序章─3 転生の選択
「とりあえずはぁ、うちのバカがとんでもないことをしでかしたぁ。 この通りだぁ。」
執務机なのだろう。 例のエフェメラが座ってた机の脇にあった椅子を持ってきて俺の正面に座るとホーディラスは深々と頭を下げる。
「いや、あなたのせいではないようですので頭は上げてください。」
この男に頭を下げられるのは正直言って居心地が悪い。 あんな惨劇を見せられちゃさすがにね。 手も血まみれのままだし……拭けよ。
エフェメラはどうしたかって? 俺は知らない……部屋の隅で時折痙攣してるモザイクなしじゃ画面に映せない血まみれの肉塊のことなんか知らないぞ。
「とりあえずですね、断片的に分かったことはあっても状況はさっぱり分からないんですよ。 それから説明してほしいんですが……」
「そうだなぁ。 まぁあそれは俺の仕事だから当然説明させてもらうぅ。 まずはあのバカがどぉんな話をしたか聞かせてもらえるかぁ?」
ホーディラスが視線を向けた方に目をやらないようにしながら俺はエフェメラがどんな話をしたか正直に話す。 雑な説明で額に青筋が立ち、神を名乗った話で上腕の筋肉が盛り上がり、選択にもならない選択肢を与えられた上に勝手に決められそうになった話で獰猛な笑みを浮かべる。
「後でもぉう1セット罰がいるなぁ。」
おい。 あれをまた再現するつもりか? てかあれで助かるのかが疑問なんだけど……
「心配するなぁ。 天使はあれくらいじゃ死にはぁしないぃ。ちゃぁんと罰は与えてやるからなぁ。」
心配の方向性が違う。 個人的にはムカつく性格で好きにはなれないけどあれだけボロボロにされるとさすがに同情してしまう。
「じゃあまずはぁ現状の説明からだなぁ。 まずここはぁ『魂の安息地』……お前さんの感覚だと天国が近いだろう。 そして俺はぁ魂の管理者──まぁあ神の一人になるわけだぁ。」
「それは何となく分かります。」
外見からじゃ想像もつかないけどな。 こんな神が描かれた宗教画があったら作者は火炙り間違いなしだぞ。
「まあその話はどぉぉでもいいんだがなぁ。 やってるのはただの魂の滞在管理だぁ。」
「滞在管理……ですか?」
「細かい理屈はどうでもいいからおいておくが魂はここと下界を行ったりきたりしていてそれぞれの滞在時間が決められているぅ。 下界の滞在期間が過ぎれば死んでここにくるから基本的にはここの滞在期間が過ぎた魂を下界に送り出すのが仕事だなぁ。」
なるほど……生者と死者を管理してるってことなんだろう。 いかにも神様らしい仕事だと思うけどホーディラスはそうは思わないらしい。
「主な仕事はそれだけだがぁ他にもいくつかないわけじゃないぃ。 それがさっきちらっと出た不測脱界者の対処だぁ。」
確かに聞いたな。 予定外の死を迎えたとか何とか……
「不測脱界者ってぇのはぁまあ下界で滞在期間が終わったのに死ななかったやつと逆に予定外に早く死んだやつのことだなぁ。 死ななかったやつの対処は簡単だぁ。」
ホーディラスは立ち上がると机から一冊の本を手にして俺に見せる。
「こいつは『顕世の書』──下界の各世界ごとに一冊ずつある本でそれぞれの世界とリンクしてるぅ。 こいつを使って死ぬべき不測脱界者を殺して魂をここにこさせるんだぁなぁ。 そうすることでここから別の魂をその世界に送ることになるってぇわけだぁ。 まあ一時間以内には対処するから誤差の範囲でまだ済ませられるぅ。」
殺すって……いや、まあ本来死んでるはずのやつだから仕方ないんだろうけどちょっと──いや、待てよ。
「確か──その『顕世の書』とかいうのに神術とかが当たって──」
俺の言葉にホーディラスは苦々しい顔になり、
「その通ぉりぃ。 あの駄天使がお前さんのいた世界の『顕世の書』に神術をぶち当ててその結果ぁ、お前さんは雷に撃たれて死んじまったぁ。 まだ下界の滞在期間は残ってたのになぁ。 バカな部下がすまんことをしたぁ。」
また深々と頭を下げるホーディラス。 神様にしろこんな風体の男にしろ頭を下げるようなイメージからはほど遠いんだけどなぁ──責任感が強いんだろう。
「まあ済んだことは仕方ないです。 それよりも俺はこれからどうなるんですか?」
「それだぁ。 さっきの不測脱界者の話になるんだが予定よりも早くに死んだやつはちょぉっとばかし面倒なことになるぅ。」
「面倒……ですか?」
「まずなぁ、予定よりも早くに死んだ不測脱界者は『魂の安息地』に居場所がないぃ。 下界に戻すにも魂の受け皿は急に用意できるもんじゃぁないぃ。 運命をいじって本来生まれる予定になかった子供を生まれるようにしないとならないからなぁ。」
それは確かにそうだろう。 そうすると最短でも一年近くは──
「それ以前にお前さんのいた下界の魂の運行の調整を図らないとぉならないぃ。 席が空いてるのはまあ構わないがぁ、他の魂に影響が出るのは防がねばならないからなぁ。 そうするとだぁ、お前さんには魂の輪廻から当面はずれてもらわねばならんのだぁ。」
「えっと……それはつまり──」
「お前さんがいた下界でこの先何度も生まれ変わる予定だったのをざっと700年は生まれ変われなくなってもらうぅ……ひょっとしたらもっとかも知れんなぁ。」
ひどいことを言われてるような気がするけど俺は別に何も感じなかった。 生まれ変わりだなんだと言われても俺にとっては今の俺だけが自分だ。 前世とやらの記憶もなければ来世なんてそれこそ知ったことでもない。 生まれ変わっても一緒になろうなんて誓った相手でもいれば別なんだろうけど。
「状況は分かりました。」
「……ずいぶん冷静じゃあないかぁ。 もっと恨み言を言われるかと思ったんだがなぁ。」
「別に身寄りもいないし親しい人間もあまりいなかったですしね。 ブラック企業で働いてろくに趣味もなかったし……まあ好きなマンガの続きなんかは気にはなるけどさほど未練はないですよ。 仕事をやめてたら、なんて仮定の話ですしね。」
自分で言いながら寂しい人生だったなぁ……なんて思ってしまう。
「とりあえず彼女が何を言ってたのかは分かりました。 不測の事態で死んだ俺はここにも下界にも居場所がない。 それを解決するために何らかの形で転生させるということですね?」
「その通りだぁ。 飲み込みが早くて助かるなぁ。」
うれしそうに笑いながらホーディラスは立ち上がると机からファイルを取り俺に投げ渡す。
パラパラと中身を見るとエフェメラが俺に選べと渡した紙のように写真と説明文がある。 こっちは触手生物はないな。 基本的に人間の姿の種族ばかりだ。
「不測脱界者はここにも下界にも居場所がないぃ。 だがそれは不測脱界者に限った話でもなくてなぁ。 色んな理由で居場所のなくなった魂は相当数いるぅ。 だからそうしたやつらの居場所としてだなぁ、輪廻の輪からはずれた世界を一つ用意してあるぅ。 魂は下界とここではなくその世界の中だけで回る世界だなぁ。 お前さんにはそこに転生してもらうことになるってぇ寸法だぁ。」
「そうするとこれは──」
「不測脱界者にはこっちから8つぅ、無難な選択肢を出してどれに転生したいか選んでもらうぅ。 転生先を多少なりとも選ばせるのはぁ、まあ俺らの管理が行き届いていなかったことも原因と言えるからぁその詫びも兼ねてだなぁ。」
なるほど。 不遇の死を遂げて行き場のなくなった者へのせめてもの手向けというわけか。 だけど俺の手にしたファイルには──
「8つ程度と言う割にずいぶんたくさんありますね。」
俺の手にしたファイルにはざっと30枚ほどの紙がファイリングされている。
ホーディラスは軽く肩を竦め、
「通常なら8つ程度、それもそいつの好みまで反映はさせずにランダムに選択肢を与えるもんだぁ。 だがぁ、お前さんは通常とは違うぅ。 管理不行き届きなんて言葉じゃぁすまないくらいのぉ、バカのとんでもない失態でぇ死なせることになったんだぁ。 だからぁ、お前さんには特別大サービスだなぁ。」
ホーディラスは俺の前に手を突き出すと人差し指を立てる。
「まずひとぉつ。 転生先に関してはお前さんの無意識から読み取った希望に沿うものを30ほど用意した。 人型の種族ばかりなのはそれがお前さんの一番の望みだからだなぁ。」
なるほど。 つまり俺に竜になりたいとかそういう願望があればそうした種族も選択肢として与えられたってことか。 まあずっと人間だったんだし転生するとしてもやっぱり人の姿でいたいってのはあるかな。
ホーディラスはさらに親指を立て──何だよ、その指の立て方は?
「そしてふたぁつ。 普通なら選択させないような特別な種族も用意したぁ。 ぶっちゃけると不死の種族だなぁ。」
「不死?」
不死って……そうか。 魂の輪廻からはずれた世界ならそこで永遠に生き続けても問題はないのか。
俺が気付いたことを察したかホーディラスはニヤリと笑みを浮かべる。
「察しがいいなぁ。 まあ不死とは言え滅びの道がないわけでもないしいずれお前さんにも輪廻の輪に戻ってもらうことにはぁなるだろうがぁ、まぁあそれまでは楽しんでもらっても構わんということだぁ。」
それは……まあ興味がないとは言わないけど一人で生き続けるのってキツそうだよな。 本でもそういう話はよくあるし。
悩む俺にホーディラスは中指をさらに立てる。
「そしてみぃっつぅ。 お前さんは記憶を残したまま転生させるぅ。」
記憶を残したまま? それは俺が俺のままでいれるってことで……
「まあ本来なら記憶も消して新しい生を迎えてもらうんだがなぁ。 人生を途中で中断させられちまったぁお前さんにぃ、違う世界で別の生物にはなっちまうがぁ人生の続きを与えようってぇことだぁなぁ。」
話を聞くとずいぶんなサービスをされてるようだ。 それだけエフェメラがやらかしたことはとんでもなかったってことだな。 てか被害者は俺なんだけどさ。
何て言うか死んだのは事実なんだけど自分自身がここにいるせいかあまり怒りもショックも湧いてこない。 むしろ人型だけど人間とは違う生物になるっていうのに少しワクワクしてたりする。
「本来ならこうして丁寧に説明をしてぇ、転生先もちゃぁんと選ばせるのがルールなんだがなぁ。 あの駄天使はさっさとお前さんを転生させて自分がしでかしたことを隠蔽しようとしたんだぁなぁ。」
ホーディラスは部屋の隅に転がる肉塊に苦々しい顔を向ける。──まああんな仕打ちを受けるなら隠し通したくなる気持ちも分からなくはない。 ところであの肉塊……もう痙攣もしてないんだけど大丈夫なんだろうか?
あまり見たくはないものだし俺は改めて手にしたファイルをめくる。 ファンタジーに出てくる種族の中でも人の姿をした様々な種族がファイリングされている。 エルフ、ドワーフ、各種獣人、竜人や鬼人といった感じだ。 後は人の姿になれる悪魔もいる。 一応普通の人間も選択肢に入っているか。
「一応言っておくとだなぁ、通常の生殖行為で生まれる種族の場合はお前さんの希望に合う魂の受け皿ができるまでは世界を漂っててもらうことになるぅ。 まあ長くて2、3年程度にはするしその間は意識もなく漂うから感覚としてはすぐに転生するのと変わりはぁないぃ。
そしてある程度の年齢になるまでは記憶は封印しておくぅ。 赤子時代をその年で経験するのはさすがにきついだろうからなぁ。 封印されてる間の記憶は上手く融合させるから世界の知識も自然と身に付くし過ごしやすいだろう。」
至れり尽くせりとはこのことか。 最大限の便宜を図ってくれてるのがよく分かる。
説明を聞きながらパラパラとファイルをめくっているとふと一枚の書類が目にとまった。
「……《真祖》?」
聞いたことがあるな。 確か吸血鬼の元締めみたいなやつだったか。 興味をひかれて俺は詳しく説明を読んでみる。
『吸血鬼の頂点たる高血にして真血にして純血の吸血鬼。』
……どっかで聞いたことのあるフレーズだな。 あまり気にしないでおくか。
『血を吸うことで相手のエネルギーを奪い自らの力を増大させることができる。 この場合、血を吸われた者は吸血鬼となるわけでなくエネルギーを奪われて衰弱するだけである。 同時に血を吸った者の奴隷となる。
逆に血を吸いながら相手に自分の力を分け与え眷属とすることもできる。
眷属も同様のことができるが眷属が力を増大させる際にはその一部が親である吸血鬼へと還元される。
そのピラミッドの頂点にいる真祖は眷属が増えるほどに何もしなくても力を増していく存在である。』
なるほど。 つまりはマルチの元締めみたいなもんか。 下の人間を増やすほどに何もしなくても利益を得られるようになると。
『吸血鬼は多くの特殊能力、強大な身体能力を誇り魔力の扱いにも長ける強大な種族だが致命的な弱点を多数抱える脆弱な種族でもある。 しかしそれは真祖から離れるほどに劣化する不完全性の発露であり完全なる吸血鬼である真祖には弱点が存在しない。 日光や十字架、聖水すら効果はなく魔法に対しても高い耐性を持ち物理攻撃は完全に効果がない。
また完全なる不死であり滅ぼされることはなく、殺されても必ず復活する。
滅びる道は同種である真祖に存在の全てを吸い尽くされることのみ。』
何と言うか……反則だな。 完全なる不死ってだけでも十分なのにてんこ盛り過ぎだろ。
『眷属と違い周囲の魔力を自然と吸収するため存在を維持するための吸血行為すら必要なく吸血衝動もない。 真祖の吸血行為は自身の力を増す、眷属を作るという確固たる目的の元に行われる。』
これ……かなりいいんじゃないか? 説明を見た限りは相当強いから一人でどこでも生きていけるし人間の中で暮らすこともできるし。 一人で生きるのがつらければ共に生き続けられる眷属を作ることもできるわけだし。 言葉遊びみたいな名前もちょっと気に入ったかな。
それにまあ……吸血鬼と言えば魅了とか眷属は絶対服従とかあるわけで……美女や美少女とのあれこれも可能だよな。 まあそれはちょっと考えちゃう部分もあるけど──決めた。
ただ一つ気になるのは──
「これ、悪魔とかもあるけど基本悪事を働く種族ですよね? そうしたことをするのは──」
「問題なぁい。 好きにして構わんぞぉ。」
俺の疑問にホーディラスは一切の難色を示さずに鷹揚に頷く。
いいのか、おい? 後でペナルティとかありそうで怖いんだけど。
「ここは天国と言ったがぁ、あくまでお前さんの感覚に当てはめただけだぁ。 別に天国や地獄なんてぇもんがあるわけじゃあないんだぁなぁ。 下界で何をしてようといい扱いもなければ悪い扱いもないぃ。 だからまぁ──」
ホーディラスはニヤリと笑い──
「力を使って女を侍らせようがぁ、それはお前さんの自由だぁ。」
ぐっ!? 心でも読まれてたのか? ちょっと考えてたことを指摘され俺は言葉に詰まる。
俺の反応に楽しげに笑いながらホーディラスは手を差し出す。
「まあそういうわけだぁ。 そいつでいいなら受け付けるぞぉ? それともまだ考えるかぁ?」
別に急かしてるわけでもないんだろう。 だけどまあ俺の中ではもう決まりだ。
俺はファイルからその書類を取り出すとホーディラスに渡す。
「決まりだなぁ。」
こうして、俺は最悪だった人生から解放されて新たな人生を迎えることになった。 死んで、生まれ変わって、違う世界に行く──死ぬ前に考えて否定したことが全て事実になったのは何かの皮肉なのかね?
とりあえず序章はここまで。
パパっと投稿しましたが本編はメインの執筆がてらのんびり書いていきます。
今回はチート種族なのに激弱な主人公に苦労させるのを楽しんで書いていくつもりです。