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3. 副会長、うなぎのぼりの策を巡らす

 放課後、光之介は約束の場所である1年D組に向かった。

 下校中の女子生徒からチラチラと好意的な視線を向けられる中、1年生のクラスがある校舎を目指す。

 途中で、桃花とぶつかった渡り廊下を通りがかった。ここが全ての騒動の元凶となった場所である。

 あの時、光之介が考え事をしながら廊下を歩いていなければ、事故は起きなかった。


 そもそも光之介が考え事をしていたのは、生徒会の改選結果が原因だ。

 今日は今期生徒会役員の改選結果が開示される日だった。今回の生徒会役員に名を連ねているわけではない。立候補したわけでもない。

 ただ気になっていたのは、副会長に立候補した生徒から「会長にならないか」と、声を掛けられていたからである。


 その生徒――野々宮(ののみや)雅貴(まさき)は、1年生の時のクラスメイトだ。

 同級生に対しても敬語で話す優等生で、その頃から生徒会や委員会活動に積極的に参加していた人物である。

 物腰が柔らかいというより、慇懃無礼なタイプだと光之介はその雰囲気から感じ取っていた。


 2年に進級してすぐのある日。廊下を歩いていると、雅貴から話しかけられた。

 別段親しくしていたわけでもないので突然のことに面食らったが、そんな素振りを見せないようにクールな笑みを浮かべて対応した。

 そして挨拶もそこそこに、軽く近況を告げられたのだ。


「吉良くん、僕は今度生徒会の副会長に立候補するつもりなんですよ」

「へぇ、すごいじゃねぇか。大変そうだけど、頑張れよ」


 この時、光之介は焦っていた。春になり、鼻が無性にむず痒くなった。

 花粉症ほど酷い症状ではない。ただの鼻炎だろうと思っていたが、気を抜くとすぐに鼻水が出てくる。

 クールな完璧イケメンが鼻を垂らすなど言語道断だ。だからと言って、ティッシュを鼻に突っ込んで授業を受けるという屈辱的な姿を晒すわけにはいかない。自室ならともかく。

 なので、授業中は鼻から液体が流れ出るのを気力と根性で阻止し、休憩時間にトイレの個室で鼻をかむという涙ぐましい努力を続けていた。

 イケメンは人前で鼻をかんではいけないのだ。


 今から鼻をかむため、トイレに向かう途中だった。

 こんな状態で声を掛けられて、のんびり話している暇はない。いつダムが決壊するか分からないのだ。

 笑みを浮かべて語る雅貴に労いの言葉を掛け、光之介は身を翻して目的地へ足を進めようとした。


「待ってください、吉良くん! 君も立候補しませんか?」

「立候補? 生徒会役員にか?」

「そうです! 君ならば誰よりも生徒会長に相応しいでしょう!」

 

 一体何様かと思うような途轍もなく上から目線の台詞だが、雅貴が相応しいと断言するのも理解出来る。

 1年生の頃から校内一の人気者である光之介ならば、立候補しただけで当選確実だろう。他に立候補する者が怖気づいて、いなくなってしまうかもしれない。ここまで勝ちが目に見えた選挙もないだろう。


 気になるのは、何故雅貴が自身を会長に推すのか。互いの関係と言えば、去年のクラスメイトということ以外にはない。

 ふとした瞬間に垂れそうになる鼻水を気合で引っ込めつつ、光之介は尋ねた。


「なんでオレに生徒会長を薦めるんだ?」

「フフフ、君になら教えてあげますよ、僕の野望を!」


 ビシッと人差し指を光之介に突きつけ、雅貴は高らかに述べた。

 副会長に立候補するつもりの人間が、こんな廊下のド真ん中で、野望を抱いているなどと宣言しても大丈夫なのだろうか。

 通りすがりの生徒たちが、興味深そうに2人を見ていく。


 そんな視線に構うことなく、雅貴は自らの野望について語り始めた。


「僕自身が生徒会役員を選び、僕の指示で彼らを意のままに動かし、僕の手でカリスマに満ち溢れた生徒会を作る!それが僕の『カリスマ生徒会プロジェクト』なのです!」


 その説明を聞いて、思わず鼻水が出そうになった。寸での所で阻止したが、危ないところだった。イケメンが鼻水を噴出するなど、あってはならない行為である。


 カリスマ生徒会プロジェクト。

 生徒による組織の中で、頂点に君臨するのが生徒会である。その計画の名の通り、カリスマ性溢れる面々を揃えた生徒会を作ろうとしているのだろう。


 そして、生徒会の背後で暗躍する黒幕の如き存在。その立場として、副会長というのはまさに適職と言えよう。

 生徒会活動において、前面に立つのは会長である。実務を執り行うのは会計や庶務、書記などの役職だ。副会長はあまり表に出ることもなく、実務に掛かりきりになることもない。言わば、自由の利く立場なのだ。


「僕が副会長として仕切ることができれば、この学校に通う生徒にとってプラスになる生徒会活動が出来るはず。校内でも人気の高い人間を生徒会メンバーに入れれば、生徒は皆協力してくれるでしょう。そうすれば、先生たちからの評判もうなぎのぼり、内申点もうなぎのぼりです!」


 黒幕が妙な計画を立案した理由は、至って単純なものだった。

 これから3年生に向けて進学を考えるならば、内申点が重要になる。その内申点を生徒会活動によって思い切り上げてやろうというのが、雅貴の考えた計画だった。


「というわけで、カリスマ生徒会の頂点に立つ生徒会長には、君の存在が必要なのです!」


 再び、人差し指を突きつけられる。自分の存在が必要だと言われるのに悪い気はしない。

 しかし、光之介は雅貴の内申点のために生徒会長になるつもりなどなかった。誰かの思惑で御輿に担がれるのは癪だった。何より、面倒くさいのは嫌だった。


「悪いが、オレは生徒会長になるつもりはねえ。剣道の稽古で忙しいんだ」

「稽古の妨げにならないよう、スケジュールの都合はつけますよ! それに会長ならば実務をする必要がない。生徒会室にいて、そのカリスマ性を発揮してくれれば良いだけですから」


 部活の勧誘攻撃に対して効果を発揮していた断り文句も、今回は通用しなかった。おそらく、光之介が剣道の稽古を理由にして断ることを見越していたのだろう。

 1年だけとはいえ、同じ教室で過ごしていたクラスメイトだけのことはある。

 光之介は舌打ちをした。もちろん、心の中で。


 不意に鼻の奥がむず痒くなった。今、くしゃみをしては駄目だ。溜まりに溜まったものが飛散してしまう。そんな惨劇を惹き起こすわけにはいかない。

 だが、限界が近くなってきた。このままでは危険水域を超えそうだ。光之介は鼻に意識を集中させる。


「それでも、なるつもりはねえよ」

「な、何故です!? そこまで頑なに断る理由は何ですか!?」


 ずずっと鼻を啜る音が語尾に被ったせいで、格好良く言ったつもりが全く様にならなかった。

 雅貴と話し込んでいる間、鼻水は勢力を拡大しつつあった。

 話を切り上げるには雅貴が納得する理由で断らなくてはならないが、鼻が気になるせいで上手く考えがまとまらない。


 自らのイメージを崩さず、そして下手に出ることなく穏便に断る方法を光之介は模索する。


 生徒会に興味がない。これはストレート過ぎて反感を買うだろう。

 門限が午後5時までと決められているので、早めに下校しないといけない。どこの小学生だ。

 何があろうと生徒会長にはなるべからず、という家訓がある。実は既に裏の生徒会会長に就任している。生徒会長に最愛の人を殺された。

 色々な案を思いついては却下するということを繰り返す中、クールなイケメンに相応しい断り文句を閃いた。


「オレは生徒会長なんぞに収まる器じゃないぜ」

「まさか、生徒会長よりも上を目指すということですか? 何を目指すと言うのです?」


 光之介の言葉に、雅貴は驚愕する。生徒会長という卑小な役職など眼中にはない、と宣言したも同然だった。

 さらに高みの存在を目指すと言外にほのめかしている。だから、何を目指すのかというのは、当然思い浮かぶ疑問だろう。

 その問いに対し、なんと答えるべきか。光之介は脳をフル回転させた。


 学校の中で生徒会長より偉い存在。生徒会顧問。それは教師だ。

 教頭、校長という言葉も浮かぶが、それも教師である。理事長は学校の中でトップに立つ存在であるが、生徒がなれるものではない。

 課長、部長、社長という言葉が脳裏を過ぎる。もはや、学校に関係のない役職だ。

 最高責任者、代表取締役、相談役、町内会長、首長、町長、市長。様々な単語が浮かんでは消える。


 雅貴がこちらを見ている。随分と間が空いてしまった。このまま何も答えないでいれば、確実に怪しまれるだろう。

 格好良いことを言っておきながら、実は何も考えていないのではないかと言われるかもしれない。

 雅貴が口を開く前に、答えなくては。鼻水もじわじわと鼻腔を侵食している。早くなんとかしないといけない。

 そう思いながら、光之介は生徒会長より上位の存在を探した。


 大臣、総理、大統領、法王。そこまで考えた時、雅貴が何かを話そうと口を開きかけた。マズいと思った瞬間、光之介は雅貴に先んじて言葉を発した。


「……オレが目指すのは、帝王だ」

「えっ……?」


 えっ、と言いたいのは光之介自身だった。とんでもないことを口走ってしまった。

 帝王ってなんだ。オレは何を目指しているんだ。

 咄嗟に口をついて出た言葉とはいえ、これは酷い。思わず頭を抱えたくなる。


「て、帝王って……」

「オレは西尾ノ宮の帝王になる男だぜ」


 ここまで来たら、もはや後には退けない。自身の発言には責任を持たなくてはならないのだ。

 だが、雅貴は全く意味が分からないというような表情をしている。言っている自分だって意味が分からない。分かるわけがない。帝王になってどうするというのか。


 いっそのこと、このまま煙に巻いてしまった方が良いかもしれない。

 光之介の鼻はとうに危機的状況だ。残された時間はない。


「悪いが、先を急ぐんだ」

「そ、そうですか!」

「またな」

「でも、僕の誘いを断ったこと、すぐに後悔しますよ! 今に見てなさい!」


 帝王になるという光之介の説明に納得したのか、それともこれ以上関わりたくないと思ったのか。光之介を生徒会長に担ぐことを雅貴はあっさりと諦めたようだ。

 しかし、無碍に断られたことに対して立腹しているようで、三下悪役のような捨て台詞を叫んでいる。


 ヒステリックに叫ぶ副会長志望の男に背を向け、光之介は足早にトイレへと向かった。

 非常に危ないところだった。ギリギリの所で個室に駆け込み、無事に鼻をかむことが出来た。紆余曲折はあったものの、ミッションはコンプリートした。危機に瀕した光之介の鼻も、すっかり元気を取り戻していた。


 こうして、『帝王』という光之介の異名が広まることとなった――まったく本人の望むところではなかったが。


 光之介が女子生徒から「帝王さまー!」と呼ばれるようになった頃、生徒会役員改選の候補が公示された。

 光之介の代わりに生徒会長として雅貴からターゲットにされたのは、道光寺どうこうじたくみという2年の男子生徒である。光之介はその人物のことをよく知っていた。

 和のイケメンと称される光之介に対し、巧は洋のイケメンと呼ばれる人物だった。


 洋のイケメンこと道光寺巧は祖母がフランス人であるため、日本人離れした彫りの深い顔立ちをしている。

 ファッションにかなり気を遣い、言動も陽気で話好きなため、クールな光之介とは合わないタイプであった。

 そんな欧風イケメンを、光之介は密かにライバル視していた。


 校内ナンバーワンという光之介の人気は不動のものとなっているが、その真下のナンバーツーにあたる人物が道光寺巧である。

 また、親もかなりの資産家であり、光之介に負けず劣らず裕福な家庭で育っていた。この時点で、なんとなく面白くない。


 特に光之介が気に入らないのは、巧がここ西尾ノ宮学園の理事長の甥にあたることだった。

 光之介は校内一の人気者とはいえ、ただの一般生徒である。それに対し巧は、学園で頂点に立つ理事長の親族だ。この差はどうやっても埋められない。


 さらに、巧は専用リムジンに送迎されて通学している。

 対する光之介は「電車って良いよね、そこでの出会いはプライスレスだよね」というワケの分からない父の方針により、電車通学を余儀なくされているのだ。

 この段階で、光之介はかなりの苛立たしさを感じていた。


 何よりも気に食わなかったのは、光之介よりも身長が10cmも高いことだ。

 自分より背の高い男子はみな敵なので滅びよとまでは言わないが、縮んでしまえと心の中で呪詛の言葉を吐くぐらいには敵視している。

 自分が望んでも手に入れられないものを持っている巧に、嫉妬していると言っても過言ではなかった。


 また、ライバルだと思っているのは光之介だけではない。巧自身も光之介をライバル視しているようで、何かにつけて張り合ってくる。

 当の光之介は、内に秘めた対抗意識を表に出すことなどなかった。張り合ってくるライバルを、素知らぬ風にかわしているように装っていた。

 クールな完璧イケメンは、何事も流水の如くさらっとこなさなくてはならない。熱い闘争心を剥き出しにして、泥臭く競い合う姿など見せてはならない。それが鉄則だ。


 そんな憎らしいライバルが生徒会長として立候補していたら、改選結果が気にならないわけがない。

 あの日、昼に開示された結果を見に行った。生徒会長と副会長に当選した連中の顔を思い出して、光之介は苛立ちながらあの渡り廊下を歩いていたのだ。


 全ては生徒会が悪い。あの2人のことを考えていなければ、ここ1年D組までやってくる必要などなかった。

 心の中でそう毒づきながら、光之介は足を止めた。目の前には、白い引き戸。大きなガラスの向こうに、2人の女子が見える。

 目的の場所に着いた。光之介は息を整えて、ゆっくりと戸を開いたのだった。

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