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旅路は上上

明日もまだまだ移動は続く。という事で早々に寝ようとなった訳だが、私がベットの下で昨日の様に麻袋で寝るからセオにベットを使えと言ったらまたポカンとしてる。普段の釣り目が一気に幼くなるその表情は、私のメンタルに結構な癒しをくれているのだが本人には内緒だ。


「…待って、意味が分からない」

「いや、そのまんまの意味だけど。私が床で寝るから、君がベット使って」

「いや、だから意味が分からない」


だからそのままの意味だって言ってるだろうに。何が分からないのか、その意味が分からない。


「何で俺がこっちな訳?」

「何の為に1名で宿泊手続きしたと思ってるの?ガサ入れ宜しく追っ手が来た場合逃げ切る為だっつーに」

「がさ…?」

「此処は王都から近い街なんだから、もし今捜されてるとしたら此処は完全に網にかかりやすい所なんだよ。なるべく私の目撃者は少なくするべき場所でしょうが。だから君1人に手続きさせたんじゃん。男1人の宿泊客なら部屋の中まで隅々見られる確率は減る」

「ああ、そういう事」


やっと納得してくれたようで、セオは「それなら遠慮なく」とさっさとベットに腰掛けた。

いや、私が言い出したからそれで良いんだけど、何故か釈然としない。何故だ。


「貴女が横になったら灯り消すから」

「…どうも」


ベットの下に入る前に様子を確認。安宿だけどしっかりと掃除がベットの下まで行き届いている事に感動を覚えながら、鞄と麻袋を抱えて潜り込む。鞄を枕代わりにして、昨日同様麻袋にインする私。案外ベットの足が長く、寝返りも問題なく打てそうな高さはある。それでもやはり起きる時に注意しないと頭を打ちそうなのは確実だ。明日の朝寝ぼけないように願おう。


「良いよ、消して」


言葉と同時に部屋の中が暗くなった。一気に何も見えなくなり、瞼を開けているのに閉じている時と変わらない暗さ。ベットの軋む音を真上に聞きながら、セオも横になったのだろうと麻袋を更に深く被る。

今日も良く眠れそうだ。


「ねぇ」

「…何?」


寝ようとしたら上から降ってきた声。昨日寝てないんだから私よりも休まなきゃいけないのに、一体どうした。頭まで被り直した麻袋を目の下辺りまで下げて、次の言葉を待った。


「還る方法見つからなかったら、どうするの?」

「…あんま考えてない。確実に言えるのは、城には絶対に戻らないって事くらい」

「…そう」


嘘。そんな事、聞かれる前からずっと、それこそ嫌になる程考えた。考えて考えて、結局何もせずに諦めきれないから、今私は此処にいる訳で。自分で調べもせず試してもいないのに、人の言われた事そのままに承服する事など出来なかった。

嫌な考えを振り払うように寝返りを打つ。

そう、もう戻らないし戻れない。結局私は、苦楽を共にした仲間よりも自分の願望を選び取った。自分勝手と思われても良い。この世界に私を喚んだ奴らだって、自分達の問題を異世界の他人に押し付けたんだからお相子だ。それに、先に約束を違えたのは向こう。此方が胸を傷める必要はない。…ないんだ。




次の日は、また1人分にしては少な目な宿の朝食を2人で分け、補充品やら馬やらのこの街での買い物やその他諸々の指示をした後、昨日同様麻袋の中に潜り込んでセオに私を運んで貰う。

また昨日の様に身体が固まりそうだと袋の中で大人しく目を閉じる。今宿の階段を下りている所だろうと、見えない景色を想像しながら足を揺らしていると、受付の方だろうか?会話が聞こえてきた。その内容に、私の心臓が一瞬止まった気さえした。


「黒目のお客様ですか…?昨日は対応していないかと。私も交代で受付をしておりますので、全ては把握しておりませんが」

「では10代後半位の女の客は?」

「おりましたよ。まだお部屋に居るかと…ちょっと騎士様⁉︎」


ドカドカと近付く足音。それと共に心臓が爆発しそうな程にドクドクと動く。無意識に袋越しの彼の服を握り締めると私を落ち着かせる為か、セオの私を担ぐ腕に力が込もった。すると不思議な事に、パニクッていた頭が少しずつ冷静さを取り戻し始め、今出来ることはと考える。そうして唇をキュッと締め、息を殺す事に徹した。


「邪魔だ、退け!」

「騎士様困ります!他のお客様にご迷惑が…」


セオが騎士であろう男に怒鳴られ、すぐさま一歩横にズレる。瞬時にドカドカと足音を響かせて横を通過する後に、受付の男であろう人が駆け足で通り過ぎて行った。


「今の内にサッサと出よう」


小声で指示を出し、セオの頷く気配を感じた後に、彼は早足で動き始める。受付に鍵を置いて誰に声を掛ける事もなく宿屋を後にした。

料金が先払いの宿で助かった。恐らく他にも捜索している者は居るだろう。勘付かれる前に買い物を済ませ、街を出られるだろうか?もう馬だけ買ってサッサと出るべきだろうか?見付かる危険性を考えれば迷いなく後者を選ぶべきだろうが、物資が不足しているのも事実。長旅が前提なら、最低限の買い物は済ませたい。


「大丈夫」

「…?」


何が…大丈夫なのだろうか?先程の宿の一件から嫌な汗が引かない。心臓も落ち着きは取り戻しつつあるが、平時よりも速く大きく動いている。

早くこの街を出たい。見つかりたくない。戻りたくない。城で飼い殺されるなんて真っ平御免だ。


「俺、ちゃんと強いから。護るよ」

「………!」


不覚にも泣きそうになった。

グッと喉に力を入れて目から水分が落下するのを阻止。


「…頼りにしてます」

「うん…!」


小声だから涙声なのバレないでいるだろうか?

今の台詞が、例え彼の立場上のリップサービスだったとしても、私は今、心から彼を選んで良かったと思える。きっと震えているのが袋越しに伝わっていたのだろうとすぐに推測は付くが、それでも心底嬉しかった。

もう人を信じるのが恐いと思っていたのに、たった一言でつい昨日逢ったばかりの人をそんな風に思ってしまうなんて、何と現金な事か。我ながらお手軽な女だ。だから持ち上げられるがままに聖女なんて者になってしまったのだから救いようがない。分かっているのに、それでも彼なら信じられるんじゃないかと思ってしまう自身に呆れながらも苦笑が洩れる。それでも布越しに感じる彼の温度に、安心感が胸を絞めた。




朝の騎士騒動から袋の中で耳に全力で意識を集中しまくり、また不穏な音がないかと警戒しているが、意外にもあの1回しか出会さないでいる。セオは淡々と目的の買い物を済ませ、後はもう街を出るだけになった。これが彼の運によるものなのか実力なのかは謎だが凄い回避率なのは良く分かった。馬も店の人と談笑しながら選んだら、中々良さそうな子を紹介してもらったらしい。まだお目にかかれてない為、毛色さえも知らないが大いに期待で胸が鳴る。お金が足りなくなったら換金して欲しいと渡した装飾品やら何やらは、今の所手を付ける様子はなさそうだ。


「それじゃ大事にしてくれよ。この馬は本当に良い子だからな」

「そうする。ありがと」

「本当にそんな大きな荷物を馬に括らなくて大丈夫かい?大変だろうに」

「慣れてるから大丈夫。中身潰したくないんだ」

「そうかい。気を付けてな」


どうやら私はボンレスハムにならずに済みそうだ。有難いが落とされないか心配。そんな事を考えていると、セオは私を肩に担いだまま馬上したらしい。急にきた浮遊感がそれを教えてくれた。

馬上した反動で腹に圧迫感が掛かる。グエっと言いそうな口を引き結んで耐えたが、何の試練だこれは。自由になったら文句を言おう。

パカパカと蹄の音が耳に届き、馬の足並みに合わせて足が揺れる。やはり人に運ばれている時より揺れるなと思いつつ、ゆっくり馬は進んで行った。

暫くそのままゆらゆら揺れていると、セオが「どうどう」と言いながら馬から降り、手早く担いでいた袋の出口を開く。勿論中身は私なので、中を覗き込んできた藍色と私の黒が合わさった。


「もう良いよ」

「やっと出れた…」


外気が汗をかいた首筋を撫で、上がった体温を冷やしていく。やはり結構な時間中にいたらしい、少しだけ晴れた青空が目に眩しく映る。現在地はと見渡せば小高い丘の上に立っている。先程までいた街がもうあんなに遠い。掌を翳せば丸々隠れてしまう。目線より下にある大きな街を眺めるのは、何とも不思議な気分だ。


「そういえば、騎士って1人しか来なかったね。そんな警戒する必要なかったか…」

「…。多分10人はいた」

「嘘ぉ…朝以来そんな声聞こえてこなかったのに?」

「あの宿って街の中心地だったから王都方面の出口から店を回れば避けられるでしょう?丁度馬屋から近い出口が王都と真反対だったから、最後に回っちゃえばもう会わないかなって」

「………」

「それでも遠目にそれっぽい人達見かけたけど」


あれ、この子随分頭良くない?勝手な偏見だけど奴隷って学の無い人が多いものだと思ってた。考えを改めよう。


「それじゃ霧の谷まで向かいますか!海渡んなきゃいけないから港目指そう。確か出航してる所はサシャフィールだったかな?」

「…結構あるね」

「前回行った時は王都から1ヶ月弱だったけど、途中余計な所寄らなければもうちょっと早く行けるかと」

「途中邪魔がなければね」


それは考えたくないけど念頭には置いておりますとも。溜息が出そうになるが堪える。無事に街から出られた訳だし、不安でモヤモヤしているよりこれからの事を考えなければ。

頭を切り替え、新しい旅のお供に向き直った。魔獣封印の旅に出ていた頃もよく馬のお世話になったから元の世界にいた時よりも馬が好きになるの必然なのだが、セオの選んだ馬は別段馬好きでなくとも見惚れそうな程美しい毛並みだ。そっと撫でてみれば何とも言えない素晴らしい感触が手に触れる。暗過ぎない灰色の毛並みはサラサラで、色合いがセオに少しだけ似ているから、私よりもよっぽど彼との方が絵に合いそうだ。


「そういやこの子に乗る時、腹に少々きたんだが…」

「……ごめん」


うん、素直に謝ったから許そう。

現在旅路は上上。このまま何事もなく目的地まで無事に辿り着ければ良い。それがとても難しい事なのは分かっているけれども。

誤字等ありましたらご指摘頂けると有難いですm(_ _)m

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