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カテケン!~西尾ノ宮学園高等部は変人にまみれている~  作者: 七本丸レオ
第2話 西のヒーロー、東のオカルト
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1. チェリオでピーチな未来予想図

 吉良光之介は先日の約束を違えることなく、渡り廊下で2人の女子を待っていた。

 前を通りがかる生徒たちが、チラチラと視線を向けてくる。憧れや羨望といった感情が含まれた視線だ。


 足を開く角度は30度が美しい。左足に重心を置き、右足を軽く曲げる。柱に少しだけ背をもたれかけ、腕を組んで立てば、彫像の如き完璧男子の完成だ。

 立っているだけで注目を集めるイケメン。やはり自分はこうでなくてはならない。

 光之介はそう思って、得意げな笑みを浮かべた。


 それなのに、あのイカレた女子どもときたら――。


 幡豆桃花、そして一色真夜という女子2名から受けた仕打ちを思い出して、光之介は歯噛みする。

 普通の女子ならば歓声を上げて喜ぶような光之介の行動も、あの2人には通用しなかった。それどころか、脅迫までされる始末だ。

 生まれてこの方、こんな経験などしたことがない。


 当初、約束などなかったことにして、一緒に行くのをやめてしまおうと思っていた。

 昨日の帰り際に聞かれた恥ずかしい台詞について、何か言われるかもしれないという不安があった。

 それに、ビラを作る手伝いだけでも償いは十分できたはずだ。


 だが、それでは逃げ出したことになる。

 光之介は人一倍、負けず嫌いでもあった。約束の1つも守ることのできない、口先だけの男。あの2人にそう思われるのも癪に障る。

 そんな葛藤を経て、結局光之介は同行することにしたのだった。


「吉良さーん! 準備万端だよー!」


 無邪気に手を振って、桃花が走り寄ってくる。

 光之介への馴れ馴れしい話し方に、周囲を歩いていた女子生徒たちがざわつき始めた。

 こんな風に、積極的に話しかけてくる女子はいない。光之介に対するアプローチを、女子たちは互いに牽制し合っている。

 だから、自分たちが出来ないことをあっさりやってのける桃花に対し、女子たちは嫉妬に満ちた視線を向けていた。


 しかし、当の本人は全く気付いていなかった。

 一緒にいる真夜はそのような雰囲気を敏感に察知したらしく、桃花に敵意を向ける女子たちを鋭い眼光で睨み付けている。

 スイス銀行を愛用している凄腕スナイパーのような目つきだ。美少女という印象は、時空の遥か彼方へと消え去ってしまった。


「上出来みたいだな。さっさと行くぜ」

「ほーい!」


 女子同士の静かで陰湿な争いに巻き込まれるのは、御免被りたい。険悪な空気になりつつあるこの場から、2人を早く連れて抜け出すべきだ。

 そう考えた光之介は、桃花と真夜に早く掲示板へ向かおうと促す。


 掲示板のある下駄箱へは、ここからそう遠くはない。

 昨日作り直したビラを持った桃花が、はしゃぎながら先頭を切っていった。それに光之介と真夜が続く。


「これで上手くいったら、楠村先生あたしのことスゴイって褒めてくれるだろーな! それであたしの魅力に気付いて、いつしか2人の気持ちは通じ合うの、ぐふふっ! そして結婚式はもちろん海の近くの教会でぇ……」


 気持ちが通じ合ってから、一気に色々と飛び越えすぎじゃねーか。

 光之介は思わず心の中で突っ込んでしまった。

 桃花の思考の飛躍は留まることを知らないようで、楠村との間に気付いた幸せな家庭についての夢想をひたすら語り続けた。

 途中、足を止めてはモダモダと身悶えていたりする。


 桃花は本気で楠村のことが好きらしい。教師陣の中でもあまり目立つタイプではない楠村の姿を思い浮かべて、光之介は少しだけ彼に同情したのだった。


 上機嫌で先を歩く桃花と、普通の表情に戻った真夜の姿を見て、ある疑問が浮かんだ。

 一方的な愛情を向ける楠村のために、桃花が家庭科研究部を復活させようとしているのは分かった。

 しかし、何故真夜も一緒になってここまでするのか。


 2人が仲の良い友人同士であることは、見ていればすぐに分かる。ただそれだけで、ここまで協力するとも思えない。

 他に何か思惑があって、家庭科研究部を再び立ち上げたいと考えているのだろうか。


 2歩先を歩く真夜に近付いて、光之介は声をかけた。


「なぁ、1つ聞いてもいいか?」

「なに?」

「なんで、お前はカテケンのために頑張ってんだ? 幡豆あいつのためか? 他に理由でもあるのか?」

「私は桃花のためなら何だってするわ」


 即答だった。一分の迷いもなく言い切る真夜に、光之介は驚くしかなかった。

 だが、そう言われれば納得できることも多い。真夜は桃花をとことん甘やかしている。


 桃花が楠村だと言い張る絵も、真夜はひたすら褒めていた。光之介には一体何を表しているのか分からない物体だったが。

 家庭科研究部への入部希望者を増やすために、光之介を強引に入部させる罠も仕掛けた。

 いくら女同士の深い友情があると言っても、普通はここまで出来ないだろう。


 前方を歩く件の少女は、楠村との間に生まれた子どもの名前について、妄想をだだ流ししている。


「――子どもは男の子と女の子の2人かな! 名前はぁ、あたしと楠村先生の名前からとってぇ……うん、智絵里男チェリオ桃姫ピーチで決まりね!」


 キラキラを通り越して、色々な意味でギリギリすぎる名前である。

 どこから突っ込めば良いのか分からないと光之介が思うほど、桃花のネーミングセンスは酷いものだった。


 そんな友人を、真夜はやさしげな目で見つめていた。

 友人という関係で考えると、真夜の行動は少し行き過ぎている気がする。もしかしたら、この少女は友情を超えた感情を友人に抱いているのかもしれない。


 少女同士の、めくるめく禁断の世界。色とりどりの花が咲き乱れる庭を背景に、真夜と桃花が手を取り合って見つめ合う姿が思い浮かぶ。

 有りか無しかと問われれば、この2人なら有りかもしれないと思ってしまう。


 そんな想像をしていると、真夜が不意に立ち止まり、ゆっくりと振り返って光之介を見据えた。


「私、そういう趣味はないわ。桃花に救われたから、感謝しているだけよ」


 読心術でも会得しているのだろうか、コイツは。

 考えていることを見透かされ、光之介はギクリとする。

 真夜の言葉から察するに、2人の間には割りと深い事情があるらしい。だが、どのような事情なのかは計り知ることが出来ない。

 2人と出会ったのは、つい昨日のことなのだから。


 そう、昨日が初対面だった。

 それなのに、この2人は光之介の領域にグイグイと入り込んできている。表に曝け出したくない顔を、ふとした瞬間に暴かれてしまいそうだ。

 これからもずっと、孤高でなくてはならないのに――。


「それと……カテケンでは、たのしみが1つ増えたから」


 続く真夜の言葉に、光之介はハッと我に返る。


「楽しみ?」

「クールなイケメンが慌てふためいて、七転八倒する姿を見るという愉しみよ」


 鬼だ。目の前に鬼がいる。

 邪悪な笑顔で語る真夜を見て、光之介は戦慄した。

 まさか、自分がそんな歪んだ愉しみの対象にされているなどとは思わなかった。

 しかし、これまで真夜の前で慌てふためいたことはあったが、七転八倒した覚えはない。もしかしたら、「これからさせるつもりだゾ」という警告かもしれない。


 光之介は若干青ざめたまま、歩みを進める。その少し先を、真夜が綺麗な姿勢で歩く。桃花の妄想は、すでに2人の幸せな老後生活の域にまで達していた。


 ようやく目的の掲示板が見えてきた。

 授業が終わってから結構な時間が経っているので、下駄箱周りの人影はまばらだった。掲示板の前にいるのも、男子生徒1人だけである。

 その人物から少し離れた場所で、3人は立ち止まった。


「わー、もういっぱいだー……」


 珍しく桃花が弱気な声を上げる。

 掲示板は貼り紙でほとんど埋め尽くされていた。昨日よりも、さらにその数は増えている。


 ここ西尾ノ宮学園は、在籍する生徒の数が途轍もなく多い。だから、部活や同好会の数もそれに比例して多くなる。

 新入部員獲得というのは、どの部活でも重要な課題である。特にこの高等部では、部活動の運営及び管理において特殊なルールが存在するため、優秀な新入部員を数多く確保しなくてはならないのだ。


 呆然と掲示板を見つめていた桃花だったが、しばらくしてブンブンと首を横に振り始めた。


 渾身の出来とも言えるこのビラを貼らなくては、家庭科研究部の再興はあり得ない。そのためには、埋め尽くされているこの掲示板の中から、ビラを貼ることの出来るスペースを見つけなくてはならない。

 そんな思いを抱いた桃花は、気を取り直して闘志を燃やし始めたようだ。


 桃花は拳をぐっと握り締め、勢いよく突き上げた。その拍子に、ツインテールがぴょこぴょこ揺れる。


「でも! あたしは諦めない! あたしと楠村先生の! そして、智絵里男チェリオ桃姫ピーチの! 幸せな未来のために!」


 智絵里男と桃姫の未来までかかってんのかよ!

 そう突っ込みたい衝動に駆られるが、クールなイケメンは訳の分からない発言にいちいちツッコミを入れないものである。

 理解不能な発言など、冷ややかに笑って流す余裕がなくてはならない。


 掲示板の前をちょこまかと動き回って、桃花は空き場所を探す。

 光之介は掲示板全体が見られるよう、後ろに下がって眺めていた。近くで見るよりも、遠くから全体を見た方が探しやすいと考えたからだ。


 そしてその狙い通り、紙に埋もれかけた中で小さく空いた場所があるのを見つけた。

 『生きろ』という一言が、中央に大きく書かれた紙の左隣。隅の方に部名が書いてあるそのビラを目印に、光之介は空いている場所を指し示すことにした。


「なぁ、幡豆。お前のもうちょい左上の方、サバイ部ってヤツの左隣が空いてねぇか?」

「どこぉー?」

「もう少し上よ、桃花」

「ここかな? ここかな? ……ここだぁー!」


 桃花がその場所にビラを宛がおうとした時、左側から人影がニュッと出てきた。


「わわっとぉ!?」

「おおっとぉ!?」


 桃花と同じ場所にビラを貼ろうとして、ちょうどタイミングが被ってしまったらしい。3人が来た時に、掲示板の前に立っていた男子生徒だ。

 初めは、特に誰かということは気にしていなかった。しかし、その姿をはっきりと確認した今、光之介は思わず頭を抱えたくなった。


 少し短めで明るい色の髪。さほど高くはない背丈。若手男性アイドルのような可愛らしい顔。そして、顔に似合わず程よい筋肉を備えた肉体。

 光之介の隣のクラスに所属するこの男子生徒は、西尾ノ宮学園高等部の2・3年生の間で知らない者はいない有名な人物だった――主に、変人という意味で。

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