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流行

 イリエル村にもこんなローカルルールがあった訳だ。

 さて、もちろんオレの返答はこうだ。


「良いですよ」


 ここで愛想笑いである。

 愛想笑いとはいえ、美少女の笑顔は綺麗に映っただろう。

 ルルリナさんも相手の女性も笑顔になった。


「ありがとうございます!」


 と、凄く喜んでいたしな。


 しかし……あれだな。

 なんていうか、選択肢無いよな。

 ここで『嫌だよ、面倒臭い』なんて言ったら村八分確定だろ。

 ルルリナさんの顔まで潰す結果になり、オレは村の嫌われ者になってしまう。

 やっとこの生活にも馴染んできたのに、そんな落とし穴は勘弁してほしい。


 そんな訳でルルリナさんが連れて来た女性……ミリフィンさんにフローラルウォーターを譲った。

 尚、脇に抱えていた籠はやはり手土産だったよ。

 中身はミロアールバードの肉……要するに鶏肉だ。

 このミロアールバードも迷宮の森に生息している鳥型の魔物である。


 しかし、猪の次は鳥とか、どんだけ肉が好きだと思われているんだ。

 いや、まあ、好きだけどさ。

 それとも、この村では肉は思ったよりも貴重品だったりするんだろうか?

 もしくは手軽に調達できる贈与品扱いか。

 後で調べておく必要がありそうだな。


 ともあれ、そういう縁でミリフィンさんと話す様になった。

 近所付き合いというのは重要だからな。

 特にこういう田舎の農村では周囲との一致団結が求められるのだ。


 ミリフィンさんもフローラルウォーターを気に入ってくれた様で、オレに良くしてくれる様になった。

 何気無く井戸で水を汲んでいると手伝ってくれたりな。

 オレを見かけると近づいて来て、世間話をする様になったりさ。

 理由はアレだが、誰かに優しくされるというのは嬉しいものだ。

 フローラルウォーター一つでここまで喜んでくれるなら、こちらも張り合いがある。


 ただ……それから一週間後の事だった。


「リリステラ様、もしよろしければ……」


 と、会話がループしたのである。

 まあ、田舎の農村だしな。

 何か流行るとみんながやりたがるというのはあるだろう。

 それだけみんな、暇なんだ。


 一度紹介されたら一週間は来ないのも悪くない。

 インターネットがある訳でもないので、このローカルルールによって流行速度は緩やかな方だ。


 だが、人数は倍である。

 ルルリナさんとミリフィンさんが連れてくるから、相手は二人。

 更に翌週、連れてこられるのは四人である。


 そして幸か不幸か……この村は結構な規模の村だ。

 山と川に囲まれた極々普通の農村だが、近所に迷宮の森があるしな。

 いざって時でも食料には困らないから当然ではある。


 何より手作業での農業は人手が必要だ。

 これが地球の様に機械でやるならともかく、人が多くて困る事はない。

 農業スキルを持っている人もそう多くないしな。

 そんな訳で、この村はそれなりに人が多いんだ。


 だから、更に一ヵ月経つ頃には64人となる。

 いや、さすがにそこまでの流行速度は無かったので、この半分位だったが。

 そもそもフローラルウォーターを欲しがるのは女性ばかりなので、それなりに規模の大きい村でも限界はある。

 興味を抱かない人だっているしな。


 しかし、いくらフローラルウォーターが精油を作る際の副産物と言えど、30人分も余るはずがない。

 30人分を賄うにしても、ハーブを大量に消費する必要がある。

 それも水蒸気蒸留をしているので、どうしても使った量に対して作れる量に限りはある。


 なので――作り方を教える事にした。


 オレが作らなくても誰かが作れば良いさ。

 なんて思って説明したのだが……失敗した。


 まず蒸留という物を理解してくれなかった。

 熱して蒸発させ、冷やして液体に戻す……と簡単に説明すればコレだけなのに、だ。


 調べてわかった事なのだが、この世界で売られている蒸留酒に酷似した酒。

 あれはスキルの力で作られた物であり、蒸留技術を用いて作られたものではない。

 というよりも、この世界の技術はかなりの割合で天職やスキル、魔法が関わってくる。

 だから、地球にある商品と似た物が売られていても、同じ製法で作られているとは限らない。


 考えて見れば、この村の識字率はあまり高くない。

 この村で産まれ、この村で死んでいく住民達からすれば、学問というのは村長や領主など、偉い立場の人がやっているものでしかないんだ。

 多くの村人達は畑を耕し、山や川、迷宮の森から恵みをもらって生きている。

 そこに学問の入り込む余地はないし、本人達もそれを望んでいない。


 更に言えばこの世界における学問の頂点は魔法である。

 魔法は魔族を倒す為に研究される、この世界の人達の命題だが、その力の多くは戦闘、それも使用者の魔力に依存する。

 それを如何に効率良く覚えるか、強力な魔法を編み出すか、に集約されているのが現状だ。


 ある意味、科学とは正反対の分野だ。

 まあ地球における蒸留技術も錬金術士と言われる人達が見つけたものなのだが。

 ……錬金術は理科や科学の先祖という考えもあるし、おかしくはないか。


 そこで蒸留の仕組みを理解しなくてもオレと同じ事をすれば作れるのではないか? という考えに至った。

 地球の人だってテレビや電子レンジなど、便利なモノを使っている。

 しかし、テレビや電子レンジがどうして動くのかを知っている人は少ないだろう。

 それと同じ様に、こうやればとりあえずフローラルウォーターが作れる、という状況にしたかった。


 ……これも失敗した。


 まず生活魔法と生活用アイテムボックスのスキルを同時に所持していなければならない。

 これ自体は少数ではあったが、持っている人は居た。

 しかし、生活魔法のランクが一定以上必要であり、生活用アイテムボックス内で三つの空間を同時に作りながら、火と氷を展開しなければならない、というポイントで躓いた。


 何より、オレが三つの空間だと思っていただけで、実は五つの空間だった。

 三つの空間を繋げる二つの小さい管……あれも空間の一つらしい。

 だから計五つの空間を生成しながら、火と氷の魔法を生活用アイテムボックス内で使わなければならない。

 これをやるのは無理だという事になった。


 最後の手段として水蒸気蒸留用の機器を作るという手が浮かんだ。


 これはオレが出来なかった。

 いや、オレは世界史の教師であって、理科の教師ではない。

 理論自体はわかっているつもりだが、機器を自作出来る程の技術はなかった。

 そもそも機器を自作する件については、女性陣もノリ気じゃなかった。


 蒸留釜と冷却器。

 これ等を作る必要がある。

 火はともかく、冷気は魔法で行なわれるはずだ。

 それをする人間を準備する必要があり、何よりこの二つの機器の構造をオレがそこまで理解していないので、ある程度完成の目処が立つまで試作しなくてはならない。


 しかもここまで大々的となるとそれなりの規模でやる必要が出て来る。

 あくまで一部の女性の間で流行っているだけで、村全体の事業にする程の勢いは無い。

 商売にした場合、売れなかったら誰が責任を取るのか、という問題もあるしな。

 そこまでの責任を取れる人は居なかった。

 ルルリナさんにしたって、村長の孫というだけで特別権力がある訳じゃないしな。


 ともかく、この村でフローラルウォーターを作れるのはオレだけだった。


 だから妥協案として、女性陣にはハーブを取って来てもらう事にした。

 材料さえあれば生活スキルと生活魔法、生活用アイテムボックスで作れる。

 女性陣も納得してくれて、時々みんなでハーブを採りに行く様になった。

 こうした付き合いを重ねた結果、オレは村に溶け込む事が出来たのだ。


 これ等の問題が全て解決した頃……季節は夏になっていた。


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