転生
前半も前半なのに、期間が開きすぎてしまってすみません。
今までいた空間全てが喪失し、光の海に放り出される。軽い浮遊感。全てが光で満たされているためか、上も下も右も左も分からない。だけどそこにある心地よい感覚と安心感。これはきっと…。
そこまで考えたところで俺の意識はホワイトアウトし………
どんっ!!
次に意識が戻ったのは、背中に強い衝撃を受けるのと同時だった。
「イテテ…。なんだやっぱり落ちてたのか…?」
そんな事を呟きながら目を開け、上半身を起こし辺りを見回す。
草原が広がっていた。背の低い草が一面に広がり、所々に大きな木が生えている。赤、黄、青。様々な花も咲いており、その長閑な風景に思わず笑顔が出てしまう。
「イテ!」
美しい風景にしばし見惚れていた俺の頭の上に何かが落ちてきた。
「なんだ、これ。」
周りに誰も居ないのに、つい声に出して呟いてしまう。
落ちてきた物を見てみると、林檎?の様な物であった。ちょうど俺が倒れていたところに、その実のなる木が生えていたようだ。どんな風になっているのだろうと思い視線を上に向ける。
そこには、先程落ちてきた林檎?のような実がなった木があり、その先には晴れ渡った青い空が広がっている。
そう、青い空。
………いや、青い空が広がっているのはいいのだが、そこには奇妙なものが飛んでいた。
みなさんはそこで何を想像するだろう?
晴れ渡る青い空。そこにあるのは。
鳥や鳥の群れ。もしくは飛行機や気球。最近の物で言えばドローンとか。まぁ、最大限に許せて凧くらいだろうか。
そう。賢明なみなさまならお分かりだろう。こう言っている以上、それではないのだ。
流線型のフォルムに三角形の頭。その体の先には足のような物が付いている。
そう。つまり今までいた世界の感覚で言うなら…
大きなイカが飛んでいた。正確に言うなら、大きなイカを先頭に、後ろから小さなイカがいっぱい続いている。小さいとは言え、高さを加味すればかなりの大きさがあるように思う。
「は?」
思わず声が漏れてしまう。
普通こういう時って出るとしても、大きな鳥かドラゴンとかじゃない?
そこまで考えて気付く。
「眼鏡掛けてないのに物凄くよく見える!」
そうなのだ。さっきまで、眼鏡を掛けていたのだ。でも今顔の周りには何も無い。でも、遠くまで見えている!これは奇跡。
眼鏡のない世界。何年振りだろう。邪魔だけど、便利。そして、コスパはいい。見た目は賛否両論あるが、視力を助ける最強の道具。それが眼鏡!
…しまった。眼鏡を礼賛してしまった。
そこまで考えて気付く現実。
ここ。異世界じゃね?だって、現代日本で、イカとか空飛ばないし。
加えて更に気になることが一つある。そう。ここまでの全ての記憶があるのだ。無くなるって言われた部分まで含めて。さてはて一体如何に。
…とりあえず一回整理しよう。
俺は転生をしているらしい。まだ、確定ではないが、見たことない風景に空飛ぶイカ。ほぼ確定でしょ。
その上で、忘れると言われた部分まで覚えてる。つまり、前世の記憶どころか、転生するまでの経過まで覚えてる。良いの?これ??絶対忘れるとか言ってなかった???
とは言え、自分の管理下にある話でもないので、そこはスルーする。
では、改めて現実を見つめてみよう。まず、自分の姿を見て見る。もちろん顔とかは分からないが、おそらく若返っている。願いが通じたなら、年は20歳。そして外見は…その頃の俺!
…いや、言いたい事は分かります。何故、もっとイケメンとかにしなかったのかって事でしょ。分かりますよ。でも急に年齢と見た目とか言われても、年齢はいいにしろ、顔って難しいじゃん。芸能人とか言っても20歳の芸能人とかすぐに出てこなかったのよ。反省はあるよ。厳密に20歳である必要なんてなかったわけだし。でもさ。俺が思いついたのは、20歳にしよう。そう言えばそん時の俺ってどんな感じだったっけ。はい。ここまで。具体的な顔を思い浮かべられませんでした!迷った挙句に。もちろん自分の顔だって覚えてないよ。だから、きっとアオさん、データとか記憶にある俺の顔にしたんじゃないかって気がするんだよね〜。まぁ、どっかで鏡見ればわかる話だからいいんだけどね。
てことで、顔の話は以上。次は服装。何となくだが、今の世界の仕様になっているっぽい。何故なら、さっきまではスーツだったのに、今は何というのだろう…旅人の服?みたいな格好をしている。布の様な生地で出来たノースリーブで丈の短いワンピースのような形をした服を一番上に着ている。比較的ゆったりめな作りも高評価。ウエスト部分を革のベルトの様なもので軽く絞っている。その下には、これまた布の様なもので出来た、長袖シャツ。下はちょっと固めなので布なのか分からないが、長ズボンとなっている。靴は革っぽいブーツ。そしてマント。軽いが丈夫そうである。右側の腰には小さな布袋。左側には鞘に収められた剣がある。
ヤバい。これはテンション上がりますな!まぁ防御力は低そうだけどね。いいのよ。いいの。まずは見た目ですよ。いかにも初期の冒険者風じゃない。
「よし!」
声に出し気合いを入れて起き上がる。まずは適当にぶらつきながら村か街を探そう。
ただ、ちょっと心配なのは剣を持っているって事だよね。だってさ。それはつまりさ。出るって事だよね。魔物的なやつとか。
ちなみに、俺の強さってどんな感じなんだろう。能力とかの説明とか一切なかったから、分からんもんなぁ…。でもあそこの事忘れちゃうなら、説明されても意味ないか。いや、でもそれじゃ困っちゃうよね。なんか方法があったんだろうな。きっと。まぁ分からん事を悩んでもしょうがないから、前向きに生きていきましょ。とりあえず、気の向いた方に歩いていけばなんかあるでしょ。もしくは人に会えるでしょ。
という事で、俺の冒険はこんな適当な感じでスタートしたのだった。
☆♪☆♪☆
何処かに向かうと言っても、避けたい方向はある。そう。イカが来た方と向かった方である。敵か味方か、全く害がないのか。それすら分からない奇妙な物体とは関わり合いたくない。となればそこから90度ずらした方向の2択になる。
「よし。定番の必殺技を使うか。」
そう言って俺は、鞘から剣を抜き出す。そして、軽く地面に刺し、手を離す。
みなさんお気付きの通り、占いです。しかも超古典的で、ご利益もあまりなさそうなやつ。まぁそれでも決める根拠に乏しいんだからしょうがないよね。
そして剣が倒れた方向は…イカ!
だからダメだってそっちは。って事でやり直す。
…イカ。
何の呪い?これ。
第3投。振りかぶって刺しました。
…イカ!
ここまでくるとイカに向かいたくはなる。でもこれ、絶対ヤバいフラグじゃないの?
よし。次で最後にしよう。
注目の第4回。希望を込めて、剣を刺しましたー!
…ほぼイカ。
ここまできたらはっきりイカにしなさいよ。何故、最後にちょっとだけずれる。
はい。という事で決めました。
剣が全然向かなかった方に進みます!
ここまでの結果を出されたら反骨精神で全然剣が向かなかった方に行ってやりますよ。
という事で歩き続ける事数時間。
町というか村というか…という規模の…便宜的に町としよう、に着いた。
…なんかあっさり着いた。色々心配していたけど、何事もなく着いた。良いことなのに、ちょっとあるがっかり感。人間って本当にわがまま。
ということで、早速ぶらぶらとしてみる。思ったより人通りも多く活気に溢れている。入り口から見える風景が規模を小さくしていた様で、少し歩いてみるだけで、十分な広さと多くの建物が見受けられる。建物自体は和風というより西洋風。日本人的な感覚で見ると、西洋風のお洒落な街並みはそれだけでテンションが上がる。
そして、何より驚かされたのはそこにいる種族の多さである。普通の人間から様々な見た目の亜人、羽が生えた天使っぽい人、妖精っぽい人まで普通に道を歩き、空を飛び、会話を交わしている。もちろん、今のは見た目の話で、種族は同じ、という可能性も否定はできないが、なんかファンタジー溢れる空間がそこには満ちていた。
そんな風景に見とれながら歩き続けていると、元気な女性の声で呼び止められる。
「そこのお兄さん。初めてみる顔だね。どうだい、うちにちょっと寄っていかないかい?」
そちらに目を向けてみると、おばちゃんが笑顔で手招きしている。その後ろからは賑やかな声も聞こえてくる。どうもパブぽい。
てかこの世界に来て初めて声を掛けられたんじゃない?しかも言葉が理解できる!そんな事に小さな喜びを感じ、思わずそちらに歩いて行ってしまう。
「ここってパブか何かですか?」
「そうだよ。ここは初めてかい?良かったら寄ってって話を聞かせておくれよ。ちなみにお兄さんは冒険者とかそういった職業の人だろ?」
改めて聞かれて気づいた。俺ってなんなんだろう。冒険者風ではある。確かにすでに冒険はスタートしている。でも、だからと言って冒険者かと聞かれると、それはNOだろう。だとしたらなんと返答したらいいのか…
そうだ!こういう時のためにあるんだろうあの有名人の言葉は。
「いえ、冒険者というよりは旅人ですね。職業、旅人です」
「それは冒険者と何が違うんだい?ただ、ぷらぷらしてるだけなのかい??」
おばちゃん冷静。確かにね。ぷらぷらしている人。適切な表現ですよ。もう返す言葉もございませんよ…
「どうしたんだい?なんか元気が無くなった様に見えるけど。とりあえず中に入っていきなよ。それでちょっとお兄さんの旅の話を聞かせておくれよ。」
「いや…そんなに面白い話もありませんし…」
「何遠慮してんだい。さぁ入った入った。」
「いや…」
そう言いながらも、俺はおばちゃんに押されるがままにお店に入れらてしまう。いや、本当に話す事ないのよ。だってこの世界に来てまだ数時間だし。あったことと言えば、林檎みたいな果実が頭に落ちてきた事と空飛ぶイカを見たくらいだ。こんなんでどうやって話をしろと。
そんな事を思いつつもいざお店に入ると、食べ物の良い匂いと楽しそうな雰囲気に嫌が応にも気分は盛り上がってしまう。
こうなったら楽しんじゃうか。だってこの世界に来て、口にしたのはあの林檎みたいなやつだけだし。…え?あれを食べたのかって??はい。食べましたよ。だって気になったし。なんか美味しそうだったし。普通に食べましたがなにか?
そんな事を思っている間に、簡単なつまみみたいな物とお酒が運ばれてくる。
「とりあえずこれをつまみながら、クイっといっておくれよ。」
そう言っておばちゃんがお酒を手渡してくれた。
感謝を述べて、お酒に口をつける。
うん。美味い。今までの世界でいう薄めのビールのような味わいであった。喉も渇いていたのでなおさら美味く感じる。
ではではと思い、出されたつまみにも手を付けてみる。
これも美味い。木ノ実のような物を甘辛く味付けしてある。ちょっとある渋味も良いアクセントになっている。
「料理もお酒も美味しいです。」
「そうかい。そりゃ良かった。楽しんでいっておくれよ。ちょっと店が混んできちまったから、しばらく離れちゃうけど、また後で話聞きにくるから、それまではお店に居ておくれよ。」
そう言っておばちゃんは厨房の方へ向かって行く。俺が入ったちょっとあとに、4名のグループが2組入って来ていた。どうもここは繁盛店らしい。
偶然ながら良いお店に入れて良かった。あとは値段が高くない事を願いたい。
そう思い、メニュー表に目を移すが、そもそもこの世界の通貨の価値が分からないため、何とも判断が付かない。
…ちょっと待とう。そこまで考えてある事に気付く。
そう。俺ってお金持ってるのか?自分で数時間前に言ってたよね。服装と持ち物が変わってるって。いや、まあ変わってなくても日本の通貨とか使えなさそうだけども!
いやいや、生まれ変わりの人生、いきなり0円スタートはないでしょ。だって、謎の小袋ぶら下がってるし。ここに、ちょいとお金が入ってるんでしょう。さぁ出てくるのだ。この世界のお金よ!
そう言って、気合いとともに小袋を広げ、その中に手を突っ込む!!
…はい、から〜。そうだよね。そうでしょうよ。何となく気付いてましたよ。だってなんか軽かったもん。でも、でもさ。あるかもしれないじゃん。紙の紙幣って可能性も。否定はできないじゃん?
そんな事を1人で呟きながらも嫌な汗が頬を伝う。ヤバい。心臓もバクバクしてきた。どうしよう。
そんな状態がしばらく続き…そして意を決して、おばちゃんを呼ぶために厨房の方に向けて、声を掛ける。
「ご注文ですか?」
「えっ?」
おばちゃんを呼んだつもりが、すぐ横から返事が返ってきた。全然気が付かなかったが、いつの間にかお店は大変な賑わいを見せており、ウェイトレスもおばちゃんだけでなく、2人ほど若い女性が働いていた。
「…いえ…。」
「では、お会計ですね。少々お待ち下さい。」
「いや、違うんです。ちょっと女将さんを呼んできて貰えると…」
「そうですか。女将さーん。こちらのお兄さんがお話があるみたいですよー」
「ごめんよー。ちょっと忙しいからそこの子に言伝して貰えるかい?」
「だそうです。何でしょうか?」
「いや、あの実は、私こちらの世界に来たばかりでして。で、ですね。ちょっと、あの、実は…」
「転生者の方でしたか。それだといろいろわからない事もありますよねー。私で答えられる事なら何でも聞いてくださいね。」
良い子。この子良い子や。でも違うの。どうしよう。でももう正直に言うしかない…!
「いや、で、あの、ちょっと自分の持ち物をチェックしたのですが、どうにもですね。あの、どうも、お金が無いようでして…」
消え入りそうな声になりながら、なんとか事実を伝える。
「はぁ。お金が…えっ!お金が無い〜!!」
女の子は思わず出てしまったという感じではあるが、大きな声で事実を周りのお客様にも聞こえるように伝えてしまう。
「いや、そうだけど、ちょっとそんな大きな声で…」
そう言った時には、周りから冷たい視線が俺に注がれている。そして、近くにいた酔っ払いが俺に声を掛けてくる。
「おい。にいちゃん。今のはホンマか。お前何やっとんねん!」
そう言って、俺のところに詰め寄ってくる。
はい。すみません。俺が悪いです。
でも、あんたに迷惑掛けてはいないよね。この酔っ払いが!と、心の中で思う。
…思っただけのつもりだったのだが、どうにも表情に出ていたらしい。これがいけなかった。
「なんやわれ。なんか文句あるんか?」
そう言って俺の胸ぐらを掴んでくる。
「やめてくださいー」
そう言ってお店の女の子が止めに入ってくる。
そんな雰囲気をみて、遠くにいた酔っ払い達もなんだなんだと騒ぎ始める。そして、中には、やれやれ〜!と煽ってくる輩も出る始末。まさに一触即発。今にも喧嘩が始まるか、という時に外から店内に声が響き渡る。
「なんだなんだ。どうした!そこで何をやっている!!」
そう言って人を掻き分け、数人の厳つい男達が入ってくる。
ちっ!と舌打ちをし、俺の胸ぐら掴んでいた男がその男達に向かって説明をしだす。
その話を聞いた後、入ってきた男達、おそらく衛兵とか巡回兵だろう、が俺に確認をしてくる。
「お金が無いのは事実です。すみません。」
俺は正直に認める。てか、初めから隠すつもりないし。ちゃんと謝って、皿洗いとか厨房の手伝いとかで許して貰おうと思っていたのに…。思わず大きな騒ぎとなってしまった。
「では詳細を聞かせて貰おうか。付いて来い。」
こうして俺は、生まれ変わって数時間で犯罪者としての道をあるきはじめたのだった。
お読み頂きありがとうございます。
評価やご感想頂けると励みになります。
ってまだまだプロローグの延長みたいなものなのにすみません。
そんなお話の進み方でもお付き合いいただける方、どうぞよろしくお願いします!