ヒロの旅
「おいヒロ!大会にエントリーしねえとはどう言う了見だ!てめえのバトル嫌いはとことんだな‼」
角刈りの鋭い目付きの男がオレンジ髪の少年ヒロに詰め寄る。ヒロは毛皮のベストから逞し気な両腕を出し、雪駄を履いて詰め寄る相手に、一瞥も呉れる事なく携帯端末に目を落とす。空いた方の手で紅茶の薫るティーカップに手を伸ばした。
円卓を前にカフェスペースで椅子に座るヒロ。いつもは背中に下げた中型の剣『白雪』を横手に置き、レアチーズケーキをお茶請けにして寛いでいた。
角刈り男が自分を完全無視するヒロに切れ気味に、
「おうおう、俺様の言葉が届かない様だな、さすがは柑橘系だ、蜜柑に耳は無しっとクックックッ!」
ヒロを嘲笑する角刈り男。それでもミカンのヒロは、チーズケーキをフォークでゆっくりと切り分け、優雅に口元へ運びスイートな甘味を楽しんだ。
もっと切れる角刈り、
「ああそうだろ!甘いだろ、甘いかこらあーー!!もういいもういいぞオレンジ頭‼てめえに聞いた俺が馬鹿だった‼そこで俺様が活躍する様をモニターで見てろ‼」
毛皮のベストに半ズボンの後ろ姿を怒らせながら、その場を去る角刈り男。雪駄の音がペタペタと鳴る。
ヒロと同じテーブルでカフェオレを注文していた女性が口を開く。
「あんたも人が悪いねえヒロ、少しは付き合ってやればいいのに……」
「嫌だ。」
長い艶のある黒髪を一つに束ね、雷鳥の刺繍入りチャイナドレスを身に纏うナイスバディー。年は二十一、名はユーリー❨百合李❩。顔は童顔だが喋りはオバさん。端整な顔立ちのイケメン少年ヒロに好意を寄せている。丸めて腰に下げた鞭が如何にも怪しい。
「本当に欲の無い坊やだね。あんたの実力なら簡単に小銭稼ぎも出来るだろうに、ちょこっと出てやったら?たかがゲームなんだから。」
「嫌だ。」
ユーリーの言葉に無下もないヒロ。
この世界での最大の娯楽の一つ『幻想闘技』。意識をゲームと直結するシステムで、現実に近い状況をゲーム内に造り出す。このゲームが普通のゲームと違う所は、ゲーム内で身に付けた能力を現実世界にも引き出せる事だった。その為、個人的なスキルアップだけでなく、広くは国家の軍事演習などにも利用された。死者どころか負傷者すら出さないのだから様々な事に重宝される。
ゲーム開発初期の頃は、利用者に精神障害を起こす者が多発したが、度重なる改良により障害を起こす者は格段に減った。それでも皆無ではない、年間公称十数人程が障害を起こすと言われている。がんらい平和主義のヒロがこのゲームを嫌うのは障害の危険性もそうだが、野蛮な目的に多用される事が一番の理由だった。
「拳骨好きな奴には丁度いいストレス発散なんだろ。そんなものにこの僕を巻き込まないでくれ。」
「ヒロ、あんたも大変だね。血の気の多い『オオカミ王』の末裔なんだろ山吹って、あんなの連れて旅するあんたもどうかしてるよ?」
「犬には犬の躾がある様に、狼には狼の躾があるんだよ。」
うんうんと頷くヒロ。本名ヒロ-グレース。年は十六歳。防具は胸当てのみ。腰に下げた小さな巾着、軽装の服。それ以外は手に持った携帯の端末と横に置いた名刀『白雪』を所持。整った顔立ちもじゅうぶん及第以上だが、しかし何より目を引くのは長く伸びたオレンジ色の髪だった。
室内照明を抑えたカフェスペースであっても微かに輝いて見える。太陽の下では、更に光沢を増し、時おり黄金色に見えた。
「おいた❨いたずら❩した犬にはちゃんと躾をしないとね。解るよ、あんたの気持ちは痛いほど解る。後でこの鞭でピシピシやってあげるよ、任せときな。」
ヒロはコクコクと首を縦に振りながら、
「ピシピシやっとくれ。」
と、ユーリーに答えた。
犬とも狼とも呼ばれていた角刈り男の名は山吹。山吹色の毛皮のベストに細マッチョな体を包む、もと中規模盗賊団『狼狼団』メンバー 。年は二十六歳だが、外見はヒロより一、ニ歳年長に見える程度だ。色々あって現在ヒロと散歩?中。
「おいおい、真面な連中の会話じゃ無いな。そんなこと山吹が聞いたら激怒するぞ……」
丸テーブルの上にコースター。その上に酒類。ベーコンを頬張りながら呆れ顔の男。三十二歳、名は加藤弘治❨かとうこうじ❩。旅の行商人で丸首のトレーナーにスーツ姿はラフだが、いつでも営業用らしい。自動で動くオートキャリーに商品や業務用資料を詰めて『ポチ』と名付けている。時おり商談があると言って、ワイシャツにネクタイのビジネスマンに変身して、どこぞえ出掛けて行く。何かと謎の多い男だ。
「おっ、ステルが帰って来たぞ。」
加藤が微笑みながら空いた席を勧める相手は、通称ステルサー。ヒロ達と出会った頃は『キル-ソルジャー』の悪名で世に戦慄を与えていた。ヒロの旅仲間となった後、心象が悪いからとネーミングセンスの無いヒロに改名されてステルサーとなった。しかし皆からは『ステル』の名で呼ばれる事が多い。黒光りするシャープな線のメタルボディーの二足歩行型無人ロボット。世間一般に認識されるサイバーマシン(S▪M)が正式名称。ほぼ全てに人工知能が搭載されている。
「どうだザムゾシティーのドッグは?S▪Mのメンテナンスも一流だって聞いたぞ。」
加藤の言葉にステルサーは首を横に振った。
「構造が複雑過ぎてメンテナンスの仕様が無いと言っていた。そもそもどこのメーカーとも規格が合わない、データーにアクセスできない、新種のボディーに対応できない……と、色々言われた。」
「なんだいそりゃ、不便だねステル。」
腕組み足組したユーリーが、悩まし気な顔をした。
「問題無い。自己修復機能でなんとでもする。」
「便利な機能だねーステル。」
打って変わってユーリーの表情が華やぐ。
グラスに残ったウイスキーを一息に飲み干し、黒ビールを追加注文する加藤。アルコール混じりに口を開く。
「今度潜りだが腕のいいメカニックを紹介してやるよ。変わり者だがS▪Mの開発も手掛けた元エンジニアだ。」
「オッケー加藤、楽しみにしてるよ。」
ステルサーが親指を立てて答えた。
S▪M(サイバー▪マシン)の人工知能には様々な種類がある。ステルサーは自由度、学習機能に特化した人工知能だが、他にも命令に忠実な制約.拘束モード、一般家庭用に普及した家事.手伝いのマニュアルモード、企業の需要の高い労役モードなど。ボディーのタイプも二足歩行以外に四足、キャタピラ、飛行、車輪、虫類、獣類、魚類、種々の型があり、量産され市場に流通した時点ではAI(人工知能)は標準モードに設定されている。
「しかしあれだね、このザムゾでメンテナンスが無理だってんなら、一般の有名所は軒並みアウトだね。あんた厄介なボディー抱えてるね~~」
「面目ない。」
ステルサーがユーリーに頭を下げると笑い出した一同。和やかなムードが漂った。
ヒロ達が旅の途中に寄り道したザムゾシティー。摩天楼群に溶け込む様に奇抜で斬新な建造物が乱立する。町の中心部に全てを凝縮した複合レジャー都市だ。面積約二百平方キロメートル、人口約二十五万人。年間観光客数一千万人超。市民以外の出稼ぎ労働者も多く貴重な労働資源にもなっている。経済大国フリタニア共和国に、形式上だが自治行政を許された自治領でもある。カジノ.インターネットを利用したエンターテイメントは主要観光産業でザムゾシティーから納められる税収は、フリタニアの国家予算の十分の一を占める。フリタニア内の他の都市もザムゾシティーと競う様に、それぞれの特色を持って町造りに励み、フリタニア共和国に税収面で影響を与え続けている。
フリタニアは莫大な資金源に裏打ちされた他国間との外交交流が盛んな国で、近隣諸国はフリタニアから如何にして経済援助を掠め取るかに躍起になっていた。もちろん軍事面も軍事大国程ではないが、金に糸目を付けぬ形式で強力な軍隊を有している。とにかくも国民の大半は左団扇で生活して行ける富裕者の多い国だ。
「おう!出たぞ、俺様の当て馬連中!」
「ほう、予選のドローか……どれどれ。」
山吹がテーブル上に投げ置いた一枚の紙切れに興味を示す加藤。他の二名と一機もトーナメント表に群がった。
山吹はその様子を見て、鼻息を大噴射してニンマリする。尻尾が生えていればきっとフリフリ状態であろう。
「おいおいなんだなんだ、興味ない振りして気になってしょーがねーんじゃねーか。安心しな、予選なんかちゃっちゃっと勝って、決勝トーナメントもあっさり優勝してやるよ!」
鼻息をジェット噴射して大得意になって胸を張る。見えない尻尾がグルグル旋回していると想像できる。オーオー嬉しそうに、とはヒロの感想だ。
テーブル上では山吹を半ば無視して他参加メンバーの分析を始めた。
加藤が最初に顎を擦りながら、
「ほとんどネット参加だな、まっE級だからな、A級以上のクラスだと大王企画も高い報酬払ってでも現地召集のイベントにするだろうな。」
幻想闘技のイベント会社の一つ大王企画。世界企業『大王コンツェルン』のグループ会社で、イベント企画だけでなくソフト開発も手掛ける。自社ブランドの『コールド▪ファイト』は、幻想闘技の中でも最大級のユーザー数を誇る。
他にも5対5の団体戦をメインバトルに据える『スターフォース』。新興企業リアル▪キッズ社の出資による。
選手層に絶大な人気を博する、賞金総額全闘技中ナンバーワンの『ゴールド▪ファイト』。こちらは林国の大富豪『華全氏』の資金提供で成立。
戦闘以外の奇抜なファイトが売りの『変戦』はネット企業五社による共同出資で運営。
仮想企業、国家によるシミュレーションバトルの『クリエート』に到っては、三大国の行政組織が全てを取り仕切る。
このように、今や世界娯楽へと成長した幻想闘技には大中小様々な人、企業、国家が関わりを持っていた。
大王企画の『コールド-ファイト』は、一対一のシングルス戦はAからEにランク分けがなされており、山吹は一番下のE級に参加していた。
E級と言っても自由戦闘で十勝以上、一敗する毎に三勝プラスが求められ、山吹は十三勝一敗で初エントリーにこぎ付けた。ヒロの不機嫌を余所に山吹は張り切っている。
「一敗してるな。」
「一敗してるね~~。」
「敗けてるね。」
「うむ、痛い敗戦だった。」
加藤、ユーリー、ヒロ、ステルサーが順に駄目出しする。
粗野な外見とは裏腹に、ガラスのハートが精神構造の一部に内在する山吹、
「おうおう、駄目出しカルテット、態とだな態とだろ!知ってんだろ、その一敗が誰だったか!あの筋肉馬鹿、悪魔界の最高幹部ミノタウロスのヒクソンだぞ‼十分持ち堪えただけでも奇跡なんだよ‼」
「そーそー、最後の方はあの巨体に馬乗りされてタコ殴り、見事なやられっぷりだった。」
「ヒクソンが1発殴る度に『どうだい、効くかい、効いてるかい、私のパンチは良く効くかい』って言われてたね、思わず笑っちゃったよ。」
「白目剥いてた。無様で不快だったよ。」
「山吹は無様なのか?」
加藤、ユーリー、ヒロ、ステルサーの順に言葉を並べた。山吹は、
「そ~か~、白目剥いて無様だったか~、因みにヒクソンは『効いちゃってるかい』とも言ってたぞ~、参考になったか~、豚野郎共。」
怒りの血管を浮かべながら、目で笑い唇をヒクヒクさせる白目剥いた奴。
「山吹のブロックだとガトリングが有力だな。」
「おおおおお!がっつり無視か!?」
山吹の憤激を後目に、加藤が手の平サイズの携帯端末に目を落としながら、予選第三ブロックのメンバーデーターを調査する。
機体に内蔵された情報機能を駆使してステルサーが音声変換した。
「傭兵集団『テレマーク』所属。通称『雨槍のガトリング』。長槍の扱いに手慣れた、テレマーク期待の若手のホープらしい。」
「うんうん、第三ブロック決勝はガトリング対リチャードか、順当だね。」
「やってくれたな!俺は何処へ消えた‼」
「神隠しに合った。」
「オーマイガー!そいつは仕方ねーや………………………………………ってなるかい‼」
以上、ヒロと一匹の即興コントでした。
「でもなんと言ってもゲオルク帝国のリチャードだべ。あそこはE級で優勝しないと正騎士見習いにもなれんじゃろ?とにかく力の入れ様が異常だわな。」
変な言葉遣いのユーリー。態とらしく足を組み替え、その美しいラインを見せ付ける。大きく開けたチャイナドレスの裾から悩まし気な太股がチラ見する。
加藤、山吹も軽く頬を赤らめる。ステルサーはその様子をメモリーに記録する。ヒロはと言うと、目の前のチーズスフレに夢中である。他の雄二匹と違ってユーリーの美脚に全く興味を示さないヒロに、旅メンバー紅一点が不満気に唇を尖らせた。ーこんがきゃ~~チラ見ぐらいしろや~~~‼……と、内心思うユーリーだが、ふと気になる事を口にした。
「も、もしかしてゲイ?……前々から気になってたけど、あんたやっぱりゲイなのか~~~!?」
ユーリーの指弾の先に、ベイクドチーズケーキを口に運ぶヒロが居る。それを聞いた性別マンの二人が騒ついた。二人同時にゆっくり恐る恐る16歳の少年の方を見た。
2つの視線➕(プラス)マシン(ステルサー)のリサーチを感じ取ったオレンジ頭の少年は、ケーキの堪能を止め視線の当人の1人を見遣った。
旅の行商人加藤弘治32歳は胸を撫で下ろす。ヒロの視線が自分に向いていない事を確認したからだ。
「ヒッ‼」
山吹は竦み上がった。ヒロのターゲットが自分である事に気付き、これはヤバいと心底思う。
「ヒ、ヒロ、悪いな、俺様にはそっち(同性愛)の趣味はねぇんだよ。他をあたってくれ……」
ヒロの目がぎらついた。ゆっくりと席を立ち、のんびりと体を山吹の方へ向ける。
「むひょ!」
粘っこい含み笑い、イケメン少年は一歩、また一歩と山吹に近付く。
一歩、また一歩と後退る脅えた小犬の山吹。ダ、ダメだ食われる、野生の勘が警告する。
「むひょひょひょひょひょ~~~~~~~‼」
奇声に近い薄ら笑いがヒロの口角から迸り出てきた。山吹は迫り来る危機に背を向け遁走を試みるが、思わずつんのめり前方へ倒れ込む。四つん這いになって更に逃走しようとじたばたするが、力が抜けて前に進まない。
「イーーーーーーヤーーーーーーダーーーーーー!!!」
山吹は絶叫を放ち両手で尻の穴を隠す。オオカミ王の末裔は、貞操の崩壊を覚悟したのであった。
次の瞬間、山吹の後方でゲラゲラと笑い声が起こる。恐る恐る振り向くそこで目にしたのは加藤、ユーリーの爆笑と座に着いてティータイムに耽るヒロの姿だった。
山吹は気付いた。ヒロの御ふざけであると。赤面して山吹が激怒する。
「殺す‼今度こそ殺してやる~~~~‼」
知らん振りのヒロに飛び掛かろうとする山吹を、ステルサーが背後から組み着いて制止する。
「山吹殿、殿中でござる。」
「ええい離せステル‼人情!人情でござる~~~!!!」
大昔の古典を演じながらばたつく山吹だったが、ステルサーのメガトンパワーでびくともしない。加藤とユーリーは腹を抱えて笑っていた。
「止めてくれ!笑い死にする!!」
酒の入ったグラスからアルコールが溢れそうになる行商人。
ユーリー(百合李)が涙目を擦りながら、オレンジ長髪の美少年に話し掛ける。
「あんたもちっとは色気だしなよ、華の16歳、青春真っ盛り、もっとギラギラしても良いんだよ。顔はとびきりいいんだからさ。」
「興味無し。」
「そんなんだからゲイ(同性愛者)と勘違いされんだよ!!」
「ゲイを差別しちゃいけない。」
「あたしゃノーマルじゃなきゃ困るんだよ。」
「何故困る?」
「………………」
言葉無く赤面するユーリー、自分に好意を寄せろ!とはユーリーの願望だった。
それぞれがバラバラの行動をとっていた一同の耳にブザー音が鳴り響く。試合直前の合図である。
「おっ、やっとか。」
「ブタが居るブタが居るよ!」
「ブザー音だ。」
加藤がユーリーのボケを軽く受け流す。
山吹はステルサーから解放されて、幻想闘技の競技者専用のカプセル機器の会場に向かって歩き始める。
「俺様の華麗な勝利の後、みっちり説教してやる、待ってろよ‼」
山吹の指差しの先にヒロが居る。指差しされたヒロは、
「むひょ!!」
「ひっ!!」
不気味な笑いのヒロからダッシュで逃げ出す山吹だった。
よく吠える犬?が居なくなって一同の席が静まる。
「で、どうよ山吹は?どこまで行ける。」
加藤がグラス片手に皆に質問した。
「大丈夫でないの~、E級だもの、勝てない方が不思議だべさ。」
と、ユーリーが答えた。
「パワー、スタミナ、スピード、戦闘での駆け引き、どれをとっても山吹は標準を超えている。優勝する確率はかなり高いと思うが………」
ステルサーの語尾に引っ掛かる加藤。
「思うが何さ。」
「お遊びが過ぎると痛い目を見るかもしれない。」
「あの性格が禍すると。」
ゲラゲラと笑い出すユーリー。
「慢心の塊だもんねーあいつって!!」
加藤はヒロに質問を振り向けた。
「拒否する!!」
「おおコメント拒否か!?」
その様子を見てユーリーがまた高笑いした。
ずらりと並んだカプセル型のシートに選手達が次々と席に着く。山吹も馴れた感じで着席した。ゆっくり蓋が閉まりゲーム内に意識が投影される、俗に『ダイブ』と呼ばれる現象だ。ヒロは皮肉を込めて『入水』と呼ぶが……
会場に据えられたカプセルの大半が空になっていた。ザムゾシティーに滞在した者以外は他地域からのインターネット参加である。ランクの低い大会だと未使用のカプセルが多くなるのはよくある事だった。
ヒロ達はカフェスペースの円卓での観戦になる。テーブル上にホログラフィーによるドーム状の映像が現れた。最初テーブル一杯に山吹のアップが映し出された。
「うざい。」
ヒロがドームを縮小して、映像が円卓中央に移動する。
広大なフロアは広大な吹き抜けになっており、天井の一部と壁面は外光を取り入れたシースルーになっていた。ショッピングモール、レストラン、カフェ、アトラクション施設、カジノ場、温泉等の保養施設、マッサージルームにヒーリングルーム、徹底完備の良院機関(今で言う病院)、劇場、大スクリーンの映画館。お金を気分よく賭博に散財してもらう為の様々な工夫がなされている。
そしてなにより、幻想闘技を映像化する設備の充実で、至る所にホログラフィーやモニターが用意されていた。メインはやはり幻想闘技での賭博である。
「…………闘技場か、場外有りだな。」
無機質なコンクリートの建造物が立ち並ぶ。統一性の無い高さ、形の建物群の谷底にポツンと石の闘技場が有り、その上に山吹が居る。
「おっと……」
不意にビル風が吹き抜ける。
「相変わらず細かい所に拘ってんな、ゲームの癖に。」
突風に近い風だったが、山吹の足元は揺るが無い。
「む!!」
こっちは緩いだ。山吹と十五メートルほど離れた場所にフト国の剣士、バロン.グローリーが居る。古代のナイトが着用した様な重量感のある甲冑を身に纏う。歳の頃は初老をとうに越えたであろう白髭を口元と顎に蓄えている。まだ鞘に納められた諸刃の剣の切っ先を地に突き立て、柄を両の手で握っていた。
第三者の合図もしくは鐘の音などで試合は開始されるが、その前にトーク-パフォーマンスが展開されるのが常だった。
「おい爺さん、悪い事は言わん、降参しろ。」
「なんじゃと。」
「ぶっ!!」
映像を見ていた加藤が口に含んだ酒を吹き出した。予選は最中目試合だけが巨大スクリーンでのアナウンス付きだ、それ以外は個々が好きな試合を観戦する。
この時代の実況は基本、副音声が主体となっている。試合の緊迫した臨場感を楽しむ為に、アナウンスはかえって敬遠される様になっていた。しかもライブ映像より、再編集された録画映像やダイジェストに人気が集中していた。高名な編集家と呼ばれる人達が、音響効果やカメラアングルを巧みに操作して、さながらフィクション映画の様な迫力ある映像へと昇華させて行く。ゲームと現実の物に物語性すら植え付ける事に成功していた。人気選手だと決まったテーマ曲やソングも付与されているぐらいだ。その為幻想闘技のコンテンツは爆発的ヒットを生み、エンタメ界のロングセラーとなって行く。選手同士のトークパフォーマンスやトークバトルに客の興味が集まり実況アナウンスは次第に下火になって行く。それでも根強い実況ファンは存在し、大会運営側やスポンサーなどの都合も加味され、アナウンスが無くなる事はなかった。因みにヒロ達は専ら実況オフである。
試合での音声は超高感度の音波調整がなされており、見ている者以外には音漏れが無い様になっていた。それでもメインスクリーンの音声だけはザムゾシティーの主要施設に鳴り響いていた。つまりメインスクリーンの方を見るとメインスクリーンの音が、卓上のホログラフィーを見るとその音が、切り替わって耳に響く様になっている。
その時、加藤が吠えた。
「何てこったい!目の前の映像がいつの間にかメインバトルに切り替わってんぞ!?『降参しろ』『なんじゃと』それからどうした?」
「チャンネルを換えろと言われた。」
「誰に!?」
ヒロはゆっくりと天を指す。天の声を聞いた様だ。
「…………そいつは仕方ないな。」
天界がこの程度の事で労力を割いていたら、神とやらは過労死するだろう。と、考えるのも面倒臭い加藤だった。
「おいおい第三ブロック注目度低いな~。メインは第五だってよ。俺はリチャード、オロチ戦がメインバトルだと思ったが、外れた。」
加藤がグラスの氷をカラカラと鳴らす。
ステルサーがメイン試合の情報提供を開始した。
予選第五ブロック一回戦メインバトル選手データ。
格闘家『バルログ』。強国、清漢国出身。格闘技団体『激塾』第三支部、副支部長。牙狼の爪を駆使した近接戦闘が得意な生粋の格闘家。自由戦闘での戦歴、三十戦、三十勝。
聞き終えた加藤が口笛を吹くのに失敗。「ヒュー」と口で言う。
「山吹の同族は無敗のエリートか。」
すかさずユーリーが茶々を入れる様に、自分の持つ携帯画面を周囲に見せた。
「同族なんて言える?皮が全く違うよ、これってどう見ても二足歩行のオオカミだべ。山吹は内容(内面)は獣だけど外見は人だべさ。ヒロはどう思お(う)?」
オレンジ頭髪のイケメン少年が、ティータイムを邪魔され不機嫌になり、いい加減な物言いをする。
「山吹は小悪党、バルログなんて知らんし。」
「ナイスなコメントごっつい有り難うヒロ。とっても参考になったよ、うふっ❤」
意味無く頬を赤らめ目尻を下げるユーリー、目の前に居る二十一歳のチャイナドレスの女性に、ヒロは心の中で『奇女』と呟く。
シールドカバー状になった瞳で一同を一瞥して、ステルサーが情報提供の継続を開始した。
「バルログの対戦相手は、暗殺組織『虎の威』出身の殺し屋『司津根』。もちろん司津根は偽名かもしれないが、幻想闘技に初参戦した時から司津根の名を使っている。幻の珍獣『針華獣』の毛で作った針での戦闘が基本戦術だが、高感度カメラでもその針は視認できないほど細くて硬質だ。時には、相手の心の蔵を貫いても、一滴の鮮血も出さずに絶命させている。他にも色々手の内を隠し持っているだろうが、幻想闘技では針以外の武器は一度も使っていない。現在暗殺組織『虎の威』から距離をおいて独自の活動を続けていると、噂だ。ただ虎の威はそもそも幻想闘技への参加を認めていない、表の大会だけで無く、地下のアンダーグラウンドの参戦も同様だ。中位のセキュリティープログラムを突破してのデーター収集はここまでだ。因みに戦歴は60戦60勝。………で、どうする更に深く潜り込むか?」
加藤が手を振った。
「嫌、いい、凄まじく危険な香りがする。」
民間のサイバーマシン(S-M)との性能の違いに感心しつつも、少し身震いする行商人だった。
こちらは打って変わって御目目パッチリ、フローズンヨーグルトを啜りながら平然と言い募った。
「ちょっと頭のいかれた奴だね。自称殺し屋の表に出るのって、なんちゃてが多いけど、こいつってそうでも無いみたい。隠密でやってなんぼの世界で、顔ばれオーケーでクライアント獲得?よく今まで生きてこれたね、組織や同業者がこんなの放っとかないと思うけど…………なんだか闇の香りがプンプンする…………探っちゃう?ムッヒッヒッ!」
唇に手を当ててほくそ笑むユーリー。
「探らんでいい!」
即座に差し止める加藤。
「探っちゃう?ウッヒッヒッ!!」
ヒロとユーリーが同時にほくそ笑む。
「やめい!!」
年長者は辛かった。
草原が広がっている。草花の背丈は大人の臑ぐらいまで、それが遥か向こうまで延々と続いていた。山も川も海も無い、春の日の昼間より少し暑い程度、ただ微風が吹き抜ける。
距離を置いて対面する影二つ、バルログと司津根だ。
二の腕を組んだバルログが、尻尾を地面に強く叩きつけて司津根を威嚇する。
「キャー❕バルちゃん尻尾振ってるよ、カワイ~~~❕❕」
ユーリーが目を輝かせた。加藤が呆れて、
「カワイクは無いし、どう見てもあれは威嚇だろう?」
「え、なんで、あれって戯れてるんだよ。」
「嫌あ、それはないだろう……」
「えっどうして、あれは喜びの表現だよ。」
「尻尾振ったからって喜んでる訳じゃ……」
「なんでなんで、馴ついてるんだよ加藤、わかる?加藤、理解できてる加藤、間違ってるよ加藤、謝って加藤。」
「……………おいちゃんが悪かった……」
「うんいいよ、気にして無いから。」
ヒロがくぐもった笑い方をした。怒りの行商人、加藤弘治三十二歳がヒロを睨み付ける。ヒロは逆を向いて、
「あっ、象がお魚くわえて下駄を持って走ってるぞ……面妖な?」
「あん❕何か言ったかヒロ!!!」
「……何にも。」
紅茶を啜るヒロだった。
司津根とバルログの会話がヒートアップする。
「土竜は一生土の中に潜行して生きて行け、下手に地上に顔を曝すと長生きできんぞ、黒いの。」
バルログは軽く牙を見せながら話を続ける。犬顔のフサフサ毛に尻尾付き、前に突き出した鼻を斜め上にあげ、
「目障りだ、私に負けたら二度と陽の昇る場所に姿を見せるな、解ったか。」
黒尽め細身の男が、切れ長の目で答えた。
「あんた客寄せだよ、画面の向こうで見ているクライアントにアピールする為の。駄犬の癖に命令しないでくれる?良かったねゲームで、百万回殺しても生きてられるんだから、クックックックッ❕」
司津根の挑発は功を奏した。
大きな目をカッと見開いて、両手の甲を前に出すバルログ。
「殺してみろモグラ❕❕❕」
甲から数本の刃が突きだした。牙狼の爪である。両手をグッと胸に引き寄せ、前屈みになり臨戦状態に入る。
試合開始の鐘が鳴らされた。
鐘が鳴り終わる前に、常人の速度を遥かに超えたバルログが、司津根の前に張り付いた。
牙狼の爪を下から上に振り上げた、が、司津根はそれを反転して交わし、バルログの延髄に何かを突き立てた。
バルログは勢いあまって前方へとバランスを崩したが、直ぐに体勢を立て直し、振り返って牙狼の爪を構え直した。瞬間、動力の切れた機械人形の様に白目を剥き、ひとつ息を吐くとその場にへたり込む。
動かなくなったバルログに司津根が近付き、座り込む相手の後ろ首から何かを引き抜く素振りをして、極細のそれをバトンの様にクルクルと回転させた。普通人の目には映らない針である。
戦闘不能になったバルログの姿が消えて行く。司津根は薄ら笑いを浮かべ、
「こんなんですけど、依頼は破格で請け負いますよ~~、要相談!」
「バルちゃん負けちゃったよ~~」
「相当ぶっ飛んだ奴だな。こう言う輩には決して近付くな、が、親父の遺言だ。」
加藤の親父はまだ存命中。
加藤はヒロを見てギョッとした。険悪なイケメンの表情に悪い予感がする。
「警察に突き出してやる❕❕」
「お~いステル、取り抑えろ。」
愛用の刀剣『白雪』を持って走り出そうとするヒロを、ステルサーが素早く背後から組付く。
「離せステル!ぶっ飛ばすぞ❕❕」
「普段は人一倍クールマンなくせしやがって、命のやり取りを目にするとすぐ切れやがる……」
足をバタつかせてステルから逃れ様とするヒロを、諭す加藤。
「世界警察も国際警察も管轄外だ、お前も知ってんだろ?」
「だったらここの警備部に突き出してやる❕❕」
「ここは治外法権だ、殺しや、特別凶悪な犯罪以外は何でも有りだろ、下手な事したらお前の方が拘束されるぞ、自重しろ!」
治外法権と言っても治安が悪い訳ではない。ザムゾシティーも観光産業に影響を及ぼさぬ様に、高い報酬を払って外部の優秀な民間警備会社に、治安維持を委ねていた。それと解る制服やプロテクターを着用した警備員が常に目を光らせている。
「バルちゃん殺したろ!!」
「ゲームだ馬鹿!!現実の世界じゃ今ごろ天に向かって吠えてるよ!」
「ワォォォォォーーーーーーーーーン!!!」
とある国の辺境。格闘技団体『激塾』第三支部のバルログ。天に向かって吠えていた。
「おいユーリー?何処へ行く!」
「安心しなヒロ¯グレース。ピシピシやっとくよ!」
「うんにゃダメだ!10メートルぐらい離れた場所から振りかぶってバチコーンバチコーンとだ❕❕」
「おいさーーーー❕❕❕」
加藤の制止を無視して、鞭をピシピシいわせながら走り去ったユーリー。
「だー!!司津根、見つかんじゃねーぞ!!」
「呼んだ?」
振り返った加藤の前に、黒尽めの司津根が立っていた。最悪だ……。
「シャーシャー!❕」
ヒロが熱り立ち司津根を威嚇する。
「何あれ?」
ステルサーにきつめに羽交い締めにされたヒロを司津根が指差す。
「猛禽類だ気にするな!司津根、頼むからこの場から消えてくれ!!」
「えっ呼び捨て?初対面だよね?う~~~ん…………。」
暫く間を置いてから、司津根が目だけ笑いながら、
「殺すよ。」
とってもヤバイ奴だった~~~と言葉の選択を誤った事を死ぬほど後悔する加藤だった。
「いや~~完勝完勝!」
加藤は青ざめた。聞き覚えのある声だ。山吹のご帰還である。
「おいテメーら!俺様の華麗な勝利に酔いしれたか!?…………ン?…………おおおん?」
山吹は旅の仲間の中に、見知らぬ男が交じっている事に気付いた。
目付きを鋭くさせ肩を怒らせ、毛皮の短パンにポケットも無いのに両手を突っ込んだ風で、雪駄の乾いた音が司津根に近付いた。
「おうおうおうおうのおう!何だテメーは!?おぅん?俺様のサインが欲しけりゃちゃんと並びな!最後尾だ!!」
誰も並んでいない……。
山吹は司津根の顔先に異常接近。
切れ長の瞳を少しだけ開いて、人差し指を額に着け、考える殺し屋。
「う~~~~~ん。」
と、ひと唸りしてから出した答えが、
「コロスよ≫≫≫≫≫≫❕❕❕」
「ハーーーーハッハッハッハッ❕❕❕コップの中で生きてきた事を後悔しな!!大海を知れ❕❕」
ヒロが焚き付ける。
「尻に噛み付け!!」
「おうともよ!!」
「コーロースーヨー!!」
加藤は思った、終わった……と。
………………終わらせる訳にはいかない。働き盛りの三十二歳、これからバンバン稼いでひと角の商人にならねば死んでも死にきれん!!
考えろ考えろ、この場を大過なく治める方法を、そのビジネス的手腕を駆使して考えるんだーーー!!
加藤はふと気付いた。騒動を見物する野次馬の中に警備員が数人混じっている事に。
目配せをしてこの騒動を止めろと合図する。加藤の意図を察した警備員達が互いに目を合わせると、やれやれと誰でも解る手振りをした後、一人の警備員が指で円を作る。ニカッと金歯が光る。
オーケーのサインでわ無い、「マニー(カネ)よこせ」のサインであった。
実力はあるが悪名高い民間警備会社『ラット¯セキュリティー』の制服を着用している。会社側のコンセプトは鼠の様に細やかなサービスを提供だが、世間では「マネーの鼠」として流布していた。
「守銭奴め!!」
と、心で叫びながら未来ある行商人は空に向かって札束を投げ捨てた。
顔色ひとつ変えずカネを拾い集める警備員達。何故かその中に山吹が混じっていた。
カネを全て回収した後、『金歯』と加藤にアダ名された上司格の男が、山吹に近付き手を出した。『よこせ』である。
「ああん!」
俺の物は俺の物だ何か?とばかりにコメカミに血管を浮かべる山吹。
「渡さんかーーー!!!」
加藤が怒鳴る。舌打ちして山吹が渋々金歯にカネを渡す。金歯はぶじ要求を達成すると、一瞬だけ司津根に視線をやる。近くにいた部下の警備員に顎をシャクって何かを指示した。その部下が直ぐに施設の支配人を連れて来て、支配人が司津根に耳打ちした。しかしヒソヒソ話を司津根がぶち壊す。
「へーー、さっそく仕事の依頼だ。じゃーね、クライアントがお待ちだから行くね。」
少しだけ前に進んだ司津根が振り返って加藤に向かって、
「加藤。」
ドキリとする商人、なぜ名前を知っていると思ったが、そんな疑問は司津根の次の言葉で吹き飛ぶ。
「シーユーアゲイン(また会おう)」
呪詛の言葉を残して消えて行く、加藤にはそう思えた。そして大声で叫ぶ。
「なんで俺だけ~~~~⁉」
理不尽な事に振り回され、カネも盗られ?、あまつさえ呪いの言葉まで…………今日は大厄日だと項垂れた。どんな嫌な事があっても行商人は前に進まねばならぬ、ゴーゴー加藤!自分を励ます。そして大きく息を吸って吐き出した。
「フーッ、最悪だけは回避した。ラット(ラット-セキュリティー)は大嫌いだが、手際の良さはさすがだな。騒動の核が誰だか瞬時に見抜きやがった…………でも感心はしてやらん、カネ返せ❕❕」
大切な営業利益をネズミにかじられた形の加藤が、額の汗を拭ってから席に戻ろうとした。
「プハー!ひと仕事の後の一杯は格別だな!!」
「紅茶も美味しいよ。」
壮年の男の目に飛び込んで来たのは、オレンジ野郎とオオカミ野郎の寛ぐ姿だった。
「ホ~~~~~…………」
ゴン!ゴンゴン!!
席に付く加藤。ヒロの頭部にタンコブが1つ。山吹の頭に何故かついでのタンコブが2つ。
「今夜のディナーは最高級ビフテキ、お前らのおごりだ、いいな。」
「ヘイ!」
「ホ~イ。」
ステルサーが捕捉する。
「私のメタルボディーのワックス掛けもよろしく頼む。」
「ワックス掛け入りま~す。」
「オイッス、いただきました~~!!」
数分後ユーリー着座。ヒロが素知らぬ様で話し掛けた。
「ユーリー奴(司津根)を処した?」
「無念、取り逃がした。」
「へー、残念、十秒置きにビンタしてあげようと思ったのに。」
「ビタン!も1つビタンとか?」
と、山吹が身を乗り出して聞いた。
更に1分後、山吹は咳払いして目尻を下げ、頬を少し赤らめながら、
「……で、どうだった俺の闘いっぷりは?見事だったろう?えっ、どうよ?」
山吹以外のメンバーが顔を見合せ暫し考えて、まずは加藤。
「さすがは山吹、ロケットパンチ発射………豪快だったぞ。」
「発射してねーし。」
次にユーリー。
「秘技テールクラッシュ、あっぱれだよ。」
「尻尾はえてねーし。」
ステルサーが改まって、
「山吹……」
「何だステル?」
「リトライだ!」
「負けてねーし。」
ヒロが真剣な顔で、
「山吹!」
「あん!」
ゆっくりと片腕を突きだし指をたててウインクをした。男に言葉は要らぬ、祝福の意志を一本の指で表現した。
「親指じゃねーな~、中指立ててんな~…………オーオーお前はそうゆうヤツだった!」
さすがの山吹も気づいた。こいつら俺の試合を見ていない、と。
「テメーら何してやがったーー❕❕許さん、ゆるさんぞーーーー❕❕❕」
怒号の山吹以外は「バレた?」と思った。
怒り狂う山吹の頭上で、次の試合の呼び出しがアナウンスされる。
「チッ!1試合多いからな俺は……」
ブツブツ言いながらカプセル会場へ向かう山吹。がに股で雪駄をベタンベタンさせながら。
「てめーら、後で動画再生しとけよ、それから……次の試合はライブ(生中継)で見ろ!!わかったな!!」
「オーケー。」
それぞれがそれぞれの顔をした。角刈り男の背中が見えなくなる。目の前の映像ホログラフィーに視線が集中する。ユーリーが口を開く、
「リチャード▪オロチ戦見よ。」
ヒロが口を挟む。
「いや、ここはガトリング▪マホロバ戦でしょ。」
ステルサーも追加する。
「大林▪月心戦は?」
加藤は、
「おーいお前ら、山吹の試合が始まるぞ。」
「だねー、じゃー。」
ユーリーが動画再生した。山吹▪バロン戦である。
「おーい、これは過去形だ、現在進行形はどうした?ライブ(生中継)はどうする?お前ら本当にふざけた奴らだな、今度こそ山吹に噛み付かれんぞ!」
「噛み返す❗」
「ムチで尻を真っ二つに割ってやる❕❕」
これである。加藤は説得を諦めた。
山吹のアップが映像化されると、ヒロが映像を消す。
「消すな!!」
ブスッとしてヒロが再生を再開した。
フト国剣士、バロン▪グローリーが難しい顔をしている。当然だ、いきなり『降参しろ』と、言われたのだから……
「……フン、小賢しい盗賊の言いそうな事じゃ。闘う前から臆病風に吹かれたか!」
「紋切り型の感想ありがとうよ。俺の事いろいろ調べたみたいだから、俺様も遠慮なく言わせてもらう。フト国、七国連合の中で最弱国家だ。」
山吹が長々と演説し始めた。バロンがなお表情を険しくする。
「そもそも弱小国家の集まりが七国連合なんだから、その中の最弱だから救われねえ。あんた幾つだ、俺の目算だと七十越えてるな?そんな老兵が剣をふるって最前線で生きてこれたのは、周りに居る奴らが、あんたを守って来た証拠だろ。」
「だまれ人非人❕❕」
老剣士の瞳に怒りの炎が燃え上がる。
「貴様の様な外道に国のために闘う者の気持ちがわかってたまるものかーーーー❕❕❕」
「生きるためってんなら解らんでもないが、国のために闘う何て理解できねえな。」
「理解せんでもよいわ!!一生理解せず骸となれ❕❕」
「引退しな、そうすれば、あんたを守らずに死ななくてすむ連中が増えるから。」
バロンが鞘付きの剣を地面に突き立てた。コンクリートの地表に亀裂が入る。
「耳が腐る前に鐘を鳴らせい!!」
鞘を抜いて放り投げる。重いが乾いた音がした。
「あんた何かヘソで倒せる!」
バロンは本当に耳が腐ったのかと思った。大きく息を吸って、
「倒して見ろ!!小僧ーーーー❕❕❕」
試合開始の鐘が鳴る。
剣を振りかぶって前を向く、
目の前にヘソがあった。
「どーーーん!!」
「がふう❕❕」
重厚な甲冑と一緒に、百メートルほど後方に転がり続け、場外へと落ちて行く。
しばらくして闘技場の端に老兵バロンの手がかかる。
「…………おの………………」
れの字が途切れバロンは気を失った。姿が消えて行く。山吹は腹をぶつけて勝ってしまった……
「実力もないのに気づかない、善良なじいさんだから周りがほっとかない、一番質の悪いパターンだ。聞こえてるだろバロン▪グローリー、大切な中間を無駄死にさせたくなけりゃ、一線から退いて畑仕事に従事しな、俺からの忠告だ。」
「忠告だって。」
「偉そうに。」
「ヘソで倒した相手に説教か?上から目線の奴が、善意の言葉で諭しても相手の心に届くとわ思えんが…………て言うか、お前(山吹)がまず悟らんかい!」
「場違いの場所で、場違いの言葉、それが山吹だぞ。」
三人と1機がホログラフィー(立体映像)を見ながら、感想を述べた。
加藤がブランデーの香りをさせて、言葉を次ぐ。
「山吹の奴、最近言葉のレパートリーが増えたな、最初の頃はいかにも粗野で粗暴で単純な事しか言わなかったもんな。」
「殺す殴る蹴り飛ばす!マニーくりー(カネくれー)だっけ?」
「いや、マニーくりーは言わなかった様な……」
「カー(母)ちゃんオッパイくりーだったよ確か?」
「そんなのは聞いた事が無い様な……」
「じゃあさじゃあさ、こーじゃない。」
「止めんか!お前らのボケの無限地獄に俺を突き落とすな!!」
ユーリーとヒロがチッ!と舌打ちした。
ステルサーが、
「山吹はマザーの乳がお好みか?」
ボケの無限地獄がご所望の二人が、ゲラゲラと腹を抱える。
「……ステル、頼むからお前だけは毒されるな……」
旅の最年長者が、深く深くため息をついた。
「『ウッド▪チャック』博士も狂犬に学を施すのは結構だが、もう少し知識の使い方を教えてやって欲しいよ。このままだとあいつ演説好きのしゃべるチワワになるぞ。」
ウッド▪チャック博士とは山吹の学問の先生だ。ちなみに樹木の精霊でもある。
「天下無敵だ俺様は~~~、無敵のパンチ無敵のキック天下無双の牙狼の爪で~~~どんな相手もぶっ倒す~~~今に見てろよオレンジ頭~~~俺にひれ伏す時が来る~~~~と。」
オリジナルソング『山吹最強』である。
「おーおー、お利口そうな歌詞だ事。」
「やっぱりバカ。」
「………………」
「山吹は馬鹿なのか?」
上機嫌の山吹が、どっかりと席に付く。
「で、どおよ俺の闘いっぷりは?2回戦も完勝の快勝だったろ、感想をを聞きたい。」
一同は目を合わせた。加藤が1つ咳をして、
「うむ、へそアタック…………感動した。」
ヒロとユーリーが、ハーモニー。
「感動した~~~」
「お~~お~~痛みに耐えてよく頑張ったぞ~~感動したか~~~そ~~か~~………………」
山吹の満面の笑みがだんだんと消え、肩をワナワナと震わし始めた。そして、
「おのれ貴様ら~~~❕❕この怨み晴らさずにおくべきか~~~~~❕❕❕」
またまた、見ていない事がバレた。
「山吹殿!こらえて下されい!!」
「ええい放せステル!!手打ちにしてくれる、そこに直れえい❕❕」
首を左右に振りながらもがく山吹。スーパーパワーのステルサーが離さない。
しばらく芝居かかったコントを披露していた一匹?と一機だったが、予選ブロック準決勝のアナウンスが入る。
「チッ!運のいい奴らだ。」
山吹が一同に背を向ける。が、わざとらしく止まって首を横にしながら、
「今度こそちゃんと見るんだぞ、でないと絶対噛みついてやるからな!」
それを聞いたヒロとユーリーが目線を合わせ、ゆっくりと山吹を見る。
「噛み返す❕❕」
「尻を真っ二つに割ってやるよ❕❕」
「なんだとーー❕❕❕」
「さっさと行け!!失格になるぞ!!」
加藤とステルサーが間に入って場を治める。ガルルルルル、と唸り声を残してカプセル会場へと消えて行く山吹。
「よーし、まずは一回戦のダイジェスト行ってみよー!」
「ういーす。」
「あー、むしろ感心するよ、そのふざけっぷりに……」
加藤は早々に説得を諦めた。
ステルサーがデーターを開示する。
「傭兵集団『テレマーク』の若きホープ『雨槍のガトリング』。長槍『流星ランス』の使い手で、文字通り雨のような連続攻撃が得意だ。」
捕捉情報として、髪型はオールバック、目鼻立ちのはっきりした濃いめの青年。動きやすい様に必要最小限の防具を着用。流星ランスは派手な名前の割には、地味な造りで、長い木の柄に鋭い穂先のみ。身長は180センチだが、テレマーク内では平均身長に近い。
対するマホロバは「ごつい」「でかい」「くどい」の三拍子。ヘビーアーマーを使用するものだから更に「でっかくなっちゃた!!」
「マホロバは世界警察のビギナークラスで、今回昇進試験も兼ねての出場だ。皆も知っての通り最先端戦闘用プロテクターによる、それ頼みの戦闘を仕掛けてくる。最近ではS▪Mもどきと言われるぐらいプロテクターの完成度は高くなっている。」
「……の割には一方的だな、このままだと何もせずに負けるぞ。」
ひたすらガードするだけのマホロバ。槍先の連続攻撃に耐え続ける。巨体がまるで動けない、大量の雨粒手にさらされる岩の様だ。
「体格だけは立派だね、まるでS▪Mのパワータイプみたいに、ね、ステル。」
「うむ。」
「でもこっち(マホロバ)の方が、格段に性能が落ちるね、猫に小判、いや、豚に真珠。」
「うむ。」
プロテクター頼みのマホロバが叫び声をあげる。
「おいプロテクター!!このままだと降格どころの騒ぎじゃ済まなくなるぞ!何とかしろ!!」
頭部を守るフルフェイス型の防具に人工知能が搭載されている。S▪Mには及ばないがプロテクターのAI(人工知能)の性能もそれなりであった。
「不可能です。彼の技能はあなたのそれを遥かに凌駕します。サポート機能の性能をオーバーしています。」
霰の様に降り続くガトリングの槍先に堪えながら、世界警察のビギナーが大声を出す。
「クッ!それはつまり、どう言う事だーーー❕❕」
「それはつまり…………ダメージレベル130パーセント、全ての機能を停止します。」
"ブツン!!„のノイズにも似た音と共に、プロテクターの反応が無くなる。
「ぬおおおおおーーー❕❕❕」
真の主(人工知能)を失った、超硬質素材のプロテクターが蜂の巣にされる。頭部、胸部、腰部、腕部、足部、全ての防具が粉砕される。
ホログラフィー映像を見ていたユーリーが、
「悪趣味だね~~、わざとプロテクターだけ狙ってやんの、何の見せしめだい?」
「傭兵だからな、世界警察ご自慢のプロテクターを破壊する事で、世間に名を売るつもりだろ。」
加藤の言葉を聞き終えて、ヒロがつまらなそうに、
「本人が弱すぎるとザルだね。」
マホロバはプロテクターを剥ぎ取られ、薄着で地に座り込む。ガトリングの長槍『流星ランス』の穂先がマホロバの顔前に据えられた。マホロバは項垂れ降参を告げる。ビギナークラスから研修生へと降格が確定した。傭兵ガトリングの勝利である。
続いて魔法戦士『大林』、光の僧侶『月心』がダイジェストで流される。
魔法戦士大林は赤いマントを翻す髪の長い青年。魔法で剣に炎をまとわせ攻撃する。
こちらも青年、光の僧侶月心。光の錫杖で全身に光波をまとう、鉄壁の守備が持ち味。頭もツルッと光る丸坊主、鶯色の袈裟を着こなす、外見は温厚そうだが実は戦闘好き。
「戦闘好きじゃなきゃ、こんな大会出てこないよねー、悪僧だよ悪僧。」
ユーリーが感想を述べた。
月心は心眼寺派の修行僧。心眼寺派は武道と教理を一致させた、武教一致の武闘派教団。
光る頭の坊主と魔法戦士の闘いは、15分過ぎても決着がつかない。
火炎系の魔法で剣に炎をまとわせただけの刀身を、力任せに振り下ろす大林。赤いマント、長い髪をなびかせ、何度も何度も月心を切り付ける。
しかし月心の光波の壁が高い金属音と共にそれらを全て跳ね返す。一方的に大林の攻撃を受けているわけではなく、月心は時折小さな光球を放って反撃する。これが曲者で、攻撃に疲れた大林が月心から距離をとって離れると飛んでくる。単発だが直撃すれば大林もただでわは済まない。炎をの剣で払ったり、ギリギリ交わしたり、体力の回復もままならない。
「おのれ!おのれ!」
「うんしょ、うんしょ。」
「このこのこの!」
「よいしょよいしょ。」
大林が光波の壁を剣で打ち付ける度に、ユーリーが合いの手を入れる。感情の失せた瞳で合いの手を入れ続ける、完全に見飽きていた。
「グダグダだね。」
ユーリーはヒロを見た。腕を組んで眠っていた。加藤は席を立って携帯で商談中である。
仕方なくユーリーはステルサーに話しかけた。
「どうよステル、この試合?」
「…………間違いなく、予選ラウンドのベストファイトだユーリー。」
親指を立てて答えるステルサー。ユーリーは白けた顔で、
「ステル、笑いのセンスはもっと磨きな、そうでないと尻が裂けるよ。」
「おお、私のヒップボディーが!?」
「そうさね、あんたのナイスなヒップボディーが真っ二つだよ。」
「私のシャープなヒップボディーが……それは困る、磨かねば磨かねば!!」
ステルサーはアーム(腕)で握りこぶしを作って立ち上がり、どこかへ走り去った。
「精進しなよ、ステル。」
と、ユーリーは微笑んだ。
大林▪月心戦30分経過。予選は45分で判定試合となる。だが大抵はそれまでに決着が付くのだが……。
「ハァハァハァ、ぼ、坊主…………いい加減……降参したら……どうなんだ?」
肩で息をしながら大林が促す。
「坊主が我慢比べで負けるとでも?おかしな事を言いますね。…………しかし、そろそろ潮時ですかね、決着をつけます。」
それを聞いた大林が身構えた。月心が錫杖の鈴を鳴らしながら前方に円を描く。
「秘技、煩悩百八つ!」
黒い球体が幾つも現れ大林に向かって放たれた。単発攻撃に馴れていた大林は避けきれず、数十もの黒球を体に食らう。もともと攻撃力の強くない月心が、最後の技を放つまでの伏線として、光球の単発攻撃を使い続けたのだ。黒色と光色の違いにも触れておいてくれ、と、月心。単発攻撃に馴れた相手の思考力をパニックに落とし入れるのに、球の色と数の違いは重要だ、と、月心。
「…………だからE級は恐ろしい、こんなのが戦術語るんだもの。山にこもって瞑想してな、ピカッと光る頭と共に。赤いマントは戦士を辞めて、頭丸めて坊主の弟子に、それがそちらの生きる道っと。」
漫談風の語りでユーリーはこの試合を締めくくった。
長い長い闘いは決着した。
傷ついた大林の体はまだ消えず、ゆっくりと立ち上がり、よろよろと月心に近づく。片手を突き出して、
「フッ…………俺に勝ったんだ、必ず優勝しろよ…………」
月心は笑みを湛えながら、がっちりと握手をして、
「ええ、必ず。」
と、言った。
その光景を見たユーリー。
「…………とんだ茶番だわいな。」
と、言ったのだった。
予選第三ブロック、一回戦最後に残った試合は、優勝候補リチャード▪オーウェン対S▪Mのオロチ戦である。
リチャード▪オーウェン、今年二十歳になる強国ゲオルク帝国の練習生で、E級大会に優勝して、晴れて正騎士見習いに昇格する事を目指す。ゲオルク帝国は強大な軍事国家であり、勇者成造国家としても有名。武具一式を完成度の高い仕事で厳格にこなす、竜人工房『ドラゴン▪フォース』に発注していたため、基礎能力の高い兵士が、さらに高い戦闘力を身に付けている。権威と規律を訓練に組み込んでいるため、リチャードだけでなくゲオルク帝国の兵士は若くても、鼻持ちならない威厳を人格に宿して育つ。外見は中背のがっしりタイプ。栗色の頭髪が風になびくのは、彼が冑を着用していないからだ。鎧は頭部以外の全身を包んではいるが、バロンほどの重厚感はなく、軽量だが防御力は極めて高い。そして特に目を引くのは巨竜の一鱗造りの大形の盾だ。近接戦闘様に造られたもので、羽の様に軽く、鋼よりも硬いとは、ゲオルク帝国の訓練兵が総じて語る言葉だった。もちろん剣の性能も列強の一般兵に与えられたものを遥かに凌駕した。職人気質の武具成造集団『ドラゴン▪フォース』は、滅多な事では仕事を請け負わないが、ゲオルク帝国の皇帝とドラゴン▪フォースの棟梁が親密な間柄であるため、大量の武具の発注を可能にしていた。数百年も前からゲオルク帝国は軍事大国として勇名を轟かせていたが、ドラゴン▪フォースを御抱えにしてからは、異界の勢力にも一目置かれるどころか、最近では最要注意国家として警戒される様になる。そんな事を知ってか知らずか、当の皇帝もゲオルクの兵士達も相変わらず不遜だった。
リチャードに対峙するのはS▪Mのオロチ。S▪Mメーカーの中でもトップクラスの売り上げを誇る『メタモル▪テクノロジー』社製。上半身は人間だが、顔はトカゲに近い形状で、腰から下は完全に蛇である。見た目通り強力な絞め技が得意。
「ボーロ会長、今大会の意気込みを聞かせてください。」
「フン!ゲオルクの練習生に負けるほど、うちのS▪Mは低い性能ではない。」
ダークスーツの小太り、中背、ごつい顔の男、名をカルロス▪ボーロと言う。五十六歳。一代でメタモル▪テクノロジーをS▪Mのメジャーに押し上げた、豪腕の現会長。大会を運営するイベント会社大王企画の大株主で、今大会には五機の試作品をエントリーさせていた。
本来ならメインの試合以外は実況はないのだが、ボーロが強引にねじ込んだ。大王企画の株主と言うだけでなく、今大会のスポンサーにもなっていたため、運営側も断れずにいた。
「あれ?ダイジェストにならないよ??」
ユーリーが呟く。ヒロは熟睡中。加藤は商談中。ステルサーはお笑い?修行中。山吹は試合中である。
「カルロス▪ボーロ恐るべし。プロトタイプ(試作機)五機の内、すでに四機が敗退、メタモル▪テクノロジーの株価だだ下がりだ。経営から退いた奴が道楽で企業のイメージ下げてんじゃねーよ!大損だ!!………ちなみにオロチは予選一回戦敗退だ。」
携帯片手に加藤が顔を出す。
「結果ばらしてんじゃねーよ加藤!興ざめだよ加藤!謝れい!!」
「…………す、済まないユーリー…………」
「チェリーパイおごれ。」
「チェリーパイでいいのか?……」
「モカコーヒーおごれ。」
「モカでいいと?」
「玉子サンドおごれ。」
「…………わかった、それぐらいで勘弁してくれろ。」
この蟒蛇娘にはオーダーストップなど無いのだ。
映像カット無しのリチャード、オロチ戦。別にボーロの圧力でカットにならなかったのではない。
「生意気なゲオルクの小僧を締め上げてやれい!!」
ボーロは強気だった。しかし…………。
オロチは体型に似合わず鋭い動きで蛇行する。変則的な動作だが基本はやはりヘビの動きである。リチャードとの距離を詰めてオロチが飛びかかる。
「単純な動きだ……」
オロチに対するリチャードの感想はそれだけだった。一刀両断、頭から蛇腹まで真っ二つにされ、剣圧で地面に亀裂が入る。
ゲオルク帝国の若き訓練生、リチャード▪オーウェンの完全勝利だ。
「…………あの…………会長、感想を……」
「うるさい!!」
言って、カルロス▪ボーロ五十六歳は席を立った。
「なるほど、ダイジェスト要らないね。」
ユーリーは納得した。
いよいよ山吹、五郎太戦。
「アレレ、またダイジェストにならんよ?」
ユーリーの独り言。目前に並べられたチェリーパイ、モカコーヒー、玉子サンドに舌づつみを打つ。ヒロ快眠中。
「やかましいな。」
闘いの場は森林フィールド。鳴り響く蝉時雨がうるさいのではなく、忍者見習い五郎太の挑発が耳障りだった。
「おれっちの姿がどこにあるか分かるっちか~~!分からんだろ、分からんだろ~~!攻撃するっちよ~~攻撃するっちよ!!」
忍びの里『紫紺衆』見習い五郎太。直ぐに負けるので、プロフィール以上。
「さよか。」
山吹が両手甲から牙狼の爪を出し、交差した。
「スティール▪クロー…………」
ぼそっと技の名をささやく山吹。
「…………なんだっち、訳の分からん事を~~!恐怖で気でも触れたっちか?…………え!?」
巨木の群れが最初、音もなくズレ、次いで根元から崩れだした。轟音と共に山吹の前方の木々が倒れ伏す。
「ぎゃ~~~~~~っち!!」
五郎太は折り重なる樹木の下に没した。
「あっ、面見るの忘れた。」
おれっちの五郎太戦闘不能。山吹色のチョッキを着用した角刈りの勝利である。
大量の倒木の向こう側に、湖面輝く湖が広がっていた。その光に目を細めた山吹の意識は、ゲームの外へと抜けて行くのであった。
ーーーーー紅蓮に燃え盛る炎が少年の瞳に映り込む。丘の上から見える光景は、赤い朱色の海が全ての命を食らう姿だった。
微かに流れる風が熱気共に、幼い少年の体をすり抜けて行く。片方の手に持たれた数本の花を強く握りしめる。あどけない顔に表情はなかった。ただ、目の前で起きた現実を見続けるばかりだった。
二つの影が少年の背後に現れ、少年を肩に乗せてその場を去ろうとする。少年は一度だけ振り返り、火の海を見つめ直した。そしてゆっくりと前を向いて二度と振り返らなかった。オレンジ色の短い頭髪に炎の色が揺らめいていた。
ーーーーー耳鳴りがした。ざわついたはずの施設内で音がまるで入って来ない。なのに意識だけはハッキリしている。ヒロは気付いた、おのれの片方の瞳から涙の雫が流れ落ちるのを…………
「大丈夫…………ヒロ。」
心配そうに覗き込む百合李がいた。少年は慌てて瞳をぬぐって、
「え、何が…………」
と、答えてから、冷めた紅茶に口をつけた。
ステルサー以外は皆が揃っていた。加藤、ユーリー、山吹がそれぞれの顔でヒロを見つめている。ヒロは素知らぬ顔で紅茶をすすり続けた。
山吹は何かを押し殺す様に口を開いた。
「ヒロ、また見てなかったろ、俺の試合。」
予選準決勝を終えた山吹にヒロが、
「見たよ、大林、月心戦。」
ほとんど見ていない。山吹の試合でもない。
「だな。それがお前だ。…………ところでちょっと付き合えよ、案内したい場所がある。」
「嫌だ。」
即答だった。
「んが!たまには素直に言うこと聞け!変なところに連れてったりしねーよ!」
「あんたが変だ。」
山吹は何だかムカついた。いつも粗野な自分だがたまには真面目な時もある。それに気づけよと、無理ぎみな注文を出したのだ。
「……もういい!勝手にしろ!!」
背を向けて立ち去ろうとする。
ヒロは一つため息をしてゆっくり席を立ち、山吹のあとに付いて行く。山吹は肩を怒らせながらも、顔はすっごく嬉しそうだった。
ユーリーと加藤がそれを見届けて、
「……時々あるね、ヒロのあーゆうの。」
「……まあ、なんだ、人にはそれぞれ触れて欲しくない過去もあるだろう。」
「…………だね…………」
加藤の言葉に一瞬、深く沈んだ表情をしたユーリーだったが、直に、
「おごれ加藤!!」
「今度はなんだ!おごらんぞ!!」
「何となくだおごれ!!」
「何て図々しいヤツなんだ!!おごらん、絶対におごらんぞーーー!!」
5分後、ユーリーの前には、スパゲティーカルボナーラとデザートが追加された。
ゆっくりと歩く角刈り一匹とオレンジ髪ひとり。エレベーターに向かっていた。
「で、どこ行くのさ?」
「さっき、ここのインフォメーションで聞いたんだが、どうやらこのビルには屋上庭園があるらしい。」
ヒロは怪訝になり、
「博打場の庭園なんて見たくない。どうせ下品でド派手なだけのもんだろ。見るに価しない。」
一方的に断言するが、山吹は動じない。
「それが、お前の好きな和庭園だ。」
聞いて、少しだけ反応するヒロ。
「和庭園もピンからキリまであるよ。
山吹は得意気になり、
「安心しろピンの方だ。なぜならその庭を作庭したのは、あの『杉森美里』さんだからだ。」
知った名をだされたヒロがしばらく無言になり、
「美里さんも焼きが回ったな、こんな賭博場の作庭引き受けるなんて。」
「俺はそうは思わん。こんな場所だから美里さんは依頼を引き受けたんだ。考えてもみろ、ここに来る連中なんざ、どっか闇を抱えてるもんだろ、そんな連中に癒しを与える、それが美里さんだろ?」
「掃き溜めに鶴。」
「いや、表現が良くないな……そうだな、強いて言えば、砂漠の中のオアシスだ。」
「チッ!」
「え?なに、チッって言った?何でだ!?」
ヒロは自分より巧く比喩した山吹に嫉妬した。
エレベーターに着いてボタンを押す。
「このエレベーターは庭園直通だ、しかもゆっくり昇る様になっている。」
今のエレベーターは超高速で、百階建ての高層ビルでも屋上まで五秒とかからない。しかしこのエレベーターは庭園まで5分ほどかかった。敢えて時をかける事によって、普段の生活と時間の流れを入れ替えて行く、エレベーターに乗った時から庭園鑑賞の前段階が始まっていた。
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「しゃべれよ!!」
「沈黙の空間に耐えられない奴だな。」
「うるへい、俺は陰気臭いのは嫌い何だよ!」
山吹がドアの方を向く。
「…………二人っきりだね。」
「!!」
ヒロがボソッと呟く。山吹は飛び上がった。
「てめえ!このチャンスを狙ってやがったかーーー!!」
山吹は身構えた、が、野性の勘が告げている、お前は終わりだ…………と。
「………冗談だよ、そもそも僕が同性愛嗜好者なら、あんたとっくに襲われてるよ。」
「……あっ、そーだった。」
脅えた子犬が、手をポン!と打ち鳴らした。
ヒロ、山吹、加藤、ステルサーは同部屋である事が多い、しかもヒロと山吹で二人部屋などしょっちゅうだった。山吹は安心した。
「フーッ、なるほどな…………」
「でも…………」
「あん?」
「目覚めちゃうかも、ウフッ♡」
「え何!?何に目覚めちゃうの!?やめよ、そー言う冗談!!」
「シーー!美里さんの庭を見るんだ、ざわつかないでくれる。」
「もー置いてけ堀か!どんなチェンジャー持ってんだ!てめえには付いて行けん!!」
チン!エレベーターが屋上に到着。
「レンジが鳴ったよ。」
「オオ忘れてた、肉まんでも取り出すか。」
扉が静かに開いた。
ーーーー山吹が肉まんを取り出している頃、百合李と加藤が、予選準決勝のダイジェストを視聴していた。まずは山吹、ガトリング戦だ。
古戦場跡のフィールドで、山吹とガトリングは激しい攻防を続けていた。一応、建造物らしき物は大量に有るが、それらのほとんどは瓦礫と化している。その中をまるで縫う様に両名は激烈な戦闘を繰り広げていた。
コンクリートが弾け飛ぶ、鉄骨がへし折れる、ガラスが飛散する、ホコリと共に残骸が巻き上げられる。竜巻の様に吹き飛んだそれらが、山吹とガトリングの間に落ちてきてボトボトと音をたてた。
「…………気に入らないな、あんた遊んでるだろ。」
「なに言ってやがる!ガンガン来い!ガンガンと!!」
かれこれ10分ほど過ぎても両名は傷一つ負わず、それでも両者の力は拮抗した見ごたえのある戦闘におもわれた。しかしガトリングは不満気に口を開いたのだ。
山吹とガトリングは確かに激しい攻防を繰り広げていた。そう確かに攻と防だった。ガトリングの流星ランスによる攻と、身体能力に長けた山吹の防である。つまり両者、攻と防で一方的だったのだ。
「…………いくらあんたでもこのまま攻撃一つせず、避け続けて勝負に勝てると思ってないだろ、なまじそれで決着が付かなくても、判定試合になったらあんた完全に不利だぞ。防戦一方なんだから…………」
「ハア?まだ三十分以上あんだろ!試合は終わって見るまで分かんねーよ、さあもっとガツンと来い、技見せろ、必殺技見せてみろ!出し惜しみして勝てる相手じゃねーぞ俺様は!」
「やっぱり遊んでやがったか。」
10分経ってやっと気付いたガトリングだった。
「犬め!!」
ユーリーがガトリングの心情を勝手に述べた。
「ネコめ!!」
加藤がそれに続く。
ガトリングは槍の柄を地に着けて、ため息を一つ吐く。
「何のつもりかは知らんが、俺を勝てる相手と見込んでいるなら、さっさとけりをつけたらどうなんだ、気分悪いよあんた。」
「…………勝てる相手とは思ってはいるが、オメーを弱いとは思っちゃいねーぞ、でもな、お前によく似た奴を知ってんだよ、最初から全力を出さん、やる気の無い奴をな。」
ガトリングは驚いた。自分の方が劣ると思われただけじゃなく、モチベーションの有無まで見抜かれていた事に。
ガトリングの大会参加は本意ではなかった。傭兵として実力を認められ、そこそこ贅沢できるだけの金銭が稼げれば、それで良かったのだ。それを所属する傭兵派遣会社『テレマーク』の上層部が急に方針転換を打ち出し、テレマーク所属の傭兵にE級以上の大会での優勝を求めて来たのだ。
中小企業でもテレマークは傭兵集団として立派に機能してるし、そこそこ名も通っている。今さら企業イメージに箔を付け様なんてどう言う了見だ!?と、舌打ちしても、しがない傭兵サラリーマン。雇われの身では上層部には逆らえず、また、反骨精神とは縁遠いガトリングには、下手に騒ぐより、大会に出て優勝した方が早いと思い、しぶしぶだが地方からのネット参戦を決めたのだった。
しかし、大会に出場して自分がいかに世間の事情に疎いかを思い知った。E級だからアッサリ優勝できるのかと思いきや、異常なほどレベルが高い。一回戦メインの司津根にバルログ、同じブロックのゲオルク帝国のリチャード、止めにノーマークだった目の前のワン公。予選でこれだ、本選など先が思いやられる。こんな事なら下調べをちゃんとしておくんだった。もちろん『コールド▪ファイト』何かじゃ無く、他のレベルのウンと低いのに参加して優勝を狙ったのに、と、臍を噛む思いだったが、後の祭りである。
「…………なんか、小細工してもダメッぽい見たいだから、出すよとっときの技……」
「オオそうか!ガチコーンと来い!!シャー来いよ~~~!!」
ワン公は目を輝かせた。それを見て、またガトリングは一息吐いた。
長槍の柄を中央で持ち、両手で旋回させ始めた。
その時ドン!と音がした。山吹の片方の足の下が圧力でへこんでいた。山吹が地面を踏みつけたのだ。
「ちげーだろ!!そーじゃねーだろが!!」
ガトリングが目を丸くする。
「…………な、なんだいあんたは??」
怒鳴る山吹の意図が理解できない長槍の使い手。山吹は言葉を繋げる。
「テメーの本質は突き技の超速だろーが!!寄り道すんじゃねーよ!!ぶっ飛ばすぞ!!」
ガトリングはその言葉に一瞬だけ虚を衝かれたが、すぐに言い様の無い怒りとイライラが込み上げて来た。何て理不尽なヤツなんだ。こんな奴の要望通りに事を進めてなるものか!と、普段クールなガトリングには無い、意地の悪い心情がふつふつと湧き起こるのだった。
「確かにあんたの言う通り、俺の真骨頂は突き技だ、しかし…………あんたの思い通りにはせん!今決めた!もー決めた!絶対すべての技を見せ切るまで奥の手は見せない!!それが嫌なら止めをささんかい!!」
変な会話だが、ガトリングの瞳に怒気の炎が燃え上がるのを見て、山吹は内心満足だった。結果はどうあれ、目の前の相手が本気になったのだから。
「怒っちゃやだん♡」
「暴風槍!!」
火に油を注いだ。ガトリングの長槍が文字通り暴風の様に唸りを上げて山吹に襲いかかる。突きに薙ぎに払い、上下左右からの穂先以外の攻撃など、槍術と言うより棒術に近い打撃系も含まれていた。
突き技を多用していた時は、主にサイドステップで交わして来たが、今度はそう言う訳にも行かず、前後左右のアクロバティックな身ごなしで、ガトリングの攻勢を煙に巻く山吹。
「おいおい、大技だが明らかに鋭さに陰りが見えるな、つまらんぞ。」
実戦では有効な暴風槍も、ワン公には丸で効果が無い。何だか以前より余裕を持って交わしてる様に見えたが、それは正解だった。
暴風が止む。
「…………本当にムカつく奴だ…………」
「えっ、なに?尊敬する、サインなら後にしな!」
「どう聞いたらそうなるんだ!」
ガトリングは飛び上がった。槍を旋回して山吹の方に向ける。
「旋風槍!」
プロペラの様に回転するその向こうから、槍先が飛んで来る、言わば攻防一体の戦術だったが…………
「“とんだ“目眩ましだな。」
言うと山吹は、回転する扇風機の羽根の隙間からおどりでる穂先を交わし、なんと、扇風機の中に飛び込んだ。
「!!!」
目の前に現れた山吹の顔を見て思わず後方に飛び退った。
「…………驚いた、“とんだ“化け物だ。」
「プリチー(プリティー)な化け物だろ。」
オールバックの前髪が汗で垂れて来た。テレマークの若手のホープが、深呼吸して、
「流星槍。」
「おっ!」
と、山吹は期待した。槍の名『流星ランス』を冠した技だ、きっと奥の手に違いない、そう思ったのだが、外れた。
確かに突き技ではある様だが、槍圧言うべき飛び道具が、野球のピッチャーの様に、カーブ、シュート、フォーク、規則、不規則な軌道を描いて飛んで来る。暴風槍や旋風槍よりも一線一線の速度は上がったが、山吹は飄々(ひょうひょう)とそれらを交わし続けた。時々あくびをしている。それでも周囲の廃墟や地面を突き砕いて行く、威力は強かった。
ヒュン!!
閃光の一撃が流星槍の中から飛び出した。
時間の凍り付いた一撃の後、目の覚めた山吹と、奥の手を弾かれたガトリングがそこに立っていた。
「一閃槍…………って、防がれた後じゃな、どうにも格好つかん…………」
山吹にとって奥の手では無かったが、最後の一閃槍に牙狼の爪を出さざる負えなくなった。
「…………あんたの奥の手かそれが…………」
ガトリングは牙狼の爪をアゴでしゃくった。
「うんにゃ、別に隠してた訳じゃないが、基本これは防御用で、まー他にも色々な使い道は有るが、ほぼ攻撃には使わねえ、昔はそうでも無かったがな…………とにかく俺にこいつを使わせるとは大したもんだ。」
フッ、と苦笑いしてから、ガトリングは本音を吐露した。
「…………ぜんぜん誉められた気がしないな。…………あんたの事ちゃんと調べとくんだったよ 、バルログだっけ?あれと同じ武器を持ってるとは夢にも思わんかった。一、二回戦で使ったのかい?」
「ああ、最強?の忍者、五郎太に使っちまった。」
「正直、リチャードや司津根の事が気になって、あんたのこと見て無かったよ、残念だ。」
「残念だが、見てても勝て無かったぞ、お前。」
「…………余計な忠告ありがとさん…………ところであんた、バルログとぜんぜん似て無いな、同じ血族なんだろ?」
「隔世遺伝ってやつだ、毛だけ生えるのや尻尾だけ生える奴とかな。俺は身体能力とこの牙狼の爪だけだが、外見だけならバルログって奴の方がずっとオオカミ王に近いんじゃねーか?多分そっくりだと思うぞ。」
「…………なるほど…………」
頷くガトリング。山吹が少し距離をとり、首を鳴らして片腕を回す。
「さーて、続き行ってみるか。」
やる気満々の山吹に、物凄くあきれるガトリング。
「いいよもう、俺の敗けで、審判戻してよ!」
ゲーム外にいる第三者に語りかける。納得しないワン公。
「おいおいちょっと待て!時間はまだ充分あんだろが!逃げんのか!ええ!!」
「一昨日来やがれってやつかな、じゃーな。」
「アッ!こんにゃろ!!」
山吹はつかみかかったが、ガトリングの体は透けてつかめない。
「おいガトリング!再戦ならいつでも受けてやる!分かったか~~~!!」
インターネット経由でガトリングに声が届く。
「もうあんたとは二度としたくない。」
つぶやきながらも、今までの自分を反省し、多少なりとも鍛練する事を心に誓うガトリングだった。
その頃の、とある国の辺境。格闘技団体『激塾』第三支部のバルログ。
「なぬ、私がオオカミ王と瓜二つだと…………フッ、実力もそれに倣いたいものだな。」
いささか調子に乗っていた。
「いい気になるなよ、この負け犬め!!」
と山吹。
「犬め!!」
とヒロ。だった。
エレベーターの扉が開いた。ヒロと山吹が一歩外に出た。異様に暗い廊下は奥へと続いている。壁の両サイドに薄明かりが点々と前方に伸びていた。
「暗いね。」
「俺も最初はそう思った。」
ゆっくりと歩き始めた山吹の言葉に、あからさまに不機嫌になるヒロ。
「さっきインフォメーションで聞いたって言ってたよね、もしかしないでも、一度ここに来たんだ?」
「…………あ、ああ、昨日来た…………」
角刈りはばつが悪そうな顔をした。これはややこしい事になるぞと覚悟した。
「僕より先に見たんだ、へ~~、僕より先に美里さんの庭園を堪能してたんだ、角刈り着たチョッキの癖に、許せないや。」
「チョッキを着た角刈りだ。」
「前々から気に入らなかったんだよ山吹って名前、僕が改名してやるって言ったのに断る何て失礼な奴だよ。」
「済まんなヒロ。」
ちなみに改名後の名は一つ目は群青、二つ目は焦げ茶だった。山吹は丁重にお断りした。
「何で先に見るのさ、何で言ってくれないかな、許せない、許せない、許せないな~~」
「色々忙しくてな、報告がおくれた。悪かったな。」
「じゃーなんで嘘を吐くかなさっき聞いたって言ってたのに、やっぱり許せないや。」
忙しかったのは本当だし嘘を吐くつもりも無かったのだが、昨日あまり深く考えずに、一人で庭園鑑賞を終えた後、ヒロより先に見た事を後悔したが、黙っていれば大丈夫だと高をくくっていた。ヒロは特別自分が好きなものには執着する。以前、小さな美術館の展覧会を何気無く見て帰り、ヒロに言ったところ、1日中ふて腐れた経験を持つ。今回の事も言えば絡まれるのが分かっていた。だから何も言わずにザムゾシティーを発つつもりでいたが、ヒロを元気付けなければならない事情ができ思わず嘘を吐いてしまったのだ。山吹からすれば善意の嘘である。
「一人で見て楽しかった、ねえ楽しかった?どうだった楽しかったよね、いいな~~先に見て楽しかったよね~~」
やっぱりこいつは、どんなに大人ぶって見えても十六のガキだ!二十六歳の山吹は浮気のバレた彼氏の心境になっていた。
しばらく続く暗い廊下に、山吹の雪駄の音とヒロの小言が鳴り響く。山吹にとっての地獄の囁きトンネルは終わりへと近づいた。庭園を鑑賞するための茶室への引き戸が見えたからだ。杉戸の全面木目のシンプルな戸を静かに横に引く、いつもは何事にも横着な山吹が慎重を心がけた。さすがのヒロもブツブツ言うのを止めて、心を改めた。
戸が開けた隙間から光りが差し込んでくる。
十六歳のガキに悪魔の囁きを山吹が食らい続けていた頃、ユーリー(百合李)と加藤は、リチャード、月心のトークパフォーマンスならぬ、舌戦を拝聴していた。
幅三メートルほどの川が流れる水際で、両者は向かい合っている。川の両側には山々が並び秋の紅葉が山川を彩っていた。少し肌寒い気温だったがリチャードも月心も意に介せず話を続けている。
「坊主が戦に出てなんのつもりだ、寺にこもって教理を貪っていれば良いものを、何を好き好んで闘いに身を投じる。それとも何か、命のやり取りに真理探求のヒントでも見つけたか?破戒僧。」
破戒僧の言葉に温厚そうな瞳が鋭さを増す。月心が鶯色の袈裟衣の大きく空いた袖を揺らして、錫杖の鈴を一つ鳴らした。
「破戒僧とは聞き捨てならないですね。そもそも心眼寺派は武教一致の宗派です、山にこもって教理を学ぶだけなら他の宗派を選びますよ。基本は自他共に守るための武術と技の修得です、勘違いしないで下さい。」
月心の抗弁を嘲笑う様に、
「フン、笑わせてくれる、勘違いだと?貴様の方が大きく違っている。戦場にしゃしゃり出て来て、一滴の血も流さず、誰一人殺さず、戦陣を駆け抜けるヒーローにでも成れるつもりでいるのか?」
風が吹いた。黄色と赤の落葉が、ぶつかる視線の隙間に流れ落ちた。
「自他を守るとは殺す事だ!目の前にいる敵を殺して焼いて、るいるいたる屍を乗り越えた先に勝利を手にする!そのさらに先に守るべき者達の命がある!!」
舌端火を吐くリチャード、月心は口を挟めない。目の前にいる者以外にも聞こえる様に、ゲオルクの若き訓練兵は熱弁を続ける。
「貴様らがどんなにおのれを理論武装して良心の呵責を和らげ様としても、実質的な力に頼った段階で信仰の道から外れた俗人とまったく変わらん。そんな者が頭を丸めて袈裟を着たところで、人の心を救えると思うなよ!」
リチャードの勢いに押し流されそうになる月心。なんとか平静を保ち、錫杖の柄を地に少し強めに打ち付けた。
「どだい我々は信仰の道からは外れているかもしれない。しかし、平和を愛し求める人々を守るために、この身を楯とする事に何のためらいも無い。単なる権力の維持や欲望を満たすために、戦争を続けるあなた方とは違う。」
まだ鞘に納められた刀剣を、今度はリチャードが地に打ち付けた。切っ先が地面に食い込む。
「貴様は何も知らない。ゲオルク帝国を取り囲む九つ列強どもがなぜ他国に侵攻しないと思う?奴らこそ飽くなき欲望と権力の誇示のためだけに戦争をしたがる連中だ、そんな連中がなぜ大規模な戦争を隣国に仕掛けて行かないと思う。」
たかが訓練生の自分と同じ若僧に、口をつぐんで言葉が出ない月心。
リチャードは更に強く剣を地に突き立てた。その衝撃でドン!と空気が振動する様な音がする。今にも落ちようとしていた紅葉の一部が、しがみついていた木の枝から離れ地上の色彩の一角を担う。
「それは我々が常に周辺国の動きに目を光らせているからだ!奴らは知っている、自分達がゲオルク以外の外輪国に進攻すると、ゲオルク帝国が総力を上げて攻めかかって来る事を、奴らは良く知っている。我々は何百年とそれを続けて来た、『ドラゴン▪フォース』を抱え込むずっと以前の時代から、我々は外輪国のために血を流し続けて来たのだ。貴様の言う平和を愛する連中を戦禍から守り続けて来たのは、我々の祖先の命の火によって成し遂げられて来た。それもこれも圧倒的な力によって体現されて来たのだ。力の無き者が守りたい者を守れるのか!救いたい者を救えるのか!強大な軍事力を持つ狂人どもは群れをなし牙を研ぎ続けている!そんな血に飢えた化け物の集団に、罪なき人々が儚い命を散らして行く…………そんな現実を目の当たりにして、何もせずにただ傍観者として見ているつもりなど我々には無い。毛一本ほどもな…………」
相手を圧倒する実力と迫力は、命を糧として弱き者達を守ると言うゲオルクの信条によって築かれて来た。単純な方程式を堅く信じて戦場に身命を擲つ姿は、賢しい駆け引きに躍起になっている列強国にとって、充分過ぎるほどの恐怖になり得た。自己犠牲を厭わず他者を救おうとするゲオルクの兵士を、野蛮な軍事大国として世間に流布して行ったのは、他ならぬゲオルクを取り囲む列強の悪意によるものだった。それすらも、ゲオルク帝国の兵士達は身に纏う威風によって撥ね飛ばして来たのだ。
月心は肩を落とした。別にリチャードの言葉が全て正しいとは思わない。しかし中途半端な自分の立場と心情を見透かされた様な気がした。ただただ口惜しかったのだ。
山吹だったら「中途半端で何が悪い!!」と、開き直っただろうが、月心はそれが出来ない性格だった。
「…………どうやらあなたとの価値観は折り合いそうもありませんね、もはや言葉は要りませんか…………」
「ああそうだ、語らう時は済んだ、後は力の行使のみだ。」
互いに身構えた。川のせせらぎも鳥の鳴き声も両者の耳には届かない…………
「うひゃ~~、まるで劇画の主人公みたい、『引かぬ!』『媚びぬ!』『顧みぬ!』ってね。」
ユーリーのコメントに加藤も頷いた。加藤は少し月心が気の毒に思えた。ほぼ完成された価値観を有するリチャードに対し、月心の遥か迂遠な道のりを歩まねばならぬ者とでは、辿り着くための距離と形が違って当たり前だった。しかしそれが分かるほど両名は大人では無い。
試合が開始された。
「煩悩百八つ!」
錫杖で円を描くと、百以上の黒い球体が月心の周囲に浮かび上がる。行きなり奥の手を放った、全力を出さなければ勝てない相手と思えたからだ。
だが、全力を出し切っても全く歯が立たない相手もいる。
球体が次々と十メートルほど先にいる敵目掛けて飛んで行く。リチャードは黒球を避ける事なく、真っ直ぐ月心のいる方に歩き出した。
訓練生の鎧に“カンカンカン“の音を立てながら弾かれて行く月心の奥の手。楯で防ぐ事もせず、頭部に飛んで来る黒球だけ剣で凪ぎ払い、月心の目前まで接近する。近くで見るリチャードの鎧には傷一つ付いていない。
リチャードはドラゴン▪フォース製の剣を天に掲げる。鞘は着いたままだった。
月心は光波の壁を造り錫杖を前に押し出した。鉄壁の守備である、いくらリチャードの攻撃が桁外れでもこの壁は破れない、そう思いたかった。
剣を振り降ろした。パキャン!薄手のガラスが弾け飛ぶ様な音がして光りの壁と光りの錫杖が砕け散る。
「…………分かっているだろうが、力を加減してやったぞ、これが答だ。」
勝者は尊大に見えたが、これがゲオルクの普通だった。
月心は両手を合わせて一礼する、その顔には苦渋の色が濃く浮かび上がっていた。
「言っておくが、俺は訓練生の中で中の上だ。」
聞いた心眼寺派の僧侶は、おのれの姿が消える前に目をカッと見開いた。驚愕の表情が滲む。
「追い討ちだべ。」
「容赦無しだな…………」
ユーリーと加藤の素直な感想だった。
リチャード、月心の意識だけがゲーム外へと抜け出した後、紅葉の映像が上昇しながらズームアウトして行く、そこには何事も無かったかの様に美しい山と川が広がっていた…………
ヒロと山吹の瞳に映り込む都会のオアシス。畳み敷の小さな茶室の奥に、ガラス張りの朝日を模した窓がある。その先にビルの谷間から覗く夕陽があった。
茜色に染まった庭と空、人工の小川が流れ、揺れる様に陽の光りが瞬いている。白い玉砂利が川縁に、その外に緑の苔が敷き詰められていた。他には何も無い、ただ現代建築の間隙から垣間見る夕焼けが、借景としてそこにあるだけだった。
ヒロは思わず溜め息を吐いた。さすがは作庭界のビーナス『杉森 美里』さんだ、見事に喧騒ひしめく大都会に、癒しの空間を造り上げたのだから。
「美里さんの作庭だから枯山水かと思っていたけど…………いい意味で裏切られたよ……。」
「だろ~~、って、俺には枯山水とこの庭の違いなんて分からんけどな、まー何でも綺麗なら良いんじゃね?」
言い終ると山吹は畳みの上をゴロゴロと転がった。
「行儀が悪いぞ、あんたは…………」
「うるへーー、俺は庭より畳みの匂いの方が好きなんだよ!悪いか!」
「悪い!」
「ほ~~さいですか…………、んじゃちょっくら仕事を済ませて来ますかな。」
体操選手ばりに起き上がった山吹は、予選の決勝、リチャード戦へと向かって行く。
無粋な奴だと思いながらも、ヒロは静かに見送る。
「アッ、そうだ、お好みなら琴の音色も聞かせてくれるぞ、それと少し後に抹茶と菓子が出て来る様に、俺様が計らっといた。まーゆっくりしてってくれや。」
本当は自分の試合を見てもらうつもりでいたが、事情が変わった。
山吹には山吹の大切にしたい時がある様に、ヒロにも今しか訪れないかけがえの無い時がある。そんな二度と戻らない時間を一人と一匹は大事に思うのであった。
「負けるんだろ。」
「勝つよ!」
最後の咬まし合いが終わった。
山吹が去った数分後、ヒロの前には茶筅で丁寧に点てられた抹茶と、菓子盆にてんこ盛りのスナック菓子が並ぶ…………
「ゲオルクの小僧め!言うに事欠いて我々の事を狂人扱いしおった!増長も甚だしい、今に見ていろよ!必ずお前達の寝首を掻いてやるからな!!」
ユーリーと加藤から百五十メートルほど離れた場所に、酒類専門のバースペースがある。そこに一人掛けテーブル上で吠える男が居た。
名を、ボローニャ▪レンブラント、三十六歳。テンガロン▪ハットを被り、口には巻きタバコのシガレットをくわえ、口臭はウイスキーのそれで満たされていた。腰に着けたベルトには二丁の散弾銃がぶら下がっている。ロスドール国の銃火器兵でもある。
ロスドール国、ゲオルク帝国を取り囲む九つの大国の一つで、正式名称『ロスドール社会主義人民国』。銃火器の扱いと製造に長じた国であり、幾度もゲオルクや周辺国と小競り合いを起こす三党独裁の国だ。三党で独裁とは可笑しな話しだが、実は選挙権は兵士(軍人)か銃火器メーカーと関係のある者以外には認められていない。そのため、三党、兵士、銃火器メーカーとの癒着のトライアングルが確固として成立していた。
ボローニャも癒着の一部だったので、リチャードの言葉に激高していたのだ。もちろん酒の勢いもあるだろうが。
「人の国を狂人扱いする前に、お前達の傲慢さを何とかしたらどうなんだ!軍事力に頼り切った蛮勇の国め!!」
酒に酔ったロスドール兵の雑言に、周囲に居た誰かが高笑いした。
「誰だ!!いま笑った奴は!!」
ボローニャの言下に答える様に手が上がる。
「俺だわな、オレオレ。あんまり聞いてて面白いもんで笑っちまったわな~~、済まんの~~」
上げた挙手をゆっくりと下げた相手は、明らかに人と違った。青い肌に二本の角、エナメル質の粘り付く様な長い黒髪。止めはナマハゲにも似た恐ろし気な顔面。身の丈は二メートル半はあろうかと言う巨漢で、横には長大な円月刀が置かれていた。
最初ボローニャは身じろぎしたが、直ぐに攻撃対象をリチャードから、目の前の巨漢へと切り替えた。
「フン!どこの住人だ。」
「俺わな~~、妖魔界の第三区の住人で、青乱鬼って言うんだわな、以後よろしくな~~。」
「鬼?オニか、鬼なら鬼界だろ、地獄の仕事ほったらかして、ここ❨人間界❩でギャンブルか、いい御身分だな。」
「な~~、人の中にはまだまだ異界の事情に疎いのがいるわな~~、あんたらの言う鬼や妖怪や悪魔の区別なんて、どうせ絵本の中で知った情報だわな~~、そんなもん知識とは言わんよ~~グフフフ!」
青乱鬼の二重に響く笑い方に、ボローニャの悪意の量が増える。
「あ~~そうだ、鬼だろうが妖怪だろうが、同じ不気味な化け物に違いない!そんなのをいちいち区別しても仕方ないよな~~!あんたの言う通りだ、ゴミ虫め!!」
暴言に顔色の変わる青乱鬼。のっそりと立ち上がった。
「んあ~~、いま、何てった~~。」
「ゴミ虫って言ったんだよ化け物…………」
「グフフフフ…………死にたがりだわな~~あんたわ~~。」
「やって見ろや…………」
円月刀を緩慢に手に持つ青乱鬼。
ボローニャの両手に構えた散弾銃の銃口が、ゴミ虫に向けられた。
死闘の気配を感じ取った周囲の客や見物人が、身の安全を確保できると思う場所まで捌けて行く。
ギャラリーの中には例のごとくチューチュー警備『ラット▪セキュリティー』の面々が雁首を並べている。奴らはよほどの騒動でないと動かない、まずは一般客の安全が第一なのだ。「でも銭こくれたらチーとは動いちゃる。」とは奴らのポリシーだ。仕事は最低限の労力で元請け様の不興を買わない程度にギリチョンで処理ですが、何か文句でも?と居直るのがネズミ達の平素だった。非番だろうか『金歯』がいない。
ラットの警備員からすれば一円にもならない争いを、いま始めようと青乱鬼とボローニャが向かい合う。
戦端の掛け合いが浴びせられた。
「くたばれバケモノ!!」
「消し飛ぶといいわな~~!!」
ゴッゴッ!!
「グホッ!?」
「ブギャ!?」
ほとんど同時に青乱鬼とボローニャは、互いの攻撃以外の衝撃で激痛を感じる。
散弾銃を床に落として、ボローニャ▪レンブラントが腹を押さえる。
こちらは円月刀を持った手をテーブルの上に付いて、空いた手で頬を覆っている。
練達の両者に、全く反応させる事無く殴打を打ち付けたのは、巨漢の青乱鬼をも凌ぐ巨体のモウモウ❨?❩だった。
モウモウならぬ牛人とも表すべきその存在は、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の二の腕を胸の前で組み、メインスクリーンを見上げていた。そしておもむろに両者をチラと見る事も無く、苦言を呈する。
「こちら❨人間界❩の住人と異人(異界民族)の殺し合いは、建前としてはご法度のはずだが?貴殿らの主はそんな事も教えていないのかね?」
青乱鬼は目前の巨牛を知ってる様子で、青い顔がさらに青ざめる。
ボローニャは腹を押さえながら、咳と共に言葉を吐き出した。
「な、何者だ!う、牛のバケモノめ!」
バケモノの蔑称は完全無視、巻きぎぬのサリーをまとった巨牛がポージングを始める。筋肉の鎧がミシミシと音を立てた。
「何者?ナニモノとな?この筋肉を見て気付かんとは、貴殿は筋肉についてはそうとう無知と見える?そう、この私こそ悪魔界の筋肉番長、ミノタウロス族の、ヒクソン!」
フン!と拳を脇腹に着けポーズ。
「ヒクソン!」
フン!と両腕を上げて力こぶ。
「ヒクソン!と申す!」
フム!と後背筋を強調、自慢の筋と肉を披露した。
ボローニャはブチ切れた。
「知るか!!その肉スジ張ったサーロインにしちまうぞ!!」
食って掛かるロスドール兵、青乱鬼が小声で、
「止めるわな……その御方は悪魔界の四天王だわな~~、死ぬぞ…………」
「ハア!?悪魔界のし?…………四天……王…………??」
傲慢、横柄、ボローニャ▪レンブラントの顔色がみるみる血の気を失って行く。
全く構わずヒクソンは角度を変えて、肉の美を表現した。ロスドール国の銃火器兵が酔いの覚めた声で、
「…………ヒッ、ヒクソンってあの、サタンの側近のあの、あのそのの……」
舌の回らなくなったテンガロンハットの男の代わりに、妖魔界の青鬼がささやく様に、
「そう、あのそのだわ…………この御方を本気で怒らせたら、あんたと俺だけじゃなく、ここの建物ごと吹き飛ぶ事になるわな…………」
ひそひそ話の両者を急に睨み付けるヒクソン。リラックスしているが、ポージングを止めない。
「で、どうするね?小虫の争いをまだ続けるかな?そうなると、公衆の面前、私もカロリーを消費せねばならんが、如何に!?」
ボローニャは縮み上がる、青乱鬼は絶句する。
「イッ!いえ!失礼します!!」
あたふたと取り落とした散弾銃を拾い上げ、その場から逃げ出すロスドール兵。
勇気有る?撤退を完了したボローニャの後、取り残された形の青乱鬼は、椅子に座りながら動けずに居た。
「フム、……貴殿に忠告しておくが、些細な私闘が大国間の戦乱の火種となること数多の星のごとく、悠久の歴史がそれを証明している。これからはその言動に慎重を来す事だ。」
いつの間にか目の前でポーズをとるヒクソンに、言葉無く頷く青乱鬼。用は済んだはずなのに盛り上がった大胸筋をヒクつかせながら質問する牛。
「酒呑童子は息災かね?」
「んあ?……良くわ知りませんが、五、六、七区で酒に溺れとると……風の噂で…………」
「ハッハッハッ!目に浮かぶ、瓢片手に泥酔か…………それでは貴殿の主は八又かな?」
「??…………なあ、八又の大蛇様ですか?……何でも十三区と十四区の区境(国境)の洞窟で瞑想に耽ってらっしゃるとか?」
「フォッフォッフォッ!瞑想好きの一頭と活動狂の八頭!間の頭達が巻かれとる巻かれとる!愉快愉快!!」
勝手に笑って勝手に回想、青乱鬼はこの御仁から解き放たれたい!と、口には出せない……。
上腕二頭筋をテカらせながら、御仁が回答を求めた。
「フウ…………でわ貴殿の主はどの御仁かな?」
「はあ…………妖魔界の第三区は"ただいま"『金毛九尾』様が仕切ってらっしゃいますわな~~。」
金毛九尾の名にヒクソンは黒眼を輝かせた。
「ほお!あの九尾の嬢ちゃんが!?出世したもんだ、ところで今でも若い男を幾人も侍らしとるのか、あの色気ち姫は?」
「…………んな~~、雲の上の御方で、私的な事は全く知りませんわな~~…………」
うむ、そうか、そうか、と、一人で納得する筋肉牛、隙を見て逃げ出そうとする青い鬼。
「待ちたまえ!」
ウシの号令一下、青乱鬼は凍り付いた。ズンズンと筋肉巨漢が近付いてくる。青鬼を足元から角先まで睨め回し、
「貴殿、なかなかの体躯だが、少し肉のつきかたが貧弱だな、どうだね私のプロデュースした『マッスルDVDレッスンワン』を購入して見ては?今ならヒクソンブロマイドも付いて来るプレミアムバージョンだ!税込三万七千マネー、お買い得だと思うが、どうかね?」
「…………んな~~、お腹一杯だわ~~…………又の機会に…………」
どえりゃーたけーわー!!、内心思いながら振り向く事無く立ち去る青乱鬼。売れ残ったブロマイド付きDVDを見つめながら、
「そうか!分かったぞ!安過ぎるのだ、安過ぎるとかえって警戒心を抱かせるものだ!フムフム、…………良い物は高くても売れる、加藤弘治が言っていたな、私もそのひそみに倣うとしよう。」
ヒクソンは筋肉のちょっとバカだった。
ヒクソン、青乱鬼、ボローニャのひと騒動の時、ちょうどユーリー達の横に有る巨大噴水がドカン!と吹き出していた。
「!?何だいいったい?休火山の噴火かえ?」
ここに来てから一度も吹き出したのを見た事が無かったので当然の感想だ。
ガラス張りの窓や壁の向こうから射し込む陽の光りに照らされて、霧状の水しぶきが虹を造って見せた。
美しい光景だが、しかし、しぶきを浴びるユーリーと加藤。
「…………ここの環境部門は、何も考えて無いな…………」
「…………だね~~、オゴレ加藤!!」
「…………とうとうそこまで来たか……奢らんぞユーリー……」
加藤は緩やかに拒否した。
タカリキャラ確定の童顔美女、腕を組みながら憤慨していた。
「不老不死だぜ俺様わ~~奇跡のパンチ!奇跡のキック!永久不滅の牙狼の爪で~~小者だろうと踏み潰す!!今に見てろよ童顔ババア!俺を見つめて赤くなる~~と!」
オリジナル▪ソング『山吹最強2』を熱唱しながら、山吹が肩で風を切りペタンペタン!と雪駄を鳴らして歩いて来た。
予選、第三ブロック決勝リチャード戦を前に、角刈り男は上機嫌だった。
蜜柑頭❨ヒロ❩を無事、屋上庭園へと送り届け、これから小生意気な「ゲオルクの小僧!!」を締め上げに行くのだ、こんなに楽しい事はない。ぺったんこぺったんこ!足音もとっても軽快だ。
おや?何やらデカイ奴がバーで突っ立ってるぞ、五六メートル級がざらっといるこの世界で、デカイのは別に気にならんが…………どうも見覚えがある様な…………!?
モキムキの腕を組み、ブルーベリープロテインのCMを見上げるヒクソン。『超有名!悪魔界の四巨頭の一角パーフェクト▪マッスル!ヒークーソーン!!』
「フン!フン!どおかね?どうかね?」
聞こえ無いはずの声を聞いた様なヒクソン。突然ポージングを始めて、近くで酔い潰れていた爺さんを見た。
「うい~~ヒック!ふがふが…………肉……焼肉…………」
「…………そうか、」
爺さん夢の中…………
…………どうやら、見覚えが無くても良い様だ。山吹は小さく丸くなってシュルっと居なくなる。
「何者だ!?」
見下げて見ると、ヒクソンの足を鼻の垂れた子供がつついていた。
「おう山吹!顔色が悪いぞ、どした?」
「うん、ああ…………ちょいと筋だらけの牛の丸焼きを見ちまってな……」
「…………そうか、さぞアゴが疲れたろ…………」
加藤はウイスキーを飲み、山吹はミルクを注文した。
突然ミルク好きのオオカミが吠えた。
「おい何だこれ!?もう予選決勝やってんじゃねーか!」
卓上の立体映像で戦闘する選手達。
「ああ、これは第一ブロックだ。つまり消化試合だな。」
「ハア?俺は何にも聞いて無いぞ。」
加藤が疑問に答えた。
「運営側も興行だ、注目度の低い試合を先に流して、お前のは『ゴールデン▪タイム』だな。」
山吹はニヤリとした。
「まったく意味が分からん?何故に俺様がゴールデン何だ。」
「確実な事は言えんが、まだお前に知らせが行って無いのが何よりの証拠だろ?」
「なに!胡椒?やっぱり分からん。」
「証拠だ!…………司津根の第五、S▪M❨サイバー▪マシン❩同士の第二、それからブキミな強さの奴?が居る第八なんかも有力だが、やはり大本命リチャード、山吹戦の第三ブロックがメイン試合だと俺は見ている。」
「なになになに!良く聞こえ無いぞ、何てった?」
耳に手を当てて、うーーんとたっぷり促す毛皮のチョッキ。加藤の眉間に怒りマークが浮いた。
「リチャードは不戦勝、お前は失格だ。」
「何だその御座なりな物言いは!!この拝金主義者め!!」
「お前は消えた。この世から居なくなった。」
「お前こそ大金もってあの世に行きな、閻魔の庁を買収した最初で最後の大商人になれるぜ。」
ブチ!っと何かが切れた。
「表へ出ろ山犬!!」
「あー出てやる!ただの商人が俺に喧嘩売るなんざー1億年早えーー!」
「犬め!!」
「なんだそりゃー!ユーリーてめえも喧嘩売ってんのか!?」
「猫め!!」
「??…………おお、何だ……加藤、どう言う意味だ?」
…………ひっそりと予選第一ブロックの決勝、山岸信夫▪アブドラン戦が進行する。
「畜生!見世物なら見世物らしく、もうちょっと闘い易い場所選べってんだ!!」
空と砂しか無い砂漠フィールド。サンサンと降り注ぐ太陽の下は、砂丘の大地が気が遠くなるほど先まで続いている。そこで滲み出る汗にブー垂れるパンチパーマの男がいる。
名を山岸▪信夫、二十代後半の喧嘩屋で、このくそ暑い中、白ワイシャツにブラックスーツでの戦闘を余儀なくされていた。アゴ先からポタポタ落ちる汗、ゼブラ模様のネクタイを緩めて気休めの換気をする。
「どうしたどうした?レッツファイトだよケンカファイター!ユーはもう終わりかい?」
息をするのも苦しい灼熱の大地、動き辛いはずの砂地で軽快なステップを踏む赤いグローブ着用のボクサー。名をアブドラン、三十路を迎える伊達男、赤と白のトランクスには勝ち星がイエローで並ぶ。
右にフラフラ、左にフラフラ、弾む様なフットワークは気の荒いケンカ屋をイラつかせるのに充分だった。足場が悪いのは同じ、なのに山岸が殴りかかる、アブドランが避けざまに数発のジャブ繰り出し山岸の顔面にヒットさせる。構わず山岸が蹴りを入れる、アブドランがサラっと交わし回り込んでフックを食らわす。山岸がつかみ掛かる、同時にアゴにアッパー!ガクガクガク、山岸信夫、足に来る。
「ウゴゴ!」
パンチパーマの喧嘩屋、呻く……
汗だくボロボロの対戦相手を前に涼しい顔のアブドラン、ステップを止めずに、
「ヘイヘイ!?バトルにならないよー!もっとスピリットをヒートアップさせないと無敗のチャンプの圧勝だよ!」
黒星は並ばない様になっているトランクスが、チャンプの証。
「……アブドラン何てチャンプは聞いた事がねえ…………」
「未来のチャンプだよ!」
「未来かよ!」山吹が突っ込んだ。
未来のチャンプはゆるい地面を強く踏みつけ満身創痍のケンカ屋に突進する。
ザバッ!
信夫が砂を蹴り上げた。アブドランの前進を止め、目潰しも兼ねた攻撃?だったが、チャンプは大きく後方に飛び下がっていた。舌打ちする山岸、起死回生の高等戦術??は誰にもダメージを与えず元の砂地へと帰って行く。
「砂かけた!砂かけたぞ!!」
珍しい光景を見た山吹は興奮?しながら、交互にユーリーと加藤に首を振る。ユーリーが静に納得?
「アートだね~~。」
「ハア?何がアートだ、お前は意味が分からん。」
「芸術は爆発だーー!何だよ山吹。」
「おう、加藤、お前さんの頭の中が爆発してるな。」
「熱々の砂をかけたら3分待ちな。」
「いーや、俺様は固めの麺がいい、したがってカップ麺は2分で充分だ!」
なんじゃーこの会話はーーー!!…………自分も混じりながら心中深く叫んだ加藤だった。
「ヘイヘイヘイ!ユーの闘い方はよーく知ってルヨ!脅し透かし目眩まし、やれる事は何でもするとっても卑怯なファイトスタイルさーー!やっぱりプロファイターになれないからアウトローなケンカ屋なんかやってんだろーー!そんなのがこの最強のチャンプに敵う訳ないさーーー!!」
緩めていたゼブラのネクタイを解く山岸、眼光鋭くパンチパーマがドスの利いた声で、
「…………そう思うならかかって来い……」
様子の一変した信夫に警戒レベルを上げたアブドラン。それでも余裕と優位に変動は無い、その場でのステップスピードを高速にギアチェンジする。
ドン!!
砂の大地を強く踏みつけ、今までで最速のアタックを試みる。
自称チャンプの猛進、足下の黄砂を跳ね上げ変わらない対処をする山岸。
アブドランは横手に交わしイン▪ファイトで食らい着こうとするが、山岸は砂場を踏みつける様にしてチャンプの前に砂の壁を造った。それでもアブドランは接近戦を止めない、姑息な対処療法を掻い潜る絶対の自信があったからだ。
「!!」
防御用には余りにも貧弱な砂の壁を突き破り、アブドラン目掛けて何かが伸びて来た。
バック▪ステップでその何かを凌ごうとしたが、同じスピードでアブドランを追走する。不意の対応はさすがのチャンプにバック▪ステップ以外の選択肢を与え無い、砂地での対処を誤ると命取りだ。後方についた推進力のままに三十メートルほど下がり続けた。何か?の追走は止み、山岸の立つ場所に引き寄せられて行く…………どうやらゼブラ模様のネクタイが伸びる物の正体だった。
「スペシャル▪アイテムを隠し持ってた様だねぇ?さすがのチャンプもほんのちょっぴりクールダウンさ!……で~~も~~、同じアクションは通用しないよ!!」
「聞こえねえ…………」
数十メートル向こうからくっちゃべる未来のチャンプ、山岸は仕留め損なった事も含めて嘆息した。
「ゴムゴムのネクタイだ!ゴムゴムの!!」
何故か興奮する山吹。
「あたいの鞭もゴムじゃないけど、ゴムゴムの鞭だよ。」
ユーリーが鞭を伸ばして見せた。そこに加藤が一言、
「それ以上言うな、騒ぎになる……」
アブドランは山岸のゴム…………ゼブラ▪ネクタイに意識を集中させながら、信夫に再接近する。
ナノ▪テクノロージーの組み込まれた特殊繊維の護身用ネクタイ、このネクタイで弾きやドス❨短刀❩を持った連中と互角以上に渡り合って来た、鋭利な刃物、柔軟なゴム、鉄パイプの硬度を変幻自在に再現できる。だからこそ予選なんかで披露したくはなかったに、これは相当ヤバイかもしれない、信夫は思う。
「ダンサー▪フットワーク!」
自信有り気に放ったチャンプの言葉に、山岸は舌打ちする。
言動のいちいち派手な男が技の名を口にしたんだ、自分を仕留めに来るに違いない、信夫は確信した。
簡単にやられてなるものか!ゼブラ▪ネクタイの乱舞が始まる……
したたかに打たれる度に砂塵が舞う、ネクタイの先端は鋭利な刃物と化してアブドランに襲い掛かる。波打つかと思えば、直線に、曲線かと思えば、直角に、山岸の小手先操作でどうとでもなる。別に殺傷しなくても良い、拘束さえすれば立ち技の格闘家、絞め技で何とか出来ると踏んでいたのだが…………
ネクタイは高速だったが、アブドランの動きはそれを上回った。リズムに乗ったフットワークは常軌を逸していた、特殊繊維の砂嵐の乱舞の中を掻い潜り、自称チャンプは信夫との距離を詰めて行く…………少しづつ少しづつ確実に…………
喧嘩屋、山岸信夫は卒倒しそうになる。
戟塵うねる攻撃を全てクリアして、山岸の目下にアブドランが居る…………
赤いグローブをギュッと握り絞め、止めの一言を口にした。
「ダイナマイト▪アッパー!!!」
「ぐっごっ!!」
防ごうとした両手ごとアブドランのアッパー▪カットが山岸のアゴに炸裂する。
サンサンと降る太陽に向かって吸い込まれた信夫。錐揉み状態で落下して来たのはその直ぐ後だった。ズドン!ムギュ!砂上の渦の中心に喧嘩屋の両足が伸びていた。
「…………アイム…………チャンピオン…………」
上げた腕を誇らし気に曲げて、両親指で背中を指した。ボクサー、アブドラン、決勝トーナメント進出確定。
「やはり、カップ▪焼きそばは青のりに紅しょうがだ。」
加藤。
「俺様はカラシマヨネーズにはまっている。」
山吹。
「邪道だね、ここはやっぱり昔ながらのソースヤキソバさね。」
ユーリー。
愉快なヒロの仲間達は即席麺の話題に花を咲かせていた……
一方ヒロ▪グレースは美しい庭を眺めながら、山盛りのスナック菓子をポリポリ食べていた。
「あいつめ❨山吹❩普通は生菓子だろ!…………後でユーリーに頼んで折檻だね…………」
ヒロの心の中。山吹のむち打ち懲罰が決定した…………
カッカッカッ!!!!指から弾かれたパチンコの玉が次々と樹皮にめり込む。機銃掃射さながらに大木に穴が穿たれて行く。
メタセコイア属の巨木が林立する大木樹林フィールド。針葉樹の森に獣、野鳥の叫び声に混じって木々にぶつけられた玉の音が木霊する。
「ヒーヒー言わせてやる!迷彩服野郎!!」
パチンコ玉を親指でマシンガンの様に弾き続ける男、選手名『丸丸』。モヒカン頭にダメージ付きのジーンズ▪ジャンパーとジーパン着用。ただいま彼女募集中!!
「明細野郎だってさ、事務処理はお手の物だろ加藤。」
「おう、サクッと処理してやる、時給よこせ!」
「丸丸って豚かえ?今夜はポークソテーだね。」
「モヒカン頭はソテーにできんぞユーリー…………」
山吹、加藤、百合李は纏まりの無い会話をしていた。
直径2、3メートルの幹の背後に身を隠し、丸丸が放つパチンコ玉を一発もその身に受ける事の無い明細?服野郎。コード▪ネーム『キル▪ブライト』、ゲオルク帝国を取り囲む九つの大国の一つ『タクト国』の近接戦闘兵、見習いである。
タクト国は通常兵器多産の軍産複合国家。軍人が強力な権力を持ってはいるが、一応、民主主義の国である。この世界での通常兵器とは、核弾頭を含む大陸間弾道ミサイルや、一種族を死滅に追いやる様な大量破壊兵器などを除外した兵器の事だ。
異世界連合会❨人間界も含む❩などの国際会議により取り決められた条約で、地球の生態系を著しく損なう兵器や戦闘行為は全面禁止となっている。禁止条約の中に人類が造り出した核や大量破壊兵器も含まれていた。その為、各国は条約に違反しない程度の軍事力を有する事に血道を上げる。
と、言っても、その線引きは曖昧模糊だったが、あんまり危険な兆候を示した国家❨異世界も含む❩は監察組織により強烈な制裁を受ける。その制裁により滅んだ国は数知れず、長い歴史が強大無比の監察組織を生み出す事で、戦乱は常に目の前の敵に対峙する為の戦略や戦術に終始する事になる。
タクト国もその例に漏れる事はないが、この国が特異だったのは科学兵器に異常なほどこだわる所だった。
分かり易い例で言えば、魔法の強大な国と科学兵器の優秀な国とが戦争をした場合、大抵は魔法国家が勝ってしまう。何故か?それは科学の大好きな単純な方程式だった。
莫大な軍事予算を注ぎ込み、一流の科学者を根こそぎ掻き集め、長い時間を掛けて研究する。そうして漸く造り出した最新鋭の兵器が一魔法使いに簡単に破壊されて行く…………。そんな惨事を幾度となく眼にして来た。
得体の知れぬ魔方陣なる幾何学模様の上で、訳の分からぬ契約をし、どこぞの誰かから魔法なる意味不明のモノを授かる。そこには理論も方程式も科学的根拠も何も無い!そんなインチキ詐欺紛いの迷信に最新鋭の科学兵器が敗れる訳がない!また、敗れる何て事が有ってはならんのだ!!…………と、言ってはみたものの科学者サイドからすれば気絶しそうな位の低コストで魔法使いを送り出して来るのだからたまらない。詐欺、迷信野郎共が戦場で大戦果を上げる度に絶望感に凌辱されながらも科学至上主義を捨てない『タクト国』とそこに住む国民達。
数えきれぬ敗北の果てに、ゲオルク帝国を取り囲む九つの大国の地位を確立させたのだから、大した情熱と執念である。何でも実より、理論や方程式を優先させるタクト国はこの世界で科学教を国教とする宗教国家としてカテゴライズされている。
因みにボローニャのロスドール国は、銃火器兵器と言っても、魔法▪異能力▪異界民族を組み込んでの兵器開発を推奨しており、基本?人間の科学者だけを研究▪開発に従事させるタクト国とは丸で赴きを異にする。したがってロスドールとタクトはゲオルク以上に険悪であった。
ここで捕捉させてもらえば、S▪M❨サイバー▪マシン❩それに付随する人工知能❨A▪I❩の軍事転用も条約で禁止されている。これは過去三度のS▪M主体の争乱が影響している、らしい?
「オイ!迷彩服野郎!お前の国で作られた巡航艦が、俺の村で漁船になって大活躍だ!」
顔まで迷彩色のソルジャーをモヒカン頭のパチンコ玉が追い回す。ガンガンの余計な言葉にキル▪ブライトの瞳が闇の何かを漂わせた、そんな事にまったく気付かないモヒカン。
「相場の二十分の一で高性能レーダーの船が手に入ったんだ!軍備外して漁具着けりゃー立派な漁船に大変身!涙ぐましい努力だねー!科学兵器を世の中に広める為にどんなに安くしても売り歩く!科学教の信者には頭が下がるねーまったく!!」
「それ以上言うなモヒカン!!」
「チョー危険なこと言ってんのが分かんねーのか?こいつは…………」
加藤と山吹の言葉を待つ迄もなく、巨木の裏から姿を見せるキル▪ブライト。その手には殺傷力の高いコマンドーナイフが握られていた……。
「出て来た出て来た!この時を待ってたぜ!喰らえ『パチンコ▪フィーバー』!!」
緊張感の無い技名だが、パチンコ玉を弾く指が見えない程の速射玉だった。熱を帯びているのか、玉が弾かれる辺りから煙りが吹き出して来る。
圧巻だったのはキル▪ブライトが玉を全てナイフで捌いている事だ。それでも玉の勢いが強すぎて前には進め無い、横に移動し巨木の幹をコマンドーナイフで切れ目を入れてから、その幹をモヒカンに向かって蹴り飛ばした!一連の動作を玉を弾きながらやって退けた。
樹冠と切り株を置き去りにして、輪切りになった木材が凄い勢いで丸丸に襲い掛かる!
間一髪、横に逸れて輪切りを遣り過ごすモヒカン、木材にキル▪ブライトが密着していると思い玉を弾くがソルジャーの姿はそこにはなかった。イヤ、どこにも無い、奴の姿が消えた。
「チッ!隠れるのが好きな野郎だ!!」
地面以外の全方向に玉を打ち出した。
『四方八方乱れ打ち!!』
甲高い笑い声を上げながら、森林破壊を続けるモヒカン頭。…………一瞬、地面に近い空間が歪んだ様に見えた。
「!!?」
丸丸は喉元から血しぶき散らし、息のできない喘ぎを残しその場に倒れ込む。
「『イリュージョン▪シールド』……貴様には過ぎた技だが披露してやる…………これが我が国の科学技術だ、よく覚えておけ…………」
方膝を地に着き、片腕を伸ばした先にコマンドーナイフ、その刃先からは血が滴り落ちる。カメレオンよりも高度に擬態化した科学コーティングによる防御手段だった。
丸丸の骸が消去される。
予選第四ブロック決勝、タクト国ソルジャー、キル▪ブライトの勝利。
「…………嫌なモン見ちまったよ、ヒロが居なくて良かったべ!」
「画像処理なしかよ!文字通りコールド▪ファイトだな、寒気がする。」
「よーしブライト艦長!てめえは俺がぶっ潰す!!」
死合を見終えたユーリー達の感想だった。
フィールド▪アウトして行く巨木の森で、獣達のレクイエムが響き渡る…………
その頃、筋肉番長ヒクソンは…………鼻垂れ児童に棒でつつかれていた。
「…………うむ、少年、肉を鍛えとるか肉を?鍛えんと私の様な聡明な大人にはなれんぞ!」
聡明な大人になる予定?の少年は口を半開きにして、ボーっと牛を見上げていた。棒でつつく事を止め様とはしない…………
太陽が都会の地平線に吸い込まれて行く…………ビルの谷間の残光はヒロの瞳に庭園の情景を確かに刻み浸けた……
山吹の配慮か、漆塗りのお盆に短冊が据えられている。短歌を書け!の強制か?…………ヘタの横好きだけど、短冊が有れば短歌を吟じたくなる。ヒロは筆ペンを手にした。
『文明の 谷間に沈む 落日に 染まりしそこは 御園尊し』
「……………………」
ヒロは頭を掻きむしった、
「…………駄作だ…………」
呟いて、短冊と筆ペンを盆に投げ置いた。
陽は沈み、最後の一閃光が屋上庭園の向こう、ヒロを照らして瞬いた…………
パイプオルガンが鳴り響く、厳かな雰囲気の漂う祈りの場所、大聖堂。
ステンドグラスから漏れる微かな光りは堂内を照らす。本来は信仰者の多くが集う敬虔な礼拝の場所だ。
誰でも受け入れるはずのその場所に、明らかに似つかわしくない2名、予選第6ブロック決勝、パーシモンとイエロー▪モンキーだ。
イエロー▪モンキーは幾重にも並べられた固定式の長椅子に、だらしなく腰掛けている。ファンキーな黄色の武道着にモッサリした髪とモミアゲは痩躯に何故かマッチしている。所在なげに尻尾を椅子にペタペタさせる、獣人界の猿人族で猿拳の使い手。
やっぱり見かけは猿っぽい。
相手のパーシモン、十数メートル上方、壁に張り出した廊下の手すりの上からイエロー▪モンキーを見下げていた。
黒マントに身を包み、虹彩の無い眼球は赤い油膜をたたえている。ゆるいカーブを描いてそそりたつ頭髪は不自然なほど漆黒だ。水気の失せた鋭角な顔貌にコウモリ似の羽は吸血鬼を連想させるがバンパイアでは無い、堕天使ルシファーが統括する魔界の住人で有りガーゴイルの一族。
パーシモン本人はバンパイアと誤認される事に異常なほどの不快感をしめす。
そんなパーシモンが口を開いた、吊り上げた口角からギザギザの歯が見える…………吸血鬼にも負けないよく刺さりそうな歯牙だ…………
「後発組の獣人界の猿よ、感謝するがいい、魔界の住人である私が貴様ごとき下郎を相手してやろうと言うのだ…………国に帰って貴様らのボス…………『猿王』に自慢すると良い…………然る高貴な御方に圧倒的な力の差で敗北いたしましたが、冥土のみやげになりました、とな…………フヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」
「ブキキキキキーーーブキーー!!」
「オオ!?どこぞでブタの悲鳴が!!しょうが焼きにせねば!!」
パーシモンの嘲笑に追走するユーリー。山吹が立ち上がってブタを探す…………
加藤は……………………無視した。
安っぽい高笑いが堂内に響き渡る、イエロー▪モンキーは耳の穴をほじりながらおもむろに立ち上がった。
フッと指を息で吹き、ゆっくりとパーシモンを見上げる。
「…………あ~~俺ってこんな形だけどさ~~だらだらと喋るのも聴くのも、あんまり好きで無いんだわ…………チャチャと行きますか…………」
「?」
下賤のモンキーが、何かモニョモニョとくっちゃべった様だが、魔界の偉そうは聞き取れ無かった…………
気付くと、下界に居たはずの猿が居ない…………
「準備は良いか~~」
パーシモンの直ぐ横から声がした、猿は同じ手すりの上にしゃがみ込んで高貴な自分を見上げていた…………
「ひぃやー!!」
パーシモンは驚愕の悲鳴と共に、一本の鋭い鉤爪の腕を、黒マントの中から突きだした。
猿の体を刺しつらぬいた……………………が、また奴は消えた…………イヤ、鉤爪に何かが巻き付いている。
モンキーのシッポだった。
猿は振り子の原理で後方に揺れると、今度はパーシモンの体に向かって戻って来た。
「ヒィギャー!!!」
残った片方の鉤爪を絶叫と一緒に突きだすパーシモン、猿の顔面に届く前にモンキーの拳がパーシモンのミゾオチにめり込んだ……………………
ひゅ~~~~、遠のく意識と吐き出す息をまといながら、パーシモンは下界へと落ちて行く…………
弾け飛ぶ木片は長椅子の物だ、人々の礼拝所の中心に朽ちたコウモリが一匹横たわる。
「…………俺は別に猿王をリスペクトしちゃいないが…………あんた程度が語っていい御方でもね~な~」
今度はイエロー▪モンキーが手すりの上からパーシモンを見下ろした、耳に入れた指を口先に持ってきて、フッと息を吹きかけた…………
パーシモンの体が消滅、続いてイエロー▪モンキーの姿がステンドグラスから漏れる明かりに照らされながら消えて行く…………
誰も居なくなった大聖堂に、弾き手の居ないパイプオルガンの音色が鳴り響く……………………
猿拳の使い手、イエロー▪モンキーの勝利が確定した。
「なんだーーー!!モンキッキ、猿なら猿らしく語尾にウッキッキーーって付けんかい!」
「そうさね、ブッキッキーーって付けんかい!」
「なぬ!ポークか!?」
「そうさね、ブヒブヒ言ってるよ!」
「貴重なタンパク元だ、確保!!」
「確保!!」
ユーリー、山吹は同時に立ち上がり首を振り回し、幻想のブタを追い求めた。
「……………………」
加藤は湯気のたったコーヒーをゆったりと飲み干した。
高速エレベーターの扉が開いた。オレンジ色の頭髪をなびかせた美青年、ヒロ▪グレースが庭園鑑賞を終えてメインフロアーに降りて来た。
長い髪は一見、顔立ちの良い少女かと思はれるが、着てる服や防具にオシャレ心は感じられ無い、身なりにズボラなヒロだった。
ひときわ装飾美の豊かな鞘に収められた中型の剣『白雪』を背中に担ぎ、カチャカチャと音をたてて歩いた。
とびきり顔のいい美少年のヒロは、通り過ぎる人の興味を引きずって仲間の居るカフェに向かう。
中年オバサンとその娘に見とれられ、おじいさんがポッと頬を赤らめる。
スタンダード▪プードルとミニブタが同時に盛りつこうとして争いを始める。
異性同性、ケモノにまで人気のヒロだったが、無視してさっさと歩を進める。
…………おや?…………
視線の片隅に何やら見覚えのある、ゴツイ物が映る…………筋肉大帝ヒクソンである。
「ア、……………………まっ、いっか…………」
一瞬、声をかけようとしたが、面倒になってゆっくりとその場を立ち去った…………アクビをしながら…………
「そこかーーーー!!」
ヒクソンは何者かの視線を感じて吠えた。
そこには…………犬のパグがリードに繋がれて牛の筋肉を見ていた。
「……………………」
数人の子供がヒクソンのフクラハギをつつきまくっていた…………
「おっ、ネーブル▪オレンジの御帰還だ。」
山吹の戯れ言を無視してヒロは座席に着いた。
その場に居ないステルサーを気にしたが、ユーリーが「修行中だって」と言ったので「ふ~~ん」と言って意味もなく納得した。
「で、俺様のセッティングは気に入ったか?癒されたろ?」
ニヤニヤしながら山吹がヒロに尋ねた。
しばらく、目を細めて山吹を見ていたヒロは、
「…………後で…………」
「後で?」
「お仕置きだべ~~~~~~」
「だべ~~~~~~」
ヒロのお仕置き宣言にユーリーも乗っかった。
「なぜだーーー!!!」
山吹の絶叫がフロアーに鳴り響く…………
ドン!
蹴り出された球体が、少女めがけて飛んで行く。
バイン!
ゴム毬を弾く様な音、少女は木製のブーメランで球体をはたく、玉が地面を跳ねて行く。
公式のサッカーボールより一回り小型の球体が、2発続けて少女を襲う。
九の字のブーメランで軽くいなす。
いなされた球体の一つは遊具の滑り台の下に、もう1つはシーソーの側に転がり止まる。
今度は三発同時に頭上、右、左とゆるい曲線を描いて少女を仕留めにかかる。
少女は紙一重で後方に下がり、玉どうしが衝突して弾け飛ぶのを目にする。
公園フィールドに球体が散って行く、その1つは人工河川の流れに乗った…………
「ホッホッホッ!中々に機敏な女子じゃ、麿は強き女子は嫌いで無い、何なら其方を側女にしてやっても良いでおじゃるよ、ホッホッホッ!」
側女の言葉に眉間にシワを寄せあからさまに嫌な顔をする少女。
頭に烏帽子、身なりは水色の水干袴で古代の大和地方の化粧をした男。
毬と呼ばれる球体を足でポンポンともてあそんでいた。ニタリニタリの白粉顔にお歯黒口がブキミだ。
予選第七ブロック決勝戦、自称貴族、年齢40、男。名を式部、足技の球技『格闘蹴鞠』の使い手。
「ウホウホウホ!ウッホッホッ!」
山吹が胸を叩いてドラミング、
「心優しきジャングルの戦士ゴリさんが、動物園の檻の中で;あんた(山吹)に『助けてでおじゃる』って言ってたよ、行くがいいさ。」
「なにおーーー!!ゴリさん待ってろ!いま行くぞーーー!!!」
ユーリーの助言に山吹が行く、ゴリラのゴリさん、掛け替えの無い友?のために、山吹が行く…………
遠のいて行く山吹の背中を見ながら加藤;弘治が無意味と思いながらもヒロにつぶやいた。
「…………ゴリさんって何だ?」
「友だ!」
「……………………さよか;(そうか)…………」
鼻息荒くヒロはパンケーキにかぶりついた。
加藤は…………空のコーヒーカップに口を着けた。
「あたいは弱い男は嫌いだよ、あんたがあたいに勝ったら妻でも何でもなってやるよ。」
見かけはヒロと同じ年代かと思いきや、実は12才、今大会最年少。
ボーイズ▪アンと呼称されているが、れっきとした女の子。
タータン▪チェックのスカートに胸元の赤いリボン、猫も杓子も流行りの学生服、アンバランスな狩猟用のブーメランで相手を仕留める、2つに束ねた三編みがチャームポイント。
「妻?妻とは正妻の事かえ?これだから下下は無知で嫌でおじゃる。高貴な麿の側室になれるだけで歓喜にむせぶ女な子が後を絶たぬと言うに…………其処許、ずいぶん欲深いでおじゃるの…………」
式部は扇子で口元を隠しながら嘲笑した。
アン、激怒。
「黙れ貧乏貴族!!あんたどう見ても宮廷人に見えん、良く言って落ちぶれた公家だろ!?」
「な、なにを言う!許さん、許さんぞ下賤の者!!」
どうやら図星の様だ、よく見ると式部の衣装は継ぎはぎだらけだ。
「麿は、麿は怒ったでおじゃる!!格闘蹴鞠究極奥義、天月球!!」
ムニムニと式部の足元にある毬が膨らんで行く、貧しき貴族が玉の後ろに消えた。
「食らうでおじゃる!!」
デカイ毬がアンに向かう、アンは飛び上がって両手に握ったブーメランで毬の側面を激しく叩いた。
ガイン!
巨大な毬の弾力は凄まじかった、その弾力を利用してアンは体ごと式部に突進する。
「かかったでおじゃるな!!……………………ハレ?」
式部はアンが巨大毬を避けるのを予測して、小さな毬でアンを仕留めるつもりでいたが、アンの体が予想を遥かに越える速度で式部との距離を詰めた。
式部が持っていた毬でとどめを刺す前に、アンのブーメランが貧乏貴族の額に突き立った。
おのれの額に刺さる九の字の木片を見ながら、式部は後方へ倒れ込む、直前、ブーメランと共に少女はクルクルと体を丸めて飛び退いた。
大会最年少、ボーイズ▪アン、ボーイズだが少女がE級トーナメント予選突破。
『幻の 巷に散りぬ 麿の魂 残りし毬に 想い託して』
没落貴族:式部、辞世の句…………語れず…………
人口の小川に浮いた毬が、ゆっくりと流れに身を任せている…………
「ハアハアハア…………」
ユーリーを前にして、山吹が肩で息をしている。
「…………ゴリさんって誰?」
「あんた:(山吹)の生き別れの兄さんだよ。」
「兄さん!!」
山吹は号泣して走り去る。
独り言の加藤。
「何だ、兄さんって?…………」
「兄じゃでおじゃる!」
ヒロがガツガツとエビピラフにがっついた。
「もういい!!」
悔しいから加藤もやけ食い…………
ちんまい児童どもが、デカイのを取り囲んでいた。
巨大な牛は構わず巨大スクリーンを見上げていた。
子供達は狂った様にウシのフクラハギを棒と指と傘でつつきまくった…………
「うおおおおお!高速連打ウシ殺し!!」
「同じ所を何回も同じ所を何回もツンツンツン!」
「スジ肉破壊サーロイン!」
悪がき共に…………筋肉番長ヒクソン…………キレる。
「モオオオオ!やり過ぎだーーー!小わっぱ共ーーーーーー!」
「ギャーーーー!!」
ヒクソンが大胸筋を盛り上げてポージング、ウシの魂の叫びにガキ共は逃げて行く…………
静かになってもポージングを止めず、
「罪深き筋肉だ、あの様な幼子の魂までも魅了してしまう…………」
見にまとった巻きぎぬサリーのシワをを伸ばしながら、フッと遠くを見詰めた…………
キラッと、光るモノ発見!
「あれは!?」
オレンジ色の髪が、微かな黄金色になびく…………ヒロだ。
「ヌオオオオオオ!ヒロ殿ヒロ殿ヒロ殿ーーーーーー!!」
ズン!ズン!ズン!と、ヒロに近づいて行く、フロアーの床と空気を震わせながら、筋肉の塊が大きくなって行く…………
「何だか、食えないウシが近づいて来るねー…………」
ユーリーはズームアップする巨ウシを眺めた。
「…………へ~」
短く答えるヒロ、アップル▪ティーの香りを楽しんだ。
「……………………」
行商人はニタついている。悪徳商人がネギをたっぷり背負ったウシを見つけたのだ。
「ヒロ殿ヒロ殿ヒロ殿ーーーーーー!」
ヒクソンがヒロの後ろに立った、両腕を曲げて力こぶ、胸を張り、
「触れて見るかねーーー!!」
筋肉に、
「お腹一杯なんだよ、また今度…………」
青年剣士は振り向かずに言った。
「なんと謙虚な!?…………それではユーリー殿、まさぐるが良いさーーー!!」
「あたいの方がナイスバディーさ!」
片足を上げるチャイナドレス、
「まだまだーーー!乳の膨らみをもっと絞って板チョコの様にせんとナイスはやれんぞ!