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ろくでなし  作者: 藤本諄子
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第一章

ろくでなし

第一章

 東京から新幹線で一時間走ったところにあるこの街は、たいして名物があるわけでもないし、有名な観光地もあるわけでもない。住人たちは、そんなものとは無縁に、ただ規則正しい毎日を送っていた。そして、そんなわけであるから、少しでも違っているところがあると、すぐつつきたがる性格の人が多い街でもあったし、つつかれた者が抜け出せる場所も用意されていなかった。

 ある、住宅密集地があった。駅からは車を使わなければ行けないところだった。どの家も洗濯物が出してあるが、一軒だけそうでない家があった。表札には「天野」と書かれていて、家のつくりは大層立派であるが、庭の花なども手入れされておらず、疲労していることがよくわかる家だった。べらぼうに広い居間の中で、この家の住人である、父親と母親が何か話していた。

「なあお前。」

父親が、やつれ果てている母親に言った。

「愛子を追い出そう。」

「何をおっしゃいます。」

母親は、驚いたが、すぐに父親の意図は見て取れたらしい。

「私たちは、子育てに失敗したんだよ。もう、あの子を正常に戻すなんてできないだろう。だから、ここから出ていってもらうしかない。世間的にも、あの子をここに置いていたら、

子供を甘やかしていると、私たちが評判を落としかねないから。」

「近所の人にはなんて言います?病院に預けるにしても、一般的な病院ではたぶん預かってくれはしないでしょう。それにテレビでも長期入院はいけないことだということになってますし。」

「うん、考えがあるんだ。」

と、父親は言った。

「考えってなんですか。そんな簡単に見つかりはしないでしょう。精神病院に入れるしかないのではありませんか?老人ホームに入れる年齢ではありませんし、支援施設もここにはありませんよ。」

「まあ、最後まで聞いてくれ。日本には、そんなことをしなくても、簡単に追いだせる方法が昔からあるじゃないか。つまり見合いをさせるのさ。そうすれば、おめでたいやり方で愛子を追い出すことができる。」

「でも、愛子が結婚なんかするでしょうか。」

「うん、結婚相談所に相談してもいいと思うし、市役所に相談してもいいんじゃないかとも思う。最近は少子化で、結婚を市町村が促しているところもあるようだから、それを利用すれば、見合いは簡単にあっせんできるんじゃないのか。いずれにせよ、このままじゃあ、俺たちもだめになってしまう。お前のその顔のあざがその証拠だ。」

「まあ、さんざん、お前が母親だと言ってきたじゃありませんか。」

「うん、それは済まなかった。だからこそ、この手を使うしかないんだ。先日、愛子が俺とお前に殴りかかってきたとき、もう、殺されるのかと思ったし、俺たちには、もう、あの子を育てることはできないと、はっきりとわかった。施設を探したりもしたが、全く見つからない。だから、思い切って、他人様に預けてしまうのがいいと思うんだ。そうすれば、本人も頭を冷やすと思う。」

「でも、相手の人はどうやって見つけるんです?結婚は相手の人がいなければできませんよ。」

「ああ、簡単なことじゃないか。同じ引きこもりになって、子供を追い出したい親を探せばいいのだ。そういうインターネットのサイトも存在しているし、そうなれば互いに合意してくれることだろう。」

「まあ、確かに結婚をすれば、あの子も落ち着くかもしれませんが。」

「だろ?だからこそ、愛子を追い出さなければならないのだ。よし、これから結婚相談所で相談してくる。」

と、父親は、カバンを取って立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。


愛子の部屋は、この家の一番奥にあったが、部屋はがらくたが散乱していた。机の上には優等生であったことの名残りか、英語の教科書がまだ置かれていたが、さんざん怒りを書き連ねていった、ノートが大量においてあり、何も作業などできるはずはなかった。

「愛子、入るぞ!」

父親は、無理やりドアを開け、部屋に入った。愛子は、正午を過ぎているというのにまだ寝ていた。

「愛子!」

と、彼女の布団を無理やりはがした。

「なんだよ。」

寝ぼけ眼で愛子は目を覚ました。

「お前、明日髪を切れ。そして化粧をしろ。来週の日曜日にお見合いをする。」

「お見合い?」

父親のいきなりの発言で愛子は目が点になったような気がした。

「そうだ。お前ももう三十なんだから、いい加減に彼氏でも作ったらどうかと期待していたが、そのような兆候が全くないので、お父さんがお見合いをさせることにした。そのような残バラ髪ではだめだ。見合いをして、恥ずかしくないように、変えて来い。」

「お父さん、どうしてそんないきなり、」

「当り前だ。お前の同級生だって、とっくに結婚しているはずだ。それなのにいつまでもこうして親の元にいるようでは、大人として失格だ。お父さんが、仲人の方に聞いて、とてもいい方を紹介してもらった。ほら、見ろ。」

と、父親は、釣り書きと呼ばれる、写真付きのプロフィールを差し出した。

「へえ、変な名前の人ね。藤井は読めるけど、これなんて読むんだろ。」

「ひろかずだ。」

そこには藤井尋一と書いてあった。

「ははあ、でも、私とは全然違う世界の人だわ。呉服店をやってるなんて、きっと、百年前から続く老舗の呉服屋の人でしょうよ。」

「いや、それが、最近の呉服屋はまた違うらしい。なんとも不要になった着物を買い取って、安く販売させるのだそうだ。それに、しまむらと同じ価格で着物を売ってると聞いた。」

「でも私、着物は苦手だし、呉服屋の女将はなりたくないわ。」

「いや、それではだめだ。とにかく、この人と一度会ってみろ。もう、仲人さんには手数料を払ってきてしまったぞ。」

「お父さん気が早いわよ。私まだお見合いする意思はないのに。」

「意思はなくても、仲人さんにはお願いしてきたんだから、いかなくてはだめだ。日にちは来週の日曜日だ。場所は、富士グランドホテル。だから今すぐ支度をするように!」

「お父さん、」

と愛子は言いかけたが、父の怖い顔を見て黙ってしまった。


そして、当日の日曜日。父と母に連れだって、愛子は見合いの会場になる、ホテルへ向かった。まず、仲人となってくれた高齢の夫妻に挨拶をして、仲人夫妻の案内で見合い会場へ入った。

「はい、こちらの方です。」

と、仲人が紹介してくれたその男性は、愛子がやってくると、丁寧に礼をした。

「はじめまして、藤井尋一と申します。」

身長はおそらく156センチくらいの小柄な男で、その顔は紙のように白かった。その隣に、黒留めそでを着た、母親がいて、

「今日はおよびくださってありがとうございました。母親の藤井千鶴子です。」

と、あいさつしたが、とても呉服店の女将さんとは思えなかったので愛子は不思議だった。

「ああ、いやいや、とりあえず、ゆっくり話しましょう、藤井さん。まあ、お互いの過去も水に流してしまいましょうよ。」

父は、そんなことを言いながら、ビールを継ごうとしたが、

「いえ、この子はお酒がだめだといわれております。」

と、はっきりと千鶴子に止められてしまった。

「何か、わけがあるのですか?」

「ええ、生まれながらに病気があって、その薬の関係で飲めないのです。」

「まあ、それは大変ですね。一体どこがお悪いのです?」

と、母が千鶴子に聞いた。こうやって根ほり葉ほり聞くことについて、愛子はなぜかいけないような気がした。

「ええ、まあ、少しばかり体に奇形がありまして。そんなわけで、あまり厳しくしつけては来ませんでしたし、私の夫も早く亡くなってしまいましたから、ずっと母一人子一人で育ててきました。なので、男らしくは全くありません。」

多くの親は、子供の良いところは口にしない。それは当たり前のようだが、愛子はこの姿勢は好きではなかった。それなら、なんのために見合いをさせるのか。単に親同士のエゴではないのか。

「いえいえ、片親でも子供は育ちますよ。私、保育士してましたから、そういう子供はたくさんみてきましたが、みんなよい子に育ってくれましたよ。」

「そうですか。こんな、ろくでなしの、何も男らしくない子になってしまいましたけどね。大学も、中退してしまいましたし、何にも大したことありません。」

落ち着いた人だなあ、と愛子は思った。自分の親とはわけが違う気がする。自分が高校を辞めた時には、家じゅうが大騒ぎで、愛子は完全に笑われ者だったからだ。それが原因で愛子は自分に自信を無くしてしまったともいえるのだった。

「いやいや、東京芸術大学に、入ったには入ったんだから大したもんですよ。」

父はそう言っている。やっぱり、レベルの高い大学にいってほしかったのだろうか。

「お父様、お母様。」

不意に仲人さんが言った。

「二人だけにしてあげましょう。」

「ああそうか。じゃあ、庭でも行って話してきなさい。」

父がそういったので、愛子と尋一は、ホテルの中庭に出た。

庭に出ると愛子は尋一をまじまじと見た。黒の紋付を身に着けた尋一は、身長もさほど高くないし、顔も紙のように白かったから、愛子が理想とするタイプの男性ではなかったが、その大きな丸い目は黒く美しく、いかにも着物の似合いそうな顔つきをしていた。尋一は左足を常に引きずっていた。

「あの、どうしてお体が?」

「ええ、生まれつきなんです。」

その声は落ち着いていた。

「ほかに聞きたいことがあれば、何でも聞いてください。」

「じゃあ、どうして芸大を中退してしまったのです?」

「ええ、受験戦争に勝てなかったからです。合格はしたけれど、もう疲れ果ててしまって。」

それはまさしく自分と同じだ。愛子の場合は高校受験だったが。

「でも、お商売されてるんですよね?ずっと呉服屋さんをされている家庭だったのですか?」

「ああ、違いますよ。うちの中でこの商売をしているのは僕だけです。はじめはインターネットのフリマアプリで販売していたのですが、販売するよりも買い取ったもののほうが増えてしまって、置き場がなくなってしまったから店にしたんです。店と言っても本当に小さな店ですけど。それでも何とか、一人で生活できるほどの売り上げも得られるようにはなりましたけどね。着物って需要がないから、着物店というより、材料店といった意味の強い店になってしまったかなあ。」

「そうなんですか。でも、どうして芸大をやめてしまったんですか?」

「いや、芸大を受験する前に、高校でひどい目にあってしまって。」

あまりにも自分と同じ過去をもっている人だった。


一方、親たちも、酒を飲みかわしながら、苦労話を語っていた。

「いやあ、同じような経歴を持っている方と知り合いになれてとてもうれしいです。何しろ、子供に期待するのは当たり前なんですが、それをしすぎてしまったのでしょうか、あのように、荒れて閉じこもるようになってしまいまして。」

「まあまあ、お父様がそうおっしゃるのなら、相当ひどかったのでしょうか。」

「いやいや、それはそれはひどいものでした。女の子だからさほどのことはないだろうと思っていましたが、それは甘かったですな。うちの家内は、毎日のように殴られて、あざがついては消えの繰り返しでした。もう、私も、しまいには家を放り出して夜逃げをしてしまいたいくらいでした。それが十三年も続くとは、、、。」

「お父さん、あんまりべらべらとしゃべらないほうがいいんじゃありませんか?」

母にとがめられても、父はしゃべり続けた。久しぶりの酒が飲めたのもうれしいが、何より、同じ境遇を抱えた子供を持っている親が目の前にいるというところが、うれしいのだろう。

「いえいえ、何でも聞きますよ、どんどん話してください。うちの子も、そのくらい何もしませんでしたから。今は店をやってますけど、それが見つかるまでは本当に大変だったんですよ。」

「まあ、藤井さんも、家庭内暴力があったの?」

母が聞いた。

「そこまではさすがにありませんでしたけどね。でも、何回も自殺未遂を繰り返して、結局足まで悪くして、それでやっと思いとどまってくれましたわ。三十六になってやっと落ち着いてくれました。」

千鶴子は、思わず涙を拭いた。

「まあ、うちの尋一がよい亭主になれるかわかりませんが、きっと大切にすることはできるとは私も思いますので、、、。」

「いや、藤井さん、こちらもそんなことを言える立場ではありません。どうぞもらってください。ご存知の通り、甘やかして育ててしまいましたが、まあ、一般常識はあると思います。」

「ちょっと、お父さん、今結論は出さなくてもいいんじゃ、」

「いや、もう、そうしたほうがいい。」

父はきっぱりといった。

「ここまで共通点がある人は、そうはいないだろうから。」

一方、庭では、若い二人がお互いのことを語り合っていた。

「ええ、それで私は、数学の点数が取れないことを原因として、ことあるごとく教師にいじめられました。私だけ、運動場を走らされたり、給食を抜かれたのもざらではなかったと思います。」

「愛子さん。」

急に尋一の顔が真剣になった。

「僕と一緒に、その教師を忘れてみませんか?」

「藤井さん、、、。」

愛子は急に何か重いものを感じた。

「結婚の結論を出すのは、そんなに早くなくてよいとは思いますが、少なくともこの出会いが、何か意味のあるものであってはほしいなとは思います。こんなろくでなしでよかったら、しばらくでかまわないですから、お付き合いしてみませんか?」

こんな言葉をかけてくれる人は、もしかしたら二度と現れないかもしれない、と愛子は思った。

「わかりました。お気持ちお受けします。」

愛子は、微笑みを浮かべながら答えた。


そして

山の中にある、小さな神社で二人は結婚式を挙げた。愛子は着物というものを着たことはまるでなかったが、白無垢を着て、素直にうれしいなと思った。足の悪い尋一は、ズボンというものを履くことができなかった。

結婚式と言っても、大した規模ではなかった。披露宴も行わなかったし、単に親戚一同と仲人夫妻を招いただけであった。三々九度の杯を交わした時は、あまりに緊張しすぎで盃を落としそうになったが、綿帽子をかぶっていたのでごまかせた。

愛子は尋一の家で暮らすことになった。自身の実家の半分もない小さな家であったが、二人で暮らすにはそれで十分だった。まるでマッチ箱を縦にしたような三階建ての家で、一階は完全に店舗になっており、居住スペースは二階と三階になっていた。尋一は足が悪く、三階まで階段を上ることはできなかったから、寝室は二階にとどめてあり、愛子は三階で寝起きすることが決まったので、寝室はとなり、居間と食堂、風呂だけが共同で使えるようになっていた。尋一はたまに居間で箏を弾くことがあったから、愛子は三階で主に寛いでいた。

「そうか、愛子もついに結婚したのかあ。」

この日、愛子の同級生であった鈴木由美子が彼女の家を訪ねていた。由美子は、愛子が高校を中退しても付き合っていた唯一の友人でもある。

「由美子のほうが先だったもんね。」

由美子は、高校を卒業後、菓子つくりの専門学校に進み、菓子店に勤めていた。今は立派なパティスリーだ。彼女の夫は、調理学校の教師をしている。

「まあ、愛子もこれでやっと大人になったってわけね。」

と、言って、愛用のたばこを出そうとするので、愛子はそれを止めた。

「うちの人、体が弱いからタバコはだめなのよ。」

「ああ、そうだった。ごめんごめん。愛子の新婚生活はどうなの?」

由美子は、いたずらっぽく言う。からかわれているようで愛子は嫌だった。

「まあ、今のところ、何も不自由はないって感じかなあ。」

「確か、着物屋さんって言ってたよね。今時珍しい。いつもどんな話するの?」

「ああ、難しい本をたくさん持ってて、なかなか相手にはしてくれないわよ。」

「へえ、どんな本?」

「着物の知識についての本かしらね。最近は紬の勉強をしていて。」

「紬か。今時、売れないんじゃない?最近は、冠婚葬祭の時くらいしか着物なんて着ないでしょ。だから、普段用の紬なんて売れはしないわよ。」

「でも、ほしがる人はいるって言ってたわよ。着物で仕事する人はいるからって、」

「例えば?」

「そこまでは知らないけど、着物を仕事着にする人はいるって。」

「もう、愛子のお人よし!」

由美子はケラケラと笑った。

「ちゃんとご主人のこと把握しなきゃだめよ。今の時代は、もう、男に守ってもらおうなんて、そんな言葉は死語だって聞くわよ。せめて、妻は旦那の年収位把握しなきゃ。」

「そんなこと気にしないでって言ってるわ。それに、売り上げも、ちゃんと持ってきてくれるし。」

「共働きしたいなって思ったことは?」

「うーん、今のところないかな。着物の売り上げで二人十分やってけるし。」

「それじゃダメよ!」

由美子は教師みたいに、愛子の肩をたたいた。

「いい、愛子、着物屋なんて、こんな需要のない時代なんだから、いつつぶれたっておかしなことじゃないわ。ちゃんと対策を考えておかなくちゃ。もしかしたら、そういう人だから、芸者とか、舞踊家と取引してるかもしれないし、その人と関係をもって出ていくなんて十分あり得るわよ。そうなった時を考えて、ちゃんと働いておきなさいよ!」

「でもあたし、働ける自信が、、、。」

「もう、それじゃだめ!何とかして働ける場所を見つけなさい!はじめは簡単なお掃除のパートとかさ、それでいいから。あんたも今30なんだから、まだ働いてもチャンスはあるわよ。それに、そうやっておかないと、いつ店がつぶれるかわからないんだから、早く対策をとって!」

由美子は、あきれた顔で、たばこを吸い始めた。

「由美子、たばこはやめて。」

愛子が言うと、

「旦那さんに尽くしすぎる必要はないわよ。先輩として教えてあげる。私は、上の子を迎えに行くから、もう帰るわ。」

由美子は、幼稚園に通っている二人の子供がいた。

「じゃあ、ごめんあそばせ。」

と、たばこを吸いながら帰っていく由美子を見送りながら、愛子は何か不安を感じていた。






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