4 行き詰まった警部は、またもJK探偵に頼るのです。
現場でのやりとりから、1週間。
街の様相は、増々秋の色が濃くなっていた。
いや、むしろ冬に片足を突っ込んでいる状態と云えた。キンと冷えた風が登下校中の私の頬に当たるようになり、数日前にはどこの局のチャンネルに切り替えても雪虫が街を舞ったというニュースばかりがやっていたという、有様。
これだけは、間違いなく云える――
今年もまた、冬がやって来るのだ、と。
そんな中、またしても昨日あった、藻岩警部からの電話。
どうやら、捜査は暗礁に乗り上げてしまったらしいのだ。電話では、詳しく訊けなかったが、「取り調べに付き合って欲しい」という警部の切実な声を無視できず、結局、私とリナ・ルナ、そしてもはや双子の秘書と化したナオキさんの4人で、警察にやって来たのだった。
最初、双子は受験勉強で忙しいからと難色を示した。
けれど、一緒に帰った昨日の下校途中、私が「取り調べの帰りにみんなでケーキバイキングでも行こうよ」と云った途端に、「うん……。たまには息抜きも必要ね」「それなら、兄貴におごらせればいいね」と、四つの大きな瞳を輝かせ、同行を承知したのだった。
「今、大倉山君が取り調べているあの男なのだがね……」
若い女性警官に付き添われてやって来た私たちに簡単な挨拶だけを済ませた警部は、一段と厳しい表情を浮かべながらそう云って、マジックミラー越しに容疑者を顎で指し示した。
何の変哲もない、白壁で囲まれた味気ない部屋。
恐らくは心理学的に計算されたのであろうそんな空間の中、灰色の事務机を挟む形で、大倉山と40代くらいの作業着姿の男性が対峙している。
沈んだ表情で俯く容疑者に大倉山が何やら言葉をかけるが、彼の口は動かない。
スラリ、小奇麗なスーツ姿の大倉山とは対照的な、皺だらけの青い作業着に付着した汚れと白髪混じりの濃い無精髭が、彼の普段の生活の荒くれ状態を物語っていた。
「高倉文也、45歳。数年前までは二人の子供と妻の4人で暮らし、ごく一般的な結婚生活を送っていた。だが今はバツイチの身となり、所謂「簡易宿泊所」で一人暮らしをしている」
言葉を続ける警部に、渋々やって来たはずの双子の姉ルナが、興味津々の目付きで質問をする。
「もしかして、離婚の原因が殺された木幡さん……とか?」
「……ああ、そうだよ。高倉は以前、中規模アパレルチェーンの社長だった。木幡の会社と平等な立ち場での合併話が、いつの間にやら巧妙な乗っ取り劇に――遂には会社も追い出され、職も家族も失ったという訳だ」
「ふうん……。それなら、確かに恨まれても仕方がないわね……犯人は、高倉さんで決まりってことでいいじゃん」
妹のルナが適当に返事をすると、警部の表情が苦虫を噛み潰したようになる。
「そんな簡単なことなら、キミたちを呼びはせん。彼は、一貫して犯行を否認している。今、大倉山君がそこのところをもう一度訊いているから、キミたちにも聴いてもらうか」
警部が、壁際のスイッチをぽちりと押す。
と同時に、聴こえだした取調室でのやりとりの音声。それは、部屋の壁上部に取り付けられた小さめのスピーカーから、流れていたモノだった。
「もう一度訊きますよ、高倉さん――木幡慎之助さんとその愛人の斎藤加奈子さんが死体で見つかった件、あなたは本当に何も知らないと?」
「ああ。何回も、云っただろ。確かに、あの“人でなし”が殺されて清々するよ。正直、犯人には、感謝の気持ちでいっぱいだ。けれど、俺は殺してない。そんな事件、全く身に覚えはない」
「そうですか……。では、これももう一度確認です。事件のあった11月1日の晩、あなたは何をされていました?」
「それも、何回も云ったじゃないか。俺はその日、日雇いの仕事が終わった後、飲みに出かけたんだよ。いつもはあの忌々しい“宿泊所”でちびちびと飲んでるんだけどさ、あの日はなんだかクサクサして、外に出かけたんだよ」
「あなたが最後に確認されたのは、夜の11時頃です。そのことは、確かにスナック『スポット・ライト』のママさんからの証言で確認しています。しかし、そのスナックから現場までは、歩いても1時間あれば楽に行ける距離ですよね。つまり、推定犯行時刻の深夜12時頃にあなたがあの家にいることは、不可能ではない訳です」
「おいおい、警察ってのは無理矢理にでも犯人を作らないと気が済まないのか? 俺はその日、かなり酔っぱらってたんだぜ。ママもそう云ってなかったか? 大体、そんな酔った状態で殺人なんて無理だ。しかも、あの野郎に愛人がいたとか、ましてやその愛人を囲っていた家の場所なんて知る訳もない!」
「でも、実は綿密に計画をしていて、酔ったふりをしての犯行とも考えられますよね」
「あのな……俺は、そんな器用な男じゃない。第一、そんなに器用だったら、アイツに会社を乗っ取られなどしなかっただろうしね」
自嘲気味のすさんだ笑みを浮かべる高倉さんに、大倉山が腕を組んで首を傾げる。
まだまだ、取り調べは続くようだ。
けれど警部は、ここでスピーカーのスイッチを切った。
「聴いてのとおりだ。木幡さんに恨みのありそうな人物の中で、最も怪しいのが彼なのだが、話は平行線なのだよ」
「見たところ、あの男の証言や態度に妙なところは見あたらないわね」
「私も、そう思う」
大倉山刑事に負けじと肩をいからせて腕を組み、所見を述べたルナ。リナも頷き、それに賛同する。
と、リナルナの兄であり、この後ケーキバイキングの支払いを任されることになるであろう運命を恐らくまだ知らぬナオキさんが、横から口を挟んだ。
「木幡さんへの恨みの線で、他に有力な容疑者はいないのでしょうか?」
「実際、生前の木幡さんは何人もの人から恨みを買っていたようだ。だが、アリバイ的に事件の関与を肯定することができない人ばかりでな……」
「……そうですか」
思考を忙しく巡らせる双子が、黙り込む。
ナオキさんまでが考え込んでしまったために、言葉のなくなった場がキンと張り詰め、重くなった。と、その雰囲気を打ち破るべく、今度は私が警部への質問という形で捜査に参加してみる。
「では、愛人の存在を知った奥さんが逆上しての犯行――という線はないですか?」
「いや、それは無い。奥さんは、全く浮気の事実を知らなかったことが分かっている」
どうやら私の意見は、すぐさま否定されてしまったようだ。
捜査は、とてつもなく大きな暗礁に乗り上げてしまったのか。
警部が思わず漏らした溜め息につられるように、ナオキさんと私が同時に溜め息を吐く。
と、そのときだった。
ルナの元々大きな瞳が、さらに見開かれてまん丸になって輝きだした。それを見たリナの瞳も、シンクロ。セミロングのお揃いの髪を、これまたお揃いの動きで、二人が揺らしている。それはまるで、言葉にならない会話をしているかのようだった。
「ということは……もしかして私たち、重要なことを見逃していたのかも知れないわね、リナ」
「うん……そうかもね、ルナ」
仲良く相槌を打った二人が、警部に近寄って行く。
「警部! ちょっといいですか!」
「え……なんだね? わっ!」
警部の直前で急に二手に分かれた二人が、それぞれが警部の片方の耳を占拠した。そして、その耳元に口を寄せると、私にはよく聞き取れないほどの音量で、囁き出したのだ。
――こしょこしょこしょこしょ。
普通、両耳でそれぞれが囁いたら、聴き取れないだろう。
でも、そこはさすが双子。ほぼ同じ音質に、ほぼ同じ音量。
時折小さく頷く警部の様子から、きちんと話が伝わっていることがわかる。ステレオで音楽を聴いているかのような、そんな感じなのだろうか。
今自分は、二人の可愛らしい女子高生に挟まれている――
そんな状況に、不意に警部は気付いたのだろう。
警部の顔が瞬く間に赤くなっていき、トロンと頬の肉が垂れていく。
「よし、わかった。ちょっと待っててくれ!」
双子のコソコソ話が終わると、少し残念そうな表情を浮かべつつ、赤らんだ頬を擦り擦りして警部が部屋を出て行った。と、直ぐにミラー越しに取調室に現れた警部は、取り調べを続ける大倉山刑事の横に立ち、こそこそと耳打ちを始めた。
まるで、伝言ゲームだ。
――ぐぬぬぬ。
警部の伝言を聴き終った大倉山が、空腹の野犬が街を彷徨っているときのような歯剥き出しの表情をしながら、マジックミラーでは見えないはずのこちら側に向かって、派手に睨んだ。
そして、大きな深呼吸の後、今度は警部に大倉山が何やら耳打ちする。
それを聞き終えた警部が、にっかりと笑って、取調室を後にした。
「大倉山君から、伝言を預かった――女子高生の言い付けを実行するなど真っ平御免だが、仕方がないから調べて連絡してやる――ということだ」
こちらの部屋に戻るなり、まるで親にアイスキャンディを買ってもらった子どもが見せるような弾けた笑顔を見せながら、楽し気に警部はそう云った。




