまったためしょうがないことだろう。

 夜原を連れてくる方がよっぽど面倒だ。

 

「おっと、物理的干渉でどうにかしようと思っているのなら―――」


 自分の身長よりも遥かに大きい拳が、この身を肉片へと変えるために明確な殺意と共に振り下ろされてくる。 

 片手を突き出し、その暴力的なまでの衝撃を逸らす。


「おいおい、人の話は最後まで聞くべきだと思うのだがなァ?」


 軽口を叩いて見せるが、思った以上に魔力の消耗が激しく数回ほど被害を逸らしていなしていたが、途中で耐えきれずに衝撃によって石の壁に叩きつけられてしまう。

 肉体の保護の呪文によってダメージは無いが、このままではジリ貧である。

 しかし、仕掛けの準備は整った。


「無様なモノだなァ」

『それはお前自身の思い上がりの結果だ、今頃後悔しても遅いだろう』

「ククク、優位に浸ったつもりならば残念だったなァ」


 懐から一冊の古書を取り出し開く。

 それは現存する5冊中4冊はオリジナルの書き写しだが、完全な状態で残っているのは2冊で、もう2冊は劣化が激しく解読できない部分が多いため重要な所が読めないようなレプリカと違い、この【智慧の銘板書】は現存する唯一のオリジナルであり、この身に宿る呪いの根源である。


「かの神は時を操り、生命を与え、人に智慧を与え、死を齎すであろう。

 時を操りし時には時間と言う概念を書き換え、不確定の事象は起こり得ず、最善の結果を引き寄せる。

 生命を与えしとき、死と言う概念を無かったモノとし不死を齎す。

 智識を欲するものには智識を与え、人の世より隔絶されるであろう。

 死は救済であり、信仰であり、恐れを思い出させる。

 人類史以前から存在せし旧き神の一柱は、この惑星ほしを姿形を失いながらも溺愛しておられる。

 外なる神はかの神に敵対し、旧支配者はかの神に安らぎを求め、旧神はかの神を否定した。

 器を剥奪され、その源さえも喰らわれ、それでもなお概念と言う形で惑星に残り続ける神の名は―――」


 その神はこの星を酷く、盲目的なまでに愛している。

 人類はこの星の定められた滅びへと向かわせる装置に過ぎず、生贄など求めはしない。


「限定招来、アポ=メネス」


 機械仕掛けの神、それは舞台装置に過ぎない筈だった。

 人類の終焉シナリオを回避するために、人々の祈りによって生まれたとされるこの星の旧きエルダーゴッド

 本来、星の危機以外では呼び出すことのできない神格ではあるが、星の使途として契約をした者ならば限定的ではあるがその力の一端を行使することが可能だ。

【 】と呼ばれる、根源のアカシックレコードから魔力を無尽蔵に引き出すことができる。

 要するに、星の使途であるのならば、星のバックアップを受けて人類の本来持ち得る能力以上の力を行使できるようになるという事だ。


「俺の信仰してる神様は随分とのんびり屋なもので困ってしまうが、大戦敗北者の旧支配者グレートオールドワンごときではこの星を相手にするのは少々役不足だとだけ言っておこう」


 限定的な招来による魔力的要素のバックアップを得た現在、外なるアウターゴッドの魔王、アザトースさえ一人で召喚することも可能である無尽蔵な魔力を振りかざせる。


「さて、今回の事からお前らが学ぶべきことはだ―――」 


 しかし非常に残念なことに、その全力を振りかざすことは可能だがその対価としてこの身はアカシャの依り代として蝕まれてしまう。

 

「ルルイエから出てこなければお前らは平和に暮らすことができたという事だ」 


 より惨めに、残酷に、冷酷に、絶望を与えるのならばこの状況下で最も効果が期待できる呪文を紡ぐ。

 それは対象の心臓を握り、最後には破裂させると言う代物であり、確実に成功させる条件として相手の魔力保有量を上回ることだ。

 てのひらに対象者の心臓をイメージし、より明確に心臓を掴むと言う事象を固定する。 

 そのイメージの心臓を握る力を徐々に強めていく、それだけで相手の動きは麻痺を起こしたかのようにぴたりと止まり、苦し気な呻き声とも鳴き声とも聞き取れるような唸りをあげる。



「お前らの神様―――クトゥルフの所へ還してやろう」


 心臓を握り潰すと、ぐしゃりという音が聞こえた気がした。 

 実際には掌の中には何もなく、血に塗れている訳でも無い。 

 しかし確かに、相手の―――父なるダゴンの心臓は握りつぶされたのだ。

 同じ旧支配者グレートオールドワンであるニョグタのわしづかみの効果によって。

 

「さて、帰るとしよう。まだまだ仕事が残っているのでな―――」


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