パン作り
この世界には迷宮と呼ばれる場所が存在する。
北に巨塔、南に地下迷宮、西に大空洞。
有名所はこの三つだが、他にも大小様々な迷宮があるそうだ。
一体誰が何の目的で作った物なのかは不明だが、古くから人々の生活を支える基盤として存在し続けている。
迷宮の森もその一つである。
迷宮の森はイリエル村に程近い所にあり、普通の森とは違う。
普通の森であれば生えている植物や生息している生物は刈り尽くせば無くなってしまう。
だが、迷宮の森に存在する動植物は定期的に復活する。
どういう原理なのかは不明だが、便利なのは事実だ。
……この世界で栽培が始まるのが遅かったのは迷宮の所為だよな。
今は多くの農村で麦が栽培されているが、こんな場所があったら狩猟文化の方が長くなるのも当然だと思う。
さて、オレみたいな雑魚が迷宮の森に入って大丈夫なのかと心配する奴がいるかもしれない。
オレも最初はビクビクしたからな。
村人姫はその性質上、戦闘には不向きだ。まともに戦う術は少ない。
少なくとも生徒達のように戦えたりしないお荷物なのは間違いなかった。
一部の生徒は俺に奉仕する事が喜びとか言って連れて行きたがったが……アイツ等はどんな意図でそんな事を言っていたんだろうか。
周りは木々に囲まれていて、その木は地球の物に比べて遥かに大きい。
樹齢数百年は行っているモノもあると思う。
こんな大きな木を切り倒しても、その内また生えて来るんだとか。
それも同じ大きさで。
まさしくファンタジー……謎と幻想で満ちている。
さて、迷宮の森はこの国で一番安全な迷宮だ。
全三階層。
好戦的な魔物は生息していない。
ただし、魔物は全て下級で、採取出来る品に高価な物は無い。
正直、村の者ぐらいしか訪れる価値を見出せない場所だ。
特に冬だと村長が言っていたっけ。
冬も中頃になり、食料の備蓄が無くなって来ると村の男衆が迷宮の森に入り、食料をかき集めるそうだ。
迷宮の森は季節関係無く植物も魔物も沢山生息しているからだ。
それ以外の時は村人達が暇を見つけては採取を行なう場所という認識が強い。
鳥や兎などの人を襲わない小型の魔物なども生息しているそうで、食用として狩る者もいるんだとか。
とはいえ、国家に属する兵士や冒険者が行く場所としては推奨されない。
採取出来る草や花、木の実などは普通の森や山でも手に入るし、生息している魔物も特別珍しい素材が取れる訳ではない。
戦闘系の天職やスキルを所持しているのならもっと別に良い場所がある、という事みたいだ。
そんな場所なのだが、オレの様な現代人には馴染みが深い。
ゲーム風に言うならアクティブモンスターの居ないマップなんて鼻歌をしながら歩いていける。
定期的にジャンプボタンを押して暇潰しをしても良い位だ。
いや、異世界とはいえこの世界は現実なので無意味にジャンプはしないが。
なんて考えていると三匹の鳥が近くに飛んできた。
「おお、コマ、マド、ドリー。元気にしてたか?」
手を前に出すと三匹の鳥はオレの手に止まる。
このコマドリに似た三匹の鳥はオレの使い魔だ。
錬金術士の天職を得たオレの教え子が、オレでも扱える超低燃費な使い魔だと言って作ってくれた人工生命である。
「チュン!」
「ジュン!」
「キュン!」
……別に一匹ずつ個性を出さなくても良いぞ。
使い魔であるこの三匹は基本的に放し飼いにしている。
オレの魔力だけだと三日に一回位しか召喚出来ないからな。
コイツ等は外で木の実とかを摂取すれば自前で魔力を生成する事が出来るからだ。
結果、放し飼いが一番という事になった。
何より、コイツ等が魔物を倒すとオレにも経験値が入ってくる。
しかもオレより強い。
この森に生息している鼠や鳥型の魔物ぐらいなら簡単に倒せるだろう。
代わりにオレの魔力と小麦粉などを与えている。
ん? 何か意思を伝えようとしているな。
使い魔故か少しだけ何を言いたいのか理解出来る。
「チュン、チュンチュン」
「ほうほう、手伝ってくれるのか」
どうやらオレが迷宮の森に来た理由を察してくれているらしい。
まあ迷宮の森に来る理由なんて採取位しか無いよな。
人工生命とはいえ、鳥でもわかるみたいだ。
「じゃあ胡桃とか草とか花とか、使えそうな物を適当に持ってきてくれ」
そう言うと三匹は翼を羽ばたかせて採取に向かって行った。
彼等なら胡桃くらいなら軽く持って来るだろう。
オレは生活用アイテムボックスを開いておいて、自分でも採取を始めた。
尚、オレは今、武器を持っている。
村人姫とか言う訳のわからない天職だが、相性の良い武器が存在するのだ。
その名も山刀である。
所謂マチェットという奴で、鍛冶師の天職を得たオレの教え子が作ってくれた一品だ。
オレでも扱える程度に軽く、威力もそれなりにある。
元々山刀自体が山林の草木を切って道を作ったり、樹皮や果物を採取する為に作られた刃物だ。
村やその周辺で暮らす村人姫の武器としては丁度良いって事だろう。
そんな山刀で使える草や木の実、茸などを採取していく。
ニトニア 品質43
フアオナ 品質46
ミセベル 品質41
これ等は植物の名前で、どれも食用だ。
独自の酸味や甘み、辛味などがある。
好みの程度はあれど、いくら持っていても損にはならない。
そんな植物を採取して生活用アイテムボックスに入れていると、コマ達が戻ってきた。
各々小さな木の実や果物などを口に咥えている。
うんうん、主と違って実に有能な使い魔達である。
「よしよし、良い子だな」
そう言って、オレは小麦粉を生活用アイテムボックスから取り出し、地面に撒く。
するとコマ達は地面に着地して、小麦粉を突き始める。
小麦粉を貪る姿は正しく鳥だ。
どうやら果物や木の実よりも小麦粉が好きらしい。
「今度はパンを食わせてやるからな」
「チュン!」
などと鳴いて、三匹は再度飛び立っていった。
その日はコマ達のお陰で沢山採取する事が出来た。
†
さて、迷宮の森からの帰り道、パン作りの続きをしようと思う。
まず、先程採取してきた胡桃……ミフシーという名称らしいのだが、その実をローストしておく。
オレの生活魔法EXだと100度以上の温度にするのも結構きついんだが、がんばって出力を上げる。
密閉状態に近い場所で温度を上げているので、時間を掛ければ300度位には出来るからだ。
そうして150度位になったらミフシーをローストする。
大体5、6分くらいローストしたら取り出して、これまた生活魔法で切り刻んでいく。
この際も生活スキルを起動させておくと簡単に切れるのでオススメだ。
このローストしている間にパン種を作る。
オレの生活魔法はEX。多重展開が可能なのだ。
生活用アイテムボックスに新たな空間を作成し、何の生物かわからないがこの辺りで取れる家畜の乳と水、さっき作った天然酵母の元種を混ぜる。
そこに生活用アイテムボックスに入っている、タンパク質やグルテンの量の多い、強力粉に近い性質の小麦粉を投入して、混ぜまくる。
生活スキルと生活魔法の総力を挙げて、ミキサーの様に混ぜていく。
この途中でローストが終わったので、ローストしたミフシーを投入し、捏ねる。
全て生活用アイテムボックス内の事だが、自分が機械になったかの様に捏ね続けるしかない。
これを魔法を持ち得ずに作っている人は素直に賞賛する。
やがて生地が滑らかになったら丸めて先程ローストに使った空間……大分温度が低下している場所に入れて一次発酵。
ここから先が難しい。
ドライイーストなら発酵時間が短くて済むんだが、オレが使っているのは手作りの天然酵母。
どれ位発酵させれば良いのかわかりづらいので、適度に確認しつつ時魔法で時間を進めて行く。
目安としては生地が膨らんで二倍になったら一次発酵完了だ。
そうしたら好きな形に空間を作り直し、生地を入れる。
生地の大きさに対して、少し大きめに空間を作るのがコツだ。
二次発酵でまた膨らむからな。
そして時間を進めながら、二次発酵で更に二倍くらい膨らんだら200度の空間を作っておき、そちらに移動。
後は温度を調整しつつ10分程焼くだけだ。