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アイスハーブティー

「はぁ……」


 うん、実に快適だ。

 生活魔法という名のクーラーがあるので、炎天下でもそう苦しくない。

 フローラルウォーターなどでみんなに必要とされているので張り合いもある。

 石鹸も作る事が出来た。

 しかも、最近の悩みだった精油の使い道も見えて来ている。

 異世界の田舎、最高だな。


 ルルリナさん達女性人……イリエル村の女性と話してわかった事もある。

 この村の女性は基本的に家事が仕事だ。

 コンロや洗濯機、掃除機なんて便利な物は無いから、作業量も多くなる。

 とはいえ、スキルという概念が存在するので、地球の大昔よりは幾ばくか楽が出来る。


 例えば家事スキル。

 生活スキルと効果の近いこのスキルはもうちょっと専門的だ。

 具体的には炊事洗濯と言った行動に補正を掛けてくれる。

 どこまで効果が出ているのかわかりづらいという意味では生活スキルと似ているが、この村では家事スキルを持っている人は良妻という扱いを受ける様だ。


 だから生活スキルと生活魔法が得意なオレはこの村の女性としてはそう悪くないレベルを保っている。

 まあ、多分生涯独身だとは思うが。

 この村の人も姫様とか言われている相手を娶るのは臆するだろうし、何より元男のオレが男と結婚とか考えられない。


 とはいえ、そういう性別的事情があり、オレは今後、村の農業に関わる可能性は低い。

 農業は基本的に男の仕事だ。

 偶に荷物運びなどを手伝っている女性もいるが、あくまで手伝いの範疇って感じだしな。

 何より、イリエル村は迷宮の森が近くにあるので食料には困らない。

 そうでなくても森と山に囲まれた場所なので自然の恵みは多い。


 オレの立場的に考えて、のんびりと余生を送れる可能性はかなり高い。

 だからフローラルウォーターやポプリなど、嗜好品でこの村を潤るわせれば良いだろう。

 なんだかんだでフローラルウォーターを作れるのはオレだけだしな。

 スキル文化の弊害であり、恩恵という奴だ。


「うっ……暑くなって来た」


 さすがにお風呂に入る時はクーラーを切っている。

 なので日が沈んだばかりでは、まだまだ熱気が残っている。

 更に言えばぬるめとはいえ、お風呂に入っているので自然と体温は上がっていく。


 ラムネ……は何か気分じゃない。

 まだオレが日本で教師をしていた頃、女子生徒が炭酸は苦手だと言っていた理由がなんとなくわかった気がした。


 それはともかく、ラムネ以外だと何が良いか?

 持っている何かの生物の乳でも冷やして牛乳みたいに飲むか?

 それとも……よし!


 オレは生活用アイテムボックス内にある井戸水を熱し95度位になったら、以前作ったドライハーブを入れる。

 時魔法で5分程馴染むのを確認した後、氷魔法で冷たくしていく。

 その間に混ざっているドライハーブを除去する。

 後はキンキンに冷えるまで待って、アイスティーの完成だ。


 今はささっと冷たいハーブティーが飲みたいので、適当に作った。

 そして、出来たアイスティーを木製のコップに入れ、口に運ぶ。


「にがっ……」


 苦いが……不味くはない。

 麦茶や緑茶に比べると個性の強い味だ。

 しかし、好みが合えばそう悪く無い味なのではないだろうか?

 少なくともオレは結構好きな味だ。

 甘いお菓子とかと一緒に食べたら口の中がスッキリして、相性が良い様な気もする。


 あれだ。今度ハーブティーを研究するのも良いかもしれないな。

 幸い手持ちには沢山ハーブがあるし、迷宮の森に生えているハーブの種類も多い。

 ハーブの味を研究するには最高の環境と言える。


 しかし、昔の人は凄いと思う。

 お茶は古くから入れ方などが研究されている洗練された文化だ。

 大昔の人が沢山の試行錯誤を繰り返し、どう入れれば美味しくなるのかを何百年、何千年と重ねて現在の物になっている。


 例えばお茶を入れる理想的な温度は90~97度だと聞いた事がある。

 そういう物だと言われればその通りなんだが、こんな微妙な温度をよく見つけられたものだ。


 他にも紅茶や緑茶など、使う茶葉の種類などでも入れる温度で風味が変わるんだとか。

 緑茶は60度だと甘くなるという話を聞いた事があるのだが……細かい所は覚えていない。

 この辺り、地球に居た頃にもっと調べておくべきだったな。


 ちなみに今回飲んだアイスティーだが、以前ルルリナさんが出してくれたハーブティーと同じ品種のドライハーブを使ったんだが……さすがは現地の人だ。

 オレが入れた奴よりルルリナさんが入れた奴の方が遥かに美味い。

 そういう部分も器量の良さに含まれるんだろうか?

 この辺りも含めて、今度聞いてみるとしよう。


「――リリステラ様! リリステラ様ー!」


 のんびりお風呂に入っていたら突然そんな声が響いた。

 この声は……ミリフィンさんかな?

 なんとなく慌てている様な口調だ。


 何か不測事態でもあったのか?

 さすがに無いとは思うが、ポプリを食ったとかだったらやばい。

 即死は無いだろうが、基本的に精油は食用に向かないからな。

 そもそも材料に毒性はないはずだから、精々腹を下す程度のはずだ。

 というか、これだけ食べられる物のある村で花を食ったりはしないだろう。


「リリステラ様!」


 なんて考えている内にミリフィンさんの声が近くなった。

 ……この辺りは田舎の村という事だろう。

 ミリフィンさんはオレの家の中に入ってきていた。


「あ、すいません。ちょっとすぐには行けなくて……」


 お風呂に入っているオレと目が合ったので、そう答える。

 ミリフィンさんは一瞬、オレが何をしているのか理解出来なかったが、すぐに全裸でお湯に浸かっている事に気付いた。


「何かあったんですか?」

「……」


 まあ、あちらからすれば同性なので、あまり気にした様子ではないが……動きが止まっている。

 やがて十数秒程、停止した後、ミリフィンさんは言った。


「えっと……リリステラ様に会いたいという人が来ています。今、村長が相手をしている所で……」


 オレに会いたい相手?

 態々村長が相手をしているという事はこの村の人じゃないよな。

 そして、村人姫風情に会いに来る奴なんてそう居ない。

 実際、この地を治めている侯爵だって一度も来た事がないし。


「自分に会いたい人ですか? どんな方だったでしょうか?」


 オレは風呂から上がり、生活用アイテムボックスからタオルを出して、身体を拭きながら尋ねる。

 いつもは自然乾燥とか生活魔法で乾燥させたりするんだが、急いでいるみたいだしな。

 もしも幼女先生に会うためにここに来ましたって奴だったら旅に出たと嘘を言って貰わねばならない。


「綺麗な長剣を携えた……確か天職は剣聖だと名乗っていました」


 綺麗な長剣を持っていて、天職が剣聖か。

 ……良かった。普通に知り合いだ。

 というか、教え子だ。


「その人は女性ですよね? 黒い髪を肩位まで伸ばした」

「はい。そんな見た目でした」


 完全に一致した。

 異世界に来る前、オレが受け持っていた2年3組の生徒だ。

 出席番号34番、綿貫結衣の天職が剣聖である。


「案内してください。すぐに行きます!」


 そう言ってオレは綿貫の所に急いで向かう事にした。


 正直、ちょっとだけ自分で自分に驚いている。

 教え子が一人尋ねてきただけで急いで向かっているんだからな。

 だが……連絡があるというのは不幸があった事の別名である事が多い。

 例えば父さんと母さんが生きていた頃、病院に入院したんだが、病院から電話が掛かって来た時はいつも状態が悪くなった時だった。

 だから、連絡が無い方が安心出来る、という場合もあるんだ。


 ……何故綿貫がオレの所に来たのか、悪く考えてしまう。

 魔族との戦争が起こって教え子達が参加する事になった、とか。

 異世界人同士で仲間割れになった、とか。

 ――誰か死んだ、とか。


「はぁ……はぁ……」


 オレが村長と綿貫の所に辿り着いた時には日は完全に沈んでいた。

 村社会のお約束ではあるが、早くも神に選定されて召喚された異世界の人がやってきたという事で、野次馬をしている人が多い。

 だから、綿貫がどこにいるのかすぐにわかった。


「綿貫!」


 村長と話していた綿貫が振り返る。

 明るそうな表情をした顔に、平均よりも少しだけ大きい胸。

 ほとんど大人と変わらない体格。


 異世界に来る前はいかにも今風の女子高生と言った風貌だった。

 それは一ヵ月立っても変わらず、オレがこの村に移り住んでからの数ヶ月でも変わっていなかった。

 一言で言うなら、日本の女子高生がコスプレしている様にしか見えない。

 そんな少女が高価そうな長剣を腰に提げて、待っていた。


「あ、先生~。久しぶり~」


 あまりにゆるい声でそう言われたので、思わず力が抜けてしまった。

 綿貫から慌てた様子は感じられない。

 ……オレの勘違いなら良いんだが。


 ともあれ、オレの教え子がイリエル村にやってきたのだった。


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