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剣聖少女の相談

「撃てるかどうかは明日調べる」

「そうなんだ。ねぇねぇ、私も行って良い?」

「別に良いが……」


 ……やっぱり何か違和感がある。

 綿貫は良くも悪くも今風の女子高生だったはずだ。

 多少喋り方がゆるい感じのする所もあるが、それも普通の範疇だろう。


 しかしこの反応、どこかで見た事がある。

 どこだったか……確か異世界に来る前だ。

 そう、家庭に問題を抱えている生徒と話をした時だ!


 六年前。

 まだオレが三十路になる前だ。

 家族と上手く行っていなかった教え子がこんな、無理をした様な態度を取っていた。


 まあ、オレとオレの教え子達は異世界なんて場所に召喚されてしまった。

 ハッキリ言って環境は激変したし、悩みが無い方がおかしい。

 唯一の大人であるオレだって付いていくのがやっと……いや、付いていく事が出来なかった。


「あー……オレの勘違いだったら、すまん。何か悩みがあるなら相談に乗るぞ」


 だとしても、だ

 こんな8歳の少女になった元教師の所に来てくれたんだ。

 教え子の為にオレの出来る事をしたい。


「……」


 綿貫は黙ってしまった。

 ……これは当たりかもしれないな。


「先生は……、……っ、……」


 何かを言いかけて、また言葉を噤む。

 オレはカウンセラーではないが、がんばってみようと思う。


「ゆっくりで良い。オレで良いなら話してくれ。オレでダメならそれでも良い。とにかく信用出来る相手に話すんだ」


 三年程前、受け持った生徒の一人が将来に悩んでいた事がある。

 その生徒は吹奏楽部に所属する生徒で、音楽が好きだった。

 出来れば音楽系の大学に進みたいと思っていたらしいが、その生徒が吹奏楽を始めたのは高校生になってからだった。


 オレは音楽の事はほとんど知らないが、あの手の分野はやっている長さがかなり重要だと聞いた事がある。

 特にまだ若い学生だと、早ければ早い程、有利だそうだ。

 だから、その生徒は音楽の道を進むのか悩んでいた。


 結局、その生徒は音大に進学する事になるんだが、それ等の相談に乗ったのはオレではなく、音楽の教師だった。

 当然オレの受け持っている生徒なので、オレにも多少は話が回ってくる。

 もちろん悔しいだとか、何故オレに相談しないんだとか、そんな見当違いな事を言うつもりはない。

 何が言いたいのかと言うと、相談するのにだって相手の立場や相性があるって事だ。

 誰かに相談した事で少しでも悩みが緩和されるなら、そっちの方が良いんだからな。


「先生は……元の世界に帰りたい……?」


 綿貫は小さな声でそう言った。

 オレは出来るだけ真剣に、言葉の深い意味まで考え込む。

 単純な言葉で言えば、日本に帰りたいか、という事だ。

 それに答えるとしたら、素直に『帰りたい』と答えるだろう。

 しかし、綿貫の言葉がそのまま意味であるとは限らない。

 何が別の意図があって、それの表現を変えた質問の可能性もあるからだ。

 ……この質問の場合、オレは一つしか答えられない。


「ああ。元の姿に戻れて、帰れるなら帰りたい」

「そっか……」


 オレの返答が正しいかはわからない。

 だが、適当な事を言ったつもりはない。

 質問に対して考え得る限りの返答をしたつもりだ。

 そうして、少しばかり綿貫は黙った後、ゆっくりと話し始めた。


「先生、私……みんなと違うみたいなの」

「みんなと違う?」

「うん。みんな、最初は元の世界に帰る為にってがんばってたでしょ?」

「そうだな」


 確かに最初の頃は日本に帰る方法を探したりした。

 今にして思えば協力的だったとは言い難いが、国もそれなりに尽力していたと思う。

 教え子達の中には最初から異世界に留まるつもりの奴も居たが、大半の生徒は帰る方法を探していた。

 もちろん、オレもだ。


「でもね、最近、みんな帰りたくないみたいで……」


 なるほど……教え子達の気持ちも理解出来る。

 オレ達がこの世界に来てから既に数ヶ月が立っている。

 ほとんどの者は自分の立場という物を獲得しているはずだ。


 例えば先程の瀬尾や古谷などがそうだ。

 この世界に好きな人が出来て、結婚する。

 そうなった場合、元の世界に帰るという選択肢を選びづらくなるだろう。

 なんせ、自分の居場所があるんだからな。


 そうでなくても地球に帰った時が不安だ。

 数ヶ月も行方不明だったという事は高校は留年、下手をすれば退学だ。

 待っている家族にしても、どんな顔で帰れば良いかわかるはずもないだろう。


 何より、サーロレア王国という、帰らないで欲しいと思っている勢力の思惑もある。

 国家としては勇者や聖女と言った、強力な天職を持つ異世界人を手放したりはしないだろう。

 だから、これからもっと結婚する奴が増えるはずだ。


「でね。私、聞いちゃったの」

「何をだ?」

「国の人達が瀬尾くんの子供は天職を受け継ぐのかって……」


 ……子供が天職を受け継ぐ、か。

 国の連中め……中々に厄介な問題を起こしてくれる。

 この年頃の子というのは性的な物に敏感なんだ。

 異世界ではそうでもないのかもしれないが、日本の成人はもっと後だからな。


 ……そういえば以前、王様が魔族との戦いにオレ達を参加させるつもりはない、とか言っていたな。

 少なくともオレ達異世界人が戦士として完成する、向こう十年は参加してほしくない、とも言っていた。

 例え魔族との戦争が起こっても余程の事が無い限りは、と付け加えられていたけどな。

 それこそ戦争でサーロレア王国が滅ぶ寸前にでもならなければ協力を仰ぐつもりはないらしい。

 それもこれも次世代に天職を受け継がせる為って訳だ。


 考えてみればこの村も、村長の孫の天職が村長だ。

 参考は少ないが、天職が子孫に受け継がれる可能性は存在する。

 つまりオレ達異世界人は戦って失われてしまうよりも、天職を次世代に残して欲しいと。


「この国の連中も考えたな……」


 思わず愚痴ってしまう。

 そりゃあ一人や二人しか居ない強力で希少な天職であれば、数を増やす方が長期的に考えて利口だ。

 曲がりなりにも国王の天職を持っているだけはある。


 天職というのは本当に天職なんだろうな。

 オレが不自然な位、アッサリとこの村に馴染んだのと同じ様に、国王も国の為になる政策をしたって事だ。

 これがこの世界の天職という法則の凄い所であり、怖い所でもある。


 例えば、領主いう天職に選ばれた者がいたら、領主として理想的な結果を導き出す可能性は、領主を持っていない者よりも遥かに高くなる。

 もちろん人間である以上、何もかも成功するとは限らないが、マイナスに傾く可能性は低くなるだろう。

 なんせ、天職という才能があるんだからな。


 とはいえ、今は綿貫だ。

 綿貫が何を悩んでいるのか、そっちの方が大事だ。


「綿貫は日本に帰りたいか?」

「……」


 きっと綿貫はクラスメートがこの世界に馴染んでいく中、自分だけが馴染めない事に悩んでいたんだろう。

 教師をしていたからわかる。

 どうしても集団に馴染めない者というのはいるものだ。

 それが偶々異世界に馴染めなかっただけでしかない。


「帰りたいけど……もっと嫌な事があるの」

「もっと嫌な事?」

「うん。私ね、もうLvを上げたくない」


 Lvを上げたくない?

 それはどうしてだ?

 地球の、それも日本で生まれた者なら少なからずゲームは知っているだろう。

 まあ綿貫は女の子だから、ゲームに馴染みが無い可能性もあるが。

 しかし、異世界に来た頃の綿貫はゲーム関連で混乱している様子はなかった。

 むしろLvなどの概念の把握はオレなんかよりも早かった位だ。


 それとも戦うのが嫌という事だろうか?

 確かにLvというのは沢山の敵と戦わなければ上がらない。

 それはゲームと同じだ。

 だからつらいという気持ちも理解出来る。

 しかし……そういう意味ではない気がする。


「何でLvを上げたくないんだ?」


 オレは疑問をそのまま口にした。

 いくら考えても、理由が思いつかなかったからだ。


「それは……Lvが上がる度に、私の身体は綿貫結衣じゃなくて、剣聖になっていくの……でも帰る方法を探す為には必要で……もうどうすれば良いのか、わからないの……」


 綿貫はそう悲しそうに呟いたのだった。


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