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副産物

 さて、精油が完成した訳だが、これで終わりではない。

 オレの目的は入浴剤だからな。

 精油はあくまで材料の一つだ。


 オレは今朝準備しておいた野草……ハーブの束を確認する。

 ハーブはパサパサになっていた。

 触れたらボロボロに崩れてしまいそうだ。


 うん、よく乾燥しているな。

 これがドライハーブである。

 本当は乾燥させてドライハーブにするのに一週間位掛かるんだが、生活魔法様々だな。


 そこに塩……粒の大きめな塩だ。

 食塩みたいな砂状だと上手く出来ない。

 出来れば岩塩が良いらしいんだが、今は手持ちに無いので、持っている奴で比較的に大きめな粒の塩を使う。


 後は簡単だ。

 ドライハーブを風魔法で粉状にして、塩の粒を入れ、精油を20滴程垂らす。

 そして混ぜるだけ。


 これで終わりだ。

 バスソルトの完成である。


 ドライハーブと精油の混じった塩の粒は緑色になっていた。

 エメラルド……さすがに塩の結晶では宝石の様にはいかないが、緑色の結晶だ。

 使うハーブや精油によって効能はまちまちだが、これが手作り入浴剤である。

 他にバスオイルなんて物もあるが、それはまた今度作るとしよう。

 手作りの宿命だが、使用期限が短いからな。

 とりあえず時間を少しだけ進め、自然乾燥させておく。


「今日は疲れたし、風呂が楽しみだな……」


 なんて独り言を呟いていたら、イリエル村に到着していた。

 もう既に日が沈みかけており、オレが如何に集中して採取していたかがわかる。

 そうして村の中を通過し、自宅を目指していると知り合いに遭遇した。


「リリステラ様、今日も迷宮の森に行っていらしたんですか?」


 と聞いてきたのはルルリナさん。

 何故オレの行き先がわかったのか。

 あれか、実は村の連中に監視されているのか?

 などと一瞬、疑心暗鬼に駆られたが、自分の姿を見て納得した。


 採取に勤しんでいたのでしょうがないが、かなりドロドロだ。

 全身から土や草の匂いがする。

 子供が汚れて帰って来たみたいな、そんな状態と言った方が適切か。


「はい。今日は沢山採って来たんで、ルルリナさんにもお裾分けしますね」


 そう言って、オレは生活用アイテムボックスを使用した。

 すぐに出現する空間の穴。

 しかし、ルルリナさんは慌てた様子で言った。


「いえいえ! 昨日も貰いましたから大丈夫です!」


 そうか?

 田舎の農村とはいえ、さすがに連日のお裾分けは遠慮されるみたいだ。

 まあ昨日、野草やらキノコやらを沢山渡したしな。

 そんなすぐには使い切れないか。


「あ、じゃあコレだけでも受け取ってください」


 食用の野草やキノコが拒否されても、別の物なら大丈夫だろう。

 そう考えて、オレは小瓶にとある液体を入れて渡した。


「えっと……これは?」

「フローラルウォーターという物です」


 またの名を芳香蒸留水という。

 ハーブウォーターとも呼ばれるそれは、精油を作った際の副産物だ。

 要するに上澄みの油部分が精油で、下の液体部分がフローラルウォーターとなる。


「ふろらる?」


 う~ん、異世界だからこういう風に言った方が伝わると思ったんだが、疑問を持たれてしまった。


「簡単に言えば化粧水の様な物です」

「そ、そんな貴重な物をもらっても良いのですか?」

「あはは、この村でなら簡単に作れる物ですから」

「そ、そうなんですか?」


 迷宮の森が近くにあるこの村では材料が枯渇する事はない。

 だから貴重品でもなんでもない。

 フローラルウォーターはスキンケアやヘアケアにも良いらしいし、女の人に渡す物としては悪くない品だろう。


「趣味で作った物なのでよかったら使ってみてください」


 野生のハーブが原材料なので、誤って飲用しても問題無い。

 市販品と違って口にしてはいけない薬品も入っていないしな。

 日本では馴染みが薄いだろうが、飲用する人もいる。


 ちなみにフローラルウォーターは原材料であるハーブと同じ地域で生まれ育った人の身体の方が合うと言われている。

 だから、もしかしたらオレよりもルルリナさんの方が効能が高いかもしれない。


「あ、ありがとうございます」

「いえいえ。それでは」


 そうしてオレはルルリナさんと別れた。

 ……世界史の教師がなんで精油やフローラルウォーターを作れるのか?

 それはオレが世界史の教師だからだ。


 当然ながらオレは若い頃、世界史が得意科目だった。

 だから授業範囲からは外れるものも調べていて、ヨーロッパの歴史なんかにも詳しい方だ。

 フローラルウォーターも、ヴィクトリア朝時代で貴族が使っていた品で、そういう文献をいくつか読んだ事があって覚えていた、というだけの話だ。

 ヴィクトリア朝の頃はローズマリーとかを使っていたらしいが。


 所謂ローズウォーターと呼ばれる、蒸留を用いて作る美用品、後のフローラルウォーターは紀元前の頃からあったらしい。

 まあ、8世紀後半のアラビアで技術が確立したものだったはずだから、年代的に中世の文化と言っても良いかもしれない。

 とはいえ、フローラルウォーターの最盛期は産業革命の頃だから、その文化や技術レベルには大きな開きがある。

 その頃はスティルルームメイドという職業がやっていた仕事らしいが。


 ……異世界でこんな事を考えてもしょうがないか。

 素行の悪い教え子に言われたのだが、地球の歴史にいくら詳しくても異世界では何の役にも立たない、だそうだ。

 彼の弁も一理あるとは思う。

 この世界と地球とでは歩んできた歴史が違う。

 当然ながら国も文化も人々の生活も、みんな違うんだ。


 だが、歴史という物は自分達がどんな風に生まれてきたのか、その起源を探る学問でもある。

 今回の精油やフローラルウォーターにしたって、知っていたから作れたんだからな。

 だから、オレが世界史の教師をしていたのは無駄じゃなかったって思える。

 なんて……柄にも無く黄昏ていたら家に到着した。


「ただいま~」


 今日は本気で疲れた。

 一日中ハーブ刈りとか、いい大人が何を考えているんだって話だ。

 服も土っぽい臭いが付いているしな。


 まあ、これは生活魔法で解決だ。

 偶に本当の洗濯をしてお日様の光を浴びさせた方が良いんだが、ついつい生活魔法で解決してしまう。

 便利過ぎるのも考え物って奴か。


 そんな訳で、オレは今日着ていた村人姫の服を生活用アイテムボックスに入れて、お風呂に入る事にする。

 生活用アイテムボックスの中では生活魔法が作動し、村人姫の服の汚れを取っている最中だ。

 その間に、昨日と同じ様にお風呂のお湯を作る。


 なんと言っても、今日は入浴剤がある。

 まる一日、この為に働いたと言っても過言ではないからな。

 いや、割と本気で。


 風呂が焚けたらバスソルトを大匙2程度入れて、よく混ぜる。

 入れる時、バスソルトからはハーブの香りがした。

 お湯は薄っすらと緑色になっている。

 上手く出来ているかは風呂に入って確認しよう。

 そんな訳でお風呂にダイブ!


「はぁ……」


 迷宮の森を駆け巡った疲れが溶けていく。

 バスソルトの影響か、リラックス効果のありそうな匂いもするし、実に良い感じだ。

 使ったドライハーブと精油が同じ品種だから効果が上がっていると良いんだけどな。


 ちなみにオレは基本的に髪のケアなどは生活魔法に任せているので、お風呂に入る時も結ったりはしない。

 膝まである髪のままお風呂に入っている。

 だから、湯船に髪が浮かぶのだ。


「……」


 ぼーっとお風呂を堪能しながら、何気無く湯船に浮かんでいる自分の髪に指を絡める。

 液体に触れても艶やかさを失わず、むしろ元気を取り戻してすらいる桃色の毛髪。

 オレが男だった頃はいつか教頭みたいに禿げないか心配だったものだが……こんな長い髪でよく縮れたりしないよなぁ。

 教師の頃は髪を長めに伸ばしている女生徒も受け持った事があるが、もうちょっと痛んでいた覚えがある。

 それだけ女性の髪というのはケアが大変なんだと思うが、こういうのも体質なのかね。


 あるいは、村人姫なる天職の力なのかもしれない。

 教え子達の言う姫要素とやらの事だ。


 肌を伝うお湯の感触も男だった頃より敏感な気がする。

 やはり肌の質が違うんだろうか。

 実際、触れてみた感じの柔らかさやきめ細かさは男の頃とは雲泥の差だ。

 まあ8歳の少女と35歳の成人男性では差があって当然なんだけどな。


 とはいえ、この容姿には助けられている。

 少女という外見故か、イリエル村の人達も優しい。

 元々この村の人達が温厚な性格というのもあるだろうが、明らかにこの世界の人間っぽい村人姫リリステラの容姿は彼等に安心感を与えている。

 これが黒髪黒眼で腹の出ている成人男性だったらと考えると……まあ。

 女になって困った事も多かったが、この件に関しては助かっている。


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