お買い物
暇潰し程度にお読み頂けたら嬉しいです。
薄暗い通路。ジメジメと湿気っている上に狭い。
2つの足音が静かに響く中、そんな所に案内されつつ着いてきたけれど、まともなのはいるのだろうか?
小太りな奴隷商人は此方を振り向きながら、愛想笑いでどうでも良い世間話をしてくる。
正直鬱陶しい。話し方も癪に触る。元々深く被っていたフードを引っ張って更に視界を狭くする。それでも話し掛けてくる小太りなそいつは私の反応なんてお構いなし。右から左に聞き流しながら辺りを見渡すと、やっと着いたのか商人は「此方です」と格子の中へと視線を促した。
「1番強いのを頂戴と言わなかった?」
「ええ、ですから此方がその商品です。見た目はひょろっこいですが、腕は確かです」
「ボロボロじゃない」
そう、小太り商人の言うとうり紹介された奴隷は細い上にボロボロな身形だ。髪なんて伸び放題な上にバサバサで、顔さえ確認出来ない。とても強そうには見えないと思うのは、私でなくても仕方ないと思われる。
「暴れ回るので大人しくさせるのに苦労しましたから」
「嘘だったらお金は返してくれる?」
「ええ、ええ、勿論です。自信を以ってお勧めさせて頂いております。ただ、紹介料もございますので…全額とはいきませんがね?」
本当、良い商売だよ。
「分かった。檻から出せる?もう少しじっくり見たい」
「畏まりました」
商人は恭しく礼をとると、何本も束になった鍵を腰に取り付けているホルダーから取り出して扉を開ける。中に居る奴隷は此方に気付いているであろうに、無反応。座って顔を俯けたままピクリとも動かない。何処もそうだが、奴隷は人として扱われていない事がよく分かる。此処から見るだけでも分かるほどに痩せ細っている。骨と皮とまではいかないが、その細さは無意識に自身の眉が寄る。
「さっさと出るんだ!」
商人は首に繋がっている鎖を乱暴に引っ張りながら、無気力な奴隷を此方に引き摺りだしている。大して抵抗する事もなく出てきたその人は、相変わらず俯いたまま無反応。細い割に背が高い。目の前まで来ると見上げてしまう高さだ。
「歯を見ても?」
「どうぞどうぞ」
失礼、と本人だけに聞こえるよう、小声で一声掛けてから両手で口の中を拝見。
うん、見た目はボロボロだけど健康そうな白い歯だ。
「決めた。いくら?」
「有り難うございます!金貨6枚です」
「…随分安いね。普通10枚くらいしない?」
「ああ…それはですね…」
数ヶ月前に封印された魔獣とこの奴隷の髪色が同じで、忌避して買う人間がいないそう。
ふむ、納得。確かに良く似ている。アイツの毛色も目の前の奴隷と同じ淡い青灰色だ。月光に当たると角度によって銀色にも見えた。この人もそうなのだろうか?確認しようにも、髪色より埃等の汚れの方が気になる。
「強いなら見た目は問わないよ。はい、お代」
「有り難うございます!ではお代も頂きましたし、先に主従契約を致しましょう」
恐らくこの奴隷の扱いに困っていたのであろう。商人は上機嫌でお金を受け取り、私と奴隷の手を片方ずつ取ると呪文を口ずさむ。すると私の利き手の甲に、奴隷の首周りにも文様が光と共に浮かび上がり、主従契約の魔法が完成されたのが目に見えて分かった。
「これって契約解除する場合どうするの?」
光ったのは一瞬のみの契約成立の文様。蔦のような陣のような不思議な形をしている。奴隷の方には首を一周するような模様が出来ていた。
「安心してください。奴隷が死ねば自然と契約は解除されます」
「生きてる状態では出来ないの?」
「生きてる状態…ですか?はて、申し訳ありませんがその類のご相談は請け負った事がございません。呪術士等の専門家に伺ってください」
つまり使い潰すのが奴隷の普通なのか。本当にもこの世界の人間は救いようがないな。
内心で毒付きながらも顔には出さないようにする。顔半分は隠しているけど変に目立ちたくはない。こんな所でポーカーフェイスの訓練が役に立った。
そこからこじんまりとした個室に案内され、主従契約の簡単な説明をされた。
奴隷は主人に絶対服従。主人が奴隷をどう扱おうが構わない。手の甲の文様に念じれば奴隷に苦痛を与える事が出来る。同様に、文様に念じれば奴隷に命令を強制出来る。
説明が終わると契約書にサインをし、奴隷に付けられたままの首、手首、足に嵌められている鎖を外して引き渡しは完了。
「質問はよろしいですか?では手続きは以上でございます。出口までご案内致しましょう」
またのお越しをお待ちしております。と深々礼をされて見送られたが2度と来る気はない。
チラリと一歩後ろを歩くその人は、相変わらず俯きながら無言を貫いている。前髪が伸び過ぎていて顔が分からない。正直服もボロボロのダボダボだから性別すら不明。
くるりとその人と向き合うと、向こうも歩みを止めてくれた。しかし前髪で遮られている為視線は合わない。
「取り敢えず、その格好どうにかしよう。流石に悪目立ち過ぎる」
「………」
私の提案に了承してくれたらしい。小さく上下に頭が動いた。
服を買い、食べ物やその他諸々少し買い物をして街を出た。
確か近くの森に泉があった筈。2年程前の記憶を掘り起こして向かえば、記憶に違わず見つけられた。以前訪れた時は水の濁りが気になっていたけど、今は魔獣が封印されたお蔭で綺麗に澄んでいる。
「入って汚れ落しておいで。これ着替えね。その辺散策してるから。何かあったら呼んで。それじゃ行ってらっしゃい」
「………」
手短に指示を出してさっさと退散。彼が水浴びしている間何かないか探索しよう。今の時期は暖かいから捜せば森の恵みに肖れるだろうし、この森は元々清浄な空気が広がっていて魔物も出没しない聖地だと聞いた。前に来た時は魔獣がいた為空気も澱み、魔物が出現していた。それでも聖地と言われるだけはあり、出現する魔物の数はとても少なかったけれど。
パシャンと遠くに聞こえた水の音。きっと久々に身体を清められたであろうと思い、少しゆっくり目に散策する事にした。