天職の力
綿貫がここに居たいと言ったその日の内にオレは動いた。
具体的には村長の所に行って、侯爵に連絡を入れただけだが。
その後は思ったよりも上手く行ったと思う。
どうやらオレは侯爵に苦手意識を持たれているらしい。
まあ、王都に居た頃は教え子達の生命第一優先、元の世界に帰る方法を~~と自分でもうるさかった自覚はあるので、しょうがないか。
それはともかく、綿貫の件はアッサリと受理された。
もしかしたら綿貫の聞き間違いという可能性も考慮していたが、どうやらサーロレア王国は本当にオレ達異世界人に戦って欲しくない様だ。
少なくとも軍事に関わって欲しくない、という様な雰囲気はあったと思う。
これはどういう事なんだろうか?
オレと違って、綿貫達の天職は非常に優秀な物だ。
幾ら子孫優先だとしても、多少は戦力として考えるのが普通なんじゃないか?
などと疑問に思っている時、瀬尾や古谷達の噂を聞いてしまった。
どうやら今現在、オレの教え子達は各々行動範囲を広げているらしい。
侯爵も似た様な事を言っていて、ちょっと困った様な表情だった。
多分だが、瀬尾のグループ……所謂、勇者パーティーが解散したのが関わっている。
リーダーの瀬尾は結婚で忙しくなるし、古谷も同じだ。
そしてメンバーの一人である綿貫もオレの所にいるので、パーティーとして機能は出来ない。
それだけが直接的な理由ではないだろうが、オレの教え子達は各地に散って行った。
地下迷宮とは違う迷宮を探索しに行ったとか、自由気ままに魔物退治をして周っているだとか、王都でお店を開いただとか、伯爵家に婿入りしただとか、噂は絶えない。
共通して言える事はこの世界の人達はそれなりに喜んでいる事か。
「――って感じだった。綿貫は何か知っているか?」
正式に綿貫はイリエル村で暮らす事が決定した。
一応、療養という形になるそうで、村の護衛役という任ももらっている。
なんでも少数ではあるが、この村に盗賊や危険な魔物が現れた事があるらしく、それで死者も出ているから名目は立つそうだ。
ちなみに村長に聞いた所、事実だった。
五年前に盗賊が、三年前に魔物が現れて、実際に死者が出ている。
村長の子供……要するにルルリナさんの父親がその時に亡くなっているそうだ。
平和な農村だと思っていたが、ここも異世界だ。
日本でも毎日事件が尽きないのだから、異世界の田舎と言えど、そういう危険性は常にあるという事だろう。
「う~ん……なんかピリピリしてたから、王様達が何かしたのかもしれないね」
綿貫の話によると、2年3組の中で競争意識みたいなモノがあったらしい。
専用装備を如何に速く、それでいて多く持っている者の発言力が上だ、みたいな感じだったとか。
だから、グループ毎、下手をするとグループ内でも綿貫達の関係は良い状態とは言いづらかったらしい。
ここで国が何か手を加えたのだとしたら、何をするだろうか?
この国、サーロレア王国の王様は優秀だ。
国王の天職を持っているので、少なくとも国にとってマイナスになる事はしないだろう。
……別々に管理している?
オレの聞いた噂が全て真実であるとは言わないが、一割位は本当の情報も混じっているはず。
そして綿貫の情報はかなり信憑性が高い。
王様の立場からすれば、異世界人同士で変に競争意識を持たれて内乱の火種を作ってしまうよりも、各々を上手く手懐ける方を選んだと考えるのが無難か。
しょうがない事とはいえ、オレの教え子達は色々な意味で未熟だ。
天職という想像を絶する力を手に入れてしまったのもそうだが、この世界の人達から持ち上げられて調子に乗ってしまったとしても、しょうがない事だろう。
大人でも同じ状況になったら、教え子達と同じ様に調子に乗ってしまうだろうし。
それだけアイツ等の天職はこの世界にとって特別なモノだったんだからな。
とはいえ、エリートを集めればその中からおちこぼれが出て来る。
全体からすれば優秀でも、どうしても順位は生まれてしまうからだ。
そして、おちこぼれになってしまった人物は不満を溜めるだろう。
下手をするとおちこぼれという事実からイジメに発展する可能性まである。
大人でも陰湿なイジメというのはあるんだから、子供であればそれは如実になる。
オレの働いていた学校などでも出来るだけ起こらない様に努力をしていたが、ちょっと隙を見せると起こってしまう。
もちろん発見しだい注意を促し、再発しない様に心掛けてはいた。
それでも毎年イジメが社会問題として取り上げられるんだ。
簡単に止められる問題ではない。
そして、イジメを受けた者が落ちていくだけかと言われたらそうでもない。
おちこぼれだったとしてもエリートはエリートだ。
優秀な天職を持っているという事実は無くならない。
何かの拍子に……それこそ専用装備を手に入れた結果、立場が逆転する可能性もある。
そうなった時、イジメを受けていた者は加害者に復讐を始める。
国としてもコントロールしづらくなるだろう。
こんな状況を国王の天職を持つ者が放置しておくとは思えない。
正直、こういう状況になった異世界人を一箇所に集めておくメリットは少ない様に思える。
それに国としては結婚させて子孫を残して欲しい訳だし、各々に恋人を宛がう方が無難だろう。
つまり、王族や貴族が教え子達一人一人にコンタクトを取り、抱え入れ始めたって事か?
伯爵家の婿入りという情報が思い出される。
神に選定されてやってきた異世界の勇者達だからな。
彼等の血を入れるのは貴族的に喜ばしい事だろう。
そして、彼等のストレスを軽減させ、同郷の者に意識を向けない様にする……と。
この推測が正しいかは不明だが、良い所は付いていると思う。
しかし……良くも悪くも国王達の優秀さ、天職の効果を実感させられるな。
創作物なんかでは、高校生30人を集めて何かをさせるとすぐに問題が発生する。
今回の例で言えば異世界に集団で転移する、だ。
大抵は仲間同士で殺し合いになったり、パニックになるんだよな。
それを起こらない様に防いだその手腕はまさに天職としか言い様がない。
まあ、仲間同士で争っていたら魔族の思う壺だからな。
国の存亡の為にも、そんな無駄な事をさせる訳にはいかなかったのかもしれない。
本来、政治というのは100の問題が発生した時、全て同時に解決するのが理想とされる。
とはいえ、残念ながら世の中はそう上手くは回っていないので、三分の一も解決出来たら十分だろう。
さすがに天職のあるこの世界でも、人々は万能ではないので全て同時に解決する事は出来ない。
だが、50や60位は平気でやってしてしまう。
こういう部分は地球の歴史に比べて、よく周っていると思う。
所謂、中世の頃、西ヨーロッパの暗黒時代なんかを例に出すとそれは如実だ。
内輪揉めをしながら蛮族と戦い、他国と戦争もする。
当然飢饉も多く、農民達による一揆も多かったとか。
一揆の少ない領土、国は程度が低いと思われていた、なんて資料も残っている。
こんな状況でよく滅亡しなかったって話だ。
そういう意味で天職というモノは恐ろしい。
世の中を上手く回す潤滑油の様だ。
合理的で、上手く回り過ぎていて、逆に不安になってしまうな。
……田舎で余生を過ごしている者には関係の無い話か。
オレがあれこれ言った所で世の中が変わる訳でもない。
まあ、ネットやテレビのニュースを見て、世を嘆くのと一緒だ。
「……」
そんな事よりも目の前の現実の方が凄いと思わなくもない。
今、オレは玄関前近くに置いているイスに座っている。
そこから見える光景は……綿貫が剣の素振りをしている。
今更復習するつもりもないが、綿貫は剣聖の天職を持つ少女である。
そして、Lvも相当に高い。
綿貫が本気になったら、イリエル村は一時間もしない内に滅びる程度には戦闘能力に秀でている。
そんな少女が行なう剣の素振りとは、どんなものだろうか?
「綿貫、丁度良いから食べ易い大きさに切ってくれ」
「うん、わかった~」
綿貫が頷いたのを確認して、オレは生活用アイテムボックスから取り出した、長めのパンを投げる。
パンは孤を描いて剣を持っている綿貫の方に飛んでいき……消えた。
やがて斜めにスライスされたパンが出来上がった。
「よいしょっと~」
そんなゆるい声を出した綿貫から発したのは鞘に剣を収めた時に鳴った軽い金属音だけだ。
……綿貫が剣を振った動きすら見えなかった。
当然、あの剣は金属なので、かなり重い。
剣聖という天職は剣が命なので、それなりに長く重い剣を使うのが良い、というのは綿貫本人の言葉だ。
そして、綿貫が使っている専用装備は西洋風の形状をしている。
剣身もそれなりに肉厚で、日本刀の様に見た目程軽いという事はない。
要するに両刃の剣で、長さは90センチは超えている。
ゲームやマンガで剣と言われて多くの者が想像する形状だ。
重さは軽く見ても2キロはあるだろう。
そんな金属の板を軽々と振り回すだけでなく、振った動きすらわからないという事実が剣聖という天職の凄さを物語っているな。
これが元々極普通の少女だと言うのだから、異世界というのは幻想で溢れている。




