偶には優しく
コーエン君とカイザーさんの宣言通りたっぷりのお土産を頂いてしまった。わたしがバルガダの保存食に食い気味に反応していた為か、土産の3分の1はそれが締めていた。有り難や。マッチョの船員さん達からも大きく手を振ってお礼を言い合いながら別れた。暫く歩いて振り返ると、遠目でも分かる程バルガダによってボロボロになった船。よくあれで沈没しなかったなと遅まきながらゾッとした。やはりいつか旅の神様にお参りに行かなければいけないかもと本気で思った。居ればだが。
無事にフリコールに辿り着けて一安心、と思う暇もなく賑わう港町に呆気に取られる。サシャフィール程ではないが、人の波が凄まじい。周りを見れば他の船も何隻か港に着いたらしく、沢山の船員や船の到着を待っていた人達がこぞって積荷を運んだり何だりと其処彼処で動いている。同業者同士のハグもあちこちでは目に入った。
成る程、この大陸の遣り取りはアメリカンなノリなのか。そんな不要な知識を頭に入れながら始めて見る景色に目が奪われてしまう。何もかもがハルダートンと違う。空気も勿論、街並み、人、他にも探せば沢山の違いが発見できそうな程。コーエン君に教えてもらった通り、ハルダートンよりも乾燥と肌寒さを感じる。これから寒くなると言ってたから、此処でもう防寒対策した方が良いのかもしれない。首都に向かうなら兎も角、他の町村では此処よりも品揃えがあるかも分からないし。
「コーエン君がこれから寒くなるって言ってたから防寒具買いに行こ。それと、頂いたばっかだけどバルガダ売って…」
「売るなら港町から離れた所の方が良いんじゃない?運賃として買取価格に色付け出来るし。今すぐお金必要じゃないならそっちのがお勧め」
「あ、成る程。セオって…」
商人だったの?と聞こうとしてやめた。あまり過去に触れる話題を今迄出してこなかったツケなのか、此処に来て躊躇いが産まれて喉から出そうとした言葉を無意識に飲み込んでしまった。あんな謎の遣り取りをした直後なのに、セオは通常運転に戻っている。それもきっと飲み込んでしまった理由の一部だろう。
「…変な所で言葉切らないでよ。俺が何?」
「…物知りだな、と」
「普通だよ」
「私は考え付かないんだけども」
「必要なかったからじゃない?」
ごもっともだが、逆を言えば君には必要な知識だったんだねって言い返したい。言い返したいが、我慢。何かさっきの遣り取りが引っかかって踏み込めない。正直、言い合うのは疲れる。ああいう会話はどうしても言葉を選ばなきゃいけなくなるから、どうしたって疲れる。やっと船を降りて愛しの地面に再開を果たしたばかりなのに、これ以上疲れるのは御免だ。聞くのはまたの機会にしよう。
「宿、とっちゃう?」
「…そうだね。厩ある所捜そう。夕飯どうする?」
「あ、私バルガダ食べてみた「却下」何でっ⁉︎」
「食べた事ないの?アレ物凄く不味いよ⁉︎」
「そこまで言われると逆にどんなのか気になると言いますか…」
「…因みに物凄く安価で長期保存可能な奴隷の主食だけど?」
「へえ、そんな長期間保存可能なんだ!じゃあ旅の持ち歩きに便利じゃん」
「……………」
「…何その目?」
「………別に」
別にと言っておきながら長い溜息吐くのやめてくれませんかね。絶対胸中で私の事罵倒してんだろオイ。
しかしこんなに不評な食材も珍しいな。何がそんなに不味いのか?生臭いとか歯ごたえが砂のようとかなんだろうか?気になる…。
「じゃあセオのご飯は別で買うとして私はバルガダで…」
「…本気?」
「主人は私なんだが?」
「だから主人じゃなくて奴隷の食べ物なんだってば」
「それ何回言う気だよ。食べたいから食べるんだよ!」
文句あっか⁉︎と凄んでみるが、あまり彼には効果ないらしい。また溜息を吐かれた。失礼な。
「取り敢えず、宿捜そう」
完全に私との会話が面倒になったな此奴。テオラを引きながら歩く後ろ姿が疲れている。漢は背中で語る生き物らしいが、疲れを語る背中は何だか残念だ。元凶の9割近くは私だから言えた義理じゃないが、やっぱり残念だ。
仕方ないだろう。あれだけ不味い不味い言われたら逆に好奇心が刺激されるというもんだ。私悪くない。
波止場近くにも大きくて綺麗そうな宿屋はあったものの、立地と施設が良い所は勿論金額も高いのでスルー。波止場から少し離れた通りを歩きながら港街見物。やはり此処まで来ると人の量も減るが、流石港街。2人と1匹が横に並んでもその倍以上道幅が余る程広い。街の規模が違う。サシャフィールは大通りから少し逸れたらすぐ細道になるのに。活気はサシャフィールだが広さは断然此方だ。これなら安い宿でも部屋や厩の広さは期待出来そう。
「ねえ」
「?」
「今日は情報収集も兼ねて酒場でご飯にしない?」
「………バル「じゃ、決定で」おいっ!言葉遮るなよ‼︎」
「大丈夫保存食だから。明日の朝にでも食べなよ。此処の情報とか必要でしょ?港街なんて情報が頻繁に行き交う所なんだから好奇心優先するよりやる事あるでしょ」
「………」
正論過ぎてぐうの音も出ない。頷くしかない訳だが、私の顔は不本意丸出しのブッサイク顔。楽しみにしていた分顔が歪むのが分かる。
折角コーエン君とカイザーさんに頂いたから早速と思ったのに。セオは何も悪くない。分かっている。しかし感情と理性が喧嘩するなんて人間やってりゃ日常茶飯事だ。
「…機嫌直してよ」
「別に君に怒ってない」
隣でこれ見よがしに溜息吐かれると余計に臍が曲がりそうになるのでやめて欲しい。自分でも餓鬼くさいとは重々承知している。そんな自身に対して小さく溜息を吐いてみるが余計に微妙な気分になってしまった。不毛だ。
暫く歩いて何件か良さそうな宿屋を見つけ、外装の雰囲気と値段を考慮してやっと今晩の宿が決まった。まだ夕方だが、下船したばかりのせいか街を歩く気力がない。部屋に入ってベッドに転がると、動く気力が更になくなり、1度体を横にするとそのまま意識を手放したくなる。
「ちょっと出ても良い?」
「…散歩?」
セオは私と違ってベッドに横になるどころか座ろうともせず、荷物を置いて身軽になると備え付けの水を汲んで手渡してくれた。軽くお礼を言って喉に流すと、思いの外乾いていたらしくスルスルと一口で飲み干してしまった。セオも水を飲みながら私への返事に窓を指差してすぐコップを机に置き、口を開く。
「街見て回るだけだよ。酒場や店の位置とか。明日買い物してから出発でしょ?後テオラのご飯調達して来る」
「じゃあお金渡しとく。どれ位必要?」
「テオラのご飯代だけで良いよ。酒場はなるべく人の集まってて大きい所にするから疲れ今の内に少しでもとっておいて」
「…絡まれたら助けてくれ。はいお金」
「…貴女何の為に俺がいると思ってるの?」
「強制的利害関係の一致」
「………」
まだ私とセオはそんな間柄で、親睦はこれから深めていこうと勝手に思っている訳だが、セオは私の解答が不服なのか苦虫を噛み潰した様な顔をしている。しかし何か言いたそうな顔をしているくせに溜息一つ吐いて扉の向こうに出て行ってしまった。
「…あの子、溜め込んで胃に穴開けるタイプだな」
本人が居ないのをいい事に、思わずポツッと思った事を素直に吐露してしまう。
街の広さからして見て回るのにも恐らく結構な時間が掛かるだろう。早速出て行ってしまったが、彼は疲れていないのだろうか?慣れない船旅が終わったばかりな上に、彼はバルガダと交戦していたというのに。確かに治療後に少しだけ休ませてはいたが、バッチリ疲れが取れる程の時間はなかったように思う。本人が良いなら止めはしないが、その内自滅しそうだな。それでも彼は男の子だから私よりは体力あるだろうし、自分の限界だって知っているだろう…と思う。そんな中、街を偵察させるって鬼か私は。いやいや、あれは自己申告だからまだセーフな筈‼︎それとも、もう少し休めば?くらい声掛けた方が良かっただろうか?しかし主従関係なら許容範囲内?待て待て、だからって無理させて良い理由にはならんだろ。
不味い。下船前の遣り取りがあったからか、彼との距離感がまた分からなくなった。この間までは上手く近付いていってると思ってたのに。
胸の痞えを取る為に大きく息を吐き出した。しかし胸中も現状も何も変わらない。
彼に対してどこまで踏み込んで良いものか迷う。何処の世界に行っても、人間関係に悩むのは人間の性なのかもしれない…。
暫くして軽くうたた寝をしていたらセオが帰って来た。お帰りを言おうと振り向いて見えた顔色が、若干先程より色を失っている。やっぱり疲れていたか。
「少し休みな。酒場なら夜遅くまでやってるだろうし、急ぐ事もないから」
「…けど」
「あれ、テオラのご飯は?」
「もうさっき食べさせて来た」
だから顔色悪いのか。私程ではないにせよ、苦手な船の上で戦って疲れてる所に余計色々するんだもんよ。本当にこの子過酷労働好きだな。明日疲れ過ぎて熱だすんじゃないか?
「良いから横になってな。これ以上顔色薄くなったらビンタだから」
「…脅しでさえその程度で済ませようとする主人もそうそういないよ」
「煩い。さっさと横になってろ」
ビンタが生温いとかドM過ぎだろ。一体私に何を求めてるのか甚だ謎だ。
本気で疲れているらしい、セオはいつもより疲れの見える動きでのろのろとベッドに横になると、大きく息を吐き出して目を瞑った。
若いせいか見てる方がハラハラしてしまう子だな。生き急いでいる様で危なっかしく、目が離せない。無理をさせてしまうのは本意ではないので、その辺の頼み方を上手く調整する術を覚えないと。新たな決意を胸に彼の額へ掌を当てる。チラっと此方を窺い見る藍色の双眸と目が合うが、そんな視線もマルッと無視して掌に意識を集中させた。掌から淡く光が漏れて、彼の具合の良くない顔を照らす。
よしよし。少し顔色が戻った事に満足して、セオのお腹に掛け布団を軽く掛けてやると「ちょっと何やってるの⁉︎」と抵抗された。彼曰く、主従としてそれはアウトらしい。意味が分からん。わたしの親切心を返せ。
取り敢えず大人しく横になってもらい早30分程経ちました。窓の外は空の端っこが橙色なのに、もう紺色の空が大半を締めている。そろそろ起こした方が良いかとセオの様子を見てみるが、彼が熟睡している姿が珍しく、もう少し良いかとまた視線を窓の外に戻した。
…これ、後で怒られるかもなぁ。分かっていながら起こさない私は、彼にとって良い主人ではないかもしれない。良いんだよ。偶には主人が従者を甘やかす事があっても。なんて、脳内でこれから訪れるであろう彼の口撃に対する対抗策を考えていたりする。こんな時間もちょっと楽しいと思ってしまうのは、きっと気のせいだ。…と、思いたい。
ひ…久々の更新です。すみませんっ!
更新亀を超えるのろさなのにブクマ有り難うございます‼︎遅くとも更新頑張りますm(_ _)m