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 この数ヶ月、ハッキリ言ってオレは楽しかった。

 少なくとも王都に居た頃、無理をして教え子達と危険な迷宮に行っていた頃よりも充実していた。

 フローラルウォーターや精油にしたってそうだ。

 自分の生活を快適にする行動というモノが楽しくてしょうがなかった。


「……うん」


 オレの問いに綿貫は静かに頷いた。


「剣を振ってるとね、安心出来るの。剣で魔物を切った時、凄くスカッとするの」

「それが怖いんだよな?」


 これが天職によるモノだとしたら、怖いと思う。

 何かに操られていると考えたとしても不思議じゃない。


 それでも自分の天職を変える事は出来ない。

 算数が得意だけど興味がないから国語を得意にしよう、なんて出来ないのと同じだ。

 本人が望まなくても、得意だと、好きだと思ってしまうのが天職というモノなのだから。


「うん、怖い。生き物を殺して、楽しいと思っている自分が……怖い」


 ……綿貫は本来、優しい子なんだと思う。

 今日試射した、村人姫の杖……というか猟銃。

 多分だが、オレはあれで魔物を撃っても何とも思わない。

 精々良い肉が手に入るぞ、なんて考える程度だろう。

 もしかしたら銃を撃つのが楽しいと感じるかもしれない。

 それはオレが元男だからだ。所謂、狩猟本能という奴だな。


 綿貫は元々普通の高校生だ。

 日本で生まれ育った少女は、特別な事情が無い限り、動物であろうと自分で殺す機会は無い。

 スーパーで売っている肉は日常的に食べるだろうが、その肉が生きていた頃を想像出来る者はそう居ないだろうし、オレだって知識でしか知らない。

 そして、それを知らなくても生きていける。


 だが、異世界は違う。

 天職という概念がある以上、天職に相応しい行動が求められる。

 何より、日本と比べると遥かに治安の悪い世界だ。

 魔族という敵対関係の勢力もいるし、そうでなくても人を襲う魔物もいっぱい生息している。

 そんな状況であれば、剣聖という天職は人々に求められる。


 だが――それは悪い事ばかりじゃない。

 それを綿貫に教えてやりたい。


「そうだなぁ……綿貫、学校に居た頃、頻繁に勉強をしろと言われただろう?」

「え? うん。家でも学校でも、何度も聞いた言葉だよ」

「あれを綿貫に言う奴はみんな、大なり小なり自分の人生に後悔しているんだ」

「そうなの?」

「ああ」


 中には何となくで言っている奴もいるだろう。

 よく聞く言葉だからな。

 とはいえ、誰でも学力が問題で困った事はあるはずだ。

 親御さんの中には子供を自分の二週目の様に考えている人もいる。

 それもこれも、少なからず自分の人生に後悔があるからだろう。


「オレは勉強が足りなかったから学者になれなかった。だからお前等にオレみたいな後悔をしてほしくないんだと思う」

「そう、なんだ」

「だから、勉強っていうのは選択肢を増やす事なんだ」


 もしもオレがもっと頭が良かったら違った未来があったかもしれない。

 もっと努力しておけばよかった。

 そんな後悔が少なからずある。


 これもよく聞く言葉だ。

 大抵の学生は将来やりたい事なんて決まっていない。

 オレもそうだった。

 大人になってもやりたい事の見つからない奴だって沢山いる。


「でも、この世界では違う」

「……」

「オレは、この世界ではLvや天職が選択肢に繋がると思う」

「選択肢……」

「他者より秀でた武術、魔法、製造技術……これ等はその選択肢を増やしてくれる」


 Lvの低い者、天職に恵まれなかった者はその分、選べる道が減る。

 オレが村人姫という天職になって田舎で生活しているのは、選ぶ道が無かったから諦めるしかなかった。

 でも、綿貫は違う。


「剣聖の天職は綿貫が何か夢を見つけた時、必ず力になってくれるはずだ」

「それは元の世界に帰る為……?」

「必ずしも元の世界に帰る事を目標にしなくても良い。実際、クラスの奴等は別の目標を見つけている訳だしな」


 元の世界に帰る方法が見つかるか見つからないかはこの際置いておく。

 綿貫の行動によって見つかるかどうかは、今はどうでもいいからな。


「オレには地下迷宮の様な、魔物の強い場所がどれだけ大変なのかはわからない。もしかしたら剣聖の力でも元の世界に帰る方法を見つけ出すのは難しいのかもしれない」


 だが、と付け加える。


「綿貫が元の世界に帰りたいんだとしたら、その力は綿貫を支えてくれるはずだ」


 オレは諦める事しか出来なかった。

 戦う力は無くて、かと言って物を作り出す力も無い。

 みんなに協力する事も出来なかった。

 それ所か、オレの存在が教え子達の足を引っ張っていた位だ。


 教え子を守れなくて、むしろ守られている状況が悔しかった。

 自分の無能さに苛立ちばかり浮かんできた。

 それでも、オレに取れる選択肢は少ない。


 人間の能力に優劣がある以上、どこかで壁にぶつかる時が来るのはしょうがない。

 どれだけ努力をしようと、いずれその場所にいる事すら許されない時が来るだろう。

 けれど、綿貫はまだ選べる。

 選べる場所にいる。


「諦めるのと、別の夢を見つけるのは違う。綿貫が戦うのが嫌なら、やめても良い」

「え……でも……」

「ここが日本だったら、女の子が化け物と剣で戦う方がおかしいだろう?」

「それは……うん」

「だから、本当に嫌なら別の目標を探したって良いんだ」


 綿貫はまだ高校生だからな。

 将来について悩むのは当然の年齢だ。


 だからと言ってある日突然、天職なんて物を与えられて、それを一生続けろ、なんて言うのは酷い話だろう。

 この世界の人達がそうだったとしても、世界や時代、国によって考え方は違うのだから、この国の人達にはもうしばらくだけ我慢してもらいたい。


「幸い、王様達は綿貫達に戦う事を望んでいないみたいだしな。強制される事もない」

「そういう風にも考えられるんだ……」


 国が望んでいる事をするんだから、国の庇護も受けられる。

 いつか綿貫が誰かと恋愛して、結婚して、子供を育むのを望んでいるんだ。

 それは必ずしも悪い事ではない。

 他人に迷惑を掛けている訳でもないしな。


「この国の思惑に乗るのはアレな気もするが、綿貫が戦いたくないなら、それでも良いとオレは思う」


 戦いたくない、という気持ちもやりたい事の一つだ。

 自分に向いていない事を無理に続けたってしょうがない。

 これが35歳のおっさんだったら引っ込みが付かないだろうが、綿貫は若い。

 まだ大人にもなっていないんだから、自分を決めるには早過ぎる。

 色々な事を経験する猶予が残っている。

 その間に自分に向いている事、向いていない事を見極める事の方が重要だ。

 天職に縛られて自分のやりたい事が出来ないなんて、最もダメな事だしな。


「重要なのは、綿貫がどうしたいかだ」


 その為に必要な事を覚えるのが重要だ

 これ等を教えられたら良いんだが、これが中々難しい。

 ただ言葉にしただけでは伝わらない事も沢山あるからな。


 村人姫風情が剣聖様に偉そうな事を言っていると思わなくもないが、若者が自分の将来について悩む事に天職なんて関係無い。

 そこは綿貫がどう受け取ってくれるかだ。


「もちろん、綿貫が元の世界に帰りたいと言うなら、オレは協力する」


 まあ村人姫程度じゃ役に立つか怪しいが、それでも綿貫が望むなら手伝うつもりだ。

 それはオレのやりたい事でもある。

 教え子がオレなんかを頼って尋ねて来てくれたんだからな。

 出来るだけの事をしてやりたい。


「じゃあ……私、ここに居ても良い?」


 綿貫は恐る恐ると言った様子で聞いてきた。

 オレはその言葉に答える。


「当たり前だろう」


 綿貫がやりたい事を見つけられるまで……見つけられなかったとしても、綿貫の能力ならこの村でも上手くやって行ける。

 剣聖の力があれば、この辺りで生活の糧を得るのはそう難しい事ではないからな。


 もちろん、大きな目標があって、それを達成していくは良い事だ。

 だが、ただ何となく生きるのだって、そう悪い物じゃない。

 そういう風に生きている奴なんて沢山いる。


 人間なんだから後悔があるのは仕方が無い。

 自分が原因でも、別の要因でも、少なからず後悔はあるんだからな。

 ただ、どれだけ後悔があっても、自分の納得出来る道を選ぶべきだ。


「だが、ここで暮らす事で感じる後悔もあるはずだ」


 イリエル村で暮らす事は、そういう意味でもある。

 極端な言い方をすれば、日本に帰るのを諦めるという事は、日本にいる家族を諦めるのと同じだ。

 もちろん、綿貫の所為という訳じゃない。

 周囲の環境や状況。

 これまで一緒に行動していた仲間……瀬尾や古谷達とのパーティーが解散した現在、気持ちだけではどうにもならない事だってある。

 

「それでも良いなら、綿貫がここで生活出来る様に頼んでみる」

「……うん」


 綿貫は多少迷った様だが、しっかりと頷いた。


「とは言っても、ここは変化の無い場所だからなぁ。若い子には暇だと思うぞ?」

「うん、それでも良い。ううん、それが良いの」


 そう言って綿貫は小さく笑った。


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