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カテケン!~西尾ノ宮学園高等部は変人にまみれている~  作者: 七本丸レオ
第2話 西のヒーロー、東のオカルト
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2. チートでループなじゃんけん大会


「ここはあたしたちが先に見つけたんだから、あたしたちカテケンの場所よ!」

「いーや、違うな! ここは正義を愛する我が『熱き魂を震わせるヒーローの会』が先に占拠した!」


 『熱き魂を震わせるヒーローの会』を名乗るこの男子が有名な理由はただ1つ。戦隊ヒーローが大好きで、戦隊ヒーローに憧れ過ぎて、戦隊ヒーローに成り切っている変人だからである。

 

 少年ならば誰しも一度はテレビで見て、また憧れたこともある戦隊ヒーロー。仲間と力を合わせて悪を退治するその姿を、子どもの頃に真似て遊んだ者も多いだろう。

 だが彼の場合は、子どもの頃だけでなく高校2年生となる今現在までそれが続いているのだ。それも、日常生活全般において。


 自身を戦隊ヒーローのレッドに見立てたその言動はムダに暑苦しい。暑苦しい上に、うるさい。夏にはお近づきになりたくない男ランキング、ぶっちぎりで1位の男である。

 そんな彼が最近夢中になっているのが、日曜朝8時から絶賛放映中の『稲作戦隊タウエンジャー』だ。携帯電話としゃもじが一体になった変身アイテム『シャモジフォン』や、近接用の武器『エクスカリぐわ』を校内に持ち込んでは、風紀委員にたびたび没収されている。


 そして、どこかにいる悪と戦うために毎日鍛えているので、ムダに筋肉質でもある。細マッチョと太マッチョの中間に位置するミディアムマッチョだ。筋トレを欠かさず行っているお陰で基礎体力はもちろん、運動神経も抜群に良い。

 その高い運動能力は入学時に評判となり、多くの運動部から勧誘を受けていた。見た目が良いのも影響したのか引っ張りダコだった。しかし、その性格と言動が知れ渡るにつれ、勧誘はぱったりと行われなくなった。


 程なくして、彼――寺部てらべ史朗しろうは『校内変人番付・西の横綱』という不名誉な称号を得たのである。

 

 そんなヒーローオタクは掲示板の空き場所を巡って、数学教師・楠村フリークと口論になりかけていた。


「そっちが正義の味方なら、あたしたちは愛のドレイよ! 楠村先生の愛のドレイなんだから!」

「ど、奴隷だと!? 楠村のヤツ、なんて非道なマネしやがるんだ!」

「楠村先生の悪口!? 絶対に許さないんだからね!」

「そこまで楠村を庇うなんて洗脳でもされてるのか? こんなチビッ子まで洗脳するなんて、恐ろしいヤツだ……」

「チビって言うなぁー!」


 楠村に対する史朗のイメージがとても酷いことになっている。桃花の一言で、悪の総帥というイメージが付いてしまったようだ。しかも、いつの間にか愛のドレイメンバーに光之介も加えられていた。勝手に妙なヒエラルキーに入れないで欲しい。

 桃花と史朗の言い争いは妙な方向に進んでいる。このままでは収拾がつかない。光之介がどうしたものかと眺めていると、真夜が2人の間に割って入った。


「こういう場合は、恨みっこなしのじゃんけんで勝負したらどうかしら?」


 ピッと人差し指を立てて、真夜は解決方法を提案する。至って普通の女子高生のような挙動だ。

 初対面の相手には、爽やかな美少女キャラで通すつもりらしい。相手が本性を知った時、その落差に愕然とするだろう。ある意味で流行りのギャップ萌えと言えるかもしれない。しかし、本性を知った相手は萌えるどころか、その衝撃で真っ白に燃え尽きてしまう可能性が高い。


 燃え尽きるほどヒートなギャップ萌えは置いておくとして、その案に光之介は「なるほど」と思った。

 桃花と史朗の諍いを収めるには、何か勝負で決めた方が早い。勝負といっても男女の差があるので、運動能力や体格で競うようなものであれば不公平になるだろう。

 その点、じゃんけんならば誰でも出来るし、その時の運によって勝敗が決まるので公平性を保つことが出来る。


「じゃんけんか……それなら簡単に決着がつきそうだな」

「給食じゃんけん女王クイーンって言われるあたしの勝ちね!」


 史朗は手のひらに拳を当てて呟く。すんなりと真夜の提案を受け入れたようだ。

 桃花も真夜の案に異論はない様子で、両手を組んで捻ったところを覗き込んでいる。じゃんけんに勝つための必殺技おまじないだ。この技で余った給食のデザートの多くを我が物としてきた実績がある。


 勝負は1回。最初はグーで始めること。そして、真夜が審判を務めることが決まった。自ら進んで審判に立候補したのだ。

 いくら真夜といえども、結果が運に左右されるじゃんけんで桃花を勝たせることは出来ないだろう。だが桃花が負けた場合、真夜が素直にそれを認めるとも思えない。

 負けたら予想もつかない暴挙でも起こすのではないか。そうなった時、クールなイケメンとしてはどうすれば良いのだろう。あぁ、変人の奇行に巻き込まれた場合の攻略本マニュアルが欲しい。

 完全に傍観者となってしまった光之介は、ぼんやりとそんなことを考えていた。


 こうして、家庭科研究部vs熱き魂を震わせるヒーローの会の戦いの火蓋は切られたのだった。




「最初はグー」


 桃花と史朗が拳を握り締めて睨み合う中、真夜が試合開始の言葉を発する。その声に合わせ、2人はグーを出す。妙な緊張感が周囲を包む。


「じゃん、けん、ぽん!」


 3人の声が重なる。

 桃花は右の手のひらを、これでもかと言わんばかりの力で広げた。

 史朗は右手の人差し指と中指だけを少し開いて、そのまま真っ直ぐ伸ばした。


「んにゃあぁぁあぁ!?」 

「正義は勝あぁぁつ!」


 勝負あった。あってしまった。

 大きく開いた右手を震わせて、桃花は絶叫する。史朗はチョキの形にした右手を高く掲げて、勝利宣言をしたのだった。

 給食じゃんけん女王クイーンと謳われし者が、まさかこんなにあっさり負けるとは思ってもいなかった。見事なまでの一発KO負けだ。


 勝負は1回と決められている。これで目的を果たすことが出来なくなったも同然だ。もはや掲示板の中で空いている場所はなかった。家庭科研究部のビラを貼ることは出来ないのだ。

 部員募集を大きくアピール出来る場は、この掲示板以外ではないに等しい。入学当初、新入生に配られる学校案内の冊子には、部活動の紹介ページが設けられている。しかし、それは既存の部を周知させるためのものであり、この時期に初めて立ち上げた部を紹介出来るものではなかった。

 新入生に対して声を掛けたりなど、直接的な勧誘が可能な期間も学校側から指定されているが、その期間は既に終わっている。

 そして、在校生に対しては新設の部をアピール出来る機会は全くない。

 

 八方塞がりとも言える状況に、家庭科研究部は陥ってしまった。

 他の方法を考えようにも、もはや校内放送をジャックして紹介するぐらいしか思い浮かばない。もちろんそんなことをすれば、学校側から永久に活動停止という処分を下されるだろうが。


 これから一体どうするのか。自分としては、このまま空中分解してくれても構わない。むしろ、してくれた方がありがたい。その方が平穏な日常に戻れるのだから。

 現状に全く関与していない光之介が好き勝手に考えていると、沈黙を保っていた審判がスッと動いた。


「今のはノーゲームよ」


 そして、勝利の余韻に浸っている史朗に突如ワケの分からない判定を突きつけたのだった。


「なんでだ!? 今のは完全に俺の勝ちだろ!?」

「いいえ、貴方はチョキを出すのが少し遅かったわ」

「なに!?」

「0.3秒遅かったの。じゃんけんの公式ルールでは、0.1秒以上の差があってはならないのよ。0.1秒を超えた場合、遅く出した方が『後出し』と見なされるわ」


 そんなルールあってたまるか! ていうか、お前は超人か!?

 思わず、そう突っ込みかけてしまった。真夜は神妙な面持ちで説明しているが、全くもってデタラメも良いところである。

 じゃんけんにそこまで細かいルールなど存在しない。グーチョキパーで勝ち負けを競うという簡単なゲームのはずだ。公式ルールというのも光之介は初めて聞いた。そもそも、コンマ1秒の差を普通の人間が目視で計ることなど出来ない。ツッコミどころ満載の判定である。


 普通ならば、こんな独断に満ちたジャッジに納得出来るはずがない。ないのだが――


「そんなルールがあったのか! 奥が深いぜ、じゃんけん!」


 ヒーローに憧れる男はウルトラ級のバカだった。

 拳を握り締めて悔しがる史朗を、邪気に満ちた笑顔の真夜が見つめている。まさに外道。まさしく邪神。こんな禍々しいギャップに萌えられる剛の者などいないだろう。


 史朗が納得さえすれば、家庭科研究部こちらのものだ。無効扱いにより、再戦に持ち込むことが出来る。それを見越して真夜は審判を買って出たに違いない。その抜け目のなさが恐ろしい。


「さっきのはノーゲームだから、もう一度仕切り直しよ。準備は良い?」

「バッチリだよ! 今度は勝つからね!」

「ああ! 準備万端だぜ!」


 真夜の言葉に、気を取り直した2人が答える。

 これで桃花が勝てば、何の問題もない。光之介の不本意な手伝いも終わる。このビラのお陰で多くの部員が集まれば、光之介自身も用無しとなるはずだ。そうなれば当面、この頭イカレ系女子たちに関わる必要もなくなるだろう。

 

 そんな淡い期待を抱く光之介に、勝利の女神が微笑むことはなかった。


「んにゃあああぁぁ! また負けたああぁぁ!」

「『熱いご飯と熱い正義は勝利への道しるべ』! タウエンジャーの言うことに間違いはなかったぜ!」


 またしても、熱き魂を震わせるヒーローの会の勝ちだった。

 タウエンジャーの決め台詞を高らかに叫ぶ史朗の前で、桃花がガクリと肩を落とす。その2人の間に、審判が立つ。


「今のもノーゲームよ。ひじの角度が30度になっていたわ。公式ルールでは鈍角にしないといけないの」

「くっ、無念……! だが公式ルールで決まってんなら仕方ねえ!」


 お前の脳が色々と無念すぎるだろ。光之介は生暖かい視線を史朗に向ける。

 真夜はじゃんけんの公式ルールという出任せを駆使して、桃花が勝つまで試合を無効化していくつもりらしい。単純な相手にしか通用しない、実に力任せな作戦だ。雑にもほどがあると光之介は思う。だが、一本気で熱血バカな史朗にはかなり効果的な作戦だった。

 どうしてここまであからさまな嘘を信じてしまうのか。人を疑うことを知らないのか。本当に脳ミソまで筋肉で出来ているのではないか。史朗に対する疑問は尽きないが、「校内変人番付の横綱に選ばれるほどの変人だから」の一言で全て片付いてしまう気がする。


 再度のノーゲーム宣言により、再々戦が開かれた。それでも桃花は負けた。その次の試合も勝つことは出来なかった。また負けた。負けた。負け続けた。

 それから何十回とじゃんけんは続けられた。ここまで勝てないのも、一種の才能かもしれない。給食じゃんけん女王クイーンの名は返上するべきだろう。


 桃花が負けて、史朗が喜ぶ。すかさず真夜のダメ出しが飛ぶ。

 グーの形が歪んでいる。掛け声がズレている。パーの指が反っている。足の角度が風水的に悪い。チョキにハサミらしい心意気がない。などなど。

 まるで嫁の行動に鋭く目を光らせ、揚げ足を取る小姑の如きジャッジメント。試合のたびに言いがかりに近い、いや言いがかりそのものの理由を考え付く真夜も真夜である。その発想力はもっと別の形で活かした方が良い、と光之介は思う。

 また桃花は負けた。これで37回目だ。


 果てしなく続くネバーエンディングじゃんけん大会。光之介はその行方をぼんやりと見守ることしか出来なかった。

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