1 女子高生探偵は、受験勉強に忙しいのです。
街路樹の多くはもうすっかりと葉を落とし、ナナカマドという名の樹木の真っ赤な実の色だけが、日一日と色を失っていく蒼い空の中で映えていた。
そう――時は受験シーズン真っ盛りの、11月。
ついにやって来てしまったのだ。恐れていた、この季節が。
もちろんそれは、普段からバカ騒ぎ好きな我が母校「夕陽が丘女子高等学校」も例外ではない。
やる気に満ちた顔、完全に諦めた顔、受験って何?ってとぼけた顔――
最近、私の周りには、そんな様々な表情の顔が並んでいる。
11月の初旬と云えば、この街「札幌」では、思い出すと背筋も凍るあの寒い冬が、もう目の前にある時期だ。けれど、受験生である私たち高校三年生にとっては、これからがバチバチと火花散らす熱き戦いの季節となる――はずだ。
そんな訳で、もうとっくに引退した美術部の部室を、私の「前副部長」特権で勝手に貸し切った、リナ、ルナ、カナちゃん、そして私の4人。下校前の、近況報告も兼ねた勉強会である。
ちなみに、カナちゃんも美術部、双子のリナとルナは、空手部所属だった。リナとルナは、惜しくも夏のインターハイ地区予選で敗れ、現役を引退したんだけど――
「ねえ、レオナ。この『脳下垂体』って何? 大体さ、問題文に書いてある『ホルモン』てのも良く解らないわ。どうしてここで、焼肉の話になる訳?」
やや現実逃避気味に校庭のナナカマドを眺めていた私を現実に引き戻したのは、我が親友の一人、双子美人姉妹の姉リナの、へんてこな質問だった。
恐らくはここ数日は、毎晩遅くまで慣れない勉強をしているのだろう。少し、頬に暗い影が射している。
「え、どういうこと? 私は問題というより、リナの質問の意味の方が分からないけど」
仕方なく、リナがにらめっこをしている生物の問題集に私が手を伸ばそうとすると、横から双子の妹、ルナが茶々を入れる。
「そんなこと、レオナに訊く? ムダよ、ムダ」
何故かこの場で一人だけ余裕の表情を浮かべ、漫画を読み耽る双子の妹。
「ちょっと、ルナ……。それはレオナに失礼よ。いつもはぼおっとしててピンぼけだけど、やるときはやる子なのよ。ねえ?」
ねえ? と云われても……。
アンタたち、やっぱり双子だね、二人揃って、失礼だよ。
「それにしても何なのよ、そのルナの余裕は……。もしかして、既に推薦で合格したとか?」
私が、ひくひくとした眉間の引きつりを感じながらそう尋ねると、ストーリーが佳境に入ったところなのだろう――ルナは漫画から1ミリも目を離さずに、豪快に右手をひらひらとさせた。
「そんな訳、ないじゃない。物事にはね、必ず休息が必要ってことよ」
「ルナは、ずっと休憩しっぱなしだけどね」
すかさず、姉のリナがツッコミを入れる。
その耳障りな言葉は、ルナの耳に届かなかったらしい。そのまま、漫画に集中している。
しかし、それにしてもルナは大物である。やっぱりこの余裕に根拠はなかったんだ……。
――ライバルが、一人消えた。
私が、人知れず口角を上げ、ニヤリと笑ったときだった。
私の中学時代からの親友カナちゃんが、ブツブツ独り言を云い出したのだ。
「よし……できたわ」
こんな騒がしい中でも、ピンクフレームの眼鏡の中の可愛い瞳を頻りに働かし、黙々とペンを動かすカナちゃんはすごい。さすがの、マイペース娘である。
「さすが、カナちゃんだね。すごい集中力」
「うん、まあね」
「何の勉強してるの?」
「え、勉強?」
カナちゃんの手元のキャンパスノートに、皆の視線が集中した。
そこにかかれていたのは難しい数式とかではなく、カナちゃんの家で飼っている「猫」が右前脚を使って顔を洗っているという、なんとも愛らしい姿だった。
つまりは、絵。
「ねえ、見て見て! 可愛く描けたと思わない?」
――ライバルが、また一人消えた。
私が、そう確信したときだった。
机の上の、私の携帯がぶるぶると震えたのだ。
白いカビの妖精、綿ぼこりのような「かっぴぃ」のフィギア・ストラップが、まるで全身痙攣を起こしたかのように、不穏な動きで揺れている。
「藻岩警部から――電話?」
嫌な予感しかしない私たちは、黙り込んだまま、その場で顔を見合わせた。