お初にお目に掛かります・下
心臓が大きく脈打つ。まるで全身が1つの心臓のようだ。震えそうな全身を鼓舞して踏ん張る。
外れたらどうする?失敗したら?
そんなの外してから考えれば良い。失敗してから考えれば良い。今は目の前の事に全力で集中するのみだ。
バルガダはその大きな体躯では狭過ぎる部屋を鬱陶しそうに尾で払いながら障害物を取っ払っていく。払われた木屑や障害物が物凄い勢いで此方に飛んできたので慌ててコーエン君を庇うように覆い被さると、丁度さっきまで頭を上げていた所に先程ブチ破られた扉が当たり、背後の扉まで破られてしまった。
危なかった、と思う余裕もなく今度はテオラが先程の衝撃で興奮してしまい、暴れ馬状態に。足元の障害物や壁を脚で蹴って飛ばしたり破壊したりととんでもない事になっている。バルガダはテオラの暴走に警戒しながら威嚇の雄叫びを上げ、更に尾を使って部屋を破壊していく。
これ、このまま此処に居たら厩が崩れて生き埋めになる未来しか視えない。どうにかしなければ。
バルガダがテオラに気を取られている隙にボーガンに飛びついた。その間も頭上では色々な物が飛び交ってあちこち打ち付けられている。甲板の方を見ると、外には船員さん達がどう対処するべきが此方を伺っている様子が見えた。確かにこの狭さで強行突入しても、あの尾っぽの餌食になるのが明らかだ。外からの援護は期待出来ない。
ナイフを構えて狙いを定める。乱れる呼吸を止める事で狙いを固定し、ナイフを持つ手に力を込めても獲物は止まってくれない。確実に当てなければ。巨体の割に俊敏な動きをする事に苛々しながら標準を必死で合わせる。テオラを当たったらどうしよう、なんて考えるな。当たったら私が治す。
余裕のない思考で狙いを定めても、素人レベルの腕では中々放つタイミングが掴めない。その時、暴れるテオラ目掛けてバルガダが大きく尾を振り上げた。
今だ!
バルガダ目掛けて放ったナイフは見事バルガダの後頭部に命中したものの弾かれ、皮膚を上滑りしただけで壁に突き刺さる。何と硬い皮膚なんだ。
一瞬怯みそうになる思考を無理やり腹の底に捩じ込み、ナイフの当たった此方の方へバルガダが振り向いた。背中側の外皮が硬そうなのは見ていて分かっていた。ボーガンで狙いを定め、標準を合わせる。
狙うなら、此処だ‼︎
私の奇襲にバルガダは大きな口を最大限に広げ、此方に向かって雄叫びを上げる。そう、その顔が見たかった。
怯むな、このチャンスを逃すな。
頭の中でそんな声が聞こえた気がした。
発射の反動に踏ん張りながら矢を放つ。弓と違い弧を描かず真っ直ぐ一直線に矢が目指したのは、バルガダの口の中。
思った通り、外皮は硬くても中はそうでもないらしい。矢はバルガダの口内に突き刺さり、痛みのあまりか威嚇とはまた違った大きな咆吼が室内を響かせた。
何て音量で叫んでいるんだ。両手で耳を覆っても全身の肌をビラビリ震わせるその叫びは、追い込まれている獣の叫びそのものだ。確実に弱ってきている。
あと一撃、あと一撃で倒せる。
しかし予備の矢は衝撃と共に折れたり散らばったりしてしまい手元にはない。何か代わりになる棒等ないかと辺りを見回しても瓦礫が邪魔をする。
何か、何かないの⁉︎素手で倒せる術なんて持ち合わせてない以上、道具に頼るしかないのに。
「でやぁぁぁぁ‼︎」
甲板側から槍を手にした船員さんが厩へ踏み込み、矢の刺さったその口目掛け、それを放った。
見事命中させた槍は大きな口の中に深々と刺さり、バルガダは最後の咆哮を途切れ途切れに上げて倒れた。全身を痙攣させ、大量の血液を咳と同時に吐き出して動かなくなり、その光景を見て安心と同時に思い出したのはコーエン君の事。
恐らく最後の1匹だったのであろう、バルガダが沈黙したのを確認した船員さん達は歓声を上げた。
私はそれよりもコーエン君の様子が気になり、手にしていたボーガンを放り投げて彼の傍に膝をついた。
「コーエン君、コーエン君!」
緩く肩を揺するが反応は返らない。丁度仰向けに倒れているので胸に耳を当てて鼓動を確認する。
良かった、生きてる。
自分の服の裾を破り、頭の傷を覆って止血する。出来れば力を使って治してやりたいが、此処で使ってしまうとその後のリスクが格段に跳ね上がるので断念。胸中でコーエン君に謝っていると、後ろから船員さんが声を掛けてくれた。あの槍で止めを刺してくれた船員さんだ。その姿は苦戦をしていたのがよく分かる程にボロボロだが、勝利の高揚感からか疲れがあまり見えない。
「嬢ちゃん、すまんな。コーエン護ってくれてよ」
「いえ、護ってもらったのは私の方です。コーエン君がいなかったら、死んでたかもしれません」
「そうか。コイツも一端になってきやがって!後はこっちで面倒みるからよ、嬢ちゃんはツレのアンちゃん診てやりな」
「はい、有り難うございます」
軽くお辞儀をして船員さんが指差してくれた方を見るが、どうやら此方からは死角らしくセオの姿は見えない。落ち着いてきたテオラをひと撫ですると、私も少し落ち着いてきた。テオラには厩で待っててもらい、壊れた壁を跨ぎながら周囲を見回す。船員さん達は魔物の奇襲に慣れているのか、勝利の余韻を手短に済ませて軽度の怪我の人は重症の船員さんの世話をしたり、船を片付けている。手際の良さと切り替えの早さに一瞬呆気にとられるが、すぐに目的を思い出してセオの姿を捜すが、一体何処に?恐らく無事だろうとは思うが、先程の船員さんの「診てやりな」という言葉に少しだけ嫌な予感が過る。
「お、いたいた!お嬢ちゃんこっちだ」
「?」
細身の船員さんに船尾から声を掛けられ、手招きされたので小走りで向かうと、彼の後ろにグッタリとしているセオの姿が見えた。速度を上げて彼の傍に膝をつき、顔を覗き込む。
「セオ⁉︎」
「すまん、オレを庇ってアレの尾っぽくらっちまってよ…。息はあるんだが恐らく骨は何本かいってると思う」
「…そうですか」
「ちっと前まで意識はあったんだ。お嬢ちゃんを呼んでくれって言ってたんだが…助かりそうか?」
「やってみます。ここは任せてください。セオの事観ててくれて有り難うございます」
「…すまんな、何かあったら言ってくれ」
名残惜しそうに此方を何度か振り返って船員さんは後片付けに向かった。姿が見えなくなったのを確認してからセオに向き直る。呼吸が浅い。汗も酷いし、喉がヒューヒュー鳴ってる。流血してる様子がないのにこの状態なら骨が変な折れ方してそうだ。息があるならまだ間に合う。その事実に安堵はあるが、苦い気持ちを飲み込みちょっと失礼と思いながら彼の服の釦を外す。
この力って怪我してる部位に手を当てないと効果がないから面倒だ。血が流れてれば分かりやすいが、そうでないなら今みたいに服を剥がさなければいけない。本人が起きてれば自己申告してもらって服の上から治療出来るのだが。この状態で叩き起せる程私も鬼にはなれん。男の子なら我慢してくれ。
丁度船尾で柱の陰で倒れてくれている。これを見越して此処で倒れてくれていたなら、何たる頭の良さだろう。私だったらこんな風になったらそこまで頭回らなさそうだ。
一応、念の為もう一度見られてないか周囲を確認。上半身の前を肌蹴ると、肋の浮き出た胴体前面に大きなドス黒い痣が出来ている。余りの悲惨さに一瞬頭が思考を放棄した。
「…人嫌ってる癖に、結局人が好きなんじゃん」
あの細身の船員さんを庇って出来たのが恐らくコレだろう。乗船中、何度か彼が色々な船員さんと遣り取りしている姿を見た。迷惑そうにしてはいたけれど、年相応の少年のようなその姿を見て、本心から嫌ではなさそうに見えた。そんな事を思い出しながら、治療に専念した。
大変お待たせしました!(待っている方がいらっしゃるかは謎ですが…)
未だに就活中でございます…。それでもちまちま書いております。早く落ち着いて続きジャンジャン書きたいです‼︎