生徒達の動向
「先生、前よりかわいくなったね~」
オレが受け持っていた2年3組の生徒、綿貫結衣がやってきた。
あれから村長には話を付けて、綿貫はオレの家に来ている。
綿貫が先生先生と連呼するので、どういう関係なのか気になっている様だったが。
実際、周囲の村人達も『先生?』みたいな事をヒソヒソ話していたからな。
まあ、見た目8歳の少女と17歳の少女の関係としては気になるだろう。
8歳の方が先生と呼んだのならおかしい光景ではないんだけどさ。
事実、現在のオレでは綿貫を見上げなければいけない程度には体格差があるからな。
「前よりかわいいって……そんな訳ないだろ」
この身体がかわいい少女だというのは知っている。
だが、使っているのが35歳のおっさんじゃな。
食ってる物もパンと肉が基本だ。
精々そこにハーブ類が混ざる位で、女の子らしいオシャレな料理はあまり無い。
「ううん、冗談じゃなくて本当にかわいくなったよ~。なんか甘い匂いもするし」
それはバスオイルとポプリの匂いだ。
オレの部屋は実験にポプリを設置してあるからな。
混ざって変な匂いにならないか不安ではあるが。
まあ今はそんな事、どうでもいい。
「それはともかく、綿貫が尋ねてくるなんて珍しいじゃないか」
いきなり本題を言うのもアレなので、当たり障りの無い言葉から入っていく。
「私が先生の所に来るのっておかしい?」
「おかしくはないが、お前等Lv上げとかで忙しかっただろう?」
少なくともオレが王城に居た頃はLv上げや訓練などで忙しかった。
王都……それも国の関係者しか入場を許可されない、サーロレア迷宮にも頻繁に潜っていたからな。
教え子達も自分が授かった天職の力を試したくてしょうがない、と言った感じだったので、それも苦ではなかった様だが。
ちなみに綿貫は他の教え子達とは少し違ったな。
明確に日本に帰りたいという意思を見せていた。
結果、率先してLvを上げを行ない、迷宮に潜っていた。
そんな綿貫が尋ねてきたからこそ、不思議ではあるんだが……。
「そうだね。今も忙しいよ~」
……じゃあ何でお前はこんな所にいるんだ。
そうは思ったが、綿貫は元々こんな感じだから思い付きで来た可能性もある。
というか、綿貫は瀬尾達と同じグループに属していた。
所謂、勇者パーティーという奴で、非常にバランスの良い構成だったはず。
オレも参加した事があるから覚えている。
まあ、オレは戦闘では基本ゴミなので何処でもほとんど見ていただけだが。
「そういえば瀬尾くんが結婚するんだって」
「何? 結婚?」
瀬尾はまだ未成年だったはずだが……いや、異世界で日本の法律は適用しない。
確かこの世界の成人年齢は14だったか。
だからしようと思えば結婚でも何でも出来る年齢ではある。
それでもオレの感覚では、早過ぎるんじゃないか? とは思うが。
「瀬尾は誰と結婚するんだ?」
「ほら、城に巫女さんが居たでしょ? あの人」
……綿貫、すまない。
お前の言う巫女さんというのが複数居たから誰の事を言っているのかわからない。
それは良いとして、あの中の誰かと瀬尾が結婚するのか。
「あの巫女さんね、王様の子供で、天職は巫女なんだって。その人と瀬尾くんが結婚するんだよ」
「なるほどな……」
「瀬尾くんだけじゃなくて、古谷さんも結婚するって言ってたよ~」
古谷というのは聖女の天職に選ばれた生徒だ。
回復魔法が非常に得意だったはず。
「そ、そうか。ちょっと見ない間に色々あったみたいだな」
正直、ちょっと動揺している。
オレが日本に居た頃、付き合っている彼女も居なかったから何だろうが。
精々大学生の頃に所属していたサークルの女子と少しだけ良い雰囲気になった事がある位で、オレは年齢=彼女居ない暦だっただけに、生徒の結婚に驚いている。
いや、まあ……教師をしていれば教え子の結婚なんてそう珍しい物じゃないんだがな。
実際、オレは卒業生の結婚式に参加した事もある。
しかし、在学中の結婚は初めてだった。
まあ、異世界にいる現状を在学中と言えるかは微妙な所だが。
「うん。色々あったよ~……」
……?
何となく綿貫の反応に違和感があるんだよな。
オレが王城に居た頃も綿貫はこんな感じだったが、微妙に違う感覚がある。
まあ、どう違うのか具体的に言う事は出来ないんだが。
しかし、結婚か。
瀬尾や古谷には悪いが、誰かの差し金である可能性がかなり高い。
本人達が望んでいる事らしいから、オレからは何も言えないが、国からすれば瀬尾や古谷みたいな強い天職を持った人物を引き入れるのは当然と言える。
帰属意識とでも言うのだろうか。
この国の者と結婚させる事でこの国を好きになってもらう。
そうする事で責任感が生まれ、サーロレア王国の為に尽力する様になる。
こんな感じの狙いが少なからずあるだろうな。
何より、巫女の中に王様の娘が混じっているとか、出来過ぎだろう。
まあ相手の巫女にしても古谷の恋人にしても、己の利益を追求した可能性もある。
神に選定されて異世界からやってきた勇者と聖女だからな。
彼等と婚姻を結べば相応の地位を手に入れる事が出来るだろう。
そういう思惑もあると考えるべきだ。
とはいえ、それが悪い訳でもない。
誰かに利用されるという事は利用されるだけの価値があるって事だ。
王家という組織に属するという事はその庇護を受けられる。
それは瀬尾や古谷にとって良い事でもある。
もちろん結婚する以上、それなりに責任を負う事になるが、責任に見合っただけの対価も得られるはずだ。
こういう世界だしな。
日本よりも遥かに血と血の繋がりが重視される。
何より魔族という共通の敵もいるんだ。
結束を強めておいた方が瀬尾達の為にもなる、という考え方もある。
「そうだ。先生にお土産があるんだった」
そう言って綿貫はアイテムボックスを出現させた。
オレの使っている生活用アイテムボックスの上位互換。
なんとなく空間の歪み方もオレの奴より良い気がする。
しかし、お土産か。
出来れば砂糖だと嬉しい。
この辺りだと少し値段がするから、そうホイホイと使えないんだ。
蜂蜜とか樹液みたいな代用品は多いんだが、砂糖は少ない。
一応在庫は残っているんだが、一袋位あると嬉しい。
「……服?」
などと考えていたが、取り出されたのは子供向けの衣類だった。
お土産と言っているんだから、オレに合ったサイズなんだろう。
しかし、量が多い。
ざっと見て、20着はある。
「先生、前にもらってたでしょ? それの夏用と秋用と冬用だって」
「そうか。それは助かる」
……オレが着ている服は春用だったのか。
まさかの真実だった。
はっきり言って、特に何とも思っていなかったので今も着ている。
女の子のファッションというのはよくわからないな。
それにしても、まさか全季節合計28着も服を準備する事になるとは。
服なんて上下合わせて三つ四つあれば十分だと思うんだが……高校生位になるとそれ位当たり前なのかね。
これは教師なんて仕事をしていると感じる事が多い。
思春期の学生と一緒にいる時間の長い職業だからな。
「本当はどうしても俺が先生に届けたいって人がいたんだけど、みんながダメだって止めたんだ~」
「それは間違いない」
俺を幼女先生と呼ぶ奴等だろう。
あいつ等、まだ諦めていないのか。
「俺の未来の結婚相手になぜ会いに行けないんだって叫んでたよ。先生人気者だね~」
「ワザと言ってないか?」
「他にも俺、この戦いが終わったら幼女先生に告白に行くんだ、とか言ってる人もいたよ」
「嫌なフラグを複数立てるな」
そいつは死にたいのか俺に襲い掛かる予告をしているのか、どっちなんだ?
「ん~それと……はい!」
と、脈絡も無く渡されたのは王冠だった。
金色の金属で作れたと思わしき王冠に小さな青いリボンが付いている。
王冠自体もそこまで大きい物でなく、オレの頭でも普通に乗りそうな小さいサイズだ。




