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チャーシューモドキ

「お……? 意外に行けるか?」


 口に入れたエスケープボアの肉なのだが、思ったよりも臭みは無い。

 いや、臭い所か普通に甘くて美味い。

 同系統の生物だから当たり前だが、豚肉に近い。

 豚肉よりも少し硬いが、味はあっさり目だ。


 これってルルリナさん達の処理が上手かったからだろうか?

 あるいは異世界の猪肉は地球の物より臭みが無いという可能性もある。

 どちらにしても、かなり美味しい。


 これならいくらでも入りそうだな。

 若い身体的な意味で。


 正直、少女の身体になって一番嬉しかったのは食事だった。

 35にもなると色々ときつくなって来てな。

 特に油モノがきつい。

 個人的には今でもとんかつや焼肉が大好きなんだが、食った後の胸焼けがきつくてな。

 それが8歳の少女になった日から問題無く食べられる様になった。

 これが若さというモノか。


 とはいえ、この身体は小さいから、そんなに量は入らない。

 これがオレの教え子と同じ位だったら違っていただろう。

 まあその場合、あっという間に太っていた可能性もあるが。


 ともかく、これなら普通に食べられる。

 これから数日は猪肉パーティと称して豪勢に行けそうだ。


「ごちそうさまっと」


 食べられるとわかった後は早かった。

 少し硬い肉質も良く言えばボリュームがあるという事で、育ち盛りの身体には丁度良い。

 まあ、はっきり言って素材に助けられた感はある。

 多分だが、これが地球の猪の肉だったら失敗していただろう。

 それこそ生活スキルだの生活魔法だのと言った超常現象が無ければこう上手くは行かない。


 何より、村人姫というちょっと芋臭い感じが猪と合っているよな。

 猪には悪いが。

 だから、天職的に相性の良い食材だった可能性は高い。

 山や川、森で取れた素材の方が上手く料理出来ている気もするしな。

 しかしながら、この村で余生を過ごすと決めたのだから丁度良い。


 だが……一人で食べるには量が多いな。

 いや、塩炊きに使った奴ではなく、もらった方だ。

 ここは何かしら工夫するのが良いだろう。


 味としては、少し硬いが豚肉に近い。

 多分だが、豚肉と同じ調理法をすれば美味しく食べられるはずだ。


 ……閃いてしまった

 食べたばかりだと言うのに次の飯を考えるのはどうなのかと思わなくもないが、計画性があるのは良い事だ。


 そういう訳で、チャーシューを作ろう。

 塩炊きの次がチャーシューとか、完全に男料理である。

 いや、オレは元男なのでしょうがないんだ。


 それなりに大きく分けたエスケープボアの肉に塩と香辛料をすり込んでおく。

 香辛料は胡椒に似ているが、これまた微妙に風味が違う。

 若干辛い感じがする。

 とはいえ、この世界の香辛料の中では胡椒に一番近い。


 そして糸……の代わりに昨日のハーブの残りを結って糸にして、グルグル巻く。

 しょうがないんだ。細い糸はあるんだが、太い糸が無かった。

 だからハーブで代用だ。


 グルグル巻きにしたエスケープボアの肉を生活用アイテムボックスに入れ、焼いていく。

 チャーシューっぽい焼き色が付くまで続ける。

 生活魔法の操作はフライパンでやるよりも楽だから良い。

 これがフライパンだったら、もうちょっと手際が悪かっただろう。


 そうして焼き色が付いたら表面に付いている油を除去。

 別の空間に水と先程使った乾燥した海草を入れて沸騰させてダシを取り、これまた先程使った葱っぽい山菜を入れ、エスケープボアの肉を投入する。

 後は一時間程、時間を進める。


 その間に醤油……っぽい何か。

 若干風味がトマトソースに似ているんだが、醤油っぽくもある液体だ。

 味もそんな感じで、トマトソースと醤油の間みたいな味がする。


 そういえばトマトと醤油は似ているという話を聞いた事がある。

 地中海料理と日本の料理には似通った部分があるそうだ。

 まあオレは料理人ではないので、聞きかじりの知識だが。


 その醤油っぽい何かと酒、みりん……は無いので、白葡萄酒で代用だ。

 ここに砂糖も加えるべきなんだが、値段が高いので蜂蜜で代用する。

 ついでに先程除去した油も使おう。

 代用品ばかりだが、これ等を混ぜた物を煮立たせて、下茹での終わったエスケープボアの肉を入れ、30分程煮る。


 時間飛ばしは……良いか。

 すぐに食べる訳じゃないしな。

 後は冷めたら、冷蔵庫と同じ環境で保存するだけだし。


 そんな感じで、オレはエスケープボアの肉でチャーシューモドキを作ったのだった。


   †


 それから二週間程は平和だった。

 何か思い付いたら迷宮の森で素材を集めて作り、お裾分けをもらったり、そのお返しをしたり、と言った極々平凡な生活だ。

 まさしく代わり映えの無い日常である。


 チャーシューモドキも食べた。

 使った材料が代用品ばかりだったので、地球のチャーシューとは違った味わいになったけどな。

 こう、肉じゃがとビーフシチューみたいな差だろうか。

 多分、あれは巻いたハーブが原因だな。

 まあ味は良かったから、オリジナル料理という事にしておく。


 そんな日常を謳歌していたのだが、ルルリナさんが村の女性を連れてやってきたのだ。

 この女性だが、顔くらいは見た事がある。

 しかし、話をした事はない。

 そんな女性だが脇に籠を持っている。

 中身はわからないが、またお裾分けだろうか?


「リリステラ様、もしよろしければ……」


 そんな言葉から始まった。

 相談の内容はズバリ、フローラルウォーターの件だった。


 その話をする上で重要な要素がある。

 というのも、この村……イリエル村では他人を出し抜く行為は悪い物として扱われるらしい。

 所謂、ローカルルールという奴だ。


 要するに、村長の一族であり、器量の良い娘で通っているルルリナさんが愛用し始めたフローラルウォーターを自分も使ってみたい、という話である。


 しかし、この村のローカルルールによると新しく始まった物は最初に始めた人に許可を得なければならない。

 ルルリナさんはオレから許可を得てフローラルウォーターを使い始めた、という事になるそうだ。


 で、ここから更に面倒になるんだが、ルルリナさんが使い始めたフローラルウォーターを『良いな、私もやりたい』となった時、ルルリナさんを介してオレに譲って欲しいと言わなければならない。

 この間、一週間から二週間程度、時間を置くのがこの村における慎みであり、女性達の間で行なわれている鉄の掟なんだとか。

 逆に、欲しいからと言って私利私欲に塗れた、即物的な行動を取るのは恥だとされているらしい。


 つまり、村の重要一族の娘であるルルリナさんがフローラルウォーターを使い始めた結果、流行の兆しが見えた。

 流行に敏感なこの女性はすぐにフローラルウォーターを使ってみたいと考え、村のローカルルールに乗っ取って二週間程時間を空けてからルルリナさんを介してオレの所にやってきた、という訳だ。


 持って来た籠はオレとの関係を良くしようという事だろう。

 きっとこれもこの村のルールで、譲ってもらう時は何かを贈るのが常識になっているとか、そんな感じだな。

 もちろん、オレは心の中でこう思った。


「め、めんどくせぇ……」


 いや、フローラルウォーターを譲るのは別に良い。

 バスソルトやバスオイルを作っていれば勝手に増えていく品だしな。

 それ系の物を作る上で精油の使用頻度はかなり高いから嫌でも増えていく。

 捨てるのは勿体無いし、かと言ってオレ一人では使いきれない。

 生活用アイテムボックスの中身は時間と共に腐るので、放置という訳にもいかない。

 そういう意味で、必要としている人がいるなら喜んで譲る。


 そうではなくて、村のローカルルールの方だ。

 さすがは田舎の農村と言った所か。

 よくわからないルールで周っている。


 そもそも前にオレが着ている服……村人姫の服のマネをされている気がするんだが。

 多分、アレ位ならそのローカルルールに該当しないんだろう。

 こういう微妙な機微がローカルルールの怖い所だ。


 とはいえ、この村の住民が温厚な理由が少しだけわかった。

 何か流行っても『私も私も!』とならないのは、確かに慎み深いと思う。

 これなら何かが流行っても一気に広まったりせず、ゆっくりと浸透していくだろう。

 変化を嫌う村文化に合ったルールな気もする。


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