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初体験

「服のサイズは問題なさそうだね。それじゃ次はそのボサボサの髪どうにかしようか」


禊ぎを終えたその人にニッコリと微笑みながらさっき買った鋏を鞄から取り出したら何故か一歩下がっていった。刺したりなんかしないのに。何故だ。


「何でも良いからそこ座って。それじゃ視界が狭いでしょうが」

「………」


恐る恐る、といったら正しいのか。その人はゆっくりとした動作で座ると微動だにしなくなった。


「危ないから動かないでよ?あんまり人の髪切った事ないんだ」


小さく頷く頭を確認してから鋏を動かす。新品なのにあまり切れ味は良くないが、何処で買ってもそんな物だと知っている。以前暮らしていた場所が豊か過ぎたせいか、そんな些細な事にも不便さを感じてしまう。切れ味の良い鋏なんて、王族貴族にでもならないと手に入りにくいだなんて本当不便。

ザリザリと切れ端から枝毛になりそうな音を立てて落ちていく前髪。現れた眉毛と双眸は酷い事になっている。眉間には深い深い皺。両眼もこれでもかといく程に固く固く瞑られていて、一体この人は私に何されると思っているんだか。小さな溜息を飲み込んで、顔に付いた髪を布で払い「もう良いよ」と声を掛けたら、恐る恐る開く瞳。藍色の澄んだ色は、髪の色と良く似合う。


「それでは、良く見える様になった事だし自己紹介をしようか」


言いながら今まで被っていたフードを脱ぎ、前髪を切る為に膝立ちしていた腰を下ろす。丁度向かいわせになってお互いの顔を見れば面白い事に。私は一癖あるような笑みを浮かべ、向かいの人は藍色の瞳をこれでもかと言わんばかりに開ききっている。


「この容姿を見れば分かると思うけど、私は数ヶ月前まで聖女をしていた者だよ。王が発表していた聖女が還ったって話は嘘っぱち。私の呼び名は知っている?」

「………サク様?」

「様とかいらない。元々私は高貴な身分じゃないんだ。呼ぶなら呼び捨てか、さっちゃんとかのあだ名が良い」


喋れたんだ、と思いつつ会話してもまだ相手の目が開きっぱなしでツボりそう。笑っちゃいけないのに噴きそうだ。

私の容姿は、典型的な日本人の黒眼黒髪。しかしこの世界では私の色彩はあり得ない配色のようで。別段黒眼も黒髪も珍しくはない。問題なのは瞳の色と髪色が同色という事。この世界の住人は、何故か髪色と瞳の色が同色になる事はないそうだ。例えば金髪なら瞳は碧眼や紫だったり、黒髪なら茶や金色の瞳、といった風に。歴代の聖女の容姿も、私と同じように色彩が同色だった記録は無いそうだ。そのせいで此処に召喚された当初はやたらと容姿について騒がれたっけな。

相変わらず見開かれた大き目の吊り目。顔は少し痩けている。折角整っているのに勿体無い。まずは体重を増やして体力を付けてもらわないと。折角強いと聞いて選んだのだから。


「君の事は何て呼べば良い?名前があるなら教えてくれると助かる」

「………セオ」


ポツリ、と零れるように呟かれた名前。きっとずっと口を利いてはいなかったのだろう。声が掠れている。

名前が無いと言われなくてホッとしたのは此方のエゴだ。名前を付けてくれた人物がいたという実事が、せめてもの救いなのかもしれないと思うなんて。


ぐぅぅううぅぅ…。


違う!今のは断じて私の腹ではない!

内心焦りつつ目の前のセオを見ると赤くなった頬と耳。何て分かりやすい。それにしても瞳の藍と頬の赤が相対して綺麗な色彩だと別の事を考える頭。

違う違う。コホンと咳払いを一つして、街で買った食べ物と先程収穫した森の実りを目の前に広げる。


「腹拵えしよう。私も空いた」

「…俺は奴隷ですが、?」

「?知ってるけど。誰だって空くでしょう?盛大に腹鳴らしたんだから遠慮しなくて良いよ」


はい、と取り敢えず目の前にあったパンを差し出して掌に乗せてやる。おずおずと視線を泳がせながら此方の様子を伺い、恐る恐るパンに噛り付いた。

本当に、一体私はどんな風に思われているのか問い質したくなるが我慢。

一口食べてお気に召したようで、パクパクと口にパンを詰めだした。膨らむ頬を見てまるでハムスターのようだとその姿を眺めながら同じパンを齧る。…硬い。バターかジャムが欲しいなんて、なんて贅沢な舌に育ったんだろう。目の前の人を見習わなければ。


「そう言えば、君って男?」

「…女に見えまふか?」

「正直さっきまでは性別不明だった」

「………男れすよ」

「のようだね。"俺"って言ってたし」


口に物入れたまま喋るなよ。と言おうとしてやめた。一所懸命食べてる様子を見てると注意したら悪い気がして。食べてる最中に話し掛けた私も悪い。

食べる勢いが良すぎた彼は喉にパンが詰まったようで、胸をドンドン叩きだした。葡萄酒を差し出すと引っ手繰るように奪い、これまた凄い勢いで飲みだした、と思ったら盛大に噴いた。


「ちょっ…汚っ‼︎」

「なん…これ何ですか⁉︎」

「何って…葡萄酒飲んだ事ない?」

「…奴隷に酒なんて高価なもの飲ませる主人なんていませんっ」


左様ですか。


「良かったね初体験」

「………」

「ほら、果物あるからこれも食べな。栄養偏るよ」


何故か胡乱な眼を向けられた。果物は受け取ってくれたけど。


「…無礼を承知で言いますが、変わった方ですね」

「みたいだね。王城でも扱いに困ってたみたいだし」

「………」

「これ食べたら出発しよう。街からさっさと離れたいんだ」

「…はい」


まだ色々聞きたそうな顔してるけど、それは追々で良いだろう。先は長い。

王城での生活の中、魔術や歴史、この世界の事は覚えられる限り頭に叩き込んだ。後は私のやり方次第だろう。


「先に言っておくけど、私は城から逃げ出してきたんだ」

「っ⁉︎」

「巻き込んで申し訳ないけど、逃げ切るために協力頼むよ」

「…拒否権なんてありませんよ。俺は奴隷です」


そういや小太り商人も奴隷は主人に絶対服従って言ってたな。手の甲の文様をチラリと一瞥し、なるべく早めに契約解除の方法を探し出そうと心に決め、また一口パンを齧った。

サクは成人してます。セオは10代だけどこの世界では成人の年齢です。ノット未成年飲酒!

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