真冬のアイスクリーム
彼女には、この地上で愛してやまないものが2つある。
それは〝Haagen-Dazs〟のアイスクリームと、付き合って7年になる恋人。
その恋人に遅れること7年―。
僕達は出逢ってしまった。
(せめて彼より早く彼女と出逢っていた・・・。)
そう思ったりもしたけど、幾ら〝たられば〟の話をしたところで、実際二人が積み重ねた7年分の愛に、僕は太刀打ちする手段も勇気も持ち合わせてはいなかった。
『まだ結婚した訳じゃないし、何だかんだ言っても腐れ縁よ。もう恋人同士って雰囲気じゃないわ。』
いつだったか彼女は彼との関係をそう話していたけど、僕はそれをとても羨ましい気持ちで聞いていたのを憶えてる。
その年の冬―。
彼女の27回目の誕生日が近づき、僕はどんなプレゼントが欲しいか彼女に聞いてみた。
そして、しばらく考えた挙句に彼女から出たリクエストは。
『もう、これでもか!って言うくらい〝Haagen-Dazs〟のアイスが欲しい!それじゃ駄目?』
彼女らしいと思った。
そして、彼女は続けてこうも言った。
『本当に好きなのよ。だからこの先もアイスクリームを食べるたびに思い出すわ、貴方のこと・・・。』
それは、僕達に別れが近づいているということ。
僕達は表立って恋人同士といえる関係じゃない。
彼女には愛する彼がいて、でも彼には秘密で僕と過ごす時間もあって―。
常識的にはありえないけど、そのありえない関係を望んだのは僕だ。
僕達が知り合って間もなく、恋人がいると知っていて、彼女に言ったこと。
それは―。
『彼との結婚が決まったらもう2度と逢わないと約束する。それまでの僅かな時間を僕に分けてくれないか・・・。』
数日後―。
僕と彼女の家の周りにある店という店から〝Haagen-Dazs〟のアイスクリームが無くなったその日。
僕の恋は終わりを告げた―。
あれから数年が過ぎ、彼女にはこの地上で3つ目の愛してやまない存在が生まれ、幸せに暮らしていると聞いた。
そして、僕はあの日から1度も口にしていない〝Haagen-Dazs〟のアイスクリームを。
未だに口にしていない―。