神様に嫌われました。
長かった…。そしてとうとう辿り着きましたサシャフィール‼︎
達成感で涙が出そうです。
まだまだ目的地は海の向こうだが、この海を渡ればかなり近付くと思うと胸は高鳴るわけでして。
やはり予測通り早い段階で此処まで来れたので、それも相まって一入である。
王都とは違った賑やかさに目を奪われながらキョロキョロ。そんな私にセオからのお小言。
「アーサー、人混み凄いから離れないようにしてよ」
「はーい」
アーサーとは男装した私の偽名。此処に来る1つ前の村から男装で海を渡った方が安全だろうと話し合い、今に至る。やはり日本人は童顔のため歳より幼く見られるので、長かった髪を肩上ぐらいまで切って成人前の男の格好をすれば、案外見れる程度には化けられた。
以前にもサシャフィールには魔獣の封印の旅で訪れた事もあったが、魔獣の脅威に晒されている最中だったのでここまでの活気はなかった。街を見回すだけで色々な所から人々が集まっているのだと分かる。商人、冒険者、吟遊詩人、旅芸人。
こんなにも賑わう本来のこの街の姿を知らない。前回来た時には想像も出来なかった姿で、正直同じ港街なのかと一瞬疑ってしまう程だ。人の多さに圧倒されるが、日本でも混む所はこれ以上の所あったな、と冷静に思考が回ると段々余裕が出て来た。
「この人混みの中テオラを引いてくのは出来ないから、取り敢えず厩に預けてから散策しよう」
「そうだね。先ずは銃でも見に行く?」
「最優先にしなくても良いんじゃない?」
「でも此処で買い逃す事になるほうが面倒」
「…まぁ、それでも良いけど」
何故か不服そうなセオ。得意武器が手に入るというのに何が不満なのだろうか?よく分からないが、途中に立ち寄った村で買った剣ももうボロボロで替え時だし、否を聴く気ない。
早速テオラを預けて街探索。道も街も広いのにこの人混みの凄さ。朝の通勤ラッシュを思い出してしまう。
ある程度人混みに慣れているので人を避けながら進むが、後ろを振り返るとセオの姿がない。
…流されたのか。
特徴的な髪色を捜せば案外すんなりと見つかり、両手を使って自己主張。するとすぐに藍色の瞳と目が合った。良かった良かった。
明らかにセオはホッとした表情になると、此方に向かって人混みを掻き分けながら来てくれた。普段魔物と戦ってもあまり息を乱さないのにこういう状況に慣れていないようで、少しだけ肩が上下している。お疲れ様。
「逸れるから掴んで良い?」
「はい?」
掴む?繋ぐではなく?
彼の言ってる意味が分からず返事が出来ずにいると、痺れを切らしたのか私の二の腕を掴んで進みだした。
あ、はい。掴むってそういう…。でもこれ、何だか拉致られてる気分だ。
此処からだとセオの横顔がよく見える。人混みに慣れてないなら率先して前に行かなくても良いのに。私が先導した方が良さそうだと思いつつ、一生懸命前を進んでくれている姿を見ていると喉から言葉を出す気がなくなった。
「…‼︎セオちょっと待って!」
「ちょっ⁉︎」
掴まれていた二の腕を振り払い、人混みを押すようにして掻き分ける。顔を顰められたり抗議の声が掛かるがお構いなし。それよりも見つけてしまった物がある。
「…こうきたか」
辿り着いたのは民家の壁に貼り付けてある似顔絵付きの「捜し人」の文字。その貼り紙曰く、私は誘拐された貴族のご令嬢らしい。鼻で笑ってしまいそうだ。
挙げられた特徴は黒目と身長、年齢、それから男装と髪を変色している可能性有との事。バレてるじゃん。
確かに旅してる間は動き重視の服装だったのでスカートなんぞ以ての外だった。人前に聖女としてお披露目中の時は嫌々それらしい恰好をしていたが、終わった途端にパンツスタイルに早々着替えてたな。この世界の服装はやたら華美に布を使っているので、シンプルな物が良いと言ってもどっかしらヒラヒラビラビラしている。本気でシンプルなワンピースにしてくれと抗議した事もあったが、これ以上となると民の装いになってしまうと敢え無く却下。旅の時は良かったのに城でとなると駄目とか本当に面倒だった。それならと男の装いに落ち着いたが、やはり良い顔はされなかった。なんと面倒くさい。これで王子と結婚なんて事になってみろ。精神が荒れ狂う未来しか視えない。王子の事は別段嫌いという訳ではなかった。好きって訳でもないけど。先方は私にお熱だったらしいが、そんな事知ったこっちゃない。
この世界に物凄く貢献したのにも拘らず騙された上に籠城とか。何そのつまんない人生。そりゃトンズラしたくもなるさ。私悪くない。
「…急にどうし…!ああ、こんなの出回ってるんだ」
追い付いたセオがゼェゼェ言いながら私の二の腕を掴んだ。何故二の腕。
あまり観ていると勘繰られるから、とすぐにその場を後にした。
装いはどちらが目立たずに済むのか余計に分からなくなってしまった。日頃の行いのせいで自分の首が締まっている。城では面倒でも大人しくスカート姿で過ごしていた方が良かったと今頃後悔した。もう遅いが。
「その格好の時は喋らないようにすれば大丈夫だよ。そんな違和感ないし」
「………」
フォローしてくれるのは有り難いが正直微妙だ。確かに似顔絵はそんなに似ていなかったけれど。おそらくこの世界の人は凹凸の少ない顔を描き慣れていないせいだと思われる。それでも文章で特徴が書かれているから気が気じゃない。しかも懸けられた懸賞金も日本円にすると5千万と、相当な額だ。きっとあの金額なら金目当てに動く連中も少なくはない筈。また心臓が速歩に動く。この鼓動の速さは嫌いだ。呼吸が乱れる上に無意識に挙動不審になってしまいそうで。しっかりせねば。折角此処まで来たのだから逃げ切らねば。
さてさて、やっとお目当ての武器屋に辿り着き、ただ今品物を物色中。最初渋々だったセオも店に入るなり目の輝きが変わった。とても丁寧な手付きで銃を触り、構え、眺めている。初めて見る彼の生き生きとした姿に、なんだかんだ言って結局男の子なんだなと生暖かい目で見てしまう。それと同時に来て良かったと。
大きい港街の武器屋なだけあって様々な武器の種類が豊富に取り揃えられている。勿論銃だけでなく剣やナイフ、弓や斧、暗器やら槍やらその他諸々。壁の上の方まで品が飾ってあるので見回していると首が痛くなってきた。
セオは勿論銃のスペースへ一直線。私は彼が品定めしている間、広い店内を暇潰しにキョロキョロと好奇心の赴くままに見物。武器なんて扱いの難しい物に触るつもりはないが、こうやって色々有ると見ているだけでも楽しいもので。中にはどんな使い方をする武器なのかよく分からない変な形の物もある。
ある程度見て回り、一周し終わってセオの元に戻ると手元には5品程様々な形の銃が置かれていた。迷っているのだろう、眉間に皺を寄せながら物凄く真剣に吟味している。
「良いのあった?」
「…今見てるとこ」
あまり武器に詳しい訳ではないか、彼がどんな物を見ているのか気になって覗いて見る。ライフルやマシンガンのように大きいタイプの物ではなく、どちらかと言うと小柄な銃を見ているようだ。
「色々あるんだ…やっぱそれぞれ性能とか違う?」
「用途によるよ。やっぱりジャム起こしにくい型の方が長旅するなら良いかな、とか」
「…そのジャムはパンに塗るのとは違うジャム?」
「…弾詰まりって意味」
「へぇ」
仕方ないだろ。こちとら銃どころか武器全般の知識に乏しい生活してたんだよ。身近な武器なんて包丁か箒な世界で生きてたんだからさ。だからそんな白い目で見るんじゃない‼︎
「やっぱり予算抑えるとなると回転式が良いかな…」
「いや、別に抑えなくても良いけど」
「でも安いに越した事はないでしょ?」
「前も言ったけど安全買うなら安いもんじゃん。予算抑えて変なの買うより全然良い。ちゃんと私を護ってくれるヤツ買って」
「…分かった」
すると手元にあった物をサッサと戻し、また別の銃を見始めた。
…これは時間掛かるな。
「あ、2つくらい見繕って良いから。ジャム?だっけ。壊れた時とかスペアあった方が良いし」
「ん」
銃を見ながら生返事しやがって。ちゃんと聞いてただろうか?
すっかり手持ち無沙汰になってしまい、近場の店でも見て回ろうかと思ったが、さっきの貼り紙が脳裏を掠めたので店から出る気が失せた。仕方ないので武器の指南書的な本をパラ見。初心者向けの本のようで、構え方の基本から書いてある。しかし、さして興味がある訳ではないのですぐに飽きてしまった。さて次はどうしようと方向転換をしたら他のお客さんとぶつかってしまった。
「おっと、坊主気を付け…」
「………」
不意のアクシデントでつい声を出しそうになってしまった。危ない危ない。
ぶつかってしまった大柄なお兄さんを見上げ何度か謝罪と言う名のお辞儀をし、その場をそそくさと離れた。やっぱり慣れない所をウロウロするのは危険と判断してセオの所に早々戻るが、彼はまだ悩んでいるようだ。
「…まだ?」
「ちょっと待ってよ。少し見ない間に随分新しい型が結構増えてるんだ。これなんて…」
「ウンチクはいいから。他にも物資補給したいし手早く決めて」
「……うん」
不服そうだが貼り紙の出回ってる街中に長居したくない。セオには悪いがサッサと用事を済ませたい私は彼の無言の抗議を華麗にスルー。
店主さんに相談しながら決めた違う型の拳銃を2丁、弾丸もそれぞれ300発ずつとホルスター、銃のお手入れセットを購入。
財布がかなり軽くなりました。これからは更に切り詰めていこう。残金の確認をし、装飾品の換金が必要になったので後で換金場所を捜さねば。所持金には困らないようにと色々持ち運んでいたがそろそろ危うい。この間ブラッドベア狩れて心底良かったと思う。
チラリとセオを横目に見ると、とても嬉しそうに銃へ弾丸を詰めている。店主さんに試し撃ちを勧められていたが何故か断っていた。私に遠慮するなと言ったが違う理由らしい。
「有り難う御座いました。またご贔屓に」
「ありがと」
ニコニコ店主さんにお見送りされながらニコニコ応じるセオが何だかほのぼのして癒された。買い物の内容は全く可愛くないが。
店を出るとまた二の腕を掴まれ、早足でセオは歩き出した。人混みを掻き分けるように進んでいき、急ぐ理由が分からない私は足を縺れそうになりながらも必死で付いて行く。
「ちょっとセオ…速い!」
「店の中から見られてて今付けられてる。何かした?」
「………あ〜…。ガタイの良いお兄さんにぶつかって見上げた時に目見られたからかなぁ…」
「………バッカ!」
主人に馬鹿とかセオも随分気安くなったな!嬉しいんだか何なんだか複雑な気分だ。
「もし巻けなかったら仕方なく応戦するけど、文句言わないでよ」
「いや、君の中で私はどんだけお上品なんだよ。向こうから仕掛けて来たなら遠慮なくやっちゃって良いから!」
「…本当に聖女様?」
「も・と!世の中世知辛いの身を持って知ってるだけ。お綺麗なだけで済む旅だったら私は今頃城で何の疑いもなくぬくぬくしてるっつーに!」
「…それもそうだね」
私の言い分に納得してくれたらしい。そこからは2人とも無言になり、薄暗い裏道へ入ると速足から駆け足で狭い路地を進んで行く。
気のせいだろうか?何か…足音が増えてる気がするんですけど…。
路地は段々迷路みたいに入り組んで行き、正直元の大通りに戻れと言われても完全に迷うと思われる。しかし後ろから響く足音は止まず、そろそろ私の息と足がが限界になりそうだ。呼吸が苦しくなってきた。辛い…。それでもセオはスピードを緩めず走り続けているので、とうとう私は足が縺れてしまった。
「ちょっとしっかりしてよ!」
転びそうになる寸前、セオは掴んでいた二の腕を引き寄せて抱きとめてくれると、そのまま膝裏に腕を差し入れて私を俵担ぎ。そしてダッシュ。目まぐるしい景色の変化に乗り物酔いのような感覚が襲ってきたが、そんなの気にしていられる程のんびり出来ない。俵担ぎされている為、顔を上げれば数人の男達が追い掛けて来ている光景が目に飛び込んできた。まだ距離はあるものの、顔が青くなっていくのが自分でも分かってしまう。
震える手先を握り込む事で誤魔化し、早く巻かれてくれと願う。やっちゃって良いと言ったはものの、私は『誘拐』されたと触れ回られているのでやはり罪悪感が出てきてしまう。追い掛けてくる人違全員が全員善意からという訳ではないかもしれないが、やはり気が引けてしまうのも事実。祈るような気持ちで早く諦めてくれと念じていたが、どうやらこの世界の神様は相当私の事が嫌いらしい。セオが曲がり角を曲がったと同時に急停止。嫌な予感がして恐る恐る自分の背後を振り向くと、乗り越えられそうにない程大きな壁一面。
「…ごめん。行き止まり当たっちゃった」
マジかい。
長くなってしまった…。もっとテンポよく書きたいです。