始まり3
荘厳な丘の上に立つ校舎、門はまるでローマ神殿のような柱がずらりと建ち並ぶ姿は壮大なスケールと威風堂々した立派さがある。見るものすべてが行きを飲む門を潜り抜けると少しの上り坂を登った上に校舎がある。その奥にはだだっ広い運動場がある。そして校舎と運動場にL字型で囲まれているのが体育館、これもかなり立派なものでガッチリとした石造りの壁は地震などではびくともしないんじゃないかと思わせるものがある。
こんなにも素晴らしい学校に首席で合格し、入学してからも一位でゆうことなしの学力を持っていた、しかし、そんな揺るぎないハズの頭が揺るぐ可能性があった。
(そんなことはさせない……)
まだ警備員しかいない早い時間に到着していた華奢な体躯の女の子は運動場と体育館を繋ぐ階段の真ん中で運動場を見下ろしながら下唇を噛む。苦虫を噛み潰したような険しい表情を丸眼鏡のしたで露にする。彼女の脳裏に映るのはこの学園でかなりの美少女。田村結衣。
しかし、彼女にとっては醜い魔女にしか思えなかった。自分の地位を脅かす可能性のある女の子、それが憎くてしょうがない。彼女の学力は自分に匹敵するものを持っていた。田村結衣とは入学当初は興味を持ち何度か話したので人柄はだいたいは掴めたと思っている。
どんなに良い人柄の人物であっても自分の地位を揺るがすような存在は許せない。強い風が吹き、両肩になびく二つの三つ編みが躍り狂う様は風がどれだけ強いかを物語っていた。しかし、そんなことはひとつも気にするそぶりを見せず腕時計に目をやった。
(そろそろね、それにしても力を持っている奴が田村結衣でなくて良かったわ。そうだったら私が負けていた。でも今度は違う。最初は私が逃げてしまったけど今度は私の番だわ。)
丸眼鏡をくいっと引き上げ太陽に反射し怪しげに光る。
彼女は踵を返し、教室に向かう。田村結衣を学級委員長の座から落とすために……
「いいわよ。もともと貴女が委員長だったし、私は代役だったから変わらない理由がないわ。それよりも体調の方は大丈夫なの?」
教室のとある一角。人目をはばからず久しぶりの登校から直ぐに目的の彼女の前にたち、堂々と地位奪還を宣言したというのに敵対することもなく簡単に学級委員長という椅子から降りて譲り、更には相手の心配までしてきたのだ。唖然とした彼女は口を鯉が餌を欲しがる口と同じようにパクパクしていた。
「あ、だ、大丈夫よ。心配かけたわね」
依然として目が点の彼女は丸眼鏡が少しずれているのを気付き掛けなおす。
そして周りの野次馬たちが騒ぎ出す。
一人が喋ればハッキリわかるが複数の人がしゃべると途端に雑音へと変わる。しかし、誰もが美少女と対立するおさげの丸眼鏡ちゃんのことについて語っているのは確実だ。
そのなかにはかなり大きな声であの子誰?と疑問符を飛ばしているやつがいる。そんなやつに心の中で舌打ちする。
(まぁいいわ。どうせ直ぐに私を知ることになる)
さっきまでの毅然とした表情を作り上げ、対面する美少女を見る。
「田村さん!もう私の名前は覚えてないでしょうから一応、言っておくわ。私は荻野美鈴、覚えておきなさい」
「ふふ、変わった自己紹介だね、自己紹介する必要はないと思うけどもう一度、改めまして、田村結衣よ。よろしくね荻野さん。」
どんな暗がりでも照らしだす月のような輝く笑顔に魅了され、そこから発せられる声は麻薬作用があるのではと思わせるほど中毒性がある。
異性はもちろんの事、同性ですらときめいてしまう美少女は丸眼鏡の女の子に雪のように白く、触れば消えてしまいそうな幻想的な手を差し出す。一瞬の戸惑いもないままおさげを片方の手でくねくねといじりながら頬を真っ赤に染め上げ握手をし返す。
(綺麗だなぁ、こんな綺麗な人にてを握られるなんて……私ってとても幸せなん……って!何いってんのよ、わたしーーー!!)
「よ、よろしく!じゃあもういいわ、座りなさい、ふん」
「あら、それじゃあ後でいくらでもおしゃべりしましょう。荻野さん。」
そう言って田村は窓際の一番奥の席に向かう。肩口までに切り揃えられた黒髪が揺れる後ろ姿を目で追いつつも頭を振ってその気持ちを抑制する。
(と、とりあえず、目的の地位は元に戻せたわ。今後彼女が私に敵対することがあれば対処しましょ、いえ、先に手は打っておくべきね、後先考えずに動くのは馬鹿のすることだわ。)
ひっそりと考えた思いに馳せながら空いている自分の席に向かう。
ダン!!
突如飛来した手のひらが自分の机に叩きつけられるのを見て一瞬硬直した。が、直ぐに状況を把握する。
「なに?あなた?」
荻野の問いかけに机に手を突っ立てている女の子が睨みをきかせる。
「何ってあんた、決まってんでしょ。田村さんにあんな態度とってただですむとおもってんの?」
その彼女の一言に便乗し、近くにいた男子も身を乗り出す。
「さっきから聞いてりゃあいい気になってよ!委員長だからって調子に乗った態度とってんじゃねぇよ」
がたいの大きい男はどうやら二年生のようでカッターシャツの代わりにTシャツを着用している。そんなTシャツは筋肉でパツンパツンだ。
しかし、荻野にはそんなことは関係ない事だった。
陰険そうな女の子がくまのできた眼光で睨みつけてくる。
荻野はため息をひとつ漏らした。
「あのね、ひとついっておくけど私はあんたたちとおしゃべりするためにきたわけじゃないの、モブは近寄んないでくれるかしら」
「んだとぉ!!」
「何コイツ!ちょー腹立つ」
そんな会話に同調した野次馬はまた喧騒を作り出す。
そして、ついに暴徒化しそうになりかけたときー
「おい、お前らなにしてんだ席に座れ。授業だぞ」
ラフなカーディガンにカッターシャツ、短く切られた髪はライオンズを彷彿させる髪型だ。彼は先生で名前は雪国龍一といい、皆からは愛称で「龍ちゃん先生」か「龍ちゃん」と呼ばれている基本的に親しみやすい人物だ。
そんな人物の登場でクラスの中の一人が「げっ!やべぇ龍ちゃんが来たぞ、皆早く座れよ」と慌てて席に座りだす。その一人を始めに他の者も直ぐに座りだす。
先程まで睨んできていた陰険な女の子や二年生の筋肉男も何もなかったかように動き出す。
それは少しの不自然さも感じさせる動きだった。
いくら慕われているといってもたった5日、それだけの日にちでどれだけの信用を得られるというのだ。それは大きくもちっぽけなものに違いない。しかし、生徒ご送る彼への視線は本物だった。
敬愛。それを感じさせた。
美鈴は一瞬戸惑ったが直ぐに平静を保つ。
(これは、力の発動?きっとそうね。もしそうならば簡単なことだ。)
美鈴は他の者が完全に座った状態になったにも関わらず一人、姿勢を崩さず堂々と仁王立ちしていた。
対して教卓に歩いていった龍一は唖然とする。眉間に皺をよせ、眼光ごとても鋭くなる。その瞬間瞳が黄色く輝いたように見えた。同時に「座りなさい」と強い声色で低く唸る。
そしてまた彼はしどろもどろする。
座らない女子中学生を前にして。