村人姫の杖
「ここが迷宮の森だ」
昨日は結局、綿貫をオレの家に泊めた。
教え子が悩み事を抱えて態々教師の所にやってきたんだ。
出来る事をしてやりたい、と思うのが教師というものだろう。
その上で、綿貫の悩みはかなり深刻だ。
簡単に解決出来るものではない。
要約すると綿貫の悩みは三つとなる。
元の世界に帰ると思っていたのは自分だけだった事。
周囲の変化による孤独感。
天職という概念による、肉体の変化。
特に最後の肉体変化……剣聖の身体に変化していく事が怖いらしい。
まあ、パッと見た所、そう変化がある様には見えないが、よく観察すると極普通の女子高生とは言い難い身体になっているとは思う。
具体的には筋肉の付き方とかだ。
Lvという概念による変化なので、さすがにプロのスポーツ選手の様な体型とはまた違うが、ある程度戦う事を前提とした、剣聖らしい無駄の無い体型に近い。
幸い……で良いのか?
剣聖という天職は素早い剣術が長所の天職だ。
筋肉を沢山発達させて腕力でどうこうする天職ではない。
なので、剣聖らしい肉体は健康的な少女といった姿に見える。
だが、この世界に来る前の綿貫に比べると差はある。
当然ながら剣聖になる前の綿貫は女の子らしい体格をしていた。
それは今もそう変わらないのだが、当然ながら筋肉が発達した分、贅肉が減る。
さすがに腹筋がムキムキという事はないと思うが、腹が出ているなんて事はまずないはずだ。
これは一見些細な変化だが、本人にとっては相当な変化だろう。
とはいえ、Lvや魔力的な要素もあるので、見た目的には以前とそう変わらない。
しかし、身体能力はもはや別人だ。
でなければ極普通の少女だった綿貫が凶悪な魔物と戦えるはずもない。
思えば、綿貫がオレを尋ねてきたのはそれが理由なんだと思う。
なんせ、異世界に来た事で一番肉体が変化したのは間違いなくオレだ。
35歳のおっさんが8歳の少女になるなんて、尋常ではない変化だろう。
幸いオレは心と肉体の齟齬に悩まされる事はなかった。
元々が35まで生きたおっさんだからな。
基本的にはオレ自身は未だに35の成人男性だと思っている。
まあ、周囲は8歳の少女として扱うので、多少おかしい所もあるが、それも今まで住んでいた場所とは違うという環境が緩和していた。
何より、オレの天職は村人姫。
少女の身体になった事に対して、天職という概念がなんらかの補正を掛けた可能性だってある。
まあ、それを調べる術は今のオレにはないんだが。
Lv74 リリステラ 性別 ♀ 年齢 8
天職 村人姫
そして、これが現在のオレの数値である。
真っ先に目が行くのはLvだと思う。
実際、この数値は中々なものだ。
しかし、額面の数値に騙されてはいけない。
この世界において天職という概念は相当に重要だ。
例え村人のLvが99だったとしても、Lv10の勇者には敵わない。
何故なら村人という天職には本来、戦う術が備わっていないからだ。
そもそも、村人姫と勇者ではLvの上昇速度に差がある。
ゲーム風に言うなら経験値テーブルとでも言うのか?
村人姫のLvアップに必要な経験値が10だとするなら、勇者は1000だ。
だから、最初の頃に瀬尾達と迷宮に潜っていたオレはいつの間にか結構なLvになっていた。
まあLvが高いとは言っても、疲れづらくなったとか、魔力が増えて魔法が使いやすくなったとか、なんとなく集中力が増した気がするとか、微妙な変化だ。
スキルも増えていないしな。
もしかしたらオレも村人姫という天職に近付いているのかもしれないが、少なくとも自覚症状はない。
これが勇者や聖女……剣聖だと違う様だ。
Lvが一つ上がる毎にその身体は天職に近付いていく。
聖女であれば人々を癒す力が、剣聖であれば剣を扱う力が増していく。
オレが覚えているのだけでも、スキルが三つ四つ増えていたし。
肉体も同じで、天職に相応しい身体へと変化していく。
これは想像になるが、普通の人間……この場合、地球の人間と例えた方が適切か。
地球の人間と比べたら、筋肉や骨などの密度や堅さ、伸縮性など、もはや別の生物に近い。
まあ、魔法なんてモノを使えるので、今更ではあるんだが。
……これは中々に難しい問題だぞ。
「おおー、綺麗な所だね~」
迷宮の森を眺め、いつもの調子で綿貫は言った。
幸いにも今すぐどうこうという事ではない様で、表面上は落ち付いている。
さて、大小様々な木々が立ち並び、色んな植物が群生する迷宮の森の景色は結構良い。
この国で一番安全な迷宮でもあるので、大自然を堪能出来る散歩コースみたいな楽しさがある。
実に気分転換をするのに適した場所だ。
「地下迷宮はどうだった?」
「う~ん、壁ばっかりだよ~」
「そうか。なんとも迷宮って感じだな」
「あはは、そうだね」
さて、綿貫の問題は重要ではあるが、とりあえず今回の目的を達成しよう。
内心では綿貫の問題について考えているので、正直に言えば時間稼ぎだ。
この間に名案を思い付けば良いんだが……。
オレは生活用アイテムボックスから村人姫の杖を取り出す。
そう、あの猟銃にしか見えない杖だ。
「こんなの8歳の少女が撃ったら肩が外れるんじゃないのか?」
「映画みたいにダダンッ! って出来るんじゃないの?」
綿貫がどんな映像を思い浮かべているのかは知らないが、それは現実的ではないだろう。
まあ、オレも銃を撃った際の衝撃が強い物だという事しか知らないが。
それもマンガなどの知識でしかない。
本物なんて見た事もないしな。
というか、日本人で本物を見た事のある奴はほとんど居ないと思う。
精々エアーガンなどの見た目を模造した玩具くらいなものだろう。
「しかし、専用装備っていうのは本当みたいだな」
「弾が出てきちゃったもんね」
生活用アイテムボックスに入れていた村人姫の杖なのだが、いつの間にか弾丸を生成していた。
今オレが所持しているのは筒状の弾……ショットシェルという物だ。
気が付いたら生活用アイテムボックスの中に6個入っていた。
尚、感覚になるんだが、オレが生活用アイテムボックス内で使っている余剰魔力から生成された物だと思われる。
ちなみに、今のオレの格好は昨日とは違う。
もらった夏用の村人姫の服に着替えたからだ。
確かに春用に比べて通気性が良い。
まあ、若干薄着になった気もするが。
しかし……この服は何で肩が見えるのに上肢付近には布が付いているんだ?
スカートの裾は短いし……とはいえ、どことなく南国風と言えなくもない。
南国風な所が夏服という事なんだろうか?
南の国のお姫様はこんなイメージなのかもしれない。
次に、オレの頭には村人姫の冠を乗せている。
こんなの落としそうじゃないかとも思ったが、そうでもない。
取り外そうとしなければ頭に乗ったままだ。
性能的に寝る時以外は付けた方が良いだろう。
……姫らしさが増してちょっと恥かしい気もする。
迷宮の森に行く途中、村の人達の視線が頭の上に向いていたしな。
専用装備だと伝えたら納得されたが。
となると専用装備という情報は一般にも広まっているのか。
考えてみれば、勇者や聖女、剣聖、村人姫、みたいな、あまり聞かない天職はともかく、絶対数の多い天職用の専用装備もあるはずだ。
当然それは村人の物もあるだろう。
そう言った物をイリエル村の人達も持っているのかもしれない。
ほら、家宝みたいな感じで。
「先生、撃たないの?」
おっと……考え事をしていたら突っ込まれてしまった。
確かに安全な場所とはいえ、迷宮でぼーっとするのはいけない事だ。
これからは気を付けないといけないな。
「じゃあ撃つから離れているんだぞ」
「うん、わかった」
オレから距離を取る綿貫を流し見ながら、オレは村人姫の杖に意識を向ける。
生活用アイテムボックスからショットシェルを二つ取り出して……開閉レバーを動かした後、開く様になった元折れ部分を折る。
すると弾を二つ入れられる部分が見えるので、シェットシェル二つを入れて、元に戻す。
そしてストック……銃の後ろ部分を肩と脇の間に押し付ける。
マンガとかだとこんな感じで持っていたはずだ。
で、開閉レバーの少し下……これはセレクターとか言う奴か?
エアーガンとかで撃てる様にする奴の猟銃版と言った所だろう。
そこをカチッと動かす。
……これで撃てるはずだ。
「……」
なんか緊張する。
銃なんて撃った事が無いからだろうか。
とりあえず、近くにあったそれなりに大きな木に銃口を向け、引き金を引いた。
「……っ!」
引き金を引いた直後、強い衝撃が走った。
銃に想像する大きな爆発音が響き……木に命中していた。
さすがに貫通はしていないが、村人姫の杖から発射された弾は樹皮にめり込んでおり、穴を開けている。
というか、やっぱりこれは銃のカテゴリーであっているのか。
「おおー!」
と、ゆるい声を出す綿貫。
銃口を向けない様に視線を向けると、目をキラキラと輝かせている。
試射を見て目を輝かせる少女、それも教え子というのは教師的にどういう感想を抱けば良いんだろうか?
まあ良い。綿貫も異世界で生きて来て、成長しているって事だろう。
しかし……思ったよりも衝撃はなかった。
銃なんて子供が撃ったら肩が外れるとか、身体が吹っ飛ぶとか、マンガなんかではよく聞く。
まあ、この銃はあくまで村人姫の杖であって、本物の散弾銃ではないが。
それに使われている弾は魔力だ。
銃の衝撃は火薬の爆発による物だろう。
その爆発が魔力である以上、本物の銃と同じ衝撃が走るとは考え難い。
だから本物の銃より衝撃が軽いのかもしれない。
まあ、オレは本物を撃った事がないのでわからないが。




