村人姫
「――アイツ等、そろそろ中ボスくらい倒したのかね……」
なんて呟いたのはオレこと元先誠一郎、元35歳男性、独身。
現在8歳女性である。
というのも、オレはほんの二ヶ月前まで高校の教師をしていた。
担当は世界史だった。
しかし、オレが受け持つクラス2年3組が異世界に召喚されてしまった。
朝のホームルーム中だったので、教師であるオレを含めフルメンバーである。
欠席者も居ない、実に召喚とやらをするのに良いタイミングだっただろう。
なんでもこの世界は魔族の侵攻に苦しめられており、希望となる存在が必要との事。
その際、神々を信仰する教会のお偉いさんが神託なる声を聞き、その際に教わった魔法によってオレとオレの生徒達は召喚されたという訳だ。
オレ達を召喚した国側も神託によってもたらされた魔法がどんな力を発揮するのか想定していなかった様で、かなり困っていた。
しかし、ステータスなる、現在の能力や才能を測定する道具によって状況は一変する。
オレ達異世界人は高い能力、天職、才能を有していたからだ。
クラスの中心的人物……瀬尾明人は勇者という天職を得ていたのが印象的か。
他にも英雄やら賢者やら剣聖やら聖女やら錬金術師やら、色々な天職が見つかり、そのほとんどがこの世界にとって無くてはならない程、貴重な存在と言っていた。
そうは言ってもオレの担当するクラスの教え子達は極々普通の子供だ。
教師的に言っても、一人一人語れる事はあっても世界の希望なんて言える様な人物は一人も居ない。
瀬尾明人にしてもリーダーシップのある生徒でしかない。
しかしながらオレの考えとは違い、生徒達は結果を見せ始めた。
まるでマンガやゲームの様に武器を振るい、魔法を放ち、戦える様になったのだ。
これにはこの国も大いに沸き起こった。
何百年も昔から魔族と戦っているという連合国もそうだったらしい。
だが、オレは違った。
どんな世界、いつの時代も若者を求めているという事だろう。
オレの天職は『村人姫』なる、よくわからないモノだったのだ。
Lv1 リリステラ 性別 ♀ 年齢 8
天職 村人姫
スキル 生活EX、生活魔法EX、生活用アイテムボックス
これが当時のオレを示す能力である。
あの時のオレからすれば、どこをどう突っ込めば良いやら……って感じだった。
もう一度言うがオレの名前は元先誠一郎。
カタカナで書いてもモトサキセイイチロウである。
間違ってもリリステラなる外国人の名前じゃないし、性別も男だ。
年齢だって35である。
だが、オレがこの世界に召喚された時、オレの容姿は少女の身体に変化していた。
それも超が付く様な、可憐さを凝縮したみたいな、美少女。
しかし……幼かった。
明らかに身長が縮んでいた。
8歳だからしょうがないとはいえ、身長は130~135ぐらい。
第二次性長期に入る前の女児と同じ位か。
それは横幅も同様であり、元となった男のオレ、元先誠一郎の要素は無いに等しい。
根本的な質量からして、圧倒的に減っているからな。
更に言えば、年齢に相応しく、目がパッチリしていて大きい。
翡翠色の瞳は宝石の様にキラキラと輝いていて、思わず笑みが零れそうな程、かわいい。
ぷにぷにとした柔らかそうな肌が全身を包み、胸部は歳の割にほんのりと、ちょっとだけ膨らんでいる。
お腹は子供の割に出ていない。
確か子供は筋肉が未発達で、筋肉が臓器を支えられないからお腹が出ていると聞いた事がある。
つまりはお腹が出ない程度には筋肉が発達しているという事だ。
しかし、そんなお腹もぷにっとした質感のある柔らかさだ。
また、骨ばってもおらず、適切な栄養が行き届いているのがわかる。
子供は思ったよりも肉が付いておらず、骨ばっているものなんだ。
そういった意味では普通の子供ではないのかもしれない。
どちらにしても、美少女に分類される程度には可愛らしい容姿だった。
だが、この髪の色は頂けない。
桃色だ。
異様な長さ……膝くらいまで伸ばした桃色の髪が艶やかに靡いている。
とはいえ、明らかに異常性があるのに、違和感らしいモノはない。
オレの認識では、髪の色としておかしいに分類されるはずだが、この少女に凄く似合っている。
というか、それ以前の問題として、召喚前のオレは目が悪かった。
メガネを掛けないと日常生活にも支障を来たすレベルのはずなんだが……今は普通に見える。
視力は良い方だと思う。むしろ凄く良い。
ここまで精密に物が見えたのは子供の頃、目が悪くなる前……いや、それよりも良いかもしれない。
なんて考えたのを覚えている。
もちろん少女になったとはいえ、召喚に巻き込まれた唯一の大人として相応に振舞ったつもりだ。
自身の受け持つ生徒達の安全を第一に考え、国王との話し合いも率先して行なった。
しかし、時間が経つにつれて召喚された者達の発言権は能力的に優れているか、となっていった。
結果、オレは生徒達から『元先生』なるあだ名で呼ばれる事になった。
元先という苗字だったから、元先生というあだ名も時間の問題だったのだろう。
しかも容姿まで幼女になってしまったのだから、ある意味では本当に元先生である。
幼女先生とか言った奴は許さん。
戦闘能力が劣り、物作りなどの生産技能も劣るオレの居場所は自然と無くなって行った。
そんな折、国王と侯爵、瀬尾明人から、オレは侯爵が所有する領地にある村に隠居するのはどうか、という提案があった。
要するに体のいい厄介払いである。
心情的には断りたいという気持ちもあったが、その頃には半ば諦めていたので、オレはその話を受ける事にした。
何より、生徒達は異世界に来てから自分の居場所を見つけた様だった。
オレが高校生の頃も自分の将来について漠然と悩んだものだ。
最終的に教師になったが、彼等の将来への不安というモノは理解出来る。
高校二年生だった彼等も薄々とそういう不安を抱えていただろう。
そんな時、特別な力を持って異世界に召喚されたのだ。
彼等が自分の意思でこの世界を生きるという道を選んだのだとしたら、オレからは助言くらいしか出来ない。
そもそも国家に仕えるというのは、ある意味安定した職業とも言える。
この国も生徒達を大事にしてくれているし、彼等がそうしたいというのであれば反対するのは難しい。
日本に帰れるのかすらわからない状態だしな。
そうなると、今度はオレ自身の事を考える必要がある。
見知らぬ世界に召喚され、女、それも8歳の少女になってしまった。
元に戻りたいという思いは少なからずあるが、その方法は不明だし、あったとしてもオレは戦闘も技能も劣る。
オレだって生徒達同様、ゲームくらいやった事はある。
35歳のオレにとってゲームは非常に親しみのある文化だ。
今みたいに高性能なゲームではなかったが、子供の頃に楽しんだ経験がある。
だからこそ、わかる。
この手のLvがあり、スキルがあり、職業のある世界で、村人……NPCの様な存在に出来る事は少ない。
がんばった所で男に戻れる保障は無いし、日本に帰れる可能性も低い。
下手をすれば死んでしまうかもしれない。
だから、諦める事にした。
幸い、あるいは不幸か?
オレは日本に置いてきた存在は居ない。
三年前に父が、一年前に母が亡くなっており、恋人も居なかった。
精々生徒達の親御さんや生徒達が突然行方不明になった学校はこれから大変だろうな、と心配する位か。
そんな感じで、オレは元の世界に戻れなかったとしても、この世界で人並みに暮らせれば良いという結論に至った。
結果――後の事は光り輝く若者達に任せ、オレは侯爵領にあるイリエルという村で余生を過ごす事にした。
ただ、生徒の一部が随分と駄々を捏ねた。
先生にご奉仕するのが俺達の喜びです! とか、血迷った事をほざいていた。
アレは距離を取らないとオレの貞操とかいろいろと危ない。
そういった意味もあって、オレはイリエルという村へと向かったのだった。
初めに読んでいただきありがとうございます。