表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/27

巨塔17階産

「はい、先生」


 まるで宿題のプリントを教師に渡す様な表情で、綿貫はスライスされたパンを渡してきた。

 断面図は歪み一つ無く、全て真っ直ぐにスライスされている。

 所謂フランスパンと同様の形状で作った奴だ。

 見た目通りそれなりに固く、物理的に切るとしたら鋸みたいな刃で切るのが現実的だろう。

 それを剣でスパッだもんな。

 まあオレも生活用アイテムボックスの中で生活魔法を使い、同様のサイズのパンを出す事は可能だが……剣聖、凄いな。


「一つもらって良い?」

「ああ」


 オレから許可を取った綿貫はスライスされたパンを摘み、口に入れた。

 そして楽しそうな表情を浮かべる。


「先生のパンって美味しいよね」

「そう言ってもらえると嬉しいな。まあ料理スキル持ちには負けるが」


 オレが所持しているスキルは生活スキルEX。

 家庭料理としての補正はかなりのモノだが、やはり本業である料理スキルには負ける。

 王城で出されたパンは料理スキルで作られているので、柔らかくかなり美味しい。

 まあ城で働いている位だ。

 高いランクの料理スキルを持つ者が作ったんだろう。


「パンを作れるって事は料理スキルがB以上だろうし、しょうがないよ」


 ……ん?

 綿貫が極自然に、流れる様に言ったので流し掛けたが何故Bランク以上だと限定するんだ?

 そりゃあランクの高い人の方が美味しいパンを作るだろうけどさ。


「なんでBランクに限定したんだ?」

「え? だって料理スキルだとB以上無いとパンはリストに出現しないよ?」


 えっと、リスト? レシピではなくて?


「あー……もしかして料理スキルは錬金術などのスキルと同系統なのか?」

「うん。もしかして知らなかった?」

「すまん。知らなかった」


 この世界における錬金術のスキルはランクに応じて作れる物に差が出る。

 それをリストと呼ぶらしいのだが、リストには沢山の道具が載っているそうだ。

 で、ランクが高い程、リストの種類が増えていく。

 当然、ランクが高い方が下位の道具を作った際の品質や成功率も上がるという訳だ。

 錬金術士と呼ばれる彼等はそのリストに載っている材料を集めて、スキルを使用する事で道具が生成されるらしい。

 なんでも同じ道具を何度も生成していると熟練度の様な物が蓄積されていき、新しいリストが出現する事もあるんだとか。


 どうやら、その法則は料理スキルにも当て嵌まる様だ。

 つまり料理スキルB以上の者が必要な材料を持って、料理スキルを使用する事でパンが生成される。


 ……この世界で自然発酵パンが多い理由が何となくわかったぞ。

 つまり美味しいパンは料理スキルで生成されている為、酵母という概念自体が無い。

 とはいえ、Bランク以上の料理スキル持ちがそこ等中にいる訳ではないので、知恵と工夫を繰り返して今のパンがあるという事みたいだ。


「そういえば前に村長が、この村で育てている麦は北の巨塔17階で発見された物だ、と言っていた様な……」


 村長曰く、この世界には元々『麦』という植物は存在しなかったんだとか。

 ある時、巨塔に入った者が17階から麦を持ち帰った。

 その麦は保存性が高く、また地上に植えても育つ為、人々は農業を始めたそうだ。


 ここに料理スキルも含まれていたんだろう。

 料理スキルがB以上必要という理由も、巨塔の17階で手に入る品だから加工するにはそれなりのランクが必要という事なんだと思われる。


「なるほどな。この世界の文化が微妙にバラバラなのはそういう理由があったのか」


 スキルで生成出来る物が存在する以上、要求される材料から作ってみようと思うのが自然だ。

 だから自分達で考えた物でなくても、スキルに載っている物は自然と作られていく。

 しかし、該当するスキルを持たない者は作れない。

 なので、パンならスキルで生成された物を模造した劣化品が作られている、と。


 とはいえ、こんな状況下で自然発酵を見つけたのは凄いと思う。

 その内、天然酵母も見つけるだろうな。


 ……蒸留技術が無いのに蒸留酒が売っているのは間違いなくスキルが関係しているな。

 スキルや魔法が関わっているのは知っていたが、こういう仕組みだった訳だ。

 同様に採油スキルも遠心分離で作ったのではなく、リストから作ったんだろう。


「それはともかく、気に入ってくれた様で何よりだ。まあ、不味くてもこの村で暮らす以上、我慢してもらうけどな」

「大丈夫。この世界のパンにも慣れたしね~」


 あー……まあ、最初はちょっと固いと思ったな。

 とはいえ、日本のパンは外国と比べて柔らかい事で有名だからな。

 単純な固さで言えば海外とそう変わらないはずだ。

 よし、綿貫の為に柔らかいパンを作ってやるか。


「じゃあ私はしばらく素振りしてるね」


 そう言って素振りを再開する綿貫。

 何だかんだで綿貫は剣を振るのが楽しいみたいだ。

 まあ、好きな事というのは、例え嫌になっても三日もすればまたやりたくなるモノだからな。

 こういうのが天職の影響だから怖いんだろうが……まあ、今は良いか。


 じゃあ、綿貫が素振りをしている間に柔らかいパンを作ろう。


 基本的には以前作った天然酵母パンとそう変わらない。

 とはいえ、パンを柔らかくするには材料から見直さないといけないんだ。

 具体的にはバターが欲しい。


 バター=油なイメージだが、バターは洋菓子の基本だ。

 ケーキの柔らかさのほとんどはバターと言っても過言じゃない。

 それ位、柔らかさとバターは関係のある食材だ。

 なので、バターから作っていく。


 まず、生活用アイテムボックスの中にある、何かの生物の乳を新しく作った空間に移す。

 ポプリを譲る時に新しくもらった奴があるので丁度良い。

 幸い日本の市販品と違い、直接乳を出した生物から搾乳した生乳なので、そのまま使えるはずだ。

 しかし、バターを作るには乳脂肪分が高くないといけない。

 なので生活スキルと生活魔法を駆使し、何かの生物の乳から乳脂肪分を摘出する。


 この摘出した乳脂肪成分が所謂、クリームという奴だ。

 乳脂肪分が高い程、バターに適しているので、可能な限り多く摘出する。

 こんな事が出来るのは生活スキルと生活魔法がEXだからだ。


 後は簡単だ。

 無塩バターでも良いが、塩は持っているので入れておこう。

 小さじ一杯ほどクリームに塩を入れて、空間を揺らすだけだ。

 時魔法を併用すれば、あっという間にバターの出来上がり。


 副産物で乳清も手に入った。

 乳清はホエーとも呼ばれ、バター以外でもチーズやヨーグルトからも取れる。

 要するに乳脂肪分を抜いた乳の事だ。

 用途が広いので、こっちも後で何かに使おう。


 そうして出来たバターを以前作った天然酵母パンを作る時に混ぜれば作れる。

 ついでに砂糖を入れれば柔らかくて甘いパンになるんだが……蜂蜜で代用するかな。


 ――いや、待て!

 今、オレはとんでもない事に気付いてしまった。

 というか、何故今まで気付かなかったんだ。


 空気の中から二酸化炭素、灰汁の中から水酸化カリウム、そして生乳の中から乳脂肪成分を取り出せるんだぞ?

 糖分を含む物体から砂糖を摘出出来るんじゃないか?


 オレは生活用アイテムボックスに入っている、これまたポプリを渡す代わりにもらった果物に生活魔法を使用する。

 出来れば液体の方が摘出が簡単なので絞って、液体になった果物の中から糖分だけを摘出する。


 結果、甘い液体……乾燥させて粉状にすると、砂糖が出来た。

 原材料が果物なので、日本で市販されている砂糖とは微妙に味は異なるが、これは砂糖だ。

 少なくとも蜂蜜よりも用途の幅は広い。


 これで比較的に高い値段の砂糖を買わなくて済む。

 金銭的に余裕が出来るぞ。

 まあ、綿貫がいるので、そこまで金銭的に困る事は無いと思うが。


 さて、この砂糖をバターと一緒に混ぜるだけだ。

 ……ついでにさっきの乳清も少し混ぜておくかな。

 味の深みが増すと聞いた事がある。


 後は以前天然酵母でパンを作ったのと同じ要領で生地を作り、発酵させる。

 一次発酵が完了したらガス抜きをして、小さい玉に切り分けて、生地が大きくなるのを待つ。


 生地が大きくなったら細長く丸めて、潰す。

 現実なら棒を使って伸ばす、という表現を使うだろうな。

 潰して伸びた生地を太い方からくるっと巻いて行く。

 少々面倒だが、切り分けた小さな生地の玉を全て潰して、巻く。

 全部巻き終わったら溶いた卵を生地の表面に塗って、二次発酵させる。

 二次発酵したら空間を200度まで上げて……もう少し低い方が良いか。

 後は焼くだけだ。


 ロールパンの完成である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ