表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/27

真夏の剣聖

「本当に良いのか?」


 あれからオレは綿貫と一緒に迷宮の森に来ていた。

 綿貫は何か役に立ちたいと言っていたが、それが理由だ。


「うん。それが一番だと思うの」


 綿貫は魔物を狩る事で誰かの役に立ちたいと言った。

 それはつまり、魔物を殺すという事だ。

 魔物を殺すという事は経験値が入り、綿貫の肉体は剣聖に一つ近付く。

 もちろん地下迷宮と比べれば迷宮の森に生息している魔物の経験値なんて微々たる物だが、経験値が増えていく事に変わりは無い。


「そうかもしれないが、綿貫一人を養う位ならオレ一人でも出来るんだからな?」


 異世界人の中で一番弱いオレにだって多少は収入がある。

 フローラルウォーターを渡す際、物々交換が多いのは確かだが時々お金をもらえるし、もう少ししたらポプリもその範囲に入るだろう。

 何より、砂糖を作れる様になったから、それを売却して稼ぐという手もある。

 貴族連中に精油を使った製品、バスソルトやバスオイル、石鹸を売っても良い。

 天然酵母やチャーシューモドキなどのレシピを売り出すのも悪く無い。

 これだけあれば……さすがに3年2組全員を養うのは無理だが、綿貫一人位なら養えるはずだ。


「先生、ありがとう。でも、やっぱり私は剣聖なんだと思う」


 綿貫は何か吹っ切れた様な表情を浮かべた。

 それは自分の将来を決めた教え子と同じだった。

 珍しくはあるが、高校生でも自分が将来なりたい職業を既に決めている生徒というのは存在する。

 今、綿貫はその生徒と同じ表情だ。


「剣を振るのは楽しいし、魔物を殺すのも……楽しい」

「……」


 それが天職の良い所であり、悪い所でもある。

 人にもよるだろうが、呪いと言ってもいい。

 自分の才能が自分の嫌いな物だったとしたら、それは呪いとしか言い様が無いからだ。


「元の世界に帰る為にがんばってたのも本当。お母さんやお父さんに会いたかったから……でも、魔物を殺して楽しかったのも、本当の私」


 ある日突然、高校生が超常の力を得て異世界に来てしまったら、そうなるのは仕方が無い。

 Lvなんてゲームみたいな概念があったら、当然上げて見たくなるのが普通だ。

 上げれば上げる程、自分が強靭なっていくんだ。

 それを怖いと思うと同時に……楽しいと感じるのは極々自然の心理だろう。


「過去は変えられないし、今の自分も変えられない。私のこれからを変えられるかはわからないけど……私に良くしてくれた人にはお礼がしたいんだ」


 オレは綿貫の言っている事に共感出来た。

 人間というのは中々変わらない。

 いくら勉強したって、そう簡単にテストで良い点を取れる様になる者は居ない。

 日々繰り返す事で、いつの間にか成長しているのが普通だ。


 この世界にはLvという概念があるから少し違うだろうが、考え方までLvがある訳じゃない。

 精神が子供のまま止まってしまう人だっている。

 本人が本気で変わろうと思っても変わらない人だっているだろう。

 だが……。


「わかった。綿貫の思う様にやってみろ」


 これも経験だ。

 剣聖なんていう凄い才能を持っていたとしても、いつかは壁に当る。

 それは勇者でも聖女でも変わらない。

 誰だっていつかは自分の限界という物を知る事になる。

 人である以上、避けては通れない道だ。


 だが、綿貫はまだ子供だ。

 自分に何が出来て、何が出来ないのか。

 誰もがそういった物を経験して大人になっていく。

 何より、もしもダメだったなら、別の方法を考えれば良い。


「うん、やってみるね」


 そう頷くと綿貫は剣を鞘から抜き……消えた。

 おそらくは迷宮の森に生息している魔物を倒しに行ったんだろう。


 さて、オレはこの世界に来たばかりの頃、綿貫が魔物を倒す所を見た事がある。

 しかし、その光景は想像を絶する物だった。

 剣聖という天職は何も剣を扱うのが上手なだけではない。

 肉体その物が大幅に強化されており、特に速さに関しては突出している。


 以前はギリギリ目で追う程度の事は出来たが、現在の綿貫はオレ程度では目視する事も出来ない。

 それだけでこの数ヶ月間、綿貫が歩んできた道が険しい物だったとわかる。


「先生ー、こっちー」


 それから一分も経たない内に綿貫の声が聞こえてきた。

 オレは声のした方向に歩いていくと綿貫が見える。

 傍にはエスケープボアが転がっていた。


「大丈夫だったか?」

「うん。他の迷宮に比べたら弱い魔物だから」

「そうじゃなくて、綿貫の方だ」

「……楽しいけど怖いのは変わらない。けど、痛くない様にしたの」


 痛くない様にした、というのは魔物に対してだろう。

 剣聖である綿貫の技量であれば、それ位は容易い。

 だが、命を奪う事に対して、綿貫なりに礼儀の様な物をしたいって事なんだと思う。


「そうか……がんばったな」


 綿貫は剣聖だが、高校生だ。

 本来は自分の手で命を奪う経験なんてする必要はない。

 しかし、この世界で生きて行くには必要な事だ。

 それは剣聖という天職が戦う為の力だからだ。

 こんな事を気にする必要なんて無いのかもしれないが、それも経験だ。


「先生、イリエル村だと倒した魔物はどうするの? 清算所で買い取ってもらえるかな?」


 清算所というのは国が冒険者向けに開いている施設だ。

 魔物の死体や素材などを買い取ってくれる。

 買い取った魔物の死体や素材は色々な用途で使われて、利益を上げるという訳だ。

 ゲームとかにありそうな施設だな。


「残念だがこんな冒険者も寄り付かない田舎に清算所は無い」


 しかし、イリエル村に清算所は無い。

 確かに豊富なハーブ類や果物、食肉に出来る魔物など、資源は豊富だ。

 だが、あくまでそれは地元に住む者、程度の資源でしかない。

 迷宮の森で取れる物なんて他の迷宮に比べたら小銭も良い所だ。

 清算所を設置しても掛かる人件費の方が多くなってしまうだろう。


「え? じゃあどうするの? アイテムボックスは腐らないから大丈夫だけど、近くの街に売りに行くの?」


 さすがはアイテムボックス。

 オレの生活用アイテムボックスとは違って便利な事で。

 まあ迷宮で戦う剣聖が金銭を稼ぐには、倒した魔物が腐ったら意味が無いという事なんだろう。


 しかし、こちらもハズレだ。

 アイテムボックスは中の空間が止まっているので入れた物は腐らない。

 出来立ての料理を入れて数時間立っても、そのまま取り出す事が出来る。

 なので、倒した魔物を入れておいて後から清算所に持って行く、というのは合理的だ。


 だが、誰もがアイテムボックスを持っている訳ではない。

 特に村人の天職を持つ者は如実で、多くの場合、オレと同じく生活用アイテムボックスだ。

 迷宮に挑む者の中でも所持している者はそれなりに少なく、アイテムボックスのスキルを持っている、というだけで一定の需要があるらしい。

 まあ、オレ以外の異世界人は全員アイテムボックスを所持していたので、こういう認識の齟齬が出て来る訳だが。


 ちなみにアイテムボックス及び生活用アイテムボックスがある事で、個人的に気になる事もある。

 税金だ。

 所謂中世ヨーロッパなどの時代は権利の時代なんだが、その中には税金も含まれる。

 簡単に言えば、価値のある物や生活必需品などに税金を掛ける事で、それ等を輸出入するだけで国や領主が儲かる、という仕組みなのだが、この世界ではその手は使えない。

 アイテムボックスと生活用アイテムボックスがあるからだ。


 この世界が剣の魔法の異世界だとしても、人々が国家に属し、集団で生活している以上、どこかでそれ等を回す為の金銭……要するに税金を得なくてはいけない。

 税金が無ければ国を運営する事は出来ず、兵士や騎士を食わせられない。

 更に言えば魔族に滅ぼされてしまう。


 ……この辺りは今度調べておこう。

 今はどう誤魔化すかだ。


「あー……まあ……魔物を倒すまでが剣聖の仕事で、そこから先は村人姫であるオレの領分だ。そっちはオレに任せてくれ」


 そう言って、さり気なくオレは自分の生活用アイテムボックスにエスケープボアの死体を入れた。


「わかったー」


 我ながら少し挙動不審だったが、綿貫にはバレなかった。

 魔物を殺す事に恐怖を抱いている様な少女相手に、倒した魔物を解体してバラすなんて言えるはずもない。

 まあ綿貫も知ってはいるだろうが、知っているのと実物を見るのとではまた違うからな。


 綿貫の天職が剣聖ではなく、狩人とかだったのなら話は変わってきただろう。

 魔物を解体するスキルもあるからな。

 尚、これ等のスキルを持つ者が精算所の職員になるらしい。


 ……やはりそういう天職の場合、魔物を解体するのが楽しいと感じたりするんだろうか?

 オレや綿貫の例からして、多分そうなるよな。

 ……色々な意味で怖いのでこの思考は止めておこう。


「じゃあ今日の所は帰るか」


 まあ、世界の汚い部分なんて、いつかは嫌でも知る事になるんだが、綿貫は成長中なんだ。

 オレよりも遥かに強い剣聖様ではあるが、まだまだ心は普通の高校生。

 今は目の前の事に集中させてやりたいんだ。

 それが大人なんだと……思いたい。

 ……こんな八歳の少女が立派な大人かと言われたら微妙かもしれないが。


「うん!」


 さて、感傷に浸っていないで、イリエル村に帰るまでに処理をしておこう。

 実はちょっと前にハシドさんに教えてもらったんだ。

 なんでも、倒した魔物はどう処理するかで味が変わるらしい。

 そして、その処理は早ければ早い程良いそうだ。

 だから綿貫の倒したエスケープボアを処理しようと思う。


 オレは生活用アイテムボックスの中で入れたばかりのエスケープボアに沸かしたお湯を掛けていく。

 全身にお湯が掛ったら、毛を抜く。

 本当は結構な力が必要なんだろうが、生活魔法だから簡単に抜けた。


 そして全部抜くと綺麗な乳白色になる。

 こうなると見た目が豚にそっくりだ。

 まあ豚は猪を飼い慣らして家畜にした生物だけどさ。


 次に風魔法で頭と胴体を分ける。

 当然死んだばかりなので血が大量に噴出するが、この血が出来るだけ流れる様にする。

 所謂、血抜きという奴で、これをやらないと獣臭くて食えた物じゃないらしい。


 しばらく待って血をしっかり抜いたら、腹に風魔法の刃を突き入れ、腹肉と脂肪だけ割いていき、内臓を傷付けない様に開いて、内臓を摘出。

 同時に手の平程の大きさをした石を摘出する。


 この石は魔石と言って、魔物の体内で精製される物質だ。

 魔法の媒介にしたり、燃料として使われたり、と用途の広い便利な物質だな。

 これが入っているか入っていないかが、この世界における動物と魔物の違いらしい。


 なんでもアイテムボックスを持たない者の中には、魔石だけを取っていく者もいるんだとか。

 エスケープボアの魔石はそう価値のある物ではないが、強力な魔物であればその価値も上がるからだ。

 魔石の純度は人間のLvみたいな物だからな。

 何より全ての魔物に素材や食材としての価値がある訳ではない。


 さて、後は三枚に下ろして、骨を摘出。

 部位毎に切り分けて、終了。

 エスケープボアの死体からエスケープボアの肉に出来た。

 これで綿貫に見せられる程度には食用の肉になったな。


 しかし、生活用アイテムボックスは本当に便利だ。

 これを実際にやったとしたら、かなりの重労働だろう。

 骨にこびり付いた肉も全部簡単に取れるのは生活スキルと生活魔法のお陰だ。


 ……問題は生活用アイテムボックスに入ったままになっている臓器や血をどう処分するかだな。

 オレの生活用アイテムボックスはそのまま放置すると腐るので、何とかしないといけない。

 とりあえずは空間を冷たくして腐らない様にしておこう。

 後でハシドさんに用途を聞いて、使えないなら穴を掘って埋めればいい。


「綿貫、アイテムボックスを開いてくれ」

「ん? わかった~」


 一応、少しだけ時間を進めて血と油を拭き取ったエスケープボアの肉を綿貫のアイテムボックスに入れていく。

 解体したのはオレだが、この肉は綿貫の物だからな。


「ありがとう」


 素直に感謝の言葉を述べる綿貫。

 オレは頷いてから、全てのエスケープボアの肉を入れた。

 肉の処理も受け渡しも終わった。後は本当に帰るだけだ。

 などと思った所で、綿貫が言った。


「先生、この村ではお裾分けをする習慣があるんだよね?」

「ああ、ちょっと余ったり、何かを譲ってもらう時は何かを持って行く習慣があるな」


 オレは頻繁にフローラルウォーターとポプリを譲っているのでもらう事が多い。

 そうでなくても時々野菜や肉などを分けてもらっている。

 最近だと夏という事もあり、畑で育てたという野菜が多い。

 こちらからもお裾分けをしているので、近所付き合いは上手く行っている……自分ではそのつもりだ。


「じゃあ先生、はい!」


 そう言って、先程までオレの生活用アイテムボックスに入っていたエスケープボアの肉を渡してきた。


「私、先生の生徒で良かった。これからもよろしくね!」


 茹だる様に暑い真夏の光が差し込む中、オレは思った。


 ……もう、夏だな。


 そう、剣聖の少女が浮かべた笑みは、そんな夏の光にも負けない、明るい物だった。

そんな訳で一応完結です。

とはいえ、ほのぼの系なので余裕が出来たら秋編などを投稿するかもしれません。


ここまで読んでくださりありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 続き無いのがさみしい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ