自己満足のジレンマ
「ほう…つまり、星と星を繋ぎ合わせて絵に起こす、という事ですか…。随分と貴女の世界は面白い事を考える」
「そう?子供の頃からだからよく分からんけど。そしたら此処の人達は星を鑑賞する習慣はないんだ?」
「いいえ、ございますよ。ただ、鑑賞というよりは星を観て吉凶を占う、といった方が正しいですね」
「こっちにも星占いってあるんだ!何処の世界も考える事は同じかぁ…」
「ふふ、全く違う世界でも、探せば共通点は存外存在するものですね」
普段は氷のようだと言われる彼の目が細く笑むと、此方もつい顔が緩んでしまう。彼は知識欲が強く、よく暇があれば私の世界の事を聴きに来ていた。私にしたら些細な事も、彼からしたら目新しい事のようで、いつも好奇心を藤色の瞳に宿しながら喜んで聴いてくれた。
彼には弟がいるそうだ。同じ濃紺の髪色をしており、身分に頓着しないサッパリした気性の持ち主だそうだ。私がこの世界に召喚される前に行方不明になっており、この旅が終われば捜しに行くのだと言っていた。
「…本当なら今すぐにでも捜しに行きたいの、我慢してるよね?…ごめん」
「貴女が謝る事はありません。国の決めた事です。そして国に使える者として、私は今此処に居るのです。それに、もしかしたら旅路の途中で手掛かりが掴めるかもしれない、と思っておりますので。サクが気に病む必要はありませんよ」
そうして優しい微笑を向けてくれたけど、その瞳はやっぱり弟を案じる色をしていた。申し訳なくて、それでも魔獣封印の旅に彼の力はどうしても必要で。
歯痒い。聖女だなんだと祭り上げられているが、結局私が無力な事に変わりない。助けてくれる人に何も返せない。
「フィオール、私もフィオールが助けてくれた分返したい。全部…とは言えないけど、出来る事あったら言って欲しい。旅の途中でも、協力出来る事があったら…!」
「お気持ちだけで充分ですよ。これ以上重荷を自ら増やしてどうするんです?」
「……だけどさ…」
「彼を捜すのも、世界が平和になってからでなくては出来ません。この旅自体が私の目的にも大いに関係があるのです」
「…頭の良い人って嫌い。結局手伝わせてもくれないのに、何でそん大事な事話したの?」
「何故…でしょうね…。実は私も不思議でなりません。サクを見ていたら、つい言葉が出てしまいました。きっとアイツはサクと馬が合いそうだと…」
彼は足下を見ながら1つ息を吐いて、また視線を合わせてくれた。
「貴女は優しいから、きっと気に病ませてしまうと分かっていたのですが、不思議ですね…」
だったら最後まで巻き込んでくれて良いのに。貰うばかりは嫌いなのに。
結局私は、彼に何も返せずに城を離れてしまった。城を出る最後まで私の身を案じてくれて、そして手助けしてくれた。
逃亡者になる私が変に寄り道しないように、彼は弟の名前さえ教えてくれなかった。たった1つだけ、濃紺の髪色という特徴以外は。
「…全然寝れなかった」
「あの揺れじゃ無理でしょ」
船に揺られて気付けば朝が明け始めております。
この時間になってやっと波も落ち着き始め、雨も止んでくれたが、絶対目の下に隈が出来ていそうだ。セオにも薄っすら出来ているので間違いない。
静かな船旅が帰ってきて安心したのか、やっと眠気が顔を覗かせてくれた。
「…やっと寝れそう…。セオも寝るでしょ?」
「…そうだね。これ寝ないとちょっと辛い…」
普段弱音を吐かない彼から珍しく漏れた本音。これ本当に辛いんだなと、ちょっと申し訳なく思う。辛い中お世話させてしまった。ゆっくり休んでもらわねば。
「セオちゃんとベッドで休みなよ?今の所一応平和な船旅だし、警戒しないで良いから」
「…まぁ、何かあったら船員全員締め上げれば良いから確かに楽だけど」
やめなさいよ。漂流するだろ。
相変わらず人に厳しいなこの子。コーエン少年と接してる時は少し丸くなって見えたのに、あれは気のせいだったか。
セオと私が割り当てられた部屋は別々だ。最初は経費削減で1室にしようとしたが、男だらけの船に男女同室とか羨まけしからんとか何とかでそうなりました。つまり船員の精神衛生的にも駄目だそうだ。大変だな船乗り。
一応私が使ってる部屋は内側から鍵が掛けられる作りになっている。とても簡易な物だけど。昨日のは…アレだ。揺れすぎてセオも私も余裕がなかった。しかも鍵の掛かる部屋は此処と船長室のみで、後は常にオープンらしい。なのでコーエン少年も他の部屋に入る調子で開けてしまったのだろう。女性が居ない職場なら、その辺りの気遣いなんて普段いらないだろうしね。そこは納得。
「何かあったら呼んで。手の紋章使えば良いから。あと、鍵忘れないでよ」
「分かった。ゆっくりしてきな」
「ん」
目をショボショボさせて部屋を出て行くセオの後ろ姿はふらふらだ。激しい揺れと寝不足のダブルパンチで満身創痍なのがよく分かる。私も休まなければ。セオよりもフラつく足取りで何とか鍵を閉め、ベッドにダイブ。眠すぎで目がゴロゴロする。腹の底から思いっきり息を吐き出して毛布に顔を擦り付ける。ちょっと潮の匂いがした。もう爆睡しよう。
微睡む意識の中、何故かあの旅路の事が頭の中をよぎる。
聖女様だと崇められ、讃えられ、誉めそやされ。それは私の望まない世界だった。その中で唯一1人だけ、私の事を1個人として接してくれる人がいた。
フィオルヴァイト・ユス・ケネグ
稀代の魔術師と謳われる王宮魔術師のトップを爆走する人だ。容姿端麗、頭脳明晰と、聖女という立場がなければ一生関わる事がないだろうと思われる程の人物。その地位や名声に奢らず、ただただ己の道を進み続ける人だった。この世界で、唯一味方になってくれた人だった…。
何故、今思い出したのだろうか?大陸を離れて気持ちに余裕が出来たからだろうか?
出来れば彼の弟捜しを手伝いたかった。何度申し出ても素気無く却下されたが。確かに不慣れな世界で人捜しを頼まれても、あまり役には立たないだろう。それでも、力になりたかった。彼がいなければ私はきっとこの世界に絶望していたのだから。彼が、私に希望をくれたのだから。
「…此処まで来て何を今更…」
もし、向こうで濃紺の髪色に出逢ったら、少しだけ声を掛けても良いだろうか?もしかしたらハルダートンとは別の大陸に渡っているのかもしれないし。
分かっている。ただの自己満足だ。
自嘲の嗤いが喉から漏れる。こんなのが聖女をしていたなんて、本当に嗤える。明らかに人選ミスだろう。こんな、打算的な女が。
結局私は、自己満足の為でしか動けない。
「…アホくさ。眠気飛んだ」
あんなに疲れていたのに、逆に頭が冴えてしまった。それでも身体はクタクタで、気怠さは取れずにいる。
本日何度目かの大きな息を吐き、瞼をゆっくり閉じた。
これでその内眠れるだろう。もう、考えるのをやめて休まなければ。
それから、充分休んだのかスッキリ隈の取れたセオが扉をノックするまで、結局私は意識を手離す事が出来なかった。
…船旅辛い。早く陸カモン。
ちょっと過去をチラ見。出すタイミングが難しいです…。