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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

名の無い男

作者: KL

剣で取り囲む。これで勝ったと思ったら首が飛んでいる。確かに自分は見た。向こうの国から馬に乗っていたのに飛び降りてこちらの兵を斬っていく姿を。その姿は流星のように綺麗でしかし鉄の匂いを漂わせた。首がどんどん跳ねていく。男は真っ赤に染まって顔も髪も服も何も分からなかった。聞こえてくる。人の悲鳴。気が狂った兵の高笑い。ザシュと首が飛ぶ音。そして自分の首も…飛んだ。



「今日は…炒飯でいいか」


俺は、名無しだ。AとかXとか勝手に呼んでくれ。いや本当に無いんだ。信じないなら信じないでもいいけど。


「ん」


玄関に誰か来たみたいだ。コンコンとノックしてる。炒飯が冷めるのは少し残念だけど仕方無いか。


「どちらさま?」

「騎士団の者だが」

「お帰り下さい、俺には無理です」

「そう言わずに、まずは入れてくれないか?」

「…」


騎士団。それはこの俺と同い年ぐらいの女性を頂点とした組織だ。ちなみに俺は二十二だぞ。俺のどこを気に入ったのか熱心にスカウトしてくるんだ。俺は平穏を望んでいるのに。もう昔のような事は嫌だ。思い出したくも無いよ。でもしょうがないから団長様を向かいの椅子に座らせる。


「なんで俺なんですか」

「これはある噂だが…五年前ある事件がおきた、私がまだ見習いの頃だ」


彼女は話した。かの戦争の事を。五年前に大きな戦争があったんだ。


「今は友好的だがほんの五年前まで仲が悪かった国があった、それこそ戦争をしたぐらいだ」


隣国とは国境で争っていた。一番苦労したのはその境に暮らしている人たちだろうな。

境がコロコロ変わるから今日はこっちの国の人、明日は隣国の国の人て変わっていくしそれに気づかないと処罰があったらしい。


「ぼろぼろになって帰ってきた前団長、私の師匠なのだが酷く怯えていたのだ」


手が震え、過呼吸になり片目が切れていたってさ。なんでだろうな。


「師匠は壊れたんだ、鬼神が怖いあいつが来るって」

「でもデマに過ぎないと俺は思いますよ、剣一本でどうやって壊滅させるんですか」

「ん?誰が剣一本って言ったんだ?」

「その噂俺も聞いた事あるんですよ、不思議じゃあないでしょ?」

「いいや私には不思議だ、この話は機密になっていてな噂なんて出るわけ無いんだ」


はぁ。やってしまった。余計な口出さなきゃ良かったよ。頭を掻く。少し鉄の匂いがした。

俺は出血してないし髪色が赤いわけでもない。青いんだ。俺の髪は。


「いい加減認めてくれ、お前が五年前の悪夢だって」

「はぁ…そうです、って言って信じて貰えますか?」

「あぁ信じるとも、一度私はお前を見たことがあるんだ川で一生懸命に血を落とす姿をな」

「げ、あれですかだってあのまま家に帰ったら俺真っ先に疑われるじゃないですか」

「真っ先に疑ったよ、心の内で」


疑っていたんかい。しかも心の中ってたち悪いな。五年間も俺を黒だと思ってたのか。


「あの…な少し不躾な願いがあるんだが」

「なんですか、もうなんでもどうぞ」

「お前が使った剣はどこにあるんだ?気になっていてな」

「あの剣ですか、着いてきて下さい」


冷め切った炒飯を捨て奥の部屋へ案内する。床の蓋を開くと梯子がある。地下室への道だ。

この下五年前何人も殺した剣がある。忌々しいけど。片手剣でみすぼらしい剣が立てかけてるのが見える。


「うわぁ、これは誰が鍛えたんだ?」

「俺が一から作ったんです、最初から刃がボロボロで持ち手は布を巻いただけですけど」

「そうなのか、触っても?」

「あっ!やめろ!」

「っ!なんだ…これ」


だから触れるなっていったのに。倒れてしまった。仕方ないから背負って上まで行く。

アーマーを着てなくてよかった。着てたら持ち上げる自信ないぜ。


「ん…」

「目覚ましましたか、温かい牛乳です落ち着きますよ」

「ありがとう…んっんっ、はぁ」

「すぐに目を覚ましてくれて良かったです、あの剣に触れて目を覚まさない人も…」

「あの剣は…どうなっているんだ?」

「あれは俺がまだ十歳にもなっていない時に作ったんです、あの時の俺は…」


初めて人に自分の過去を話す。この人にならいいかな。と思ってしまったのだ。


「俺は捨て子です、俺を拾った人は闇の商売をしていて俺にも手伝わしたんですよ」

「暗黒街の者達か、未だ解決できていない問題だな」

「はい俺はそこで育ちました」


この国には暗黒街というのがある。落ちぶれた奴、ようするにスラムだ。そこで俺は六歳まで育った。その後は逃げ出したけど。


「六歳からはゴミを漁って一人で暮らしてました、でも俺を拾ってくれた人がいたんです」

「ゴミを…つらいだろうに」

「その時の俺は当たり前だったんです、つらいやくさいなんて思いませんでした」

「そうか…すまない続けてくれ」


その人は暗黒街にいながら真っ当な仕事、鍛冶屋をしていたんだ。六十ぐらいの歳で槌を振っていたせいで出来た硬い手で頭を撫でてくれた。でも四年がたった頃だ。


「その人は殺されました、たぶん暗黒街で金を稼いだ事を妬んだ奴の仕業でしょう」

「確かに荒んだ奴は時に人に当たるからな、だからといって許される事ではないが」


いきなり押しかけて腹を一撃。俺は物陰に隠れてみている事しか出来なかった。

あいつらはもう死んだと思ったのか帰っていった。あの人は死ぬ間際俺を…睨んだんだ。


「拾わなければ良かったって言う目でしたよ、俺は絶望しました人はここまで変わるって」

「もう…やめて欲しい」


俺は絶望に支配されてあの人の槌であの人の頭に何回も打ち下ろした。もう原型なんて分からない。血が滴るその槌で俺はあの剣を拵えた。俺の負の感情を全て込めて。


「あの剣は人を引き寄せました、でも触った奴は気絶して帰ってこない奴もいました」

「…」

「そういういわくつきなんですよ、だから来客がうっかり触らないように地下室に」

「…すまない」

「なにがですか」

「お前がそこまでつらい過去を持っていたとは知らず、ずけずけと入ってしまった」

「いいんです、俺が勝手に語っただけですから気にしないで下さい」

「しかし…」

「騎士団に入る事は避けたいです、でももう隠す事も無いですし前向きに考えますよ」

「本当か!ありがとう!私は歓迎するから!明日一緒に色々買おうな!約束だぞ!」

「えぇ分かりました、分かりましたから抱きつかないで…」

「はっ!す、すまない!じゃ、じゃあな!」


いつも玄関先で話していただけだからこの女性の名前も性格も知らなかった。

でも実際面と向かって話すと結構楽しかったな。元々暗黒街のせいで警戒心は強いほうだから人を家にあまり入れないんだ。さてっと。もう太陽も高いし仕事に行かないと。


「こんにちは、遅れてすみません」

「平気だよ、今日はそんなに忙しいわけじゃないし」

「何しましょう?」

「小麦粉買ってきて、パン君」

「了解です」


俺は色々仕事をしている。この時間はパン屋だ。そこまで人気があるじゃないけど潰れない程度に人が来る。この男性、店長に名前が無いと正直に言ったところパンと命名された。


「パン屋だからパン、分かりやすいでしょ?」


名前がどうしてないの?と聞かれたけど、捨て子で…と言ったんだ。

大変だったんだねって言ってくれた。少し嬉しいけど捻くれてるから、どうもとしか言えなかった。


「おぉ、ヤオ!今日はどうした」

「小麦粉下さい、親父さん」


ヤオ。この八百屋での俺の名前。八百屋だからヤオ。安直だけど俺はどの名前も好きだ。

他にもレン。これはレストランだ。後はウオ。もう察してくれ。


「百コル貰うぜ」

「細かいの無いんで千コルでいいですか」

「はいよ、九百コルのお返しだまたな!」


コルはこの国の通貨だ。俺の月収は平均十五万コル。普通に働いている人は三十万コルだから半分だけど贅沢はしない性格だし独り身だから貯金さえ出来てる。今は五十万たまった。


「ただいま戻りました、はい小麦粉です」

「ありがとう、助かるよ」


店長に渡す。小麦粉はいつもので間違いは無いから問題が起こるわけでもなく普通に仕事が終わった。


「はい、これ今日のお給金いつもありがとね」

「すみません、いつもありがとうございます」


このパン屋は日収制で一日六千コル。結構いい給料だと思う。次は夜やってるレストランだ。


「こんばんは、今日もお願いします」

「レンくーん!待ってたよー!」


この三十半ばの女性こそこのレストランの店長だ。少しうざくも感じるけどそれがこの店長の性格なので別段避けたりもしない。ここの制服に着替える。ここのお店はバトラーみたいな制服で妙齢の女性に人気だ。


「お待たせしました、こちらサラダとペペロンチーノでございます」

「ありがとう、レン君ほんとかっこいいね」

「ありがとうございます、では」

「クールだよねー、人を寄せ付けないって感じが大好き」

「私もーペペロンチーノが美味しく感じるよー」


光栄な事にお客さんには好ましく思われているようだ。よかった。ただ時々女性からの目線が痛い。


「合計五千コルになります、はい一万コルですね五千コルのお返しとなります」

「またねー」

「お気をつけてお帰り下さい」


これで最後の客だ。閉店準備をする。この日も何も起きなくて良かった。


「はい今日のお給金だよ!いつもありがとね!」

「ありがとうございます、じゃあまた」


基本的に日収制の仕事ばかり選んでいる。その場でもらえてすぐにお金の予定を立てられるからだ。


「晩御飯は…炒飯かな」


実は炒飯が大好物で朝昼晩と毎日炒飯だったりする。ご飯と野菜とお肉のバランスもいいし。

八百屋さんから貰った外が痛んで売れないレタスやらなんやらを貰って具にするんだ。


「風呂は…薪薪」


お風呂は薪式で鉄の壷みたいなのに足場を入れてはいる。六右衛門風呂ていうやつだ。


「ふぅ…」


ペタッと自分の身体に触ってみる。別にナルシストとかそういうわけじゃないぜ?時々無性に自分が自分だと実感したくならない?思春期は過ぎたから自己の確立やら何やらは終わっているんだろうけど。


「俺は俺だよな、当たり前」


独り言を言って俺は眠りについた。次の朝、しつこいノックの音で俺は目を覚ますことになる。


「ん…誰だよ朝っぱらから」


布団から動きたくない。でも出なちゃ。最終的に自分を殺しドアを開けることにした。


「はーい…」

「おはよう!いい朝だな」

「…はぁ」


団長だった。確かに買い物するとは言ってたけどこんな早くなんて思わないだろ。


「すみません、着替えてきます」

「ん、じゃあ外で待っている着替え終わったら教えてくれ」


良かった。まさかずっといるんじゃないかと思ったよ。待たせるのも悪いし早く着替えてしまおう。


「もういいですよ」

「今日は何を買うか検討はついているよな」

「えぇ、まぁ」


大方武具を買うんだろうな。貯金で足りるかな。少し心配になってきた。


「じゃあ行こうか!」

「はい」


貯金を握り締め買い物をし始める。最初に訪れたのは剣を扱っている店だった。


「いらっしゃい!おぉ団長様!今日は」

「こいつの剣を仕立てて欲しい、こいつは…」

「あっ!ヤオ!」

「え?親父さん?」


びっくりした。まさか八百屋の親父さんだと誰が思うか。確かに時々親父さんいないときあるけど。


「なんだ!知り合いか?」

「俺が働いてるとこの親父さんです」

「二日に一遍来てくれるんですよ!なんでい!騎士団に入るのか!?」

「私がスカウトしたんだ!中々いい奴だ!」

「それは俺が身をもって知ってますよ!さヤオ好きなの選べ!」


勝手に話が進んで俺に振られた。好きなの選べって言ったって…


「うーん…これより重いのあります?」

「これ以上はバスタード、両手持ちの剣になるな」

「分かりました、これいくらですか」

「二十万コルだがよしみで十万コルにしといてやる、どうだ?」

「これにします、はい十万ぴったりで」

「毎度!団長様は何か入用で?」

「いや私は特に無いんだ、ありがとう」

「そうだヤオ、騎士団に入るなら仕事としては来なくていいぞ手伝ってくれるならいいが」

「すみません、じゃあそうさせてもらいます」


親父さんに礼をいい団長と一緒に外に出た。改めて自分の剣を見てみる。特に綺麗な装飾がされているわけでもないしそれどころか無骨なデザインだけど俺は結構好きかも。でもちょっと忌まわしいアレに似てるな。まぁだからといってなんだというわけじゃないけど。


「団長、防具っていくらぐらいするんですか」

「安いものだと五十万って所だな、どうした?」

「…たっかぁ」


しかもいいものだと百万はするって。平民殺しだろ。いや元々平民が買うこと想定して無いだろうけど。

俺の所持金今日の炒飯分を含めても四十万しかない。入るの諦めようかな。


「いやいやいや!ちょっと待て!私も少し出すから!な!?」

「さらっと心を読まないで下さい、あと分かりましたから手を離してください」

「え、あぁ!すまない!私とした事が!ほら行くぞ!」


やれやれ。でもこれでもいいか。なんて思う俺がいるな。団長は面白いしぶっちゃけとても綺麗な人だ。性格云々は別にして。


「いらっしゃいませ、何をお求めですか」

「こいつの防具を仕立ててくれ、こいつは…」


あ。何かデジャブ。と思ったら。


「…店長」

「あれー?レン君!?奇遇だねー!」


やっぱりか。今度はレンだった。これは…


「あれ、パン君奇遇だね」


パン登場。俺の名前そろい踏み。もう世界は狭過ぎるな。だってこんな近くにいるなんておかしいもの。


「どうしたのかな?君が防具を買うという事は入るのかい?」

「えぇまぁ、団長に誘われました」

「私がやっとの思いでスカウトしてきたのだ、かれこれ二ヶ月か」

「そんなたちましたっけ、良く諦めませんでしたね俺なら諦めています」

「意地との勝負だ、お前と私のな」


ふふふと笑う団長。少しつられて俺も口角を上げた。それを見た店長二人が、


「結構笑った顔イケメンじゃーん」

「中々にいい男だね、さて防具を仕立てないと寸法測るからこっち来て」


いい年こいて煩いレストランの方の店長を同じ年ぐらいのパン屋の店長が宥める。中々へんな図だ。

良く見ると二人の薬指に指輪が嵌っていた。なるほどそういうことか。


「知らなかったのか?仲睦まじいと結構有名だぞ」

「だから心を読まないで下さい、初めて知りました」


この人読心術か何かあるのか?疑問に思うけどまぁ俺には別段支障は無いか。店長二人組、夫婦に言われるまま寸法を取られる。元々サイズ別に部品があってそれを組み立てるだけらしい。


「はい、間接部分」

「はいよー、はいボディ」

「了解」


夫婦の息のあったコンビネーションのおかげかなにかですぐにできた。イメージしてたずんぐりむっくりとは違ってスッとしたデザインでいくつもの鉄片をあわせたようだ。


「着てみてくれるかい、サイズが少しでもずれると後で大変だから」

「分かりました、…これどうやってきるんですか」


鎧なんて着た事も無ければ着させたことも無いからどうすればいいのか分からない。


「まず足から入れてみてー、鎧は最初足からだよ」

「しょっと…」


足を入れてみる。特にきついわけでもなくかといってゆるいわけでもなくぴったり。が一番良く合う表現だった。ちなみに団長は外で待っている。暇だからだそうだ。


「結構動きやすいもんですね、てっきりがちがちかと」

「本当にそうだったらとても戦えないよ、着心地はどうだい?」

「少し重い以外は違和感ないですね、普通に動きます」

「良かったよー、なんてったって夫が仕立てたんだもの」

「はいはい後で構ってあげるから、代金だけど今回は僕達からのプレゼントと言うことで」

「そうだねー、いつも良く働いてくれたお礼として受け取ってよ」

「でも…さすがに」

「いいの、黙って受け取っておきなさいな」


いい人過ぎる。脱いだ後一個の箱に収めてくれた。外に出る時つい深くお辞儀をした。


「たぶん長い付き合いになるよ、またいらっしゃい」

「またねー、半年に一回は見させてねー」


店の中から手を振ってくれる。俺は人に恵まれているな。親父さんと言い。一応この団長といい。


「一応って何だ!一応って!」

「だから…まぁいいです今度はどこ行くんですか」

「ついに騎士団に入る手続きを行う、あ入るには入団試験を受けてもらうからな」


それはそうだ。無制限に入れてたらどんな粗相をする奴が現れるか分かったもんだじゃない。


「そう、そうそう私が言っていた奴だやっと連れてこれたんだ」

「へーやりましたね、ずっと熱心にスカウトしてましたからね」

「そうだ!あいつ玄関先に断るんだぞ!やってられないよ」

「やってられないならそんな熱心に俺をスカウトしないで下さい、ここの名前どうしましょう」

「お前は名無し子だったな、あこいつがその熱心にスカウトしていた奴だ」

「あらー、結構イケメンですね私はここで事務をやっているわわからないことは全部聞いてね」

「戸籍って調べられます?俺捨て子だったせいで自分の名前が分からないんです」

「あらら…中々壮絶ねちょっと待ってて、団長団長」

「ん…なんだ」

「頑張って下さいね、私応援してますから」

「うぐ、な何のことか私にはさっぱり」

「じゃあ私が奪っちゃいますよ、彼イケメンだし」

「そ、それは許さないからな!ほら早く行って来い!」


女同士仲良く話しているみたいだ。何はなしてるかは聞き取れなかったけど。


「お待たせー、年齢は二十三であってるよね?ならこの書類だ」

「あの、これ週刊少年漫画三冊分はありますよね」

「ほらつべこべ言わない!さっさと探すぞ!」

「まずあなたの特徴を教えてもらおうかしら、あざとか身体的に」

「えっと…いつも前髪で隠してるんですけど実は生まれつき虹彩異色症なんです」

「つまりオッドアイと言う訳だな、どれどれ」

「ちょ、団長!近い近いです!俺は青黒です!」

「フー、大胆ですねー団長」

「…すまない」

「あはは、でも虹彩異色症は探しやすいかも三つに分けて探しましょう」


まさか自分の名前探しとはなぁ。まず俺戸籍があるかもわからないじゃないか。


「うーん、虹彩異色症は十人に絞られたねあと特徴があれば」

「あ、あれはどうだ?」

「あれって?俺他にありました?」

「さっき剣を手に持っただろ?その時腕に見えたんだよ細長いあざみたいなのが」

「あ、これも生まれつきか紐の痣です一致するのありますか?」

「痣、痣…え?嘘…」

「どうした?ちょっと見せて…」

「どういう事なの…」

「あのー?すみません俺にも見せて下さい、!…」


戸籍には特徴が書いてあった。虹彩異色症。そして右腕にひも状の痣ありと。

問題はその先だった。両親の名が問題だ。俺は…俺は。


「なんで…なんで父親に国王の名が、俺は…」

「母親は今の后様、つまり…」

「正真正銘の王族、というわけだな…」


気分が悪い。世界が裏返った気がした。俺は?誰だ。俺は俺だ。誰が俺だ?お前は俺か?違う。俺が俺なんだ。


「…すみません」


俺は駆け出した。家に帰りたかった。自分の家に着いた。いや俺の家かも分からない。

俺が俺である保障がどこにある?俺が俺であると誰が言い切れる?ベッドに蹲る。

その時俺の声が聞こえた。


「さぁ…こい…」

「誰だ!誰だお前は!」

「俺は…お前だ…さぁ地下へ…」

「黙れ!お前に何がわかる!」

「わかる…お前が…俺を作った…血塗れの槌で」

「!お前!あの剣か!」


あいつが俺?馬鹿馬鹿しい!俺はここにいる!地下室に向かわないと!


「お前!なぜ俺を呼ぶ!俺は俺だ!俺以外俺なわけないだろ!」

「いいや…お前は俺を作ったじゃないか負の感情で」

「五年前お前を溶かしてしまうべきだった!忌々しい!」


そう俺が言い放つと忌まわしき剣は姿を変えた。俺だ。剣が俺になった。俺が俺?お前が俺?俺がお前?くそ!考えがまとまらなくなってきた!


「さぁ!共に行こうか!なぁ!」

「ふざけるな!誰がお前なんかと!」

「だから!お前が俺だっていっているだろうが!わからねぇ奴だな!」


段々心を黒い感情が支配していった。楽しかった思い出が汚されていく。


「くそ…くそ」


飲まれるな!頭ではそういっているのに心が叫ぶ。汚れきっているじゃないか。

お前の手は手に染まっているじゃないか。五年前を忘れて自分だけのうのうと生きる気か?


「そうか…そうだよな」

動かなくなった身体をいたぶるように黒い手がめぐる。そして黒い手が俺の心の一番大切なものに触れる。とその時だった。


「ちょおおおと!まてええええ!!」


梯子を飛び降りて来たのはあの団長だった。


「何が起きているかは分からんが!お前がこいつを苦しめているのは分かった!」

「ちっ、俺に触れて気絶したやつじゃねぇかまぁいいそんなに死にたいならやってやるぜ」


ゆっくりと歩き始めた俺。いや剣。剣は右手にあの剣を出した。誰が見ても分かる。それで斬るつもりだ。駄目だ。駄目だ。動け。動くんだよ!俺は俺だ!お前じゃない!俺の身体は俺が動かすんだよ!


「いい加減にしろよ、お前はお呼びじゃない!」


身体をめぐっていた黒い手が剥がれ落ちる。団長とあいつの間に立つ。


「戻れ!団長に指一本でも触れさせない!」

「ちっ!正気に戻っちまったか!こうなりゃ!」


あの剣を振り回す。俺は丸腰で団長を庇わないといけない。どうすればいい?


「おい!クラウン!これを!」

団長が今日買ったばかりの俺の相棒となるであろう剣を投げてきた。そして一つの単語。

クラウン。と言う名前を俺は初めて聞いた。いや違う。昔に一度聞いた。顔も覚えていないのに俺を優しくゆすってあやしてくれた母を。


「思い出した…俺は」


そう俺は。短い間でも両親の愛を受けた。暗黒街の中にいながら両親の愛を知っていた。


「俺は、クラウン・ボウガルド!お前じゃない!元にもどれ!」


俺が俺だ。俺はクラウン・ボウガルド。前にいるのは俺じゃない。その剣で俺を切る。


「ぐふっ…」

「お前は、俺に戻れ剣にじゃなくて」


俺がクラウンに手を伸ばす。奴は手を握ると身体が消えていった。消える際に、

「お前も、楽しい事で埋め尽くされてんだな羨ましいぜ」

「ならお前も一緒に来い、悲しいことも楽しい事も一緒だ」

「あぁ、ありがとよ」


剣に宿っていた負の気配が消えたのを見た瞬間に気が抜けてしまい自分の剣を落としてしまった。


「終わったんだな、クラウン」

「えぇ、お騒がせしました」

「私は疫病神だな、私がクラウンを知らなければお前はこんなに苦しむことも…あ」


俺は無意識に抱き締めた。そうしないと団長の魂がどこかに行ってしまいそうで。

団長も身体に手を回し抱き合った形になった。


「ありがとう、俺は団長のおかげで俺になれたんですだから俺にとってはあなたは女神だ」


俺が感謝を伝えると団長は強く抱き締めてきて耳元で囁いた。


「お前は…お前は私にとって太陽だ、私に胸を焦がすような恋を教えた」


しがみつきながら。声を絞り出したのだろう。こんな俺を好いてくれている。それへの答え


「嬉しいです、でも俺の手は汚れているからあなたの手を握る事は出来ません」


俺の答え。血で汚れた手で団長に触れることは出来ない。身体に手を回していた団長の手が離れる。離れると思ったら俺の手を握った。きつく。とてもきつく。血の匂いが移ってしまう位に。


「私は…お前がどんなに汚れていようが太陽に変わりないんだ、だから…」


俺の手を団長の胸まで持ってかれた。ぽろぽろと手に水が当たる感触がする。

それが何を意味してるのかは分かっている。女を泣かせる俺は最低だ。


「ありがとう…そんなに俺を好いてくれて」

「…」


団長はもう何も言わなかった。ただ俺を見つめてくるだけだった。


「この手であなたを守ります、血で汚れているけどこんな俺だけど…あなたを」

「嬉しい…本当に嬉しい」


泣きじゃくりながら抱き締めてくる。俺も強く。目線の先にいる負の感情の俺が『幸せになれよ』そういった気がした。俺は口だけで声に出さずに、


「一緒にだ」


って言ったら微笑んで消えていった。


FIN

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― 新着の感想 ―
[良い点] 設定が結構惹かれそうだった……んですけども、短編で終わってしまった。 広がる可能性で言うなら十分にあったと思いますし、だからこそ短編で全部意味深なままに終わってしまったのが勿体なかったです…
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