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1. 神に愛されし男、ピンチに陥る

 吉良きら光之介こうのすけは、いわゆるイケメンである。

 ラーメンやつけ麺などの一般的なメンとは一線を画したイケてるアルティメット・メン。それがイケメンだ。


 まず、顔が良い。

 深い黒を湛えた瞳に、切れ長の目。透き通るような白い肌をしているが、不健康さを感じさせるものではない。少し癖のある髪も瞳と同様に烏羽色からすばいろで、乱雑なまとめ方でもきちんとスタイリングされているように見える。

 このように文学的な表現をすれば耽美な雰囲気を感じさせるが、美少年ではない。イケメンだ。


 次に、スタイルも良い。

 高校生男子の平均身長より少しだけ高く細身だが、普段から鍛えているためヒョロヒョロとしたモヤシのような印象はない。腹筋だって割れている。

 端的に言えば細マッチョ。細マッチョなイケメンなのだ。


 天は二物を与えずという諺があるが、神はこのイケメンに二物どころか三物、四物まで与えていた。


 イケメンでもあり、スポーツ万能。運動をすれば、どんな種目だろうとソツなくこなす。

 イケメンな上に、成績優秀。テストでも常に学年上位に位置し、通知表の評価では5以外の数字をとったことはない。

 イケメンにして、お金持ち。父はいくつかの会社を抱える有名なグループ企業の経営者である。母方の祖父は古くから続いている剣道場の師範をしており、剣道の世界では名の通った人物だ。光之介も幼少の頃から剣道を嗜んでいた。


 眉目秀麗、スポーツ万能、成績優秀な御曹司。そんな世にも稀な完璧イケメンは、当然のように校内でも一番の人気者となった。

 ここ西尾にしおみや学園高等部では、常日頃から多くの女子生徒が光之介の一挙手一投足に黄色い悲鳴を上げているのだった。


 さらに、クールで爽やかな性格が女子からの人気を不動のものにしている。

 笑顔がクール、言動がクール、立ち振る舞いがクール。そんなクール尽くしなイケメンは非常にモテた。言うまでもなく、多くの女子にモテた。言いにくいが、一部の男子にもモテた。


 モテまくりなイケメンは、バレンタインデーでも旋風を巻き起こした。

 昨年渡されたチョコレートの数はゆうに百を越え、机はもちろん下駄箱までカラフルな包み紙で埋まっていた。その数に動じることのない姿は、まさしくクール。

 流れるような手つきで包みを紙袋に詰め、風と共に去るかの如く颯爽と下校したのだった。


 そして、その数に嫉妬した男子生徒たちが唇を噛み締めて多くの血を流したことにより、『西高・血染めのバレンタイン』という伝説を生んだ。


 そんな伝説を生み出したイケメンは、クールであっても無口ではなかった。世に言われるコミュ障でもない。きちんとしたコミュニケーションのとれるクールなイケメンだった。

 クラスメートから話しかけられれば普通に会話をするし、時には冗談を交えて話している。


 そこそこ人付き合いも出来るクールなイケメンは、『オレ様』みたいで格好良いと評判だった。裕福な家庭で育ったにも関わらず、若干粗野な話し方をするからだ。

 礼儀正しく畏まった物言いよりも、ぶっちゃけくだけた口調のが女子からの受けも良いんじゃね。そんな感じで好評を得ていた。話し方のお陰で身近に感じられる、と好意的な意見を述べる一部の男子もいた。


「好きです。付き合ってください」


 オレ様風イケメンは女子からよく呼び出されて、この言葉を言われている。校舎裏だったり、体育館裏だったり、伝説の樹の下だったり。これは俗に言う告白というものだ。


 女子からの告白を、このイケメンはこれまで一度も受け入れたことはなかった。男子からのは言わずもがなである。

 これまで全ての告白を断ってきたが、それで恨まれたことはない。断る際にも相手への気遣いを怠らなかったからだ。


 自分のことを好きになってくれた相手に対する感謝の言葉、そして自分を慕ってくれる周囲の人間の気持ちを慮る言葉。

 そんな言葉を織り交ぜて心底申し訳ないという表情で断れば、納得しない相手などいなかった。

 いっそ誰かのモノになるぐらいなら、皆のモノでいて欲しい。

 そう考える生徒も多く、最近では断られることが当然、むしろ断られるために告白をするというパラドックス的思考に至る者まで出てきた。


 決して落ちることのない堅固な城の如きイケメンが高等部に進学してきた際は、色々な部活から熱心な勧誘を受けた。

 一人の新入生を巡って、多くの部が熾烈な勧誘合戦を繰り広げたのだ。その運動能力の高さに目を付けた運動部は無論のこと、文化系の部活も挙って入部を勧めた。


 しかし、イケメン新入生はどの部にも属さないときっぱり固辞した。

 剣道の稽古で忙しいというのが理由だった。


 だが、それは建前ではないかと噂された。自分がどこか特定の部に属することで、無駄な争いが生まれてしまうのではないか。血で血を洗う抗争に発展するのではないか。最終戦争ハルマゲドンが勃発するのではないか。

 そんな危惧をして勧誘全てを断った、という噂がまことしやかに流れていた。こうして、平和を愛し博愛精神を持つ男前というワケの分からない評判も広まったのだった。

 

 さらに、このピースフルでハートフルなイケメンは西尾ノ宮学園高等部・恋人にしたい男子ランキングの栄えある第1位を獲得していた。

 また、他の部門でも1位を独占して話題になった。


 西尾ノ宮学園高等部・将来結婚したい男子、第1位。

 兄にしたい男子、第1位。

 弟にしたい男子、第1位。

 将来有名になりそうな男子、第1位。

 和服が似合う男子、第1位。

 暗黒面に堕ちて欲しい男子、第1位。

 100人載っても大丈夫そうな男子、第1位。

 ポテトチップスを2枚重ねてクチバシを作って欲しい男子、第1位。


 このように王道から個人的嗜好まで網羅する怪しい校内ランキングで、コスメブランドの如く1位を総嘗めにしていた。


 様々な称号を持つイケメンは、最近『帝王』という二つ名で呼ばれるようになった。

 西尾ノ宮学園・高等部のトップに君臨する数多の異名を持つ男として、多数の女子、果ては一部の男子から崇め奉られていたのである。

 

 そんな神に愛されし男は今、最大の難局に直面していた。


「うわああぁぁあん! あたしが徹夜して頑張って作ったビラが破れちゃったああぁぁぁ!」


 渡り廊下に座り込み、大泣きする小柄な女子生徒。

 その女子の前で、光之介は慌てふためいていた。もちろん、心の中で。クールなイケメンは動揺を決して表に出してはならないのだ。


 2人の間には、大きく破れてクシャクシャになった紙片が落ちている。

 女子生徒が泣いている原因はコレだ。光之介が渡り廊下を歩いていた時に、曲がり角から飛び出してきた女生徒とぶつかってしまった。ちょうど考え事をしながら歩いていたので、人の気配に気付かなかったのだ。


 そして、ぶつかった拍子に女子が落とした紙を思い切り踏ん付けてしまった。

 さらに不幸なことに、落ちた紙の端が段差の小さな隙間に挟まった。隙間に固定された紙の上を勢い良く光之介が滑ったせいで、見事に破れてしまったのである。

 まるでコントのような光景だったが、当事者にとってはたまらなく不運な出来事だった。


「わ、わりぃ……そんな大事なモノ破っちまってゴメンな」


 光之介は泣き続ける女子の前にしゃがみ込んで謝った。心の底から申し訳なく思っているという表情をしながら。


 イケてる完璧男子の心からの謝罪は、逆に相手を恐縮させてしまうほどの破壊力を持つ。ほとんどの女子は喜色を浮かべて、文句を言うこともなく許してくれる。

 だから、今回も何事もなく許されるはずだった。


「うばあああぁぁあ……!!」


 ――が、目の前の少女は普通とは違っていた。

 頭の上の方で結われた短いツインテールを震わせて、激しく泣き続けた。

 涙どころか、鼻水まで出ている。涙と嗚咽と鼻水という悲惨なトリプルコンボだ。


 これまで経験したことのない女子の反応に、光之介は焦りを感じていた。

 クールなイケメンのホットなハートを込めた謝罪アポロジー。通称・CIH2A攻撃が通用しない女子がいるとは思いもしなかった。


 気付くと周囲に人が集まり始めている。何が起きたのかと、野次馬が集まってきたのだ。

 このままでは、あの吉良光之介が女子生徒を泣かしたという噂が広まりかねない。それはマズい。そんな噂が広まれば、校内一の人気者という地位が揺らいでしまう。

 女泣かせのイケメンという称号は、清く正しく健全な高校2年生にとって非常に好ましくないものだ。


 光之介は必死に考える。この女子が泣いているのは、徹夜して頑張って作ったビラを光之介が破ってしまったことが原因だ。

 ならば、このビラを修復すれば良い。テープで破れた箇所を張り合わせれば、一枚の紙に戻るだろう。

 ちょっとした工作ならば得意だった。テープならば教室にある。この女子生徒と一緒に教室へ戻れば解決だ。


 さすがオレ 窮地で閃く この頭脳。

 自分のあまりの素晴らしさに、思わず一句詠んでしまった。もちろん、心の中で。

 表情はいつも通りクールにキメている。脳内で自分を褒め称えているなどと、悟られてはいけない。

 ふと、季語がないことに光之介は気付いてしまった。

 今は春。春にちなんだ季語を入れるのが相応しいだろう。


 春めきて オレの頭脳も 閃くぜ。

 完璧な句だぜ、と光之介は自ら絶賛したところで我に返った。今は己を称える俳句を詠んでいる場合ではない。早くこの窮地から脱しなくてはならないのだ。


 廊下に散らばったビラの紙片を、光之介はおもむろに集め始めた。女子生徒は未だ泣き止まない。


 集めた紙片を左手に持ち、柔和な笑みを浮かべて泣き続ける女子を見つめる。

 クールなイケメンのふんわりアルカイック・スマイルだ。この通称・CIFASは先ほどのCIH2Aに比べ効力は低いが、やさしげな笑顔につられて泣く子も笑うぐらいの威力を持つ。

 しかし、目の前の女子は笑うどころか泣き止む気配すらなかった。


「ホントにゴメンな。すぐに直すから一緒に来てくれるか?」


 周囲の女子から悲鳴が上がる。光之介が右手で泣いている女子生徒の右手を握り、ゆっくり立ち上がらせたのだ。


 あの『帝王』と呼ばれる校内一のイケメンが女子の手を握っている。

 そんな光景に、周りの女子は驚きと嫉妬で落ち着きをなくし、ざわついていた。その中に一部男子も含まれているようだ。


 手と手を握り、見つめ合うイケメンと可愛らしい女子。いや、見つめ合っているわけではなかった。

 光之介は見つめていたが、女子は目をぎゅっとつぶってひたすら泣き続けている。


「びゃああぁぁああぁ……」

桃花ももか、だいじょうぶ?」


 その時、2人に近付いてきた生徒がいた。

 泣いている女子生徒と一緒に歩いてた黒髪の女子だ。おそらく友人なのだろう。桃花という名の少女を心配そうに覗き込む。


 黒目がちな目とぽってりとした薄桃色の唇は、淑やかな美少女をいう印象を抱かせる。肩まで伸びた黒い髪がふわりと揺れる。年の割りに落ち着いた雰囲気の女子だ。

 友人の言葉に桃花は軽く頷く。


 光之介が歩き始めると、桃花もその手に引かれて進み始めた。友人は不安そうな表情で2人の後に続いた。


 左手がぬるっとする。桃花が涙と鼻水を手で拭っていたことを、光之介は今思い出した。

 涙はともかく、鼻水は精神的ダメージが非常に大きい。相手がたとえ可愛い少女であっても、なかなか心を抉られる感触だった。


 この手の感触が、フニュッとした女子の胸ならば全く文句はない。しかし、ヌルッとした女子の鼻水なのだ。フニュッとヌルッとでは天と地の差がある。

 誰かに文句を言いたいが、誰に言えば良いのか皆目分からない。


 だが、そんな心地の悪さを感じていても表情に出してはいけない。クールなイケメンには何事にも動じない鉄壁の心が必要なのだ。

 いつものように自信と余裕に満ちた顔で光之介は歩みを進める。


 わんわんと泣き続ける小柄な女子生徒とその手を引くイケメン男子、そして一歩後ろをついてくる黒髪の美少女。


 道行く生徒から、好奇、驚愕、嫉妬など様々な感情を含む視線を投げかけられながら、3人は2年G組に向かったのであった。

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