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Exist  作者: 絃城 恭介
3/6

4~5.5

4


 値段など考えず、ただ食べたいものを喰らう。

 牛丼なんてどこに行っても大して変わらないものだ、こんな食事の値段など気にしてなど腹は満たせない。


「やはり紅ショウガで味に変化をつけて食べるのもいいな。いや、だが七味と言う手もありか」

「なあ、まさかただ飯を食いに誘った訳じゃないだろうな?」


 目の前にある何の変哲もないただの牛丼を食べながら呟く。

 だがしかしだ、目の前で仏頂面をした男がいたのでは食事を楽しむなどできようはずがない。


「そう急かすなよ、飯を食うことだって大事な仕事だろう。急いては事を仕損じると言う言葉を知らんのか?」


 今回に限っては騙すつもりなど毛頭ないのだ。

 だからせめて飯くらいゆっくりと食わせろ。

 もっとも呼び出したのはこちらだから多少くらい、髪の毛一本分くらいは気を使ってやろうかとは思っているが。


「まあ、もう少し待て。そろそろ来る―――」

「牛皿一つ、汁多めで。っと、どうもどうも、喫茶・Lichtの使いのみずき煉耶れんやと言う者です。以後お見知りおきを」

 

 しかしまあ、どうしてこうも俺の周りには碌な人間がいないのだろうか。


「で、コイツがなんなんだ金雀枝?」

「情報屋の使い走りって所だ。ほら、金だ」


 財布から10万を取り出しそのまま渡す。

 それを受け取った劉は目の前で枚数を確認し、にっこりと笑う。

 どこまでも失礼な連中だ。


「しっかりと受け取りました。それでは、マスターから預かった資料はこちらです。それと口頭での説明も」


 渡された資料を受け取り、軽く目を通してから夜原に投げるように渡す。


「口頭での説明はいらん。資料だけで十分だ。夜原、お前は必要なら聞いておけ」

「資料を見ただけでわかる。説明はいらねぇよ」


 その言葉に劉は困り顔をしながらも表情を崩さぬように振舞い言う。


「まあまあ、聴いて損するような事でもありませんし、何より情報屋としてきっちりと渡せる全てを渡さないことは此方としてよろしくないんですよ」


 手を組みながら、此方の表情を窺うように、それでいて自分のペースに引き込むように、その口調は耳の中へと入りこんでくる。


「そう言う訳なので勝手ながらも説明させて頂きたいのですが……どうですかね?」

「どうせ聞くと言うまでお前は粘る気だろ? なら早く聞かせろ、時間の無駄だからなぁ」


 その返事に満足したのか、劉は笑顔で話し始める。


「まずこの地域、それもこの周辺に限った伝承がありまして―――」


 曰く、この地は過去より生贄の文化があり、海神わだつみに生贄を捧げる対価として豊漁を願っていた。

 曰く、その風習は過去にこの地に訪れたという陰洲升いんすますより生み出されたモノである。

 そうして作られた風習は時代と共に廃れていき、今では海岸沿いにある小さな部落でしか行われなくなった。

 

「つまり、この伝承を元にした御伽噺が今現在この地域に古くから広まっていると言う訳です。もっとも、これは表側で広まっているモノですけどね」

「それで終わりか?」


 今の説明だけでも充分すぎるほどなのだが。

 早く終われと言う意味を込めてしまう。

 いちいち話を聞くのが面倒くさい。


「いえいえ、これは前置きのようなものですよ」


 劉はそう言って続ける。


「知ってますか、クトゥルフ神話って言う空想上の化け物が出てくる物語を。どうやらこの地域の海神っていうのがその空想上の化け物の信仰に近いんです」


 知っているし、何よりそれを専門とした、所謂専門家なのだが。

 しかしどうやって、たかだか情報屋がそこに辿り着けるのかが疑問である。


「ハワード・フィリップス・ラヴクラフトが原作者の空想奇譚。その中に出てくる邪神の一柱クトゥルー、日本語だと九頭竜と言う神様への信仰そのものと言えるほどです。しかし恐怖の無い神は侮られる、侮られた神は忘れられてしまう。価値観、いえ、理念と言うべきでしょうか、そう言った事情から狂信的な住人が一定数存在するようです。つまり、この地域の信仰は本来在り得ない存在から伝承され、在り得ないはずの歴史が存在しているわけですよ。非常に興味深いと思いませんか?」


 興味深い、その言葉にそうだろうなとは思う。

 人間とは得てして知的欲求心を満たさずにはいられないモノだから。

 しかし神話存在を知っているこの身としてはちっとも面白くは無いのだが。


「興味深く思うのは勝手だが、お前の考え方を俺に押し付けるな。それと、お前が言う情報の説明は行われた。つまりだ、お前はお前の役割を果たしたという結果が残ったわけだ。要するに、とっとと金を持って帰れ、情報は買ったが無駄話をするつもりなんて毛頭ないのでな。情報屋として佐倉に教わらなかったか、隣の便器は覗くなと」

 

 隣の便器を覗くな、実に分かりやすい教訓だ。

 知らなくてもいいようなことまで知る必要などないし、ましてや自分が儲かっているのなら多少の疑問があったとしても目を瞑っておけばいい。

 無理に真実を理解しようとした人間の末路なんて大抵は碌なモノではないのだから。


「お前も情報屋の端くれ、使いっ走りなら上の人間の言う事はよく覚えておくことだ」

「そ、そうですね。これは失礼いたしました、それでは私はこれで……」

 

 劉は表情を崩さないながらも、その額には少しばかり汗が流れている。

 少しばかり余計な事こそするが、理解力は高いようだ。

 

「ああ、そうでした。もう一つ大事なことを伝え忘れていました。マスターからのちょっとしたサービスを。洞窟、液体生物、集落、この三つの単語を言っておけと。私には何のことか分かりませんが貴方なら何かわかるのでしょう? それでは、今度こそ失礼させていただきます」


 そういって劉煉耶は自分の注文分の伝票を持って会計を済まし、その場から去っていく。

 どうせならこちらの会計も一緒に払ってくれても良かったのだが。

 だがこれで最低限必要な情報は集まった。

 今の情報だけで対策も練れるし、準備もある程度整えられる。


「夜原、今から海岸沿いの部落に向かおうと思うのだが―――。お前はどうする?」


 こちらとしては共同戦線と行きたいものだ、そう言おうとしたところで夜原は答える。


「まあ、足があった方がお互いに楽だろ? 俺は車で来てるから一緒に向かう方が効率面も考えれば都合もいいだろう、お前が会計を済ませたら直ぐにでも向かうさ」


 その言葉に仕方なく自分の伝票を持ち、レジへと向かう。

 まあ、タクシー代を考えれば安い出費だ。


「ああ、それとだ夜原。一度俺の拠点にしているホテルに向かってくれ、持ってくるものがある」


 夜原はやや面倒くさそうな表情こそしたが、無言で車のエンジンをかけホテルへ向かって車を走らせる。

 万が一とはいえ、自身の持つ戦闘手段も持たぬまま敵地に向かうのは気が引ける。

 もっとも、そう言った場面になれば隣で運転をしている夜原に押し付けるつもりだが。



5


 人間は簡単に死んでしまう。

 寿命でも死ぬ、外的要因でも簡単に死ぬ、病気などでもあっさりと死んでしまう。

 そんな脆弱な人間が化物に立ち向かうには何が必要か、そう考え辿り着いたモノがある。


「それで、持ってくるものってのはそのトランクケースが一つだけでいいのか?」

「ああ、これさえあれば問題ない。間違いなく、な」


 死なないために知恵を絞り、歴史の闇に隠蔽されてきた魔術と言う異形の智慧を得て、人間ひとは新たなるすべを創り上げる。

 化物を打ち倒すのは必ずしも人間ではなくてはならない訳じゃない。

 化物を殺すのは化物の仕事でいい。


「そいつが何の役に立つんだ?」

「その時が来れば分かる」


 人の造り出した兵器なんてものは人間同士で殺し合うのが目的で造られたものに過ぎない。

 ならば人はどうやって化物に立ち向かうのか?

 答えは簡単だ、異形の智慧を使い、化物と対等の立場になって殺し合うだけだ。


「それで、目的地まではあとどれくらいだ?」

「もうすぐだ、今は車を隠せるような場所を探してるだけだ。何なら先に降りて、一人で片付けてきてもらってもいいんだぜ?」

「ハッ、割に合わない事はしない主義なんだよ、俺は」


 部落からやや離れた無人の廃屋の影に車を止める。

 逃走手段までの距離が遠くなってしまう事を除けばちょうどいい場所だと思える。


「それで、ここからは徒歩と言う訳か?」

「問題ない、この辺でうちの部下が拾ってくれる予定になってんだよ」


 夜原の部下、それだけであまりいい予感はしなかった。

 コイツの部下で唯一まともな人間と言えば新しく入った新人のガキくらいだと認識している。

 しかしその新人はおそらく来ない、来るとしたら暴力探偵か茶髪のふわふわロング女だろう。

 出来れば女の方で頼みたいところだが、どのみち運しだいだ。

 素直に諦めるとしよう。


「部下か、どいつだ?」

「一応は今神いまがみに頼む予定だったんだが、どうやら別件で出払ってるみたいでな。羽森はねもりが来る予定だ」


 その言葉に安堵しながら、車の中で羽森が来るのを待つ。

 流石に寒空の下で、凍えるような風を感じながら待つのは苦でしかない。

 時間にして数十分経った頃、夜原の携帯が音を鳴らす。


「ああ、それだったら廃屋が近くにあるだろ。その影に車があるから近くに来たらクラクションでも鳴らしてくれ」


 既にこの辺りまで来ているのだろう、短い会話だったが伝わったのだろう。

 数分後、クラクションの音が聞こえてきたため車から降り、片道限定の移動手段となる車へ向かい歩く。 

 ついでに言うのであれば、どうやら別のお迎えも一緒に来てしまったというのが残念な所ではあるが。


「夜原ァ、お前のとこの部下はまだまだ教育不足だったようだが、そこの所どう考えている?」

「いやいや金雀枝、羽森は鉄火場は苦手だが簡単に追跡なんてされたりするような教育はしてないんだよ。要するに俺たちがヘマしちまったってわけだよ」

「苦手、という事は頭数に入れてもいいんだろうな? ついでに言うのであれば、お前の所の新人ちゃんを除けば簡単に精神が狂ってしまうような奴はいなかったよな?」

「ああ、頭数に入れても問題はないができる限りは巻き込まないように頼む。そっちも安心しろ、アイツ等も自分で足を踏み入れた馬鹿者達だからな」


 現状で視認できる、恐らく敵勢力の数は六人。

 その六人中六人が襤褸布のようなローブを纏っている辺り確定的であろう。


「羽森! 今すぐこっちに来い。急場で悪いが後衛を任せる」

「しょ、所長! 私こういうの専門外なんですけどー!」

「つべこべ言わずに働け、口を動かす余裕があるなら充分だ」


 一人当たり単純計算で二人始末してしまえばいいわけなのだが、夜原が一人で対処できてしまいそうな数でもある。

 様子見という形で動かないと言うのもありだが、どうせ後で小言のような愚痴を言われるのだと思えばどのみち面倒になるのは明らかだ。 


「まあ、その格好で会話に来たと言う訳でもあるまい。だがどうするつもりだ化物ども? こちらにも化物と呼べるものが一人いるんだが―――」


 出来る限りなら無駄な衝突は避けたい。

 そういう考えもあった。そう、あったのだ。

 だが差し伸べようとした手を払いのけられてしまうのならば、どう足搔こうと無駄なことに過ぎない。

 時間の無駄でしかない。


「どうやら交渉の余地はないようだ。非常に、実に、とても面倒で、どうしようもなく不愉快で、やる気など欠片もないが……、ならば仕方あるまい、半魚人の肉もなかなか仕入れるのが面倒でな、この際に少し調達するとしよう」


 美食家グルメを名乗るあの女探偵に魚人の肉でも送っておけば多少は金の事も見逃してくれるであろう。


「夜原ァ、なんか手ごろな武器なんてないか」

「トランクケースでぶん殴っておけよ、こっちもこっちで碌なモン持ち歩いてねぇよ」

「そうか、役に立たん男だな」

「自分の身は自分で守る、それが鉄則だろうが」

 

 やれやれと溜息を吐きたくなるが、そんな暇さえないらしい。

 襤褸布のローブの内の二人がどこから取り出したのかもさえわからぬ三つ又の槍、正確にはもりと言った方が正しいのだろうモノを向けて不格好に走ってくるのだから。


「知識こそ豊富だが、如何せん実践は苦手なモノでな。だから、こういった手段しか使わないのだが―――」 


 右手を前に突き出し、自分に襲い掛かる物理的な害意を払う盾のようなものをイメージする。

 そこに人間の精神力、もっと簡単に言えばMP、要するに人類には不要となっている器官からエネルギーを生成しそのエネルギーを使える形に再成型する。

 

「被害をそらすと言う呪文なのだが、なんの捻りもない名前の通りの呪文だ」


 その効果は名前の通り、自身の前方から来る物理的な干渉をその辺に逸らして無効化させると言うモノだ。

 自身の精神力と正気を削ると言う副作用こそあれ、非常に有効な防衛手段である。

 そしてもう一つのデメリットは、本来ならば面倒な詠唱が数十秒程度必要となるのだが、この点に関しては特に問題にならない。

 詠唱など記号に過ぎない、最適化し、それを行使できればそれだけでいい。


「まあ、もっとも、お前ら化物たちの文明の産物と言うのが皮肉な所ではあるがな」


 一通りの攻撃行動の被害をそらし、相手に隙ができたところで右手を下げ、左手に別の呪文を構築する。

 幽体の剃刀と呼ばれるそれは、自身の精神力に比例して刀身の伸びる代物だ。

 切れ味としてはよく切れるナイフと言ったところだが、その長さはあくまで自身の使用時に限った話ではあるが最長51メートルに及ぶ。

 だが重さなどは無く、その上この呪文の知識次第では長さを収縮し、長さの分だけ切れ味を上昇させることもできる。

 だがそれ以上に厄介な点を挙げるとしたら、なによりその刀身が見えないという事だろう。


「つまり、お前らはお前らの生み出した技術に敗北する」


 見えない刀身はそれだけで脅威であり、その刀身は見えないと言うのに実体だけはある。

 要するに使い勝手のいい十徳ナイフのような認識である。

 

「まあもっとも、お前らのような半端者相手なら十分すぎる獲物には違いないがな」


 刃毀れもしない、壊れもしない、それは生き物を殺すのには十分すぎる武器だ。

 自身が動くまでもなく、相手の勢いを利用し、そっとなぞるように斬る。

 それをただ単純に続け、相手の動きが鈍くなったところで急所に当たる部分に突き立てる。

 

「労働には対価を、命を狙われたのなら命を持って清算させる。ただまあ、お前らに計算違いと言うモノがあったとしたら、それは狙った相手を人間だと思っていたことだけだろうな」


 自身の担当させられた分の人数を動かなくしたところで胸ポケットから煙草を取り出し咥える。

 どうやらあちらの方も終わりそうだ、ひとまずニコチンでも摂取して頭でもすっきりさせるとしよう。

 

「返り血で吸えたモノではないか……」


 火をつけようとして気付く、べったりと染みた血液のせいで残り少ない煙草が全てダメになっていた。

 後で夜原から煙草を補充するとして、とりあえず身ぐるみでも剥いでしまおう。

 死んだ後に金は必要ないだろうからな。





5.5


 追い剥ぎ、もとい戦利品を漁る。

 襤褸布のローブなんぞゴミでしかない、出て来た物の中でまだマシな物と言えば財布くらいだろうか。

 もっとも現金は大して入っておらず、精々諭吉が7枚ほど眠っていただけだが。

 それよりも運転免許証や保険証が手に入らなかったのが痛い。


「で、だ。夜原、そっちに何かいい物はあったか?」

「精々財布くらいだな、保険証も運転免許証も身分を保障する物の類は出てこないぜ」


 そう言って夜原は見つけ出した財布をぞんざいに投げて渡す。

 中身を確認するがあまり金は入っていない。


「そうか、まあ受け取っておこう。ああ、そういえば忘れていたな」


 完全に死んでいる半魚人の一番脂ののっていそうな部位に幽体の剃刀を突き立て肉の塊を切り出す。

 

「なあ、そいつは一体どういうわけで切り取ったんだ?」

「自称美食家を名乗る女探偵にでもくれてやろうと思ってな。そういうわけだ。コイツをアイツに送っておいてくれ」


 財布との交換と言う訳ではないが、むしろ個人的には全くいらないゴミを夜原に投げ渡す。

 多少、いや、相当嫌な顔をされたがしっかりと掴んでくれた。


「ああ、安心しろ。保存の魔術はかけて置いた、しばらくは腐らん」

「そういう問題じゃねーんだが? てか自分で送れよこんな生ゴミ」

「断る、非常に面倒だからな。そもそも俺はアイツに居場所を知られたくなくてな、そういうわけでお前が渡しておいてくれ」


 なんだかんだ言ったところで結局は引き受けるのだから非常に便利である。


「えぇ、そんな生臭そうなモノ乗せたくないんですけど!?」


 羽森の言いたいことはわからんでもないが諦めてくれとしか思わない。

 

「さて、それでは向かうとするか。ああ、安心しろ羽森、目的地まで送り届けてくれさえすれば後は帰ってくれても構わんのだからな」

「あのー、私って金雀枝さんの部下じゃなくて夜原所長の部下なんですよねー。そういう訳なので、所長、なんか言っちゃってください!」

「そうかそうか、羽森ィ、お前は頭が悪いのか? それとも馬鹿なのか? 状況を少しばかり理解させる必要があると見えるなァ」

「ぴ、ぴえぇ」 


 頭をがっしりと掴み、意味もなく呟くように口を動かす。

 それにしても随分軽いな、ちゃんと食ってるかが心配になるレベルだ。

 まあ、どうでもいいのだが。


「あー、羽森。諦めてくれ、うん。とりあえず送ってもらった後はそのまま帰ってくれていい。それでいいんだろ金雀枝!」 

「お前は話が分かるやつで実に助かる。そういう訳だ、ちゃっちゃか働け羽森ィ?」


 その言葉に羽森は諦めたかのようにぐったりと項垂れた後に車の運転席に乗り込む。


「横暴です、なんなんですか本当」


 なにやらぶつくさ呟いているが聞かなかったことにするとしよう。

 続いて後部座席に乗り込み、車は走り出す。 


「ねぇ所長、どうして今回は金雀枝さんと共同なんですか? この人がいるなら私来なかったんですけど?」

「あー、説明忘れてたわ。まあ、成り行きだよ、深い理由は特にない」

「そのせいで私のストレスが非常にたまるんですけど!? もう、次からちゃんと言ってくださいよね!」


 よくもまあ、その本人が後ろに座っていると言うのに堂々と愚痴を言えるものだと若干ながら感心さえ覚える。


「なんだ羽森ィ、そもそも俺がまともに協力してると言うんだから感謝くらいはして欲しいモノなのだがなァ?」

「普通はまともに協力するのが当然なんです! もう、金雀枝さんに関わると大抵碌なことにならないんですもん、愚痴だって言いたくなりますよ」


 そんなことを言いつつも運転は丁寧であり、目的地まであっさりと辿り着く辺りはやはり優秀であると言うほかない。


「さあ、着きましたよ。では所長、私はここで帰りますけど無事に帰ってきてくださいね。金雀枝さんは別に死んでくれてもいいです」


 随分ストレートに言ってくれるものだ。

 夜原に対する優しさの一割でいいからこちらに回してくれてもいいくらいだと思う。


「そうかぁ、とっとと帰れ。あと、死ぬつもりもないから安心しろ」

「死んでくれた方が安心なんですけど! むしろ世界のためにも死んだ方がいいですよ? さあ、逝ってください!」 

「色々と失礼な奴だなお前は」

「全部事実なので安心してください!」

「殺すぞ?」


 そんな馬鹿な会話を一通り済ませた後、羽森はUターンして帰っていった。


「なあ金雀枝?」

「なんだ?」

「実はアンタ、結構羽森のこと気に入ってんだろ」

「さあ、どうだろうな。少なくとも嫌ってはいないが」


 果たしてこの会話に意味があるのかわからないが、どうにかこうにか目的地には無事にたどり着けた。

 先ほどから奇妙な視線を感じてはいるが、それだけだ。

 やはり先ほどの遭遇戦で皆殺しにしてしまったのは失敗だったなと思いながら、外れのほうに見える洞窟を目指して歩くとしよう。

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