人気者
試食はしていないが、多分冷蔵庫とミキサーで作るよりも上手に出来たと思う。
アイスクリームは空気が命だからな。
これも生活スキルと生活魔法の影響だ。
何より……村人姫の冠の効果か、前よりもスムーズに行なえた。
思ったよりも専用装備の上昇効果は高いのかもしれない。
「綿貫、お前に良い物をやろう」
「良い物?」
オレはそう言って木製の容器に入れた手作りアイスクリームを綿貫に手渡した。
「おー、アイスだー!」
暑さもあってか、アイスを見た綿貫は笑顔になった。
そして、一緒に渡したスプーンでアイスを掬う。
……よし、見た所固さは問題なさそうだ。
なんて分析している間に綿貫はアイスクリームを口に入れた。
「んー! 冷たくて美味しい!」
「そうか。それはよかった」
作った甲斐があるってもんだ。
やっぱり夏と言えばアイスだよな。
特別アイスが好きという訳ではないが、夏になると一度はコンビニとかで買って食べたくなる。
「先生、コレどうしたの?」
食べながら聞いてくる綿貫。
そういえばオレの生活用アイテムボックスが思ったより便利な事を綿貫は知らないのか。
綿貫からすれば外と同じ時間の流れる生活用アイテムボックスから冷たいアイスが出て来るのは不自然だろう。
アイスは常温で置いておくとすぐに溶けてしまうからな。
「ああ、作ったんだ」
「先生の手作りなんだ。すごーい!」
そう言われると照れる。
日本に居た頃、若干ゆるい言動の綿貫が学校で上手くやっていたのはこういう性格もあると思う。
まあ、かなりお世辞は入っているだろうが。
実際、日本で市販されているアイスと比べたら味は劣るはずだ。
売っている奴は水あめや複数の糖分、脂肪分、食塩など、美味しくなる配合で作られている。
それと比べたら、どうしても手作り感は消せないだろうし。
「あれ? 先生は食べないの?」
「オレは暑くないしな。それに一人分しか作ってない」
「そうなの? じゃあ、あーん」
と言って、オレにアイスクリームの乗ったスプーンを向けてきた。
いや……この歳であーんは無いだろう。
今は八歳の少女だけどさ。
「ほら、あーん!」
う~ん、コレ食べない方が恥かしいんじゃないのか?
まあ、教え子のやる事だ。恥かしがってもしょうがない。
「あ、あーん……」
オレは恥かしがりながらもアイスクリームを口に入れた。
……美味いな。
ふわっとしたミルクの凍った泡が舌の上で溶けて……牛乳とは違うコクのある風味が広がる。
空気を含んでいる量が多いからかスッキリとした味わいで、しつこさはない。
うん、手作りとしては及第点なのではないだろうか?
ここにバニラエッセンスを入れたらもっと良くなるとわかるだけに、ちょっと欲も出てしまいそうだ。
「先生、家庭的な所もあるんだね。やっぱり一人暮らしだったから?」
家庭的な所か。
まあ日本に居た頃はそんな暇なかったし、あまり料理などはしていなかった。
あくまで本などで読んだ程度の知識だ。
それを生活スキルと生活魔法が補ってくれているに過ぎない。
「一人暮らしでも作れない奴は作れないさ。現にオレは日本に居た頃、外食も多かったしな」
「へ~、まあ私も女の子なのに料理作れないしね」
綿貫は料理が作れないのか。
とはいえ、今時そういう子は多い。
この年頃だと何か事情が無ければ作れる子の方が少ない位だ。
大抵の家庭では両親がいるから料理をする必要の無い子の方が多いしな。
まあ、教師として言えるのはこんな所だろう。
「そこはもう少し努力しような」
「う、うん」
苦手意識でもあるのか、綿貫は気まずそうに頷いた。
「先生、今ならどこへでもお嫁さんに行けるね」
「相手がいないよ」
「そう? 先生ならどこへでも行けると思うよー」
なんか俺の脳裏に幼女先生って叫ぶ生徒が浮かんでくるんだが……。
合法ロリと結婚とか言い出す奴も居そうだ。
「誉め言葉になってない。オレの事は気にするな」
「わかったー」
その後、家に着くまでの間、綿貫はオレの作ったアイスを食べていた。
美味しそうに食べてくれたのでこちらとしても嬉しい。
しばらくは暑いだろうし、また作ってやろう。
その時は改良を加えてもっと美味しく作れる様に研究しておかないとな。
なんて考えながら家路に着いたのだった。
†
「リリステラ様」
「フローラルウォーターを」
「ポプリを」
タイミングとでも言えば良いのだろうか。
綿貫が来たのはポプリを配ってから二週間経った頃だったからな。
昨日のハシドさんと同じ様な悩みを抱えている人達がポプリを求めてやってくる。
そうでなくてもフローラルウォーターを目的に来るグループがいるので、オレはそれなりに忙しかった。
「リリステラ様、ありがとうございます!」
そう言って去っていくイリエル村の人達が嬉しそうなのは良い。
代わりに肉や魚などを持って来るからな。
ある意味、物々交換みたいなモノだ。
しかし、今は綿貫の問題もあるので、正直勢いを落として欲しい。
ちなみに ポプリの評判は思ったよりも良いのか、男女関係無くやってくる。
ハシドさんと同じく、この季節特有の臭いを消したい人も居れば、オレの想像通り小物として欲しがっている人も居る。
まあ、量を作れば余っている精油が消費されるので助かるんだけどさ。
「もしかして先生って人気者なの?」
そんな光景を眺めていた綿貫がなんとなくといった様子で聞いてきた。
……人気者?
う~ん、どうだろうな。
元々神に選定されて異世界からやってきた村人姫だからなぁ……。
侯爵の紹介で住み始めた訳だし、イリエル村の人達からすれば嫌がらせをしてはいけない人物だとは思う。
そもそも、どちらかと言えば人気があるのはオレではなく、こっちだ。
「オレというか、配っている物の人気があるんだよ」
具体的にはフローラルウォーターとポプリだ。
ポプリの方はまだ始めたばかりだが、これは人気が出る、という実感がある。
少なくとも夏の間は売れるだろう。
その間に愛好者を増やせば長期的な顧客も狙えるって算段だ。
「へ~……この水は何なの? 飲むの?」
「ジュースではないなぁ……フローラルウォーターって奴だ」
「あー……何か聞いた事あるかも」
あれ? 女の子なら知っている物だと思っていたんだが。
日本でも普通に売られているはずだしな。
それこそエッセンシャルオイル……精油だって売られている位だ。
とはいえ、名前位は聞いた事があるらしい。
「化粧水って言えばわかるか?」
「わかるわかる! 乳液と一緒に私も使ってたよ」
おお、そこは女の子って事か。
今時の子は高校生にもなるとスキンケア位はしているからな。
化粧もナチュラルメイク位はする子もいる。
オレの働いていた学校では程度によっては許可していたというのもあるが。
「多分だが、綿貫が使っていた化粧水とはタイプの違う奴だけどな」
「そうなの?」
「ああ、日本の奴だと精製水とグリセリンを元に作った奴だろうし」
「……?」
不思議そうな顔をされてしまった。
まあ精製水とグリセリンから作られている化粧品の方がフローラルウォーターよりも一般的だ。
当然ながら日本で市販されている奴は企業毎に改良を加えていて、化粧水としてのランクもオレの奴より格段に上だけどな。
そもそもフローラルウォーターだって、それ専用に売っている企業もある。
ちなみに綿貫の言った乳液も日本でなら自作可能だ。
問題は乳化ワックスが無いので、ここで作るのは難しい。
乳化ワックスは乳化剤、あるいは界面活性剤と呼ばれる。
乳化剤の方は食品に使われる事も多いから食べ物の成分表記を見ると載っている事が多い。
さっき作ったアイスクリームにも市販の奴にはまず入っている。
そんな乳化剤だが、手作りするのはオレの範疇を軽く超えている。
グリセリン脂肪酸エステルとかソルビタン脂肪酸エステルなんて、どうやって手に入れろって話だ。
大豆や卵黄に含まれるレシチンからも作れるらしいが、オレにその知識が無い。
この乳化剤さえあれば乳液を作るのは簡単だ。
アレンジも簡単だから日本でも自作している人はそれなりにいると聞いた事がある。
とはいえ、フローラルウォーターが手作り品なので、酷い乾燥肌とかでもない限り作る意味はあまりないんだけどな。
「先生って美用品会社の回し者なの?」




