ロールパン
ロールパンを作った。
バターを使っているので正式にはバターロールと呼ぶべきか。
ロールパンは諸説はあるものの、基本的には現代に入ってから生まれたパンだ。
Bランク以上の料理スキルから同等のパンが生成出来るかは不明だが、スキルなしが作る範囲で言えば、かなり良い出来栄えなのではないだろうか。
「おーい、綿貫ー」
ロールパンが出来た頃には丁度昼時になっていたので綿貫を呼ぶ。
綿貫は剣の素振り……剣の訓練と呼ぶ事にしよう。
もらった仕事的には、この村を守らないといけないんだしな。
尚、基本的に村の安全の為に心掛けるだけで、村に常駐しなければいけない訳ではない。
侯爵や村長的には迷宮の森に行ったり、もう少し足を伸ばして近場の迷宮に行って魔物を倒して欲しい的な感じだった。
なんでもこの世界、この国で根強い宗教の教義によると、魔物を倒す事は世界平和に繋がる、とかなんとか。
とはいえ、綿貫に魔物狩りを強要するつもりは無い。
綿貫は今まで沢山の魔物を倒してきたんだから、宗教の教義的に世界平和に貢献してきただろう。
だから本人の気持ちを尊重させてほしい。
「なーに?」
「そろそろ昼だし、ご飯にしよう」
「わかった~。今日は何?」
「ふふん、綿貫の為に作った特別メニューだ」
「そうなの? やったー」
そんな会話をしながら家のテーブルに移動。
生活用アイテムボックスから先程のロールパン、チャーシューモドキ、ハーブ類を皿に盛り付けて置いていく。
まあ、昼ご飯としてはこんなものだろう。
ちょっと量が少ない気もするが、綿貫は女の子だし、オレも身体は子供だ。
食べる量としてはこれ位が丁度良いんだ。
「おー……?」
特別のメニューの割にしょぼいな、みないな顔をされた。
確かに見た目、パンと漬けた肉、野草だもんな。
この献立で出来る事と言ったらチャーシュードッグ位な物だろう。
実際、そういうイメージで出したし。
「とりあえず食べてみてくれ」
「うん、わかった~」
オレはロールパンに切れ込みを入れて、チャーシューモドキとハーブ類を挟んだ物を綿貫に渡す。
綿貫はそれを三分の一程口に入れて、食べ始める。
「どうだ? 個人的には上手く行ったつもりなんだが」
「凄く美味しい! 柔らかいパンってこっちでも作れるんだね!」
それはよかった。
作った甲斐があるな。
しかし、口に入れた物を飲み込んでから喋った所を見るに食事のマナーはしっかりしている。
綿貫の性格的に考えて、親御さんがしっかりしていたんだと思う。
……綿貫の両親か。
授業参観や三者面談で会った事がある。
正直、どこにでもいる優しそうな母親というのが、教師から見た、綿貫の親御さんの第一印象だ。
話した感じも、家庭に問題を抱えている様には見えなかった。
それがある日突然行方不明。
親御さんの気持ちを考えると、元の世界に帰してやりたいが……それが簡単に出来るならオレも綿貫も困っていないんだよな。
「まあな。やっぱり綿貫は柔らかいパンの方が好きか?」
「そうだねぇ……あっちでもよく食べてたしね」
教師をやっていたからわかるんだが、食事は家庭によって相当違いが出て来るものだ。
米しか食べない家庭もあれば、パンが多い家庭もある。
中にはコンビニや外食の多い家庭もあるからな。
そこは各家庭によって様々だ。
とはいえ、今時の高校生ならパン位なら普通に食べた経験があるだろう。
「ならこれから柔らかいパンを作る事にするよ」
「先生、ありがとう」
「ああ。でも、毎回は材料的にちょっときついけどな」
「そうなの?」
材料にバターがあるからな。
いくらオレがバターを作れるとは言っても、そのバターの材料である生乳が必要になる。
生乳から取れるバターの量もそう多い物ではないから、毎回は難しい。
「綿貫が毎日生乳を買って来てくれるなら別だが、あれも安くはないからな」
「ふ~ん、そうなんだ」
ここは田舎だから我慢が必要だ。
多少の彩りはオレの生活スキルと生活魔法で補うが、贅沢三昧とはいかない。
それは綿貫もわかっているだろう。
さて、オレもチャーシューモドキとハーブをロールパンに挟んで食べてみる。
うん、柔らかくて美味い。
チャーシューモドキが適度に歯応えがあってボリュームもある。
ハーブも良いアクセントになっており、しつこくない味に仕上がっている。
日本のパン屋で売っている物には劣るだろうが、結構美味い。
「あ、そうなると私も働かないとね」
「綿貫は村の護衛役のはずだが?」
そんなに多くは無いが、金銭も支払われるはず。
尚、払ってくれるのは侯爵だ。
多分、いざという時の為に飼い慣らしておきたいんだろう。
まあ、オレみたいな戦闘も製造も出来ない奴を引き受けているんだ。
不穏分子が発生しない様に心掛けているんだと思う。
秘密裏にオレを処分したとしても、どこかで2年3組の誰かに知られたらサーロレア王国に対して何かしらの感情を抱くはず。
その感情が良い物になるとは限らない。
更に言えば綿貫は剣聖という天職だ。
恩を売っておけば利益が出る可能性がある。
少なくとも損する事はない。
後々の事を考えれば良好な関係を築いておきたいと考えるのが自然だ。
「うん。でも、それだけじゃなくて、先生みたいに何か役に立ちたいって思ってるの」
なるほどな。
綿貫もこの村に馴染む為にがんばっている訳だ。
オレとしては村の護衛も立派な仕事だと思っている。
イリエル村はそうでもないが、割と治安の悪い世界だからな。
いつ何が起こるのかなんて誰にもわからない。
そんな状況の中、戦う力を持っている綿貫が守ってくれるのは安心出来る。
村の人達的には、神に選定されてやってきた異世界の剣聖様が守ってくれるんだから、これ以上を望むのは罰が当る、と思っているはずだ。
とはいえ、綿貫がやる気になっているんだ。
応援するのが教師ってものだろう。
「というか、オレはそんなに役に立っているつもりは無いぞ?」
この村に来てやった事と言えばフローラルウォーターを作って村の女性人に配っただけだ。
そりゃあ嗜好品として人気のある物だが、生きる為に必須という訳ではない。
どちらかと言えば村の人達に助けられている事の方が多い位だ。
「先生は村のお姫様なんだよ? この村の人達と話をするだけでわかるもん。役に立ってるよ」
「そうか? それなら良いんだが」
村の姫だからなんだ、と思わなくもないが、役に立っていると言うのなら喜ばしい事だ。
綿貫から見ても馴染んでいる様に見えるって事なんだろうしな。
「みんな言ってるよ? 先生が来てから畑が元気になったって」
「いや、それは思い込みだろう……」
あの人達、そんな事を言っていたのか……。
まあ、この世界には天職という超常な法則があるので、そういうスキルも存在する。
だが、オレのスキルに植物の成長を促進する様な力は無い。
なので、それは勘違いだ。
ちなみに領主などの天職を持つ者の中には、そういう効果のあるスキルを持つ者もいるらしい。
なんでも、そのスキルを持つ者が領地を管理すると大地が少しだけ豊かになるんだとか。
効果の倍率はそう大きい物ではないが、農民から見た良い領主というのは、それ等のスキルのランクが高い者を指す様だ。
「まあ、綿貫がやりたいならやってみると良い」
「うん!」
綿貫もがんばっているんだし、オレもがんばらないとな。
まあ、そうは言ってもフローラルウォーターとポプリを作るのが基本なんだけどさ。
なんて思いながら、オレは昼食を食べたのだった。




